嵐のなかに咲く小さな花
おじいさんは、夜中に家の戸が激しく鳴る音で目が覚めました。
外は激しい雨と風が吹き荒れています。
「これは大変だ」
おじいさんは寝床から起きて、蓑と笠をまとって外に出ていきました。強く吹く横風に煽られながらも、おじいさんは背中を丸めて、何とか足を前に進めました。
「今、行くから、何とか保ってくれ」
この嵐の中、雨具は何の役には立たず、おじいさんの身体中はずぶ濡れになってしまいした。やがておじいさんは、古い小さな橋のところまでやって来ました。
「まだ大丈夫だ」
小さな橋は横風を強く受けてガタガタと音を出して大きく揺れています。いつもは静かな川も水かさが増し、流れも急になっています。
しかし、おじいさんは崩れそうな橋が心配で、嵐の中やって来たのではありません。おじいさんは橋が大丈夫なことを確認し、すぐに橋の下の川沿いのところまで歩いていきました。
そこには、小さい花が咲いていました。嵐のなか何とか折れず耐えていました。その小さい花は、つぼみが開いたばかりでした。雨と風に吹きつけられ、今にも茎が折れ、花びらも散ってしまいそうな状態でした。
しかしその小さい花は、嵐に吹き飛ばされることもなく何とか一生懸命、土にしがみつきながら耐え忍んでいました。このまま激しい雨と風が降り続くと、茎は折れ、花びらは散り、川の水が花を押し流してしまいます。
雨風の向きが川側から花に向かって吹きはじめました。おじいさんは腰を落として、小さな花に語り始めました。
「よう、辛抱したなあ。大変だっただろう。もう安心じゃ」
おじいさんは雨風を凌げるように自らの身体を花に覆い被せました。
*
なぜおじいさんは、家から遠い橋の下に咲くそんな花を守ることに真剣だったのでしょうか。
実は嵐になる数日前、おじいさんは橋の下で休んでいる時に、偶然その花を見つけました。その花を眺めていると、愛着が湧いてこんなことを花に話しかけていました。
「皆から綺麗と褒められる花もあるだろう。その一方でお前さんのように誰からも見られることもなく、ひっそりと咲いている小さな花もある。目立つとか、立派だとか、同じ花にそんな区別はない。同じ花だ。堂々と咲けばそれでよい。そして一生懸命にお日様に向かって伸び、お前しか持っていない自分だけの花を咲かすのだぞ」
おじいさんは、その花のつぼみが開くのをとても楽しみにしていました。
*
激しい雨風も夜が明けるにつれて段々弱くなり、やがて上りはじめた太陽の光が雨雲の隙間から差し込んできました。
嵐が収まると、おじいさんは身体を起こして、語りかけました。
「もう大丈夫だ。怖かっただろう。もっと早く来てあげてればよかったな」
おじいさんは、花にニッコリと微笑みました。
太陽の光が花に差し込み始めました。
「じゃあ、そろそろ帰るかな。今日はこれから一日中お日様が出るから、お前さんも十分に光を浴びることができそうだ。よかったなあ」
そして、おじいさんはお日様にもお願いを忘れませんでした。
「お日様、どうか、この小さな花をよろしく頼みます」
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