とかげ

※この短編は、2018年2月中旬ごろのtwitterのタグ、#魔女集会で会いましょう に投稿したものです。書いていたら40ツイートを超えるものになってしまって、twitterでは読みヅライので、こちらにまとめてみました。

中盤、一箇所、文章だけではつながっていない部分がありますが、代わりに挿入した絵を見ていただくと意味はつながっています。

    以下、本文。





「とかげ」

また机に油性マジックで落書きされていた。帰りには靴もなかった。毎日辛いだけ。私はあの本を開いた。古本屋で100円で売ってた怪しいやつ。背表紙に黒魔術って書いてあるの。どうせ嘘だと思うけど、効くかもしれない。どっちでもいい。こんな世界なくたっていい。

知らない草の名前ばかり書いてあったけど、なんとか集めた。川の土手とか行って這いつくばって探してたから、また学校では変なあだ名つけられてる。でもどうでもいい。あと一つ、とかげ一匹つかまえたら、あんなやつら全部滅ぼす魔法が完成するのだから。

そいつはたぶんいつも家の前のコンクリートの上でひなたぼっこしてたやつだった。でも、綺麗に光っていた紫色の尻尾は千切れてどっかに行ってたし、帰ったらうちの玄関の前に腹を上にして落ちてたから、とかげ同士ケンカでもしたか、他の動物に襲われたんじゃないかな。ちょうどいい、と思った。

爬虫類なんて触ったことなかった。亀の甲羅ぐらいなら平気だけど。ぬめっとしてるかと思ったけど、そいつは腹も背中も乾いてザラっとしていた。私はそいつをつかんだまま手をポケットに隠して、親には元気な声でただいまを言い、自分の部屋に駆け込んだ。

机の上でカセットコンロに点火する。一人分の鍋焼きうどんを作る為の土鍋の中は、私がこの一月つぶやき続けた呪文のせいで奇妙に発酵して膨れ上がり、ありえない色になっている。私はポケットの中でにぎりしめていた手を、フツフツ沸きだした鍋の上にかざした。

土鍋から立ち上る熱い臭気のせいなのか、手の中の爬虫類がピクッと動いた感触があった。なにコイツ、生きてたの。本には「生で」としか書いてなかったから、生きてるか死んでるかはこの魔法の完成に関係ないんじゃないかと思う。早く鍋の中に放り込んでやろう。

手を開きかけると、小指の付け根にこびりついた赤いものが見えた。そっか、赤い血。爬虫類って脊椎動物だもんね、なんてぼんやり思っていたら、とかげは最後の力をふりしぼってビチビチ暴れ始めたから、また強くにぎり直した。手の中でモゾモゾ動く生きモノの感触、気持ち悪い。

早く鍋の中に突っ込んでやればいいんだけど、鍋の外に飛び出されたら…きっとどんくさい私には捕まえられないかも。それで手を開けずにいたら、そいつは人差し指と親指の間から顔を出した。…目が合った。そいつはこっちを見て、キイッ!と鳴いた。

小さいのに五本指がある前足が、手のひらにぺちょりとしがみつく。「気持ち悪いっ!」思わず叫んでハッとした。同じ言葉を、私が言われているんだった、いつもは。私はグツグツ煮立った鍋の上から手を遠ざけて、ゆるめた。とかげは焦ってバタバタもがいて机の隅へ逃げた。

とかげは机の端まで行って、しばらく下を見下ろしていたけど……後ずさった。その仕草が私をイラッとさせた。あいつらから逃げることもできない、仕返しもできない、親や先生に言うこともできない、私に似てる。やっぱりコイツ捕まえて鍋に放り込もうか?

…なんて気持ちがムラっと沸き上がったのはたぶん、私がそんなビクビクしている弱い自分自身を嫌いで、その嫌いなところを隠してしまいたいからなのかもしれない。そんなことを考えはじめたらもう私にはこのとかげは殺せない。とかげは机の端をウロウロ歩いている。

飛び降り易いところを探しているんだろうけど、あいにく机から床まではどこも同じ高さだ。コイツ、アホだな。私は机の引き出しを開けた。とかげは、そこに橋が出来たとでも思ったのか、のそのそ寄って来る。引き出しの中の箱にはビスケットが残っていた。

少し砕いて、とかげの前に置いてみた。野生の生き物が、さっきまで自分を乱暴に捕まえていた手から出た餌を食べたりしないかもと思ったけど、そいつはむさぼりるように食った。また、砕いて与えた。とかげは、差し出すものを端からペロリと平らげていく。すごい食欲。もう私はこの爬虫類が気持ち悪いものではなくなっていた。

