交通神話  ー武蔵龍神伝説ー


【ジャンル】
現代ファンタジー

【キャッチコピー】
叛逆の霊威不正規戦 全式装使用自由「御沼」復活を阻止せよ

【紹介文(13行)】
 三人称の皮を被った私、山田太郎の私小説、それが、この一連の文字列の正体、そういう事になるだろうか。

山田 太郎 (株)大宮中央交通乗務員
秦野 深香  太郎指定のヘビーリピーター 黒ロン
九鬼 公嗣  公安別室「キク」室長 女性
大河内 資正 同、室次長
木食     深香の養父
次長     社会教育実践研究センター総務次長
崇徳     日本三大怨霊
御沼     さいたま市龍神 見沼


第1話

 さて。
 
 あーあーてすてす。
 
 小説か。
 
 小説だよなあやっぱ。
 
 言語というのはまんどうなものだ。
 あ、面倒か。
 
 因みに言語というのはデジタルなんだ。
 数字こそがアナログ、情報を連続的な量として扱うこと、そういう情報処理方式形式形態形質。思念はアナログだが言語というのは、その言語が規定する型式、文化文明時制に時世に自省に自生、ああぜんぜん自制してないなサーセン。つまり話者の事故、自己規定想念の文字言語へのコンバートコンパイルと読者、受けての蓋然性、知識量、ターゲティング、つまり物凄く制約が大きい、1、0、100、億、∞、数値はまずまず概ねダイレクトに伝播するが、言語というのはまあね、
 
 何が言いたいかというと、
 
 まあ、よっぱらいのたわごとだ、
 
 あ、なんだよ深香。
 
 こんあなん素面でやてられるか。
 
 でもまあやる。
 
  まあしゃあない、創めよう。
 では諸君、準備はいいか。
 
 ここからは少し真面目に取り組もう。
 
 題して、現代は神の時代である、とする。
 
 改めよう、現代こそが、神の時代である、と、
 人類と対置される存在としての、だ。
 
 つまり過去、神は余りにも普遍的であり過ぎた。
 神は法であり政治であり科学であり倫理であり娯楽ですらあり万物不可分世界そのものであった。云うなれば認識の、レイヤーが余りに粗雑であり未熟であった。メガバイトどころかせいぜいが8ビット、Z80、アナログはまだムリでデジタル8色、これが世界の限界であった。
 
 現代はデフォでギガから、必要であればテラでもペタでも積み増し可能だ。逆に振ればプランクという底まで見通せる、解像度が段違いなのだ。量子の振る舞いを観察する同じ視線を世界の創始たる宇宙背景放射にまで転じる事が出来る。
 
 そして、このキャパシティが実現して初めて、我々人類は神という存在を相対視する能力を獲得したのである。未だ原子一つ創出出来ない我々人類と、世界の調律者、摂理、法則、スーパーマシン、在りて在る者、神、そのパフォマーンスの隔絶を。
 
 また、その御業、仕事振りを目の当たりにさせられるのが現代であるのだ。
 
 大きくは二つ、まずは電子計算機とそれがもたらし実現したこの世界の様相である。
 
 教科書であればバベッジ、エイダ、チューリングらの名を外すべきではないだろうがここは即物的にENIACを挙げる。やがて電子計算機を駆動する信号は回線を通じて屋外に拡がり電話や無線とは異なる、情報分散連結型のネットワークを構築する。これは当時より実用化された地球を覆い尽くす戦力投射、ICBM、核弾頭搭載型大陸間弾道弾での戦争勃発、これへの対抗手段としてインターネットの原型が形成され民生にスピンオフ、コンピュータの始祖は第二次世界大戦末期に大砲を撃つツールとして発生し、ネットは核冷戦時代の副産物。
 
 インターネットの何が神か。
 
 縁起を容易に機能させる意味に於いて、である。
 
 此の世に偶然は無い、総ては必然である。
 
 
 これを、縁起、と呼ぶ。
 
 
 本来ラプラスを引くまでも無いのだ、もし世界が偶然始まったのであればそれは必然でありそこには構造がシステムが法が仕組みが存在し機能し要求されていたのであり、それは一見不可視であるが確実に実在し、無い、と強弁するは無恥無知無能無識無明であるに過ぎない。
 
 
 例えば旧暗黒大陸で食い詰め新大陸に渡り神の慈悲に感謝しながら原住民の集落を襲撃し飢えと性欲を満たした魂とそれに遭遇した魂が今生ではそれぞれ極東列島と実質的物理的極遠南米某所に転生した、としよう。
 
 ネットはこの魂を極めてかんたんに連接する、ネトゲでも呟きでも或いは炎上でもつべ投稿でも。縁起は解消され、或いは蓄積もされ得る。
 
 
 カルマ、という呼称の方が現代では寧ろ耳慣れだろうか。
 
 
 
 今一つはタクシーという移動、運送、サービス業の誕生である。
 
 
 何とはなれタクシーには間違い無く神が宿る。
 
 
 天文学的数値と呼び、確率と謂う。
 
 
 プールにランダムに屯する営業車がランダムに来訪する利用者と再会する確率はどのくらいか。3回めは?、顔馴染みに??。
 
 共時性?シンクロニシティw?タクシー業務では日常である。
 
 
 神の存在証明を求め数学は神学より出でてその不在を明かすに至り、現代にて再臨を説く、す・う・が・く・て・き・に・あ・り・え・な・い。
 
 
 それは奇蹟。
 
 
 神の御業。
 
 
 人類の移動手段は二足歩行なる、頭部という最重要機関を質量重心にしてエンジンとする、倒立転倒予防身体反射の連鎖という名状し難き不幸不自然不自由不具合不合理危険まだあるか、何で車輪か無限軌道かせめて四肢のままガマンしとかなかったのばっかじゃないのな方法手段であり、冗長性も皆無で二本一対の一つを欠損すればたちまち機能不全、捨てたハズの四肢にすがり這いずる。
 
 
 タクシーはドアTOドアで人間を搬送する。
 
 
 少し前まで旅とはそのまま死出の旅路そのままの覚悟を強いられた。人間が二足歩行で一日にだれだけの距離を稼げるというのか、次いで鉄道機関、乗り合いバス等、ポイントTOポイント、社会にとり付加価値を持つ拠点間を共同搬送するサービスは整備された、が、個人がこれを使用出来る環境は存在しない、しなかった。
 
 
 タクシーがこれを実現した。
 
 
 知っている人は知っているだろう。
 
 
 ゼロ戦、零式艦上戦闘機。
 太平洋戦争開戦当初の、我が国が誇る、秘密兵器。
 
 
 その原型機、試作機は、何と、牛車で搬送された。
 
 
 タイプミスでも冗談でも無い、平安貴族のマイカーであったあの牛車、牛に牽引させた荷車である。名古屋の三菱重工業大江工場から各務原飛行場まで牛車で運ばれた。ウソだと思うなら今直ぐグーグル先生に弟子入りだ! 。 名古屋の市街地は兎も角、郊外から各務原までをトラックで運ぶ事は、その振動に機体が耐えられないことから無理だったのだ。 鉄道に於いてもトンネル及び蒸気機関車発する粉塵が障害となる。後に工場の対岸に飛行場が造られ大型の専用船で運ばれるようになったが、それまでは牛車で運ばれた。昭和の、開戦前夜の実話だ、このゼロ戦に、黒船におどかされ返す刀ですかさずリベンジ、建造なった世界最大巨艦大和型、一点豪華に自ら幻惑されたかしらんがこの実情で北米相手に宣戦布告とか完全に基地外だよな、戦後だってあちこち未舗装道だったのは周知だろ。
 
