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日本版AAASの夢と現実

フリーランス病理医日記2021年第一号

 新型コロナウイルスの感染が収まらないなか、新しい年を迎えました。

 フリーランス病理医になって10ヶ月。なんとかやってます。というわけで、今年第一号の日記を。書けるのが不定期になっているので、もう1月、2月ではなく、1号、2号と番号を振っていきます。

 で、今回はです、ます調にしてみました。意味はありません。

文章を書くということ

 昨年度までは公立病院の病理医でした。組織診断の件数は3000弱。病理医16年生にとっては、これくらいの件数は比較的ゆとりを持って診断することができます。正直時間が余るくらい。

 かと言って公立病院勤務ということですから、公務員なわけで、職務専念義務があって勤務時間に別のことをすることはできません。空いた時間は病理学の知識の収集など職務に関することに費やしたわけですが、もうちょっと何かしたいなあと思ってフリーランスになったわけです(フリーになった理由はそれだけではないのですが)。

 フリーになってやりたかったことは、文章を書くことでした。

 ありがたいことに本の執筆依頼が複数あって、執筆に集中できたらなあと思っていました。

 甘かった…。

 フリーランスになって仕事の依頼をできる限り受けたところ、病理診断と移動に時間のほとんどを費やすことに…。一日最大70件診断し、最大7時間を移動に費やす日々。

 70件それぞれに100字書いたとしても(本当はもっと書いています)、1日7000字文字を書いているわけで、1ヶ月に何冊も本が書けるくらいの文章を書いている状態。ほとんど文筆業状態ですが、それ以外の文章を書く余裕も気力もなく…。

 移動時間に文章を書けなくはないですが(実際毎週発行のメールマガジンを作ったりしている)、2万歩以上歩く日もあり、また乗り物酔いすることもあって一筋縄ではいかず…。座れないことも多いですし。

 とはいえなんとかしなきゃいけないのもあって、昔書いた文章を寄せ集めて12万字くらいにして編集者さんに提出。うまくいけば今年半ばくらいに一冊出せそうな感じに。

 ともかく、文章を書くのは得意だと思っていましたし、STAP細胞の本を書いたときなど、二週間で一冊書き上げたくらいそれなりに速書きだと思っていましたが、50近くなり、なかなかパワーが出なくなりました。

 Yahoo!ニュース個人も書きたいこと、書かなければならないことはあるのですが、しばらくご無沙汰。同じYahoo!ニュース個人に臨床しながら書いている忽那賢志先生のペースはすごいわ…。オーサーアワード2020は当然忽那先生に一票投じましたよ。

 ともかく愚痴っても仕方ないので、とにかく書く、が今年のデューティですね。

 書くデバイスも悩んでいます。

 2017年版のiPad Proを使って文章を書いていましたが、キーボードの反応がおかしくなったことと、12万字がメモリ不足で辛くなってきたので、昨年購入した二世代前のMac Book Airを持ち歩いて書いています。最新版がえらい早いマシンらしいので物欲に駆られますが、物書きには十分かな。

 ともかく、書いて書いて書きまくるしかない…。がんばります。

失業と過労と赤の女王

 これまでにも書いてきましたが、フリーランス病理医になって、幸いにも食っていけています。仕事は次々といただいていて、正直なところ、これ以上引き受けられないという状態に…。それが文章をなかなか書けない状況を引き起こしているわけですが、なんでここまでめいっぱい仕事しているかというと、仕事を失うのが怖いからです。

 実は病理医も、チラホラと非常勤のアルバイトを切られたという話を聞いています。それは大学に所属している、本務の仕事がある人のアルバイトであり、余裕がある人の話ではあるのですが、新型コロナウイルスの蔓延が医療機関の経営にマイナスの影響を与えており、病理診断の標本数の減少につながっているようで、非常勤の病理医を整理している病院が増えてきました。

 今はオファーをたくさんいただいていますが、いつお断りのフェーズになるか分からない危機感は感じており、フリーランスにとっては死活問題です。依頼は大切にしようと思っています。収入減が複数になることで、一つ切られても生き残っていけるという目論みもあります。

 AIの導入による病理診断の変化など、今後労働環境等も激変期を迎えつつあります。ただひたすら病理診断をしていればOKという時代ではなくなってしまうのは確実で、その中でいかに付加価値の高い仕事を続けることができるのか、常に努力していかなければならないと思っています。

 ほんと赤の女王ですね…。走り続けなければとどまることもできない…。

野口英世をディスる

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 1月28日に放送されたNHK BSプレミアムの番組、「フランケンシュタインの誘惑」に出演しました。内容は野口英世。野口の研究は一部は科学史に残るものがあるものの、黄熱病などの研究には、他の研究者の指摘を聞かなかったなどの「好ましくない研究行為」(QRP)があったのではないかと思っています。白楽ロックビル先生は「研究クログレイ」と呼んでいる行為ですね。

 このQRPについて、最近では不適切などという緩い言葉ではダメで、有害な行為と言うべきであろう、という声も、アメリカの科学アカデミー(医学、工学、理学)からは出てきています。

 番組では岩田健太郎先生と議論したのですが、野口の行為を有害と呼ぶかによって意見が分かれました。

 Twitterで番組の反応を見ていましたが、基本好評でホッとしました。

 現代の視点で過去の人を否定するという趣旨ではなく、歴史から学ぶという気持ちで収録に臨みました。あの時代にアメリカに渡り、必死で生き抜いた野口の人生までも否定するつもりはありません。

