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応用"科学者"という生き方

 小学生から中学生のころ、科学者になりたいと思っていた。

 それは明らかにNewtonと竹内均氏の影響だ。もちろん子供の科学やウータン、オムニ、科学朝日といろいろな科学雑誌を買ってもらい読んだけれど、影響力の大きさはNewtonが群を抜いていたと思う。

 Newtonのグラフィックは群を抜いていた。Newtonによって宇宙や惑星への憧れが膨らんでいった。

 それと同時に、Newton編集長の竹内氏が出演するNHKの教育テレビの番組が好きだった。

「チキューを取り巻く大気には、成層圏と呼ばれる…」

 モノマネするくらい好きだった。独特の拍子というか、奇抜なべっこう?のメガネ含め、竹内氏に魅了されていたのだ。

 ニュートンに執筆されていた科学者の経歴に東北大学が多いから東北大学に行きたいなと思ったくらいだ。その後多少成績が伸びたので、東大志望にしたが、それくらい影響を受けた。

 ただ、一応希望叶って東大理学部に進むことができたが、現実は甘くなかった。自分の至らなさ、熱量の乏しさなどを痛感し、ドロップアウト。医学部に入り直して今に至る。

 科学者にはなれなかったと言っても、医者になれたのだからいいではないか、と言われるが、医者は何か未知のものを発見しているわけではない。誰かが見つけた知見を使って、現実に落とし込む作業をしているわけだ。

 もちろん職業に貴賎なしであるが、何かを生み出すわけではない、という部分に大きな違いがあるわけだ。

 けれど、それでもいいのかなと思っている。

 いわば他人の知見を利用する「応用科学者」としての生き方も、悪いものではない。

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