見出し画像

Clubhouseに思うこと

あっという間の出来事でした。

リアルの場を失われ、職場でも、呑み会の席でも、グダグダ話すってことを許されなくなった人々が、すっかりコロナ禍に倦んでた頃。ZoomやTeamsといったビデオ会議のように見栄えに気を使う必要もなく、ちょっと新しく見える音声SNSが颯爽と現れ、好事家の心(虚栄心)を刺激するがごとく紹介制というスパイスで香ばしく話題をかっさらている今日この頃。かつて宣伝部で媒体チームをやっていた目線から、ちょっと書き記しておこうと思った次第です。

ここ20年くらい色んな「デジタル化」が進んでると思います。わかり易い例でいうとテレビですね。ブラウン管なんてもう覚えてないかもしれませんが「45度で叩けば、治る」なんて今は昔、薄型テレビ・地上デジタル放送なんてのは一番わかりやすいフェーズチェンジでした。

このデジタル化に合わせて起こったもう一つのうねりが「民主化」。特にメディアの「民主化」って観点でいうと、それまで特権階級ともいえる”選ばれた人たち”しかなし得なかったコトが、市井の人でもやれてしまう時代になってきたということですね。

たとえばテレビは、YouTubeに。石橋貴明だってお台場のスタジオ行かなくても、ディレクターと二人でヒョイってYouTube動画上げる時代、子どもたちのなりたい職業はYoutuber。近頃じゃTiktokにしたって、誰だって映像作家になれてしまう時代ですね。それより早かったのは、出版界かもしれません、ブログやTwitter小説、Noteだってそうです。編集者と作家とエディトリアルデザイナーと印刷会社となんて面倒なこともなく、スマホ1つでチクチク言葉を紡いでいけば、ほら 一人出版社状態。

で、今回のClubhouse。これは、きっとラジオの「民主化」なんだと理解しました。通常、文字→音声→映像といくのがデジタル化の定番なのですが、ラジオは少しマイナーなためかちょっと気分的に乗り遅れた感じ。もちろんPodcastもあったりしましたが、参加者が登壇者にヒョイって変わる今回のは民主化って言葉がぴったりだなと思った次第です。

これから色んな使われ方がでてくるんでしょうが、ラジオ番組制作みたいなセンスを持ってる人がうまくやるんだろうななどと思いつつ、昨夜のRoomみたいに「居酒屋で隣に居合わせた友だちを自分たちのテーブルに招き入れ絡み酒始める」みたいなノリもいいなと思いながら、もうしばらく楽しんでみようと思うClubhouse3日目のメモでした。


了。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?