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貨物電車第2期 : スーパーレールカーゴの後継を勝手に考える(前編)

はじめに

従来、わずかな例外こそあれ、貨物列車は機関車が牽引するものでした。

その状況を打ち破ったのがM250系電車、通称スーパーレールカーゴ(SRC)です
佐川急便専用列車として2002年に登場したスーパーレールカーゴは、高速輸送が求められる宅配貨物を機関車牽引列車では実現不可能な最高速度130km/hで輸送する「最速の貨物列車」として活躍を続けてきました。

しかし、登場から20年以上経過した現在も最初の2編成+予備車(合計42両)に続く製造はなく、貨物電車というジャンルの存続が注目されているところでした。

大船駅付近を走行するスーパーレールカーゴ
(Sakurayama 7氏撮影)
出典 https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/6/60/Mc250-3.jpg

そのような折、一般社団法人運輸総合研究所が2023年12月20日に開催した「貨物鉄道輸送150年記念セミナー」において、JR貨物は「2050年の日本を支える貨物鉄道の挑戦」というプレゼンテーションを行いました。

プレゼンテーションでは、JR貨物が将来構想している多種多様な取組が紹介されておりますが、その中にこのような記述がありました。

〇電車型貨物列車の開発検討
 速達性に優れる電車型貨物列車の第2期検討

プレゼンテーション資料21ページから引用

また、2023年3月29日に発表された2024年度事業計画でも同様の内容が記載されています。
JR貨物は、貨物電車というコンセプトを諦めてはいなかったのです。

このシリーズでは、貨物電車の長所と短所、そして将来性について扱います。
今回は前編として、スーパーレールカーゴの概要と問題点、そして高速性以外の貨物電車の長所について考察します。

スーパーレールカーゴの概要

まずスーパーレールカーゴの基本的な情報を確認してみましょう。
スーパーレールカーゴは佐川急便の宅配貨物専用列車として、東京貨物ターミナルー安治川口で上下1本ずつ運行されています。
編成は、2両1ユニットの動力車2ユニットを12両の付随車の前後に連結した16両編成です。
動力車には専用の31フィートコンテナを1個、付随車には2個積載できるので、1編成で28個のコンテナを輸送できることになります。
機関車1両+貨車15両の貨物列車ならば30個輸送できるので、同じ編成長ならやや輸送力が劣ります。
一方で、両端に運転台を備えていることから方向転換の際に機関車を付け替える必要がなく、駅での作業時間を短縮でき、機回し線も不要になるというメリットがあります。

編成出力は3520kwと、EF210形(1時間定格出力3390kw、30分定格出力3540kw)とほぼ同等です。
最高速度は130km/hで、これはJR貨物の保有する車両で最速です。

また曲線、すなわちカーブでの速度制限も緩和されます。
列車の曲線通過速度は、列車が安全に通過可能かつ一定の乗り心地が確保されるよう定められています。
その速度は機関車牽引列車でもっとも低く、最も高いのが高性能列車(車体傾斜装置等を搭載した電車・気動車)、その中間が一般の電車・気動車列車です。
例えば、中央西線の半径400mのカーブにおいて制限速度は以下のとおり設定されています。
・機関車牽引列車:75km/h
・一般電車:80km/h
・高性能電車:95km/h
スーパーレールカーゴは「電車」という扱いなので、一般電車の速度でカーブを通れるのです。

このように、スーパーレールカーゴは機関車牽引列車では実現できない高速性能を活かして活躍しているのです。

スーパーレールカーゴの問題点

では、なぜ貨物電車は普及しなかったのでしょうか?スペックと現状をもとに、個人的に理由を5つ考えてみました。
①②③が主要な理由で、④⑤がその他の理由です。

①軽い貨物しか運べない

スーパーレールカーゴに用いられる専用コンテナと、一般のコンテナとの最大の違いは何でしょうか。
それは「重量」です。
スーパーレールカーゴの電動車の空車重量は38.5トンで、専用コンテナ1個を載せた積車重量は50.0トンです。すなわち、専用コンテナ1個の重量は
50.0 - 38.5 = 11.5トンということになります。
(なお、Wikipediaには付随車の空車重量が21.0トン、積車重量が40.0トンという記述があり、ここから計算するとコンテナの重量は9.5トンとなりますが、他文献で積車時の軸重が11.0トンとあることから、正確な積車重量は44.0トンであり、Wikipediaに記載された積車重量が誤っていると思われます。)
一方、一般の31フィートコンテナは種類によって異なりますが、概ね20トン前後です。

コンテナに積める荷物の重量は、ここからコンテナそのものの重量を引いたものになります。
両者のコンテナ重量は大差ないものと思われますから、コンテナ1個あたりの輸送量には2倍以上の差がつくものと思われます。

