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輪廻転生なんてあるのだろうか…

嫁入りした妹の兄は、嫁ぎ先がとても貧乏だったため、いつも心配していました。妹は食べることに困ると、よく兄に頼って食料をもらいに実家に戻りました。

妹は段々と兄への依存が高くなり、兄が家にいない時でも実家の蔵にある食料を勝手に持ち帰るようになりました。兄は蔵から食料が減っていくことに気がついていましたが、妹を責めませんでした。

或る日、妹はいつものように兄に食料を恵んでもらおうと実家に戻ってきました。
「お兄さん、いつもすみません。今日も少しだけ小麦をお借りしてもよろしいですか。次回必ず返しますので」
「いいよ、自分で蔵に行って、一枡持って帰りなさい」

妹は約束通り、必ず借りた分は必ず返しに来ていました。兄は、妹が小麦を返しに来ると、返すだけの余裕があるのだからから何とか生活できていると思って、少し安心しました。

しかし、妹は兄に小麦を借りにくることはなくなりませんでした。或る日、妹はとてもやつれた姿となって、小麦を兄に借りに来ました。
「蔵に行って、一枡の小麦を借りてもよいですか」
「遠慮せずに、一枡持っていくとよい」
「またすぐに返しに来ますから。いつもありがとうございます」

妹は一人で蔵に入って、枡に小麦を入れて手でぎゅっと押して隙間を作っては、そこにまた小麦を詰めて力いっぱい手で押し付け、最後は上からふんわりと小麦粉をかけて、帰り際にその枡を兄に見せながら、お礼を言って帰っていきました。
「お兄さん、このとおり一枡だけ借りていきます。必ず返しますから。いつもすみませんね」

それからしばらくして妹は小麦粉を返しに来ました。
「お兄さん、この前はありがとうございます。この通り借りた小麦粉を返しに来ました」

妹は枡の上にかけていた布をさっと取って、兄に桝の中を見せてから蔵に行きました。兄は忙しいそうにして、妹が見せた枡を見ないふりをしました。
妹は、枡に水を一杯に入れて水の上から小麦粉をふりかけて、あたかも枡いっぱいに小麦が盛られているように見せかけていました。そして妹は蔵に入る前に桝の中の水を外に捨てていました。

そんな妹を兄はしっかりと見抜いていたのですが、兄は妹のことを気の毒に思い、見て見ないふりをしていたのです。兄は妹のことが心配で大きなため息をついて、牛舎に入って仕事を続けました。

牛舎にいた雌牛は大きな目で兄を見つめ、顔を兄に寄せてきました。兄はその雌牛を優しく撫でてあげました。その雌牛は、赤ん坊を身籠っていて、いつ生まれてもおかしくない状態でした。

次の日の夜、妹が倒れてしまったという知らせが突然飛び込んできました。兄は急いで妹の家に行きました。家からしくしくと泣く声が聞こえてきました。残念ながら兄は妹の最期には間に合いませんでした。痩せ細って頬骨も浮き出た妹は、眼を閉じて穏やかな顔をしていました。兄は妹の顔をじっと見つめていると、涙が流れてきました。
「かわいそうに。そんなに食べるものがなかったのか…」

兄は最後に妹が小麦粉を借りに来た時の姿を思い浮かべました。蔵に入る前ににっこりと大きな目で微笑んだ妹の顔が今でも忘れられません。妹の穏やかな死顔は「お兄さん、今までありがとうございます。この恩は忘れません」と言っているようでした。

「もう空腹で苦しむこともあるまい。彼岸ではお腹いっぱいに好きなものが食べられるからな」
兄は冷たくなった妹の手を握って、心の中で妹に優しく語りかけました。

それから兄は家に戻りました。そうすると、牛小屋では兄が留守の間に子牛が生まれていました。まだ目も開けることができない可愛い子牛をお母さん牛は大きな体で優しく寄り添ってあげています。

兄は子牛をとても可愛がって育てました。子牛は兄の愛情をいっぱいにもらって立派に成長しました。
「そろそろこいつも売りに出すか。このままずっと飼っておくこともできないし」

兄は商売人を連れてきて、成長した牛を見せました。
「この牛は高いですよ。愛情一杯に育てましたから。いくらで買ってくれますか」

兄は牛小屋から牛に手綱を付けて引っ張って出てきました。牛は悲しそうな声を出して兄の目を見つめました。兄はその時、はっと息を飲み込みました。自分を見つめた牛の目は、死んだ妹が最後に兄に見せた優しい穏やかな眼とあまりにもよく似ていたのです。
「この牛は、確かちょうど妹が死んだ日に生まれてきた。もしかすると妹の生まれ変わりだろうか。妹は兄である私をだました償いのために、牛に生まれ変わったのだろうか」

このような思いが兄の心に過りました。そんな考えを思い巡らしているうちに、兄はこの牛を売るのを止めてしまいました。兄はそれからこんなことをよく考えるようになりました。
「生き物とは、命とは、どこから来てどこに行くのだろう…輪廻転生なんてあるのだろうか」


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