見出し画像

「グイドの手」の新案を考える(役立たないこと120%!)

今回は久しぶりの音楽ネタですが、

中世音楽理論ネタ、さらに、誰にも役立たないネタ、、、どうすんだ。。。

先日、東京芸術大学の「西洋中世古楽会」の初めての学外公演を聴きにいってきて、3時間めいっぱい盛りだくさんなコンサートを楽しんできたのですが、その会場で「西洋中世古楽会論集」というのを売っていて買いました。

こんな論集で、内容はこんな感じです。

とても素敵でしょう。
もしご興味ありそうなら、ぜひ
ツイッター 西洋中世古楽会 @geidai_WMM
フェイスブック 西洋中世古楽会
にアクセス、フォローなどしていただいて、お問い合わせいただければと思います。どのくらい印刷したのかはわからないので。

さて、この論集には6氏の論考が載っていて、それぞれ個人の思い入れとマニアックさがとても現れる面白いものだったのですが、個人的には特殊ネウマの読み方であるとか、ラテン語が長短アクセントから高低アクセントへ移行した時代のオルニトパルクスのアクセント論の翻訳とか、興味深い話がいろいろ。

そんな中、内容に惹かれつつ気になったのが、グイドの手がどうしてあのようになっているか、という話でした。
って書いても

「グイドの手」ってなによ?

ってことになりそうなので、少し辛気臭いですが、基本的なことから整理しておきます、

▶︎音名と階名

なんだか昔の音楽の授業を振り返るような内容で恐縮ですが、音楽で音の高さを表現するには、音名と階名とがあります。
音名は絶対的な音高を表現して日本語だとイロハ、英語などではABCで表されます。階名は音階を表すもので、ドレミのことです。こちらは現在でも移動ドという方法があるように、音階の音程関係に応じてずらして読むことがあるという点で、絶対的な音高を表すものではありません。

では、次に中世の音楽理論では音名と階名をどのように考えていたか、音程関係を見てみましょう。

音名は今と同じくaからgまでの文字で表されますが、ただしbについては2種類存在するのが許されます。aより半音高いbと、全音高いbの2種類です。
前者のbは「やわらかいb」と呼ばれ、現在ではドイツ語の音名のbと、半音下がるフラット記号の由来となっています。
後者のbは角張ったbの形またはナチュラル記号の形で書かれ「かたいb」と呼ばれます。こちらは、ドイツ語の音名のhと、ナチュラル記号の由来となっています。

階名はut, re, mi, fa, sol. laの6音です。現在のシにあたるものはまだありません。ですので、laの次に上のutに上がるという概念がありません。

さて、音名と階名の関係がわかったところで、中世当時は歌う時に、現在の移動ド唱法のような「ソルミゼーション」という方法でメロディを歌い覚えていました。
じゃあ、次はソルミゼーションの説明です。

▶︎ソルミゼーション

ソルミゼーションはメロディを階名で歌い覚えるための方法です。
つまり、メロディの音程関係に合うように、階名でうまく歌えるようにあてはめていくわけです。メロディの音域が上下するにつれて、そこにあうように随時移動ドしていくイメージです。
例を挙げてみます。

この場合、最初の4拍は、bとcの間に半音があるので、そこがmi, faとなるように歌います。なので、re ut re fa mi ut reとなります。でも次の4拍はそのまま歌うとfの音で階名を下に外れてしまいます。なので、ここでずらす必要がでてきます。この4拍のフレーズ全体をずらして、ra sol fa mi re mi reと歌うか、下にはみ出すところでずらして、re ut fa mi re mi reと歌う方法があります。

このようにソルミゼーションはメロディに合わせて即座に階名を合わせていく必要があるので、どの音名にはどの階名が当てはまる可能性があるかを覚えていないといけないわけです。

中世当時は歌を基準としていたので、基本となる音階の音域は約2オクターブ半の20音、それに当てはまりうる階名は次のようになっていました。(最低音はAの下に追加されたΓであり、この基本音階自体もガンマと呼ばれます)

