(小説)solec 4-4「アンガローニ202」
こうして私たち2人はソレクを出て、パリへ行くことにした。当然、第1段階への旅客航空便はないし、旅客専用列車もまた存在しない。第1段階へ行くための手続きは困難の連続というか不可能であったが、私には不幸にも維持隊とコネがあった。なんとか昔の研究仲間に知られずには済んだ。室長に知られるとまずい。心が痛まないと言えば嘘になるが、私は彼女を守らなくてはならない。
アンガローニ1日目
「アンガローニに乗るの初めて。本当はあの日乗れるはずだったんだけどね。」
「駅ごと潰れちゃったね。」
「初めて会ったときさ、何描いてたの?」
今も突然アイデアを思い出したらしく何やら描いている。
「えー?あの管制室の廃墟だったと思う。放射線がぶぅわっわわって。」
彼女の目はノートに向けられている。しかし、まぁ事実だ。彼女のセンスは正しかった。あの時、実験の歓喜したが、あそこにいた全員が微量なりとも被曝した。
「その絵、残ってる?」どんな絵だろう。そういえば、彼女の絵を見たことがない。
「捨てちゃったかな。」
捨てちゃったの・・・。
「芸術家って、そういうもんなのね。」
「そういうとこ科学と似てるよね。お互い様じゃん、今しか見ないってゆうか。」
確かにあの実験で人体が被爆した以上に、長年費やしてきた実験装置へのダメージは大きく、それらは廃棄になった。それでも、
「聞き捨てならないな。科学ってまずひとくくりにされてもね、いろいろあるし、そうひとまとめにされると怒るひといるのよ。それに、今しか見てないんじゃなくて真理しか信じてないだけ、確かに新しい発見とかあって端から見たら新しいことばかりが注目されるんだと思うかもしれないけど。新しい発見なんてものは手段に過ぎないわ。」
「お姉ちゃん。だいぶ饒舌になったね。芸術にだっていろいろあるし。まず芸術っていってもね。以下略。」
沈黙。
「お姉ちゃん。あたしね、お姉ちゃんとパリに行けて、嬉しい。」
真顔で言う。
「うん。」
アンガローニ2日目。
「お姉ちゃん。飽きた。」相変わらず外の景色は変わらず、見えるのは草原と時々現われる森。まぁ飽きるのも無理はないかもしれない。だが、
「あなたが一緒に乗りたいって言ったんでしょうが。それに私、この景色好き。」
「へへっ。」
「なに笑ってるの?」
「別に〜。さて!」この子はまた唐突に。
「何?」
「風呂入ろうか。」
「行けば。」
「いや、一緒に!」
「やだ。」
・・・
「じゃぁここで脱ぐ!」
「あ。」
「あ。」
「まだ・・・あざ、残ってるんだ。」
「ごめん。」ゆっくりと上着をかぶる。
「私こそ、ごめん。」脱いだのは彼女なのになんで私、謝ってるんだ。
アンガローニ3日目。
「お姉ちゃん。飽きた。」
無視。外の景色は相変わらずの草と木と時々ダーチャだ。だが、今回彼女が飽きたのは食事のことだろう。ソレクに住んでいれば毎日別々の食事が配給されていたし、希望すれば世界一のレストランシェフの味をもちろん無償で堪能できた。が、アンガローニはそうではないらしい。固いパンとチーズとコーヒーと牛乳。それに付け合わされるベーコンやソーセージ。それから、じゃがいもペースト。私は毎日3食研究室で同じアイス食べ続けていた日々があって慣れているので構わない。
そろそろ本題を切り出さねば。と、姿勢を正したところで。
「ア、アアア!」隣の客室から聞こえる。始まった。昨日からだ。最初は何事かと思ったが、2人とも聞かないふりをしていたが、今日のは一段と大きい声だ。きっと始めは気を使っていたのだろうが、3日目となるとみんないろいろなネジが外れてしまうらしい。
「お姉ちゃん、これさ!」そんなに生き生きとした表情を向けないでほしい。
「まぁ情熱的なのね。近所迷惑。」
「お姉ちゃん、顔赤い!」
「静かに。止めなさい。」
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