 
 モータリゼーションが社会環境を革新させた。その契機はやはり人類全体を巻き込むような大戦争であった。
 
 
 そして人は赴き、その縁起を図る。
 
 

 古事記の古より日本では樹木に神が宿ると考えられ、崇拝の対象となり御神体等、柱、と数える、俗説はそう語る。
 
 そうではない、私は観た。
 オーラ視などただの日常業務なのだがそれ、は違った、ちがったのだ。
 白銀に眩いそれは、荘厳だの神々しいだのの修辞すら余りに下司な、まさにおそれおおい、地を天空を貫く一本の、
 
 御柱、
 
 そう、あれこそは神の姿、
 
 あれを、太古の我々は観、
 
 者では無く、かぞえたのだ、
 
 はしら、として。
 
 
 つまり、
 
 
 其れは既にして屹立する。
 驟雨に昂然と身を晒すは威風凛然一柱の如し。
 水撥ねクレームを避けそろそろ歩む、黒でも紺でもない希少なシルバーである宮中カラー、昨今絶滅種であるセドリック、セダン型タクシーは故に粛々停車せしめん。

 雨降り千金。
 
 見ろ人が羽虫の様だ。

 普段、見向きもしない客が、降雨という一事で群がる。
 
 だから神子で手を挙げた其れ、
 まあ西口だよな、ゴミ拾い乙。
 
 上から下まで純白の装いは、洋装ながら巫女を想起させる。
 そしてコントラストを為すかの、腰まである艶やかな黒ロン。

 足はさみ事故回避に後席ドア乗降口に目を置いたタクドラは息を呑む。
 彼方の雲海が割れ、後背より差し降り来る黄昏色の西陽に客の姿が染まり、身に装う純白の装束は光鱗を弾き眩く輝き流れる漆黒の頭髪は銀爛光貴を為し、一身は流麗華美な聖標と為り替わり、スカートをたくしあげ、あたかも華族のような立ち振る舞い優美さで其れは後席に身を落ち着ける。
 
 すみません、ちかくてもうしわけありませんが、えきまで。
 
 とは、彼女は告げなかった。
 
 住所でいいですか。
 
 涼やかな声。
 
 あっ、はい。
 西口じゃない?、まさか、東口じゃないよな。
 
 みどりく、みやもと……。
  
 すらすらと流れでた地番を慌てて入力する。
 
 時刻はちょうど18:00。
 ナビの表示が夜間モードに切り替わった。
 埼玉県さいたま市大宮区神子町、旧大宮市、から緑区、旧浦和市、まで、タクシーで、JRも各社バスもとうぜん運航中、の筈たぶん。
 しかし異常ではない、当該受益者には珍しくも幸運ではあるにせよ。
 世の需要、事情は其々。
 
 逢魔が時いや大禍時、女神降臨、タクドラは直前のやさぐれを拭い隠し念の為、宜しいですか、ここからですと。
 
 少し、かかりますよ、
 これで、足りるかしら、皆まで言わせず差し出されるぴんぴんの万札。
 
 あっ、はい、じゅうぶんです。
 
 急ぎじゃないので、安全運転でお願いします。
 
 ランドマークとして表示されているのは、赤い鳥居のシンボル。

 後方視界確認の際否応なしバックミラーに割り込んで来る、少し険はあるにせよ白皙紅顔、贔屓目にも一山いくらの商業美人より一つ抜けた、標準以上美形、美少女。発車以後、軽く目を閉じ一言も発せず、サスの波に身を委ね時を過ごす、眠れる後席の美女。

 やまだたろう。
 
 寝言の様に呼ばれ、背筋が伸びた。
 いや、乗車票に書いてあるけど、それがどうかしたのか。
 
 そして、続く言葉は無い。
 
 あ、この辺で。
 
 不意に身を起こし告げる。
 ブレーキワークを駆使して水も漏らさぬ停車を遂行し、料金を読み上げようとすると、
 
 足りてますよね。
 
 札を指して、長距離運転有難うございました。
 
 え、あ、まじ、お、恐れ入ります!!。
 
 女神、いや神か、神子で拾った客の神対応!!。
 
 そろそろ走りさるタクシーに、ミラーの彼女は丁寧に礼、慌ててこちらも頭を下げる。
 
 雨は上がっていた。
 
 そして、始まった。
 
 
 これは、私の手記だが、
 そうではない。
 これを理解頂くのは遺憾ながら読者各位には読了、
 最後の一文字まで読み切る、今はそれしか方策は無い、
 念の為巻末からネタバレ期待でチラ見すると混乱を冗長する。
 
 ではまた後程。

第2話

 人類の歴史は戦争の歴史だ。
 この事実を嫌悪はすれ否定出来るものは居ない。

 そして人類最古のサービス業は暴力の、或いは性欲のレンタル。

 傭兵と、娼婦。
 
 煩悩、七つの大罪、
 食欲性欲、あれやこれや。
 
 別に軍がどう、という事ではない、
 何より人間集団である軍隊という組織を維持運営機能させる為の方策として、喰わせ、寝かせ、抱かせ、満たしてやるそれで殺させる、それだけの事だ。軍隊という組織が基本自己完結型である事からこの丸抱えが発生するのであり、企業はこれを家庭という別組織にアウトソーシングして社畜を飼う。

 大陸では大砲、国境線を引き直す為の道具、というような事情だが、この列島は少しばかり様相を異にする。今記した通りに列島、孤島というローケーションが故にである。
 
 渡洋着上陸侵攻作戦は難しい、困難を極める。有名なのは第二次世界大戦、欧州西部戦線後期に敢行された俗称D-day、史上最大の作戦、プライベートライアン冒頭に描かれたノルマンディ上陸作戦だろうが或る意味あれが唯一著名な成功事例みたいなもので、大成功故有名だが無名の失敗事例、第一次世界大戦に海軍大臣チャーチルが立案して見事盛大にずっこけた世界最初の三軍統合ガリポリ作戦なんて好きな戦車はフィンランド軍冬戦争仕様の三突とのたまうようなミーハー軍事オタクだって名前くらいしか聞かないだろう、世界帝国モンゴルが二度もけ躓いた足元の小石、元寇だって我々が当事者で無ければ判らない事だ。

 とかように外敵からは保護され、蠱毒の如くひたすら内戦を愉しんできた。地球や宇宙からすれば総ての戦争が人類の内戦、ってこれはジ・インベーダーか、チェスと将棋は似て非なるモノ、討ち取ったハズが寝返り、昨日の敵は今日の朋。

 政府イコール軍事政権、政権交代即戦争、言葉は温いぞ弓矢にて候へ、首にせねば戦は収まらんのじゃ!、離散集合勝ち負けは兵家の習い。開府倒幕また開府。

 そして庶民にとっては娯楽であった。ディズニー逃げて!。リアル戦争映画大人気、西勝て東勝て、どっちが勝とうがどうせ年貢は取られるのだ、この悪癖は明治以降も続き、日清の大勝などニッポン金メダル!よく頑張った感動した!てなもんで、なので日露の辛勝、実質戦略的大勝利には不満大爆発、誰も庇わず寧ろマスゴミなど今日と同じ尻馬で現代の自衛隊弄りなど可愛い軍への大バッシング、軍人だって人の子、二二六を経て軍靴の響き、政府の不拡大方針に不満を鳴らし軍の独走に快哉を送ったのは世論とマスゴミ、戦争反対を叫んでいたのは他ならぬ政府で、真珠湾強襲は世論が望んだ事だ、今は誰も言わないが。

