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『Pearl パール』感想

『Pearl パール』
監督:タイ・ウェスト
出演:ミア・ゴス、デヴィッド・コレンスウェット、タンディ・ライトほか
配給:ハピネットファントム・スタジオ
原題:Pearl|2022年|アメリカ映画|上映時間:102分|R15+
https://happinet-phantom.com/pearl/

 カメラは暗い納屋を抜け、がらんと開けた田舎の一軒家の中にいる古臭いドレスを着た女の子を映し出す。しなやかな腕を伸ばして、うっとりと踊る彼女の元に、厳格そうな母親がやってきて、着替えて野良仕事をするよう言いつける。

 「わたしの才能を母さんはわかってないのよ」。そう言いながら、スターを夢見る彼女は、納屋をステージにふたたび歌い、踊る。観客は柵の中の牛やヒツジたち。一曲終わるころに外からやってきたガチョウは、なにか言いたげで……。
 ちょっとした夢女子の、赤毛のアンじみたシーンはしかし、ガチョウの態度に腹を立てたパールの、ピッチフォークでの一撃でいきなり血まみれ展開に。死んだばかりのガチョウをフォークに突き刺したまま、元気よく藪をぬけ、家の裏にある池に棲むワニを呼び出して、にこやかに差し出したところから物語がはじまる。

 とにかくパールを演じたミア・ゴスがすごい。
 長回し、長台詞のワンカットの連発で、どのシーンにもミア・ゴスがいる。実際はそんなことないだろうけど、彼女が映っていない瞬間なんてないんじゃないかと思うほど、ずっと視界にパールの姿がある。
 もうこれは、閉塞的な家と田舎町を飛び出す夢を見る、ひとりの少女に密着したドキュメンタリー映画なのだ。
 観客は、スクリーンいっぱいに映し出されるパールという女の子の、かわいらしさと、笑顔と、夢と、残忍性と、性欲と、一途さと、承認欲求と、狂気と、孤独という、生々しい感情と表情をひたすら観ることになる。

 そして、不思議なことにこんなにもミア・ゴスざんまい、わんこミア・ゴスなのにもかかわらず、お腹いっぱいになったり、飽きたりすることがない。 あっさりめの顔立ちから次々に繰り出される、くるくる変わる表情がいいのか、きらめく彼女の一瞬をすべて見逃すまいというカメラ越しの強い意志と愛情を感じるからなのか。それともその両方か。

 あんまりにも魅力的なその姿を見続けているうちに、パールの感情や思考が流れ込んできて、なんとなく理解できる気になってしまう。ドキュメンタリー映画の主題に据えられた登場人物に対して、肩入れしながら観てしまうのをどうしても避けられないように。

 人生がぐらりと悪い方向へ傾きはじめた途端、雑とも取れる大胆さでパールは自分の道を突き進む。そのころにはもう、彼女のとりこになっているわたしたちは、危なっかしい姿をハラハラと見守ることしかできない。

 あらかじめ持っている者と、持たざる者。なんでもうまくいく人と、どうしてもうまくいかない人。すべての人は平等であれと頭の中では思うけれど、どうしようもなく持つことができない人がいるのも知っているから、持たざるものであるパールの叫びが、大粒の涙が、せつない。

 劇中、号泣してマスカラもアイラインもすべて流れ落ち、涙どころか鼻水をおおっぴらに垂らしたパールの顔はひどくぐちゃぐちゃで、あまりにもすべてが丸出しで痛々しい。わたしは、あんなに見事な鼻水は、ほかに「北の国から」の地井武男くらいしか見たことがない。そして、ミア・ゴスがその顔を隠すことなくわたしたちの眼前にさらした勇気がすばらしいと思う。あの鼻水は、必見。

(2023.07.07鑑賞)

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