Γからeeまでの20音それぞれの音に当てはまる階名とのセットを覚える必要がありました。
つまり、最低音はΓut(ガンマウト)となりますし、たとえば、Gsolfaut(ジーソルファウト)と呼んだりするわけです。(bの音に関しては、それぞれ、ベーファとベーミの2種類があることになります)

で、これらの音名階名セットを覚えるための方法が「グイドの手」であったわけです。

▶︎グイドの手

まず、グイドというのは人名でグイド・ダレッツィオという11世紀の修道士です。階名のアイディアを出したともいわれ「ミクロロゴス」など多くの音楽理論書を遺している重要な音楽理論家です。
この「グイドの手」自身は本人の発案ではないと言われていますが、11世紀後半にはすでに文献に書かれていることから当時から音名階名セットを覚えるための手段だったことは確かです。

どのようなものかというと、左の指の関節に音階順に音名階名セットをあてはめていき覚えるというものです。

左手の親指の先がΓutで、そこから下の図のように渦巻き状に音階(図には書きませんでしたが、音名と階名のセット)をあてはめていき、最後に中指の第1関節から中指の先に再度抜けて終わるというものです。
当時は紙に書いて覚えるといった方法は、羊皮紙自体貴重ですから取られず、このように肉体に割り当てて覚えるというのが記憶術としては一般的でした。(このような手を作ったり、人体を使う方法には、メロディを覚えたりするのにも活用されていました。以前書いた、中世音楽以前の音楽書の紹介でもあげたMedieval music and the Art of Memoryにはグイドの手を始め、このような事例がいくつか紹介されています)

さて、やっとこれだけ説明して、今回の本題に行きたいと思います。

▶︎新案「グイドの手」

さて、冒頭で紹介した「西洋中世古楽会論集」では、なぜ「グイドの手」があのような形になっているのか、という話が出てきます。
そして論者は「グイドの手」には音名階名セットを覚えるだけでなく、その音が五線譜上で線の上の音か、間の音かを覚えることも重要要素だったのではないか、ということを様々な文献に書かれたグイドの手の図や説明文から論証していきます。今までその要素があるとは考えてなかったので、その論証はとても面白く読めたのですが、同時に若干の不満も感じてしまったのです。

**その不満は次の2点です。 **

1つは、なぜ音名を渦巻き状にしたのかの説得力が薄いこと
単に指を上がったり下がったりであってもよいのに、なぜ渦巻きの方が覚えるのに優位であるのかがはっきりしません。(論集の中では渦巻き状であることと、線と間の関係性が格子状になることがあげられてますが、これは渦巻きでなく指を順番に上下しても再現できますしね)
2つ目は、指の関節を使う限りは、その音が五線譜上の線か間かの情報にはあまりならないことです。

ってことで、少し考えていたら、こうすればいいんじゃないか!というアイディアが湧いたわけです。
コンセプトは特に2つめの不満を解消するもので、指の関節と関節間の腹を使い、関節の上の音は五線譜上で線の音、腹の音は間の音と視覚的に相当するようにしたことです。
ただし、音名の順番は渦巻き状ではなく、親指の先から下がったら、次に人差し指を上がり、中指を下り、薬指を上がり、最後に小指を下がって終わる形になります。
図としては次のようになります。

如何でしょうか?
なかなかわかりやすいと思うのですが(自画自賛?!)。
オリジナルの「グイドの手」と比べて利点は、
五線譜での音の位置が視覚的にわかる
特別なΓだけ指先でその他は関節とその腹だけで表せる
いまいちな点は
渦巻きでなくなってよかったのかな?
指を渡るところは関節を共通と扱うのは良くないかも
終結のeeの音がちょっと半端な場所かも
といったところです。

まぁ、今更「グイドの手」の改案を出したからってだれも使うわけないのですが。

ちょっとした、中世音楽理論を使ったネタというか遊びでした。
如何でしたでしょうか?

では、また次の音楽ネタで!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?