 しかし、それはそれとして、頑張ったのだからあれこれ言うな、ではなく行為の一つ一つには今日の我々が教訓とすべきことがあると思っており、番組の最後でも言いましたが、それこそ野口をリスペクトすることになるのではないかと思っています。

 日本人は概して人格と行為、意見を分離することが不得手のようで、今もSNS上でそうした光景が日常的にみられます。

 人格と意見は深く結びついていることもあり、なかなか分離は難しいのですが、「罪を憎んで人を憎まず」という使い古された言葉は、たとえ相手が偉人であっても、誰であっても意識していけたらと思っています。難しいことですが。

日本版AAAS準備委員会正式始動

 日本に分野横断的科学振興組織を作る動きが少しづつ形になってきました。

【プレスリリース 】日本版AAAS設立準備委員会が正式発足

 感慨深いものがあります。と言うのも、私は2000年代、仲間とともに日本にも全米科学振興協会のような組織が必要なのではないかと思い、その設立を目指したことがあったからです。

 当時書いた文章などがウェブに残っています。

NPO法人サイエンス・コミュニケーション 第3回政策研究会「AAASとサイエンス・コミュニケーションの未来」(2007年)

なぜ我々はAAASに注目するのか 科学技術コミュニケーション, 2, 49-55 2007-09 10.14943/25955

お任せ科学・技術政策を超えて(2010年に岩波の科学に載せた文章)

 以下の写真は2006年に出した「失敗しない大学院進学ガイド」(日本評論社)に乗せたプロフィールです。しっかりと日本版AAASのことについて書いています。

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 他にも、総合科学技術会議のミーティングでも日本版AAASについて触れています。この記事のタイトル写真はそこからとってきたものです。

科学・技術ミーティングin大阪について【平成22年3月20日】

 この2000年代から2010年くらいまでの活動はいったん頓挫しました。それはNPO法人サイエンス・コミュニケーションが分裂してしまったからです。

 2003年12月に設立したNPO法人が分裂した原因はお金です。

 これは非営利組織あるあるだとは思いますが、お金が稼げる事業と稼げない活動との間にある意識のずれは次第に大きくなり、修復できないものになっていきました。お金を稼いでいる側からすればあいつら何をやっているのだ、と言うことになるし、稼いでない側からしたら、お金を稼ぐことはNPOの本来のミッションと違うだろうとなってしまいました。

 代表理事である私が法人印を管理しておらず、口座の管理もしていなかったことも大きな問題でした。

 結局お金を持っていない私と私に賛同する仲間がNPOから出て行くことになり、別の組織を立ち上げます。

 2010年に分裂したNPO法人は、2013年には解散していますが、そのことを知ったのは、何年も経ってから。たまたまネットで検索していて見つけ、衝撃を受けたのを覚えています。解散するくらいなら法人格をくれてもよかったんじゃないの、と言ってももはやアフターフェスティバル(後の祭り)。

 2010年代は40代とも重なり、仕事が忙しくなったり、メンバーが子育てに忙殺されたりして、とても本業以外の活動をする余裕がなく、2018年に一般社団法人科学・政策と社会研究室を作るまでは現状維持のような状態でした。

 そうこうしているうちに、日本版AAASを作りたいという研究者の方々が現れ、私達にもお声がかかった次第です。

 今回は準備委員会が発足し、プレスリリースまで漕ぎ着けたので、本当にすごいと思います。時代背景も、研究者がまとまらないとヤバイ、という各国の科学者組織が誕生する時と同じ動機が生まれやすい厳しい状況に直面したと言うのもあるでしょう。別にAAASのような組織などなくてもなんら差し支えがなかったという「牧歌的」な時代が過ぎたということでしょう。

 今回の動きはぜひ形にしたいと思っています。

 そのために私は、バックオフィス、裏方をやりたいと強く願っています。

 上述のように、非営利組織の運営というのは大変難しいもので、常に分裂や乗っ取りの危険性を抱えています。また、財務基盤が弱いところも多く、労務管理等もしっかりしていないところが多いのが現状です。

 私が知っている科学系NPO法人も、労務管理が杜撰だったり、会計管理ができなかったり、あるいはどうしても属人的に創業者依存的で、世代交代ができなかったりと問題を抱えています。

 科学団体ではないですが、私が理事として関わる、「勤務医の医師会」として誕生した全国医師連盟も、発足当初は大変盛り上がったのですが、その後はそこまでのムーブメントを作れていません。

 組織を運営するためにバックオフィスが大切だ、ということは、東浩紀氏の著書「ゲンロン戦記」でも詳しく語られているので、関係者必読です。なお、私は2012年からゲンロン友の会(当初はコンテクチュアズ友の会)の会員でもあります。

 このような理由から、裏方として関わりたいと思っているところです。NPO法人サイエンス・コミュニケーションでの失敗と、昨年から経営している一人合同会社での経験等を生かすことができたらと実は密かに思っています。まだ創業一年も経っていないので偉そうなことは言えませんが…。

 日本版AAASに集まった方々の中には、この種の団体の運営に慣れている方もいますし、団体規模が大きくなると、私のような小さな組織しか経営したことない者などあまり必要ではないかもしれませんが、そうなれば団体としては安心できる材料なので、嬉しいと思わなければなりません。

 非営利組織の経営は、ドラッカーやコトラーが論じたように、なかなか難しいところがあります。

 日本版AAASをしっかりと日本の科学に根ざした組織にするためにも、頑張っていきたいと思っています。そのためには忙しすぎる日々をなんとかしないといけないわけですが…。

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