 そしてめでたく敗戦、今日に至る。

 自衛隊ほど毀誉褒貶、その評価、理解が困難である組織、存在は無いだろう。
 WEBを開くと絶賛の嵐、曰く人類史上最強の志願制軍隊、曰く、米軍将校が愚痴って、あいつらはクレイジーだ、空自とだけは戦いたくない奴ら直ぐkill callしてきやがるファック!、北米遠征演習部隊を現地が講評、優秀だが選抜部隊を編成するのはナンセンス、いえ、通常編成なんでサーセンw。
 一方、彼らを人殺し集団だ、いや憲法違反だ、センソウハンターイ自衛隊解散!と声高に批判批難する声もまた、根強い。
 
 此の世に真の公正中立、は実在し得ない、ここがそう、と規定した瞬間から揺らぎ始める、これは宇宙則の一つ、量子論的には必然で、確率でしか記述し得ないことより、そうなる。

 君達は自衛隊在職中、決して国民から感謝されたり、歓迎されることなく自衛隊を終わるかもしれない。きっと非難とか叱咤ばかりの一生かもしれない。御苦労だと思う。しかし、自衛隊が国民から歓迎されちやほやされる事態とは、外国から攻撃されて国家存亡の時とか、災害派遣の時とか、国民が困窮し国家が混乱に直面している時だけなのだ。言葉を換えれば、君達が日陰者である時のほうが、国民や日本は幸せなのだ。どうか、耐えてもらいたい。

 痴人の戯言であろう。

 まず政治の放棄、耐えて貰いたい?。
 
 軍人の職務は死ぬ事だ、故に国家はその死に最上の栄誉を賜る。これが最低限の国家が果たす責務であり、上記発言には国家の本質も軍隊の必要も何一つ理解が無い、恐らく発言者は少しばかり漢字を覚えイキっていたリア少、小学5年生くらいではあるまいか、この智性の欠格には怖気がする。
 
 君達が日陰者である時のほうが、国民や日本は幸せなのだ
 
 自衛隊員は国民では無いのだ、ほんとうにこいつはいったいなにをいっているんだ??。
 
 自衛隊は耐えて来た、耐えている。
 
 Rules of Engagement:
 
 Rules of engagement (ROE), military directives meant to describe the circumstances under which ground, naval, and air forces will enter into and continue combat with opposing forces. Formally, rules of engagement refer to the orders issued by a competent military authority that delineate when, where, how, and against whom military force may be used, and they have implications for what actions soldiers may take on their own authority and what directives may be issued by a commanding officer. Rules of engagement are part of a general recognition that procedures and standards are essential to the conduct and effectiveness of civilized warfare.
 
 政治の無策、怠慢であろう。
 
 つまりは有権者の、我々全員の尻ぬぐいを今この瞬間も押し付けているのだ。

 日中の旧中は辞めておきなされ、ああ、どうしても逝かねばならぬか。
 
 南浦和で中山道から折れるじゃろ、浦和駅前じゃ、ここで最初の渋滞。
 浦和橋を渡れば北浦和東口、信号が多い、また大渋滞。
 与野駅前は些かましかの。
 新都心の次、老舗高島屋を左手に大宮駅東口前、またも大渋滞。
 何とか進み東上線をアンダーパスするとようやくほれ、
 あれが自衛隊通り、左折して中央病院のアンダーパスで、
 中山道を渡る、何でわざわざ旧中を、ああ端から走るのか、ご苦労。
 上尾街道、櫛引バス通り、それから無名の通称、自衛隊脇通りを過ぎれば、
 お疲れ様、陸上自衛隊大宮駐屯地正門前に御到着じゃ。

 彼、将補たる陸上自衛隊大宮駐屯地基地司令は正直、途方に暮れていた。
 しかしそれは、本国、Office of Naval Intelligence、ONI、アメリカ合衆国海軍情報部からの要請を受け、市ヶ谷を経由し結局は現地まで出向かされた、在日米軍、第七艦隊、第74任務部隊、第7潜水艦群、横須賀海軍基地所属の司令部要員、少尉、も。
 おそらく、同様だろう。
 山のものは山のもの、海のものは海のもの、当初は当然にハナシは海自へ廻ったようだが現場は埼玉のオカなんだろう、アソコは海は無いじゃないか、武蔵の地勢なぞ尋ねられてどうしようがあるねと当然の返しをされ結局ゴネ戻され、現場周辺を管轄する大宮に持ち込まれる事で落ち着いた、が。
 落ち着いたのは市ヶ谷のハナシで、こちらとしてもこんな筋では。

 ああいや、筋論を通してしまえば事は外務マターであるのは明白だ。
 例え在日米軍であっても、と、いうよりであれば猶更、主権国家の国軍が同盟国に便宜供与を打診するというのだ、然るべき窓口を通して申請するのが筋というものだ親しき中にも礼儀あり、両国間の関係を健全に維持する為にも必要なコストであると言える、が。
 
 殊、本件に在ってはあああ。
 
 成程糞真面目に外務省を通すとするじゃろ、
 レクがあるな、
 外務省は困るわな、当事者能力を問われるじゃろ、
 何処に頼るかの、文科省辺りか、
 文科省とてこんなんどうしようもないわな、
 国内では結局、宮内庁の出番となるかの、
 とはいえ宮内庁とて、公式には何も口出し出来んわな、
 当然、ゼロ回答じゃ、
 
 となると本件はどうなるかの、
 
 事は外交問題じゃ、
 
 そして外務は対応不可能ときた、
 
 内閣の判断を仰ぐ羽目になるかの、
 
 関係者一同面目丸つぶれじゃな、
 行政版不幸の手紙といったところか。
 
 
 とまあ、そうした筋論の成れの果て、
 官僚デスマを見切って取った出来物がおった、
 危機は回避された、
 そういう事じゃな。

 宜しくお願いします、と、彼女は、握手では無く深々と首を垂れるジャパニーズスタイルで席を辞した。
 無事に下駄を預け終えた安堵を隠すことも無い満面の笑顔と共に。
 卓上の分厚いレポートをぱらぱらと親指で弾きながら、司令はひとり大きく長い息を吐く。
 事情は分かった。
 付箋だらけのそれ、mapと殴り書きされた箇所を開く。
 地球に、赤、青、緑の三色で等高線が書き込まれた図が上下に二つ。
 Fig5 a) b)
 a)国際標準地球磁場モデル2015年度図、日本列島は青、ロシア連邦北極海沿岸を谷底とする、緩い盆地の端に位置している。
 b)日本、関東平野を中心とした拡大図、最新情報。
 ONIがIAGA、国際地球電磁気学会の活動とは別に、独自で入手したそれには、三色のまだら模様による地磁気の攪乱が標記されていた。