カセットコンロの火を止めて、私は魔法の本を開いた。土鍋の中の魔法が載っているのとはちがうページ。まず、爬虫類の傷を治して…それから、使い魔とかいうの? それを育てる方法が載ってないか、探してみよう。そうしてしばらく調べ物に没頭していたら…

いつの間にか空になっていたビスケットの箱の中で、捕まえた時の三倍ぐらいに腹のふくらんだ爬虫類が眠っていた。
私はとかげを飼いはじめた。それからは毎日が楽しかった。学校での立場は相変わらずだったけど。私は毎日とかげに呪文混じりの歌を聴かせて、餌をやった。

不慣れな回復呪文を唱えるのに手間取ったけど、とかげは三日で元気になり、一週間もするうちに尻尾も元通りになった。一月後にはイグアナほどの大きさに育ち、後ろ足で立ち上がり、私を見てこう言葉を発した。「まま」。私はまだ中学生なのでママ呼ばわりはやめてほしかった。

「ままはやめなさい」反射的にそう言ったら、「彼」はパァァ…!とうれしそうな顔になり、こうのたまった。「じゃあつがい!」「つがいちがうわ!」思わず机の上からはたき落としてしまった。気絶した一抱えもある爬虫類を介抱するのは結局自分しかいないのに。ていうか、コイツ雄なのか。

とかげはどんどん言葉を憶えていった。余計なことを知らない分、人より無垢な彼(・)と喋るのは楽しかった。学校で何をされても、私は以前のように真っ暗なところに一人でいるという気持ちに沈みこむことがなくなった。部屋に、秘密の生き物を飼っているというだけで。

黒い本の使い魔に関する項には色々なことが載っていた。使い魔の知能を徐々に高める毎日の食事について。口から火を吹けるようにする方法。普通の人の目に映らなくなる保護色の術も憶えさせなくては。翼とか生やせるかな? 私は熱心に呪文を学び、魔法に使える草を採りに行った。

最初手のひらに乗るほどだったとかげは、一年もするとハスキー犬ぐらいの大きさになっていた。そんなに大きな生き物を部屋に置いておいても、保護色が使えるから彼(・)の存在が人にばれることはない。しかも彼は犬のように私になついていたから……私は油断していたんだと思う。

学校で、いつものように私に罵声を浴びせてくるやつがいて、私はただいつものように嵐が過ぎ去るのを待っていただけだった。今の私は目の前の人一人を瞬時に燃やすぐらいの魔法は使えるんだけど。この世界では使うわけにはいかない…と思っていたらそいつの髪がいきなり燃え上がった。

漫画の一コマのようにアフロヘアーになって口から炭を吐き出すいじめっ子の真上に、何か気配を感じた。…いる。翼の生えた大型犬のような爬虫類が一匹、天井と同じ色になって潜んでいる。にらみつけたら、不自然な膨らみは天井を這い壁を伝って窓の外へ流れ出た。

何事もなかったようにごまかすなんて、とても無理な事件だった。学校は大騒ぎになって、私に出来たのはただ自分に魔法が使えることを隠し通すことだけだった。……つまり私は、何もせず黙って顔を伏せていたということ。
それから家に着くまで、私はあの使い魔にどう言って聞かせたらいいか、考え続けていた。

自分の部屋に入るやいなや、私は膝から崩れ落ちた。私の椅子に「ファッション雑誌を切りぬいて出てきたそのまんま」みたいなイケメンが座っているのだ。「おかえり!」にこやかに彼は言った。いつの間に変化の術を憶えたのか。考えてみれば簡単なことだ。

私が学校で顔を伏せて無為に時を過ごしている間、彼は部屋にいてずっと魔術書を読むことが出来るのだ。保護色を使って外に出て、魔法の材料を集める時間も充分にあっただろう。それが出来るだけの力だけ彼に与えて、ちゃんと躾をせずにいた私が悪い。

「マスター、君をいじめるやつが存在するなんて信じられない。僕にこんな力を与えることのできる魔女なのに」使い魔は、心底不思議そうな顔をしている。「マスターは回復呪文や成長の魔法の方が得意だもんね。だったら、僕がやってあげようって思ったんだ」

背が高くてサラサラの髪の、私が憧れている俳優さんと全く同じ顔をした青年が、私の椅子に座って、私の手首をやさしく捕まえて引き寄せる。「こんな世界なくなっていい。最初にそう言ってたよね?」彼の胸は広く固かったけれど、シャツの下の肌にはいつものザラつきが足りない、と私は思う。

「明日から行かなくていいように学校、燃やして来てあげようか?」「……」帰り道ずっと考えていた、使い魔に主人が言って聞かせるべき言葉が、全部どこかへ飛んで行ってしまった。「魔法使えるんだから勉強なんてもういいでしょ?それとも、あのいじめっ子を消してやろうか」

