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博士と白紙と〜フリーランス病理医日記 2020年9月

取材ラッシュ

 近畿大学に勤務していた頃は、大学の後押しもあって、様々なメディアにコメントしたり、テレビに出たりしていた。

 2014年のSTAP細胞事件の時がピークだったが、その後も病理医として病気になった芸能人の症状を解説するといった仕事が舞い込んでいた。

 しかし、これも昨年一般病院の勤務医になって以降、激減した。まあ、取材は「近大ブランド」の背中の上に乗っかって受けていたものだから、当然ではある。

 今年フリーランス、正確には一般社団法人カセイケンの代表が本職になって以降は、ポツポツとコメントをするという感じではあった。

 ところが9月下旬以降、かなりの取材申し込みが舞い込んだ。

 内容も多岐にわたり、安倍政権の科学技術政策を振り返ることや、研究不正のことなど色々だった。ノーベル賞の発表が近いということも、こうした取材が増えた理由の一つ。

 我ながら何でも屋だと思う。一つの場所で複数の専門店を経営している店が話題になったが、私も科学技術政策ウォッチャー、研究不正ウォッチャー、研究者のキャリアパス問題ウォッチャーなど色々やっている感じ。論文を書いているわけではないので、あくまで「ウォッチャー」なのだけど…。

 まあ、そういうのも悪くはないなと思っている。

 専門店を複数維持するためには常に情報収集の努力は怠ってはいけないと思い、気合を入れ直す。

博士と安倍政権

 取材の中には安倍政権の科学技術政策をどう見るのか、というものが複数あった。

 色々な論点がある。イノベーション、産業寄りに前のめりになりすぎた、AMEDを作った(が骨抜きになった?)などなど。

 一つ述べておきたいのが、若手研究者への支援をかなり強く押し出してきたことだ。

 それ自体は決して悪いことではない。

 ただ、若手、つまり40歳くらいになると途端に支援がなくなること、就職氷河期世代に重なる博士号取得者たちが取り残され、梯子を外されてしまったことなど、問題は山積みだ。

 私は「若手研究者」のキャリアパスに関する動向を25年くらい追っている。それは自分が若手に分類されていたこともあるが、なかなか動かない状態が続いた。もちろん、私が評価委員として関わった、文科省のポストドクターキャリア事業などの取り組みはあったのだが…。

 これにはいわゆる「団塊の世代」に相当するボリュームゾーンの研究者が完全引退するまで、事態が動かなかったということもあるのではないかと推測している。

 ともかく、今現実問題として苦しむ氷河期世代に何をすれば良いのか。喫緊の課題だ。

 政府はこの世代の支援を行いつつはある。

 とはいえ、氷河期世代対象の一つの職に数百人が集まるなどざらであり、新型コロナウイルスの蔓延もあり、厳しい状況が続いている。

 博士号取得者の場合も同様だ。そして、時間が経てば立つほど状況が厳しくなる。

  ポストドクターは年々高齢化している。

ポストドクター等のうち、男性は、10,948 人(70.2%)、女性は、4,642 人(29.8%)であり、平均 年齢は、37.5 歳(男性 37.2 歳、女性 38.1 歳)であった。前回の調査に比べ、女性の割合が 増加し、全体の平均年齢の上昇が認められた。

 今私は、岩波書店のウェブで公開されている研究者のキャリアに関する企画に協力している。

 こうしたことも含め、できることを可能な限りやり、対策を加速していきたい。

 残念ながらこの世代に目配せする視線は乏しい。10月の話題になるが、日本学術会議も提言を出すものの、実効性が乏しいという問題もある。

 厳しい状況であるが、諦めてはいけない。これをやるためにフリーランスになったのだから。

苦しみの原稿執筆

 様々な原稿を執筆するというのも、私の仕事の一つだ。Yahoo!ニュース個人もその一つだったが、最近Yahoo!は医療関係者を多数執筆陣として招いているので、書きにくくなった。取材を受けたようなネタで書いてもいいのだけれど、なかなか記事を書くまとまった時間が取れずご無沙汰という感じだ。

 今月は紙媒体からの依頼原稿が2本あり、かなり苦しい原稿執筆となった。

 いずれも新型コロナウイルスにからめた記事なのだが、医療経営といったやや専門外の内容もあって、書いては消し、書いては消しといった感じで遅々として進まず。

 日々のフリーランス病理医としての仕事に忙殺されて、なかなか書く時間と気力がなかったというのも大きい。

 けれど、こうしたちょっと背伸びをするような原稿や依頼が、自分をいつも鍛えてくれていると思っている。本当に苦しんだけど、ちょっと成長したような気持ち。

 さて、来年までに単著を複数書かなければならない。移動に膨大な時間を費やすフリーランス病理医稼業の合間に、どれだけ文章を書けるのか。

 持ち運び可能ですぐ書ける軽いデバイスを色々試したが、iPad Proが一番だと気がついた。今もiPad Proで執筆している。すぐ起動できてキーボード入力も可能。タッチペンも使える。いいね。

 とはいえデバイスはあくまで補助。書くのは自分。気合を入れて執筆していかなければ…。

白紙の申込書

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 私は日々病理医として複数の病院に勤務している。

 色々な病院がある。常勤の病理医がいて、ヘルプに入る形だったり、完全非常勤で回している病院だったり。

 非常勤病理医はどこでも、概ねその病院の他の科の医師との関係が希薄だ。

 それは仕方ない。一週間の中で僅かしかいない状態では、顔も見えない。コミュニケーションは不足しがちになる。

 だからこそ、病理診断の申込書に書かれた記載は貴重なコミュニケーション手段となる。この症例は何なのか、どうして病理診断に提出したのか、何を知りたいのか…。我々病理医は、こうした情報なしには診断することは難しい。もちろんなんらかの診断名を思い浮かべることはできるが、それが臨床症状と合致しているのか分からず、非常に危ない。

 カルテ見ればいいのでは、と思われるかもしれないが、一日数十件の診断をする中で、なかなかカルテを見る余裕がなかったりもする。もちろん、必要ならば様々なデータを参照するが。

 こんななか、ある病院で全く白紙の申込書が出た。

 流石に全くの白紙は数年ぶりだったので絶句した。そりゃないよ…。病理医を馬鹿にしているし、何より患者さんのためにならないではないか…。

 このことをTwitterで呟いたら、放射線診断医の方々なども同じような状況で苦労されているという。

 医師が極めて多忙であるという点は理解できる。AIなどの補助による論点の提示などはあって然るべきかもしれない。

 しかし、医師対医師のコミュニケーションは不可欠なはずだ。

 今後遠隔医療が導入されてくるが、対面でのコミュニケーションが取りづらいこのご時世、こうしたコミュニケーションブレイク問題は頻出するだろう。考えていかなければいけない問題だ。


 さて、フリーランスになって半年すぎた。やや詰め込みすぎた業務に日々ヘトヘトであるが、自分の事務所でzoomの有料契約をするなど、地道に進んではいる。

 生きるのに必死な毎日から見えるものは大きい。10月からも、白紙の申込書が出るような地べたから見える景色をしっかり見ながら進んでいきたい。

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