 はい訳ワカメなもの素直に挙手。
 
 ひのふの……mjk。
 
 せんすいかん、の脅威から説かねばならんかの、
 さすがにそれは知っておろう、おらんか??。
 世界両大戦で海洋大英帝国を瀬戸際まで追い詰めた、
 大陸国家ドイツのウルフパック、群狼作戦。
 日本とてガトー級に干殺されたのじゃぞ、
 原爆?んなもんただのハデな花火じゃ、航空優勢のオマケじゃな。
 島嶼国家にとって海洋連絡線を絶たれる以上の脅威があるもんかね。
 邦丸ごと飢え凍えるのじゃぞ。
 潜水艦は水の下に居るの、
 潜水したら上、洋上からは見えんの、まんまじゃが。
 海の忍者と呼ばれるの。
 潜水艦が出るの、
 船が沈められるの、
 もう大騒ぎじゃ。
 そやつは今も其処におるや、おらんか??。
 おる、ならば狩り出して沈めねば安心出来ん事になる。
 もしおらなんだとも、こちらには判らんでな、
 全輸送、海洋兵站に対潜護衛が必要になるでな、
 これは、しんどいぞ。
 おる、かもしれん、これだけで敵に無用のコストを強いる、
 これこそが、潜水艦の潜在的脅威こそが、
 潜水艦の戦略的価値というものよの。
 昨今では戦略級原潜などと、核弾頭大陸間弾道弾を積んどる物騒なのもおるの、これも良い使い方よの。
 だいぶハナシがこなれたかの。
 かように厄介な潜水艦を、是非発見せねばならんとて、
 人は知恵を絞った。
 潜水艦は、まあ鉄の塊だの、
 この鉄の、磁気を捜索発見する、
 これが、近年の海の上から潜水艦を見つける一般手法だの、
 しかして、地球は強大な磁石だの、
 だから、予め、捜索対象の磁気から地球の分は除いておかんとの、
 補正値を算出するのに各地の地球磁場の観測値が必要だの、
 まあ、最終的には地図の形になるの、
 が、学者が数年おきにのんびり更新するものは軍人の蛮用には耐えんでな、
 軍人は軍人で自分で使う道具を持ちたがるものよ、
 
 どうじゃ、ハナシがようやく見えてきたか?
 ではでは、続きを眺めてみようかの。

第3話

 プラザからプールへの返し馬、
 
 日夜必ず脚留め掛かる美橋の二重信号交差点待ちで無線が鳴った。
 
 3603どうぞ。
 はい03。
 神子のセブンで女性のお客さま、ハタノ様、ハタノ様でお願いします。
 神子のセブン、女性でハタノ、りょーかいしました。
 太郎ははナビに目を走らせ23時に、ねえ。

 大宮中央はふしぎな会社だ。
 
 会社というのは営利組織集団、つまり金もうけの為に人が集まり営んでいる、そういう人間集団である、というのは昨今の智が早い子供、幼稚園児にすら理解できる根本原則であろう、水揚げは置け、全社安全運転にのみ徹せよ、などと、理想はともかく現実はね、という皮肉抜き、代表自らこれを真顔で宣するなど、これぞ現代の新人神、正に神か。

 大宮で、社員みんなでのんびり走ってます、というコピーを片手に当社の扉を叩いた当時、それが100%嘘偽り無い事実そのものであるのに、営業の数字造りにほとほと疲弊仕切っていた太郎は逆に唖然としたものだ。

 まあ良くしたものでタネも仕掛けもあるというのは、母体に宝栄建設という不動産業があり、独立採算連結決算、ではない、とはいえグループ全体としては喰うに困らない、精神的にこの余裕は大きい、何とはなれ、バブルも遠くなりにけり。かつては終電を逃せば他に頼る手段の無かった週末夜の皇帝タクシー様も、深夜長距離バスに代表される廉価同業他社、漫喫ネカフェや24時飲食等帰宅オルタインフラの充実、何より新幹線の登場、長野新潟当たり前伝説、神子?、3倍メーターなら行ってもwの貴族没落ワンメーター、近くでもご遠慮なくどうぞと金と健康を客から奪い生涯タクシー漬け狙い姑息生存戦略など。

 輪を掛けてふしぎなのはこの無線の件だ。
 
 他社では無線は奪い合いだと仄聞する。配車についてその公平性についての異議申し立て、やっかみや1本でも多くとの社内営業等々。
 それが、当社宮中では皆、無線を嫌うのだ。
 まあ無線だって大当たりばかりでもないのは事実だ、最近では膝関節など酷いもので、駅出しで西口戻しならまだしも、中山道の交差点内路肩に狭い思いで客待ちした挙句東口とか、舌打ちの一つもしたくなる、まーこれも仄聞するに保険適用外弱み付け込み産業だとかで健康に糸目付けない以上他が吝くなるのも人情か、傷病需要なだけに自宅直行、当たればでかいが稀でねああいや交通弱者を弊社もまた社会使命として全力支援これ努めて参りますことよこれはmjdでも愚痴の一つくらいいいじゃないかたくどらだもの。
 それでも無線の旨さは消えない、1時間待機でワンメなら無線のワンメの方が痛くない、なにより無線は迎車、ワンメ50%増しが乗るのでまずワンメでは終わらない、加えて魚心あれば水心、いつも近くて申し訳ないねとチップ確定のお得様も居られる。無線を嫌う理由は何一つない、ハズ。
 
 智性の放棄は人間性の放棄では無いか、何の為に我々人類は野生の、本能の頸木より脱し、同族殺しに加え種の滅亡までのリスクを担保に智性獲得という選択を為したのかと。

 我々人類のこの智性とは何か、我々は騙されたのではないだろうか。
 
 人間以外の生物を眺めて見るとそれが良く判る。
 
 神の摂理、本能に従って存在する彼らは、実に幸せだ、惜しみなく恩寵に預かり各々存在を、生を謳歌している。弱きは強きに従い、そして強きは貪らない、自ずと分を弁え、食すを狩り、適正に個体数を維持し、ライオンがシマウマより繁殖し食糧不足に陥るとか、食べ過ぎて肥満により自重により手足を病み朽ちるとか、巣造りが過熱して遂に自ら棲息する自然環境全般を破壊してしまうとか、群れ同士の抗争が大規模闘争に発展して種の存続そのものを脅かすとか、総てが美しく調和し、何一つ問題も課題もない。
 
 翻って我々のていたらくはどうか。
 
 現状、何一つ、この世界に、地球に、宇宙に、神に誇れる様な事はあるか。
 
 旨いといっては喰い過ぎて吐き、明日が心配だといっては貯め込んで腐らせ、少ないといっては奪い合い多いと安心しては濫費し遂には使い尽くすまで気付かず、数多の人間外種族を滅亡に追い落とし、宇宙が地球が億年単位で慈しみ培った環境を僅か千万年で瓦礫の山に変え。