また、コンテナの数にも大きな開きがあります。
先述のとおりスーパーレールカーゴ1編成が積載できる31フィートコンテナは28個ですが、スーパーレールカーゴが運行されている東海道本線では26両編成の機関車牽引貨物列車は運行されており、これは31フィートコンテナを52個も積載できます。

スーパーレールカーゴの高速運転は、「宅配荷物」という比重の小さい貨物を、量を限定して取り扱うことで実現していたのです。
貨物電車を普及させるには様々な荷物に対応する必要がありますが、これでは難しいでしょう。

②固定編成で常にコンテナ満載が求められるため、細かい積み下ろしや需要の増減に対応できない

スーパーレールカーゴの付随車は一見他のコンテナ貨車と変わりありませんが、高速貨物電車特有の機構が用いられており、他の貨車で代用することはできません。
また、スーパーレールカーゴは必ずコンテナ満載状態で運転されており、途中駅でコンテナを積み下ろししながら走る運用につくことはありません。
このブログによると、コンテナに隙間があると高速走行時に気流の乱れが生じ、周囲に危険を及ぼすためだそうです。(JR貨物が公式に明言しているかどうかは確認できませんでした)
電動車の場合は貨物を載せないと重量不足で粘着力を確保できず、走行性能が低下する問題もあります。

③特殊な機構を採用したことによる高コスト

スーパーレールカーゴの付随車は一般的なコンテナ貨車と外見上あまり変わりないように見えますが、高速走行のために様々な特殊装備を有しています。
主要な相違点は、「台車」「ブレーキ装置」「引き通し線」です。

A 台車
現在最新のコンテナ貨車であるコキ107形に使われる台車は、枕ばねにコイルばねを、軸ばねに積層ゴムを用いています。
金属やゴムを用いたばねは、電気や圧縮空気などの動力を必要としない、メンテナンスの手間が少ないなどメンテナンスコストが低く、旅客車に比べ数が多く構造が単純な貨車に適した長所を持っています。
一方、スーパーレールカーゴの付随車は空気ばね台車を採用しています。
空気ばねは高い衝撃吸収性能があり、高速走行を行うスーパーレールカーゴに適した方式ですが、外部から空気の供給が必要で、定期的なメンテナンスが必要になりコストは高めです。

B ブレーキ装置
コキ107形をはじめとするコキ100系貨車は電磁自動空気ブレーキを装備しています。
電磁自動空気ブレーキとは、古くから鉄道で用いられていた自動空気ブレーキに電磁弁を追加したものです。
自動空気ブレーキとは、運転士のブレーキ操作で各車両に引き通されたブレーキ管内の圧縮空気を抜き、ブレーキシリンダを動かすことで作動するブレーキです。
圧縮空気だけで動作するので貨車側の設備が簡単で済み、コストが低い長所がありますが、ブレーキ操作を行ってから編成後端まで指令が伝わるのに時間がかかり制動距離が延びる、いったんブレーキをかけると緩めることが難しいなど運転操作が難しいといった短所があります。
電磁自動空気ブレーキの場合は、運転士のブレーキ操作を各車両に引き通された電線でも伝達するので自動空気ブレーキより応答速度がやや高くなります。

一方、スーパーレールカーゴは全車両に電気指令式ブレーキを装備しています。
電気指令式ブレーキとは、運転士のブレーキ操作を電気信号として各車両に伝達し、電気信号を受信した各車両が圧縮空気をタンクからブレーキシリンダに送ることで作動するブレーキです。
電気指令式ブレーキは応答速度が高く、高速からでも短い距離で安全に停車できます。また、ブレーキを途中で緩めることも容易です。
しかし、各車両に圧縮空気タンクを設置する必要があり、搭載車両の調達、維持コストは高くなります。

JR在来線においては、原則として600m以内に停車できることを条件に最高速度が設定されていますから、最高速度は実質的にブレーキの性能で決まります。
ブレーキごとの最高速度は以下のとおりです。
自動空気ブレーキ:95km/h
電磁自動空気ブレーキ:110km/h(列車重量1200トン超の場合100km/h)
電気指令式ブレーキ:130km/h

C 引き通し線
スーパーレールカーゴは機関車牽引列車と異なり、編成後端にも動力車があります。
そのため、機関士が先頭車両で行う運転操作を後部の電動車に伝達する機能を中間の付随車に持たせる必要があります。
スーパーレールカーゴの場合、付随車に引き通し線を設置し運転操作を電気信号で後部の電動車に伝達しています。
当然一般の貨車にはこのような機構はないので、一般の貨車より構造は複雑になります。

このように、スーパーレールカーゴの付随車はその特殊装備のために高コストであることが想定さらるのです。

先述の問題と比べると小さいものですが、以下のような問題もあります。

③直流電化区間専用である

機関車牽引列車なら機関車を付け替えることで異なる電化方式の区間を直通できますが、スーパーレールカーゴは固定編成かつ直流電化区間専用なので、交流電化区間、非電化区間で運用することはできません。

