2021年イグノーベル賞「性行為におけるオーガズムは点鼻薬と同程度に鼻閉を改善する」について考察してみました

今年のイグ・ノーベル賞(医学賞)は「性行為におけるオーガズムは点鼻薬と同程度に鼻閉を改善する」でした。その論文を読んでみましたので、その感想・考察を述べてみます。

最初に、論文の内容を紹介します。

論文

Can Sex Improve Nasal Function?-An Exploration of the Link Between Sex and Nasal Function

Olcay Cem Bulut, Dare Oladokun, Burkard M Lippert, Ralph Hohenberger.

Ear Nose Throat J. 2021 Jan 4;145561320981441.

はじめに

ドイツでは1897年にWilhelm Fliessが反射性鼻神経症という理論を発表し、鼻と性器の間に生理的な関係があるという理論を発表した。その後、この理論は医学的な妥当性は否定されている。
一方で、副交感神経は粘液分泌、血管拡張を起こし、交感神経は鼻粘膜の血管を収縮させる。これによって鼻が通ったりつまったりすると考えられている。
しかし、過去に性行為が鼻呼吸に及ぼす影響について調べた研究はない。

研究デザイン

✔対象患者:36人、18組のカップルに対する研究
✔観察項目:性行為の前後に鼻呼吸について評価。①性行為前、②性行為直後、③30分後、④1時間後、⑤性行為オーガズム後3時間後
✔研究における評価方法:自覚的な鼻呼吸の程度についてVisual Analogue Scaleを用いて測定、客観的には鼻腔抵抗と鼻腔流量を測定。
✔研究前状態の評価:NOSE質問票(0-100、30以上だと鼻閉ありとされる)、耳鼻咽喉科医による鼻鏡検査

結果

✔対象者の平均年齢は32.9歳(SD±3.9)。参加者全員が性的なオーガズムを得たと報告した。
✔VASとNOSEのデータは参加者全員(36名)から、客観的データ(鼻腔抵抗と鼻腔流量)は16名から得た。
✔VASによる主観的な測定では絶頂を伴う性行為後60分までは点鼻噴霧薬と同程度に有意な改善を得た。(性行為-3.6、噴霧-3.2)。客観的な測定でも直後(性行為214,スプレー235)、30分後(性行為249,スプレー287)、60分後(性行為180,スプレー287)に鼻腔平均流量(ml/s)が増加し、抵抗が現象した。
✔性交後3時間で戻っていたが、スプレー群ではより長く改善が続いた。鼻閉を有する被験者(NOSE>30)のみが性交後に鼻腔機能の改善を得た。

下のグラフで、直後から60分間、鼻の通りが良くなっている。
濃い線がスプレー、薄い線が性行為。実線は自覚症状。点線は客観データ。

画像2

考察

オーガズムを伴う性行為とその鼻呼吸・鼻腔の開存についての初めての探索研究。主観評価と客観評価をしたのが強み。
研究の限界としては客観的なデータが得られなかった人もいること。(16/36人しか得られず。)そもそも、鼻づまりがもともとある人が多かったこと。
運動後には鼻腔抵抗が減少する(鼻が通る)ことはすでに報告されている。
性行為のクライマックスにおいては交感神経と副交感神経の双方の反射が関与しており、詳細なメカニズムは不明。
さらに研究を進めるためには、オーガズムを得なかった場合や、マスターベーションの群と比較する必要がある。もしも、マスターベーションでも鼻閉が改善するとすればスプレーの代替になるかもしれない。

この論文から考えられること(私見)

オーガズムを伴う性行為において、鼻腔抵抗が減少し、鼻閉も改善することが示されました。
一方で、筆者らが指摘するようにオーガズムを伴わない場合や、マスターベーションでどうなのかということは調査されていません。したがって、「性行為におけるオーガズムは点鼻薬と同程度に鼻閉を改善する」とはいえず、あくまで「オーガズムを伴う性行為において鼻閉は改善する」としか言えないでしょう。オーガズムそのものの影響はこの研究デザインでは評価できません。
オーガズム時の交感神経・副交感神経のバランスがわかりませんが、絶頂前に交感神経優位になって、その後に副交感神経優位になるとすれば、交感神経優位になった影響の方が長く続くということになるのでしょうか。
こういう研究から逆にオーガズムに関する知見が得られるということもあるかもしれませんね。

それにしても、こういう興味深い研究を考える研究者、参加して実験に協力していただける方、すごいですね。本当に尊敬します。

※この記事は私の論文を読んだ感想を個人的に備忘録として残しておく目的が主です。内容についてはできる限り正確になるように努めていますが、必ずしも保証しかねます。

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