 おっと、彼女がそうか。

 深夜閑散のコンビニ駐車場でその姿は際立つ。
 夜目にも鮮やかな腰までの、闇に借りて染め抜いたかの艶やかな黒ロン。
 ハザりながら乗り入れて来る営業車に停車しきる間も与えず小走りに駆け寄ると、開いた後席ドアを無視して助手席窓から軽くこんこん。
 あぁ?。
 怪訝な顔つきのタクドラに取り合わず人差し指で助手席へとんとん。
 何でまあ、一人乗りで助手席指定とか恋人同士でもあるまいに、しかしサービス業、時間借り上げ移動個室の顧客使用要望とあっては致し方なし、後席足元余裕確保に目一杯前出ししてるシートをガンと力任せに引き下げ乗り出した身のまま伸ばした手で助手席側ドアをそのままアンロックするとわっハードキスの勢いで突っ込んできた女性客の顔面とニアミスしかし相手仔細構わずさっさ背もたれを倒し勢いよく全身を乗り入れそして。
 その手が素早くナビに動く。
 流石はケータイネイティヴ世代というべきか。
 それは普通ないだろうナビは大事なだいじな現代タクシーを教え導く必須アーティファクト、素人乗客に弄ばれてよいものではないざけんなおら、怒声、罵言を叩き付けるべく開口されたタクドラの発声部位が凝結する傍ら一流ピアニストの連弾もかくやの流麗怒涛でデータエントリが。
 ぴっ、と人差し指で画面を示しその了を宣しつつ、この通りに、但し安全運転で。

 法定速度厳守、で、で?。
 と毒気を抜かれたタクドラが平板に発する声に再びゆっくりと幼子をあやす慈母の如き悠揚で安全運転、で、と。

第4話

 3603どうぞ。
 はい03、うぉう。
 はい実車確認しましたー安全運転でお願いします。
 ぜ、03りょうかいです。
 
 となりで小さく、くすり。
 ナビだけ入れてメーター入れない初歩のしょほを見られてしまった。
 深夜の路上は、逆に法定速度では危ない。
 クラクションはもちろん、下手するとカマ掘られで。
 当然、飛ばし過ぎは論外。
 はたのみか。
 隣席から鳥の囀りの如く、よろしく、という付けたし。
 秦氏のハタ、とか。
 正面を向いたままミカはタクドラを睨む、僅かに開いた眼で。

 ご明察、山田さん。
 
 山田太郎、乗務員証にはっきりと。
 
 ナビ操作だけが助手席乗車の目的ではないのか黒ロン、今回は無言の行を自ら崩してノは野原の野、ミカは深い香りで秦野深香と名乗り終えた。
 太郎はハンドルを握りながらナビに素早く指を奔らせ行程の概要を確認把握する、首を傾げ何ぞー思わず舌打ちしそうに堪え、再確認、間違いない。
 このタクシーは何処にも向かっていない近所をぐるぐる回っているだけだ、いや、
 
 ただぐるぐる??。
 
 もう一度、経路を追う、タクドラの忍耐と技量を弄ぶようなぱっと見何の意味も見いだせないなめんなごらお代はけっこうここで降りろやくそが案件、路地の九十九折、漸減斜行、これ、は、経路が複雑に微妙にすれ違いしかし全体が描くこれは。
 
 ……六芒星。
 
 隣から洩れた低い独語を深香は抜け目無くその耳に聞き拾いへえ、と感心、存外、言外にタクドラ風情がそれを看破する、おやおやこれはこれはくわばらくわばら、細めた眼を太郎の角張った浅黒い貌に向け浮かぶ表情を探る。

 なるほど安全運転に、だ、深夜住宅街のブライドコーナーを連続右左折など仕事で無ければ出来るものでは無い、正直軽い殺意すら覚える、しかし。
 
 六芒星、いったいなんの、何が。

 しばらく言葉が途切れた。
 
 深香は何が楽しいのかふんふんと太郎が覚え知らぬリズムを刻む。
 
 営業職歴が長い太郎は顧客満足度醸成に臨機で、振られれば合わせるし無言でも当然、一切頓着しない、ので、再び口を開く役はやはり助手席だった。

 ムジュンしてない?。
 ナルホドウライクな口調でぴっと指を立て不意に問いを立てる。
 えと、何が?。
 流石に唐突に過ぎ太郎は要領のない生返事。

 はっと、これだから、とクチパクで嘲り深香は、

 なんで、法定速度遵守の方が、危険になるのかしら。
 噛んで含めるように問う、お判りだろうか。
 

 はぃ?。
 深香の言葉は思念のビーンボールとなって太郎のこめかみを強打した、持っていかれ掛けた視線と意識を前方に、ミラーに戻し、なんだ、この女。

 深香の口は閉じない、動き紡ぎ続けるそれは、
 なんで、このタクシーもほかのクルマも、100k以上、簡単に一般道でも速度が出るの、なぜそういう構造が認められてるの。

 えーぇ。

 なぜ、と言われて。

 一般道。
 
 法定速度、概ね40キロ、生活道では30キロか。
 実際に30キロで走行してみるといい。
 まるで、静止しているような錯覚に陥る。
 
 これは、タクシーでも同じだ。
 
 もし仮に、それが法定速度、道交法遵守の業務ですと強弁して走行しようものなら、客より先に自分がキレる、むしろ危険で、一般車は煽りまくるだろうクソベンツBM。
 
 しかして、もし仮に法定速度であったとしても、側道から安全確認放棄の自転車、原動機付自転車が出現し接触したとした場合、どうなるか、否。
 通例通り、30キロ道路を40キロ、50キロ、80キロでそれらをハネ飛ばした場合、どうなるか。
 
 深香の問いこそが、当然なのだ、それは、その事態はなぜ、発生するのか。

 走る、曲がる、止まる、クルマ。

 道路交通法が適用される道路に於いて、自動車や原動機付自転車は免許を以って、行政法概念上此れを特別に運転することを許可せしめん。

 答え。
 公権力が許可し皆もこれに従っている、から。

 現在マラソンのワールドレコードが約2時間、つまり時速換算で約20k、昔の飛脚が永遠に走れるようなもんと思えば、自動車の最高速度は時速20kでじゅうぶんじゃないかしら。
 
 そう思わない、とタクドラを振り向き、その顔には昏い笑い。
 
 元がもとだけにある種の、美少女に収まらない妖艶が漂う、交通事故死撲滅、人命が総てに最優先する、それが単なるスローガンじゃない真摯な意志に基づくなら、よ、社会の利益、経済、効率、いろいろ人命の上位にあるのがこの列島、今のこの我々の真実、そういうことよね。

 えーぇ。

 命は地球より重い。
 
 もちろんだれもそんなことばにこだわらない、殊にこの日本に於いて、は。

 命は日々大量の命を喰らう。
 そもその命だって、人命、である事が前提だろう。
 殺虫剤一缶は使い切るまでどれだけの殺戮を続けるのか、

 でもそうじゃない、それだけじゃないの。
 
 贄なの。

第5話

 今、何と。
 
 にえ、と彼女は口にしたのか。
 
 ミラーの中でかち合った深香の視線がにっと歪んだ。
 その愛らしく可憐な唇が妖艶に蠢き、
 そうよ、に、え と、無音のことのはを、宙に浮かべる。
 
 人はしばしば不合理で、非論理的で、自己中心的です。それでも許しなさい。

 赦しとは何か。
 認可か赦免か。
 法に則って?罪刑法定?。
 それとも良識、常識に従って?。
 それを破る者を、赦す、と。
 その意味は、意義は。
 殺されても赦し、赦し、赦し、殺され尽くされるまで。
 
