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『真夏の夜の夢』の時節を探る

Facebook 2020-07-31

シェイクスピアの『A Midsummer Night's Dream: 真夏の夜の夢』の舞台となった時期(時節)については諸説あって、日本語の訳者の間でも対立・議論が生じたらしいことがWikipediaの記述を見てもわかる。それは舞台となる日時に「五月祭」という名前が出てくることに由来しそうだ。そしてその時期が本当に「真夏」だったのか、まだ涼しさを感じる「晩春/初夏」だったのかという議論なのであるが、坪内逍遥が『真夏の夜の夢』と訳して以来、日本語訳は『真夏の夜の夢』とするのが習わしとなっている。ところがそれに反論して土居光知が「May Day」の前夜で4月30日なのだから「夏至の夜と雖も英国の夏は暑からず寒からず、まことに快適である」などと書いている(愚かである)。土居はここで2つ以上の間違いを犯している。まず舞台となる場所がイギリスであるというのが間違いで、シェイクスピアが英国人であっても、この物語は神話的世界をベースにしているのであって、しかもアテネ郊外(ギリシャ)の森なのであるから、そもそもイギリスではない。

また、この古代ギリシャを舞台にしているということが時期を類推するのに重要なヒントとなる。古代ギリシアでは明治維新以前の日本が使っていたような太陰太陽暦を使用していた。そもそも古代世界は陰暦中心なのだ。つまりメソポタミア文明を作ったシュメール人が太陰暦を使い始めて以降、ローマで太陽暦(最初の太陽暦はグレゴリオ暦よりも精度が低いユリウス暦)が提唱されるまで、世界のほとんどが月の満ち欠けをカレンダーとして生きていたのである。「月を読む」はそのまま「こよみ」のことだ。古代ギリシアで使われた暦も月の満ち欠けに加えて太陽の運行とのズレを補う閏月の導入がすでに行われていた。つまり太陰太陽暦なのだ。

とすれば、古代ギリシャの森を舞台とする神話的寓話である『A Midsummer Night's Dream』の「五月祭」は、太陽暦を生きる我々の時代の6月のどこかであると考えるのが、まずは自然なのである。4月末などという解釈は以ての外である。しかもこうした祭りの類は月の満ち欠けの一定の形で決まることが多いので、真相としては現代で言うところの(ほぼ)6月(〜7月)の、しかも一番夏至に近い「なにがしかの月夜」であったりというのがあり得そうなことである。場合によっては夏至が過ぎてから一番近い満月夜であった可能性もあるわけである(そうなると、現代の7月に突入している)。つまりこの劇の舞台となった——太陽暦が一般的でない——この時代は、祭りの日取りが現在のSt John's Dayが6月24日と固定的に確定(St John's Night/Eveは当然6月23日)されているような意味では太陽の運行に左右されていなかったと考えるべきであり、その暦の読み違いが、土居の間違いの2つ目である。

それよりも、そもそもどうして英語の「Midsummer」を「真夏」と考えなかったのか、その理由が分からないではないか。坪内が言ったように、Midsummer-dayが「夏至」であるのは分かるが、それは太陽を中心に暦を考えるわれわれにとって当たり前のことであろうが、当時の暦は太陽が没して月が出てきてから確認するのが習わしであるわけだから、「夏至の夜」との考え方自体がやや不自然なのだ。つまり「真夏の」どこぞの夜、しかもそれは太陰太陽暦(旧暦)で言えば皐月、すなわち現代の6月〜7月のどこぞの夜であると考えるべきで、それを漠然と「真夏」と訳すことになんの問題もないのである。もちろんそれが夏至に近い日であるのは当然であるとしても、だ。それが太陰太陽暦というものの特徴なのである。

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その後のコメント:
シェイクスピアの本に月の形が「下弦の月」であったらしいことも書かれている。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%8F%E3%81%AE%E5%A4%9C%E3%81%AE%E5%A4%A2


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