間近に見える男性の手。白く綺麗で、細く長い指だけど節が立っているのがわかる。掌も私のよりずっと大きい。その指先から、灰色の固く尖った爪が蛇がのたうつように伸びて来るのが見えた。…私は彼の髪に手を触れた。そのまま、頭を撫でてやる。こんな格好しなくていいよ、と伝えたかった。

何か勘違いしたのだろう、彼は頬をほころばせる。「この姿、気に入ってくれた?」
その勘違いした態度が気にいらなくて、私は顔をしかめた。「…ウロコの方がよっぽどいい」「え?」「××××!元の姿に戻りなさい」私は使い魔の名を呼んで命令した。彼の方が強い魔力を持っていようと、呪文を多く知っていようと、

使い魔にとって主人の命令は絶対だ。魅力的な青年はたちまち翼の生えた大きなとかげの姿になった。「マスター、どうして」「元(・)の(・)、姿に、戻りなさい××××」「なぜ!」私は答えず、紫色の尻尾のとかげを指につまんでビスケットの箱にしまった。

何か言って聞かせなければいけないのだけど。使い魔に躾を施すのは主人の務めだ。だけど言葉が出て来ない。私がいじめられやすいのはそこに原因があるとも思う。あんな人間の大人の男性の姿までとられると余計に腰が引けてしまう。何も言えないまま時が過ぎる。







「あんた、あの土鍋の中身食べたわね!!!」
「はいっ!食べましたっっ!!!もうヤケ食い!!!!! マスターの料理超旨かったッス!!!!!!!」

旨い? そんなはずない。あれを作っていた時の気分を思い出す。自分を含めて世界中が憎くて、憎しみで全部消せるものならそうしたかった。自分も含めて。でも今はもうちがう。彼が言う。「マスターの願いはやはりこれだったんですね。僕、全てを壊します」

私は巨大化した彼の頭部へ箒で近づき、彼の耳のあるあたりで叫んだ。
「待って、××××!」
「名を呼ばれても、元の姿になれという命令はきけませんよ。マスターの呪いは凄い!制御できない!」カッー! 怪獣になったとかげは、口から怪音波を吐く直前に私から顔をそむけ、10キロ先の山肌をえぐった。

「マスター、少し離れていて下さい。今のブレス6回ぐらいでこの町一つを消してしまえるでしょう。あの意地の悪いやつらをわざわざ探しに行かなくても町ごと消す方が早い。学校を消せば行かなくていいし、家もなくなれば、いじめられてない演技をする必要もない」

「僕とマスター以外誰もいない世界にしてしまえば、マスターは僕を隠さなくてよくなるんです。狭い部屋に、小さな箱の中に、なんでこんなに力のある僕らが閉じこもっていなければならないんですか。さあ、邪魔な町を消してやりましょう」「やめて××××」

「あんたが食べたのは過去の私の呪文。過去の命令なの。今はもう…世界に消えてほしいなんて思ってない」私は怪獣の頭の上に降りて、足元のゴツゴツした巨大な鱗をなだめるように撫でた。「狭いところに閉じ込めてごめんね。あんたは話せばわかる使い魔なのに」

「あんたを育てて、やっと普通にお喋りできる相手が出来た。楽しかった。世界に楽しいことがあるってようやく知ったの、私。そして、想像してみて?…今から一息で消そうとしている町並みの中に、犬や猫を拾ってかわいがっている人がいるかもしれない」

「魔法の材料にしようと捕まえたとかげを、育てることにした魔女だって私の他にいるのかもしれない。それでも消せる? たった数人の嫌なやつらを消すために、全てを消すなんてダメ」足元の怪獣が大顎をガクンと閉じた。ホッとしたのもつかの間、

遠くからプロペラ音が聞こえ始める。自衛隊のヘリが来たのかもしれない。「マスター、あれに攻撃されたら消していい?」「だめ!」今ならまだ、大したものは壊してない。このままこの場を去れば、怪獣なんて夢だったってことに出来るはずだ。私は使い魔に命じた

「保護色で身を隠した上で、翼を出して、南の海へ逃げなさい」忠実なとかげは嫌がった。「それではマスターは僕のいないところで嫌な目に遭い続けるのか」「私も一緒に行く!旅行だよ、旅行。平気、記憶の改竄の呪文とかあるから、戻ってからやればいいじゃない」

なんたって私は魔女なんだから。そう言って見せると、使い魔は笑って私を掌に乗せ、翼を広げた。夜が明けたら、河川敷の大きな足跡がいくつかと、山がえぐれた跡がひとつ、見つかるだろうけど…まあ何とかなるんじゃないかな。私たちは海の彼方へ飛んだ。(了)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?