 そうしてアメリカインディアンは滅亡した。
 
 人に優しくすると、人は貴方に何か隠された動機があるはずだ、と非難するかもしれません。それでも人に優しくしなさい。

 優しく、とは。

 自己犠牲か。

 成功すると不実な友と本当の敵を得てしまうことでしょう、それでも成功しなさい、正直で誠実であれば人は貴方を騙すかもしれませんほら今正にそれでも正直に誠実でいなさい歳月を費やして作り上げたものが一晩で壊されてしまうことになるかもしれませんそれでも作り続けなさい従え従え従え心を穏やかにし幸福を見つけると妬まれるかもしれませんそれでも幸福でいなさいそしてお前に安息は永遠に来ないのだ覚悟せよ今日善い行いをしても次の日には忘れられるでしょうそれでも善を行いを続けなさい善とは何か悪とは何か持っている一番いいものを分け与えても、決して十分ではないでしょう。それでも一番善い物を分け与えなさい搾取される事こそうぬらの宿命なのだ、何とはなれうぬらは贄なのだからな。
 
 バーニラバニラバーニラキュージン!バーニラバニラデ……。

 行違う市街の喧騒が不穏な一語を吹き払う、禊の如く。

 アリガトウゴザイマス。

 感謝、では無くセリフの発声、という響き。
 いわゆる棒読み。

 はぃ、そりゃどうも。
 ご利用有難うございます、って言うでしょ、言うわよね。

 言うし、自動アナウンスも流れる。
 それは、まぁ、はい。

 なんで?。
 
 また、なんで、だ。

 ほんとなら、お客様のご利用、感謝致します、じゃないの?。
 有難い、在る事が難しい、滅多に無い、その意味は奇蹟。
 有難い、が奇蹟。
 御座います、が付いて、どうなると思う?。
 奇蹟はある、見よ神は此処に在り、その恩寵、嗚呼神は偉大なり、アッラーアクバル、アーメン。

 聖句を妨げる騒音は無く、車内は一時の静謐が占める。

 私たちは日々、神を、八百万神に奉り申し上げているのよ、いえ、させられているの、無宗教、違うわ、私たちは常に神々と共に在り、そして生かされている。民草を偽り盛大に詔を奉り。
 
 声が途絶えた。
 静謐が戻る。
 空気が、冷え。
 やがて荒い息遣いが漏れ。
 野太い呻きが発せられ。
 
 深香の唇は告げる、うぬら、と。

第6話

 汝ら。

 木を伐り。

 草を枯らし。

 川を沼を埋め。

 地に水に空に生けるもの悉く滅する。

 我らを乞い願い生まし。

 しかして顧みぬ。

 汝らよ。

 Amidst Global Warming Hysteria, NASA Expects Global Cooling
 
 NASA Sees Climate Cooling Trend Thanks to Low Sun Activity

 2019年5月10日、世界は雹に包まれた。
 
 雹で埋め尽くされたロシアのエカテリンブルグ。
 メキシコのモンテレイに降った雹は直径10センチ、野球球サイズ。
 列島の各地にも、また。

 都市部の真夏日は我々が自ら招いた人災である事は報されていない、所謂、ヒートアイランド現象なのだ。自然の営みが司る熱循環システムを、例の如く我々自身の手により悉く破壊した結果である。山を削り河を埋めアスファルトを敷き詰め、水の循環、森林の呼吸、河川、水田の温度調整機構、総て殺し全滅させた挙句熱いといってクーラーを回し各戸で廃熱し大規模熱源冷房移動個室で市街を移動する、一言で言って、狂気の所業である。
 
 沙漠には雪が降る。
 氷床は成長する。
 地球は日々確実に寒冷化してる、しかし。
 
 ビジネスとして呼号され続ける温暖化に目を向けさせ続ける、その材料だけが贄の眼前には示される。

 その後は言葉にはならなかった。
 ただ低く重く耳障りで陰鬱で醜悪で恐怪で
 
 ひびき
 
 たまぎれる、そのかんかく
 
 太郎はぼうぜんとそれをうける
 
 身体が宙に浮き上がる、そのまま天井を抜け街路灯が昼天の如く照らし出す路上からそれを越え大宮の闇に吸い上げ持ち行かれる、ハンドル支持のまま固まった太郎の周りを無数の深香が嗤いさざめきながらきらきら舞踊る身体反射自動安全運転のまま営業車は走り去りどんどん遠のき意識が。
 
 戻った。
 
 信号が青に変わる。

 太郎はひたすらにただ安全運転にだけ意識を集中していた無意識無心にそれをいつの間にか口にあんぜんうんてんあんぜんうんてんそれが世界を切り開く無敵の呪文と信じているのか無限詠唱。
 それでも、ステアリングを固く握りしめる両手の。
 掌にじんわりと。
 視線は前方と左右バックミラー間だけを忙しなく。
 既に叩き込まれた最終目的地点は指呼の間。
 盆栽の踏切をやや危険運転気味に愛車を弾ませ駆け抜けた先にあるのは、過去も幾度か客は降ろした事もある。
 
 ラブホ。

第7話

 大宮。

 大いなる宮居。
 
 すなわち、武蔵一宮氷川神社。
 
 BC472、約二千四百年前、孝昭天皇、三年 四月未、創立さる。
 
 倭建命が東夷鎮定を祈願し。
 出雲より兄多毛比命、武蔵国造が移駐し奉崇。
 
 主祭神、須佐之男命。
 稲田姫命。
 大己貴命。

 スサノオ。
 建速須佐之男命、速須佐之男命、須佐之男命、素戔男尊、素戔嗚尊等、須佐乃袁尊、神須佐能袁命、須佐能乎命。

 クシナダヒメ
 櫛名田比売、奇稲田姫、稲田媛、眞髪觸奇稲田媛、久志伊奈太美等与麻奴良比売命

 オオナムチ
 大穴牟遅神、国作大己貴命、八千矛神、葦原醜男、大物主神、宇都志国玉神、大国魂神、伊和大神、所造天下大神、地津主大己貴神、国作大己貴神、幽世大神、幽冥主宰大神、杵築大神。
 そして、大国主神、大国主大神。

 武蔵の名の起源は諸説唱えられているものの、いずれの説も定説となるには至っていない。
 何故か。
 焼き尽くされ、滅尽されたのだ、大和による征服によって、故にその起源は謎のままだ。
 
 我々は、何一つ知らず、知らされず、知ることを望まず、日々安閑とのみ願い、朝日を浴び、夕に瞑る。

 武蔵の国、秩父の嵩は、其の勢ひ勇者の怒り立てるが如し、日本武尊、此の山に東夷征伐の祈願を込め賜ひ、其の後東夷尽く平治せしなば、其の武器を秩父岩倉山に納め賜いてより、此の邦をむさしと称すもの也。

 ヤマト東部戦線。東部方面軍集団指揮官ヤマトタケルの手には、先に西部戦線を制したスサノオによるヤマタノオロチ攻略の戦果としてヤマト王権が遂に入手したねんがんの、製鉄技術、天叢雲剣があった。新兵器、鉄器の前線配備を待った満を持しての、盤石の侵攻作戦、パンターの配備を待った城塞は頓挫したが、ヤマト王朝が発起した東夷の場合はバルバロッサもかくやの破竹の進撃であったのは間違いない。

 現在、大宮、と言えば、
 新聞紙上にて、交通至便と激賞を受けた如くに、
 新幹線であり、旧大宮操車場を拓いて置かれたスーパーアリーナであり、
 アルディージャであり、ソニックシティ、パスポートセンター。
 