④高速性能を発揮できる区間が限られている

機関車牽引列車より高速で走行できる区間、すなわち最高速度が110km/hを超える区間は東京ー大阪でも限られています。
具体的には豊橋ー大垣(最高速度120km/h)、米原ー吹田(最高速度130km/h)です。

このように、高速走行を実現するために積載性能、汎用性、経済性が犠牲になっていることが、スーパーレールカーゴの抱える主要な問題であると考えられるのです。

高速性以外の貨物電車の長所

では、貨物電車は軽量で高速輸送が求められる限られた貨物でしか機関車牽引列車に対して優位性を持たず、今後普及する余地はないのでしょうか。

私は、決してそうではないと考えています。
貨物電車の長所は高速性だけではないからです。

①軸重が軽い

スーパーレールカーゴの電動車は、積載時の重量が50.0トンです。
すなわち、軸重(車軸1本あたりの重量)は12.5トンとなります。
これは標準的な幹線用電気機関車の軸重16.8トンに比べかなり軽いものです。
そのため、幹線用電気機関車が走行できないローカル線や電車専用線でも走行することができます。
ちなみに、電車専用線でどのくらいの軸重までなら大丈夫かを計算してみると、
103系の制御電動車クモハ103の自重が約40トン、定員が136人なので、
250パーセントの満員電車なら、乗客の重量は1人あたり60kgとすると
60kg×(136×2.5)人=20.4トン
合計重量約60トン、軸重15トン
と、15トン程度なら大丈夫そうです。

②低速域の加速力が高い

列車は動輪とレールの摩擦力(鉄道業界では粘着力ということが多いです)によって発進、加速します。
そのため、動力車がどれほど大きなパワーを持っていたとしても、粘着力の上限を越える力を出そうとすれば空転してしまいます。
特に低速域では 電動機の駆動力>最大粘着力 である場合が多いので、粘着性能が重要になります。

路面や車輪の状態が同じ場合、粘着力は動輪が支えている車体の重さに概ね比例するので、出力が同じなら動輪上重量が高いほうが加速に優れていることになります。

スーパーレールカーゴ電動車の積車重量は50.0トンで、これが4両あるので動輪上重量は200.0トンです。
出力でほぼ同等の幹線用電気機関車EF210形の重量は100.8トンなので、スーパーレールカーゴはEF210形の約2倍の粘着性能があることになり、低速域の加速に優れていることがうかがえます。

③勾配に強い

粘着性能が必要な場面は、加速だけではありません。
粘着性能は勾配を登るときにも必要になります。

機関車が平坦な線路上で列車を牽引するとき、貨車の足回りの回転抵抗や空気抵抗など、進行方向と逆向きに働く抗力が働きます。機関車が抗力を上回る推進力を発揮できれば列車は発進することができます。

しかし、上り勾配では話が変わってきます。貨車に働く重力のうち、レールに平行な成分が抗力として加わるのです。
しかも、貨車の質量は非常に大きいので、わずかな勾配でもかなりの抗力が発生します。
例えば、質量1,000トンの貨車を傾斜角1度(約17.5パーミル)の上り勾配で牽引するとき、列車に由来する抗力は
1,000,000kgf × sin1° = 17,452kgf
となります。

EF65形、EF210形といったF級幹線用電気機関車の定格引張力は20,000kgf程度であるので、勾配に由来しない平坦線でも発生する抗力を考慮すると、列車を発進させ、加速させるための力はほとんど残らないでしょう。
粘着性能に優れる電車方式なら、より高い登坂性能が期待できます。

なお、スーパーレールカーゴの定格引張力は168.0kN ≒ 17,131kgf と控えめですが、これは貨物が軽量で高速性能が要求されるという車両の性質上、歯車比を高速寄りに設定しているためであると思われます。
(低速域では 電動機の駆動力<最大粘着力 という状態)
仮に最高速度が110km/hでよいのなら、歯車比は現行の11/13でよいことになり、引張力は歯車比に反比例するので現行の13/11、すなわち20,245kgfとなります。

このように、貨物電車には高速性以外の長所があり、「軽量貨物の高速輸送」という現行の用途に限らない活躍の余地があります。
後編では、第2世代貨物電車「M500形(仮称)」を仮定し、その用途について考えてみようと思います。

参考文献

淺倉康二, 中川哲朗「M250系直流貨物電車(スーパーレールカーゴ)の開発」『電気学会誌』125, 5, 288-291, 2005

久保田博「鉄道工学ハンドブック」1995年 グランプリ出版

森田英嗣「JR貨物スーパーレールカーゴ M250系直流貨物電車」鉄道ジャーナル 38, 8, 77-82, 2004



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