 ああ、ゆく年くる年年始の顔、氷川神社も大宮でしたね。

 現在、氷川本殿の表参道は、新都心駅東口を少し過ぎた辺り、旧中山道から右に分岐する形、鳥居を潜り道は本殿に向かう。これが、江戸初期の中山道、旧中は大宮宿の南で参道に乗り入れていたようで、つまり旧中だと思って走っていると突然、現れた鳥居を潜り神社、氷川本殿の参道に乗り入れ、え、え、と驚いている間にまた旧中に戻るという、ちょっと信じられない構造だがもちろん当時の移動は原則徒歩であるので、畏れ多い以上の障害は無かったかもしれないがやはり畏れ多いとの民意もあり、この地を治めていた関東郡司伊奈忠治が、寛永5年、西側に街道を移転させる区画整理を断行、参道沿いの宿や家およそ40軒を新設街道沿いに転居させ、これが現在に至る大宮の町となりましたと。
 
 現在は完全に主客転倒したが、
 大宮とは大いなる宮、
 即ち氷川神社そのものであり、
 氷川なくば大宮もくそない、無かったのである。
 大宮区民、元市民はもっと本殿を敬うべき。

 高天原爾神留坐須 皇賀親神漏岐神漏美命以知氐
 八百萬神等乎神集閉爾集賜比 神議里爾議賜比氐
 我賀皇御孫命波 豐葦原乃水穗國乎安國登平介久
 知食世登事依奉里伎

 此久依奉里志國中爾荒振留神等乎婆 神問波志爾
 問賜比 神掃比爾掃賜比氐 語問比志磐根樹根立
 草乃片葉乎母語止米氐 天乃磐座放知天乃八重雲乎
 伊頭乃千別伎爾千別伎氐天降志依奉里伎

 此久依奉里志四方乃國中登 大倭日高見國乎安國登
 定奉里氐 下都磐根爾宮柱太敷立氐

 高天原爾千木高知里氐 皇御孫命乃瑞乃御殿仕奉里氐
 天乃御蔭日乃御蔭登隱坐志氐 安國登平介久知食左牟

 國中爾成出伝牟天乃益人等賀 過犯志介牟種種乃罪事波
 天都罪國都罪許許太久乃罪出伝牟

 此久出伝婆天都宮事以知氐 天都金木乎本打切里
 末打斷知氐 千座乃置座爾置足波志氐 天都菅麻乎
 本刈斷末刈切里氐 八針爾取辟伎氐

 天都祝詞乃太祝詞事乎宣礼

 深香の可憐な口許から朗々野太く流れ溢れ出る音声はどこまでも神々しくしかし。目的地に着いた以上客を降ろせばそれで終わりそれで済む筈、現実的であるべき一縷の希いは陣風が吹き消す蝋燭より儚く。脳髄は痺れ股間は灼熱し視界は歪み、スマホ以上に重い物はタブレットくらいしか持つまいという生活感絶無の手が有り得ない膂力で男の魔羅を絞り上げその意図する儘にエントランスを潜り生涯一度も経験の無いアクセルターンでぴたりと駐車場に留め。
 
 気付けば館内の一室に居る、二人で。

第8話

 そして市ヶ谷に戻る。
 
 事情は理解した、何がなにやら、の実情ではあるが。

 1874年、明治7年12月、市ヶ谷台に陸軍士官学校が開校される。
 そして後昭和16年12月、陸軍省、大本営陸軍部、教育総監部、陸軍航空総監部が三宅坂より市ヶ谷台に移転される。これが、現在の市ヶ谷、防衛省市ヶ谷地区の原型となった。
 防衛省市ヶ谷地区、又は、防衛省市ヶ谷庁舎は、東京都新宿区市谷本村町に所在する防衛省施設である。陸自では市ヶ谷駐屯地、海自では市ヶ谷地区、空自では市ヶ谷基地と例によって文化の違いを示し、表記はまちまちである。防衛省本省に加え陸海空の3幕僚監部、そして統幕も同居する現在我が国防衛の中枢である。敷地内にはペトリオットが整備されており、空自第1高射群が常駐し、対応させている。
 
 練馬を経由して大宮から届けられた机上のバインダー一冊を前に、情報本部地理部長は頭をかいた。
 これもお役所仕事、大事なだいじな利権の固守なのだ、いや当事者にすれば死活問題だ常に、でもさぁ。
 こんなくそ仕事を押し付けられる現場はホントはた迷惑の一言である。

 合衆国三軍が出資開発しNASAに運営を委託している偵察衛星の一つが、ONI所管であるところの情報、つまり地磁場の異常を検知したのが本案件の発端となる。

 平時、軍隊にとって最大の敵とは何か。
 
 仮想敵国?HAHAHAナイスジョーク!それは単なる販促資料であるに過ぎない。
 
 予算であり、自部署の枠を減らす総ての存在、である。議会は無論、自軍以外の2軍は当然、自軍内の他部署こそ最悪にして真の排撃対象たる敵に他ならない。

 現在、米海軍の存在は危機に瀕している。
 
 理由は簡単、討つべき敵が存在しないからだ。
 
 自由主義陣営、世界の敵ソ連相手に冷戦華やかななりし往時にあってすら、その力は過剰だった。現在最大の仮想敵国である中共は大陸近辺をぴちゃぴちゃ蠢く沿岸海軍でしかなく、大洋を脅かす存在足り得ない、極めて深刻な事に、まあ大陸国家だし仕方ないよね。

 機動部隊を一つ減らす?それをすてるなんてとんでもない!。空母はいい、有権者に人気でアメリカアズナンバーワンの有力な広告塔で、映画だ何だと露出機会も多い。実際災害救助活動へ投入できるくらいには有用でもある。ハト派の上院議員が自身の政策立案スタッフの成果を手元に置きある日突然告発するのだ、この海軍独自の情報収集活動予算は削減可能なのではないか、と。潜水艦磁気探査、ええそれは存じております、しかし近年、オプティカルポンピング方式からスキッド、超伝導量子干渉計方式へ移行しつつある、これは随分と感度が上昇し、つまり磁気補正も海軍独自では無く国際標準規格準拠で十分なのではないですかな、そもそもにして海軍予算そのものが云々。
 
 そのとき海軍長官が答弁に読む資料がこれだ、これを基に平時の備えこそ有事に対処する国防の意義を再認させるのだ、まあそういう事だ。
 
 同盟国の軍事予算確保を支援する事務作業。
 
 それはいい、それは大事な業務だ。
 
 問題はこの実情だ。

第9話

 わたしの現実は脳が見る夢。
 
 怠惰で保守的な、正常性バイアスの揺り籠で日々微睡む。
 
 判ってはいる。
 
 真実の世界は、些か以上にスリリングかつリスキーなのだと。
 
 目隠しをしてさまよっているも同然なのだと。
 
 ニュートン物理学が確定的に記述していた世界は既に、量子力学がダイスロールからなるランダマイザーの迷宮である事を告示してしまった。

 人の思念、意志は物理的に世界へ作用する事も、また観測されてしまっている、ちょうのうりょくはありまーす!、粒子の振る舞いを拘束する程度には。
 
 例えば、この日本。
 
 日、に、に、という呼び方はない。
 ヒホン、ニチホン。
 にほん、と呼ばせたいのは誰か、何故か。
 
 にほん、とはなにか。
 
 二本。なにの。
 
 地球の某国某所では、に、NHI、は従う、という意味となる。
 
 にほん、とは、書に従う、という意味、なんだそうな。
 
 書、The Book。
 
 聖書、である。
 
 更に、二本。
 
 新旧二つ、新約聖書と旧約聖書の二つの書に従う国、というダブルミーニング。キリスト青森伝説、はともかく、景教と聞けばティンとなる人もいるだろう、空海と一緒にG先生に聞いてみればいろいろ符号する情報がざくざく、日本にいう、世間、の正体もあ、察し、となる。

 そのりくつはおかしい。
 
 この国にキリスト教徒なんて数える程しかいない筈。
 
 日本人にとっての聖書とは?。

 無論、記紀神話、である。

 日本書紀、古事記がそれぞれ、旧約、新約聖書を基に編纂された。

 捏造された歴史(二本)に則って、
 歴史の歴とは、 林+止+厂、
 林である二本の木を止め隠蔽した、
 この二本の木は、聖書の旧約・新約で、記紀に捏造・創作された。
 
 まとめると、
 
 日本とはニツ本、聖書に聞き従う国であり、また2つ本とは新約旧約の2つの聖書の国というダブルミーニングで名付けられた国であった。仏教と神道という2つの国教で人民が恭順化、マインドコントロールされた国でもあった。
 
 どこが無宗教国家だって?責任者出て来い。

 実際的にもベルベットファシズムの首領である。
 
 ユダ族の紋章
 ヘッセン・カッセル
 ロスチャイルド
 エジンバラ
 英国エリザベス
 
 皇室
 
 並べて眺めて見ればどれ程血の巡りの悪い贄であっても如何程かの感慨は生じるのではあるまいか。
 
 米国開戦直前の御前会議の席上。
 
 
 よもの海みなはらからと思ふ世になど波風のたちさわぐらむ

 天皇は大元帥でもある。この明治天皇の歌を読みあげたということは、あきらかに戦争不可、外交努力をいっそう推進せよという意志の表明であろう。ところが、この国は戦争の道を選択した。天皇の意向を無視するがごとくに。そこに何があったのか。開戦に突き進んでいた陸軍関係者は、昭和天皇が提起した明治天皇の平和愛好の歌、それは戦争の回避を意図するものであったが、いくつかのこの歌の解釈をめぐる論を参照することによって、まんまと開戦への裁可と読み替えてしまったのであった。
 
 あらひとがみ。
 
 天皇は戦前、人の姿をした、神、だ。
 統帥権干犯問題だって、それだ。
 
 おまえらぜんいんくび、せんそうだめ、ゼッタイ。
 
 この一言で済んだのである。
 
 
 畏れながら陛下、米国と開戦するは敗北必至にございます。
 そうは云うても、彼の国の後ろ盾でシナも全く片付かんではないか。
 
 開戦の、天皇の決意を誰も止められなかった、これ以外の真相はあり得ない。
 
 尊皇の東條が墓の下まで持っていったのも、東京裁判での戦犯の基準もこれだ、真相との距離、情報量に応じて格付けされ、戦後処理は粛々と遂行されたのである。
 
 なーにもう反GOD派確定なのだ、このくらい些事である。
 
 贄、というのは本作のフィクションだが、あんたらいや我々にはちゃんと別名、蔑称が存在する。
 
 ゴイム。
 
 此一門にあらざらむ人は皆人非人なるべし。
 
 人権、なんてものを法でもって保障されねば逝き死にも儘ならぬ我々、は、つまりそれを保証する立場の存在とは違う、そういうことだ。
 
 にんげん、せいぜいあたまはいきてるうちにつかおうぜ、な。

第10話

 わたしの現実は脳が見る夢。
 
 怠惰で保守的な、正常性バイアスの揺り籠で日々微睡む。
 
 世界は心象の鏡だと云う。
 
 天国も地獄も、心の持ちよう一つだと。
 
 否、地獄は在る。
 
 それは正に今此処に、
 
 ここが、雨の大宮駅前が、そうだ。
 
 もし仮に人間の聖性、
 
 性善説、
 
 死刑廃止論者、
 
 その他もろもろ、
 
 誰でもいい、今この光景を見たらなら、なるほど人間は性悪なのだ、我々の滅亡は不可避なのだ、人には法と罰が必要で人は法に従わなければ社会秩序の維持など不可能なのだ産まれてきてごめんないさいと人類総数全員が納得する。

 元来身障者以外乗降を許可されていないターミナル最前の路上は一般車で埋め尽くされ横断禁止と赤文字大書されたバス乗り場と駅階段間をブンモウかガイジンかは知らねど無限行進そしてプールに溢れるタクシーと乗車待機列鳴り止まぬ怒号クラクション嗚呼大宮原人交通地獄。

 或いは、と太郎は妄想する。
 これは現代の城下町戦略なのだろうかと。
 
 格子戸を~くぐりぬけ~見あげる夕焼けの空に~
 だれが歌うのか子守唄~わたしの城下町~
 なるほど、女帝、小柳ルミ子さんに相応しい、城主だったのか。
 
 違います。
 そんなロマンチックなものではない。
 
 要するに肉壁なのだ。
 敵から攻め寄せられた際の前進防御拠点。
 城まで侵攻する敵戦力への漸減打撃陣。
 城を護る第0号の空堀。
 
 これを現代戦に当て嵌める。太平洋側、わ、米帝相手に第二次太平洋戦争吹っ掛けても敗北必至であるので除外。日本海側、武運拙く海空戦に敗れ敵の、大陸か半島かロシアかシナか半島かはともかく舟艇機動か何か、着上陸侵攻を阻止出来なかった、と。
 因みに個人的見解との事だが某J隊さんはこの時点で政府は交渉のテーブルに着くでしょうと、現代戦で制空権取られて徹底抗戦とかナンセンスでしょHAHAHAと。
 まあここは最悪、つまり政府がこの時点で当事者能力を喪失している、全員敵前逃亡か或いは他、相手は戦争を終わらせる為に城下の誓いを掲げて我が国首都目指し南下してくるレイドオントーキョー。
 はい問題です、その侵攻ルートの確保は?。
 三国峠越えとか一般車だって難儀するのに機甲師団が通過出来ると思う?。
 東部戦線でも鉄路は補給線そのもので、
 17号のドモモまで。
 
 余計な一言、
 
 近くて済みません。
 

 済まんと思うなら腹を召せ。

 
 タクドラの囁きに客は怪訝顔。
 聞き取れなかったか、聞き違いか。
 幸いまだ、お宅のタクシーから切腹を脅迫されたというクレームは無い。
 
 済みません、とは済まない、取り返しが付かない、お詫びのしようがない、謝罪の最上級表現であり、言葉を尽くしてどうなるものでは無い多くは切腹を以ってこれに変えて来た、日本民族の優勢淘汰、自殺、切腹、特攻、過労死、死んだ日本人だけが良い日本人だ、記憶にございません、秘書がやった、生きている我々は外道か屑か、感性を殺して生き延びている屍。

 挙句に大きいのしかないんですけど、いいですかと万札を差し出した客をご利用有難う御座いましたと追い出し、タクドラは独り苦笑。
 

 言葉が、軽い。
 
 命を惜しむな、名を惜しめ。
 
 さて、どっちがいいのか。

 贄。

 
 不意にその語が、記憶が車内に響く。

 命を惜しむ今の日本人はしかし、命を軽視する。
 
 歩き、走りスマホ、親子殺し合い、麻薬より危険なアルコール飲料野放し、強電磁波、添加物漬食品、砂糖、
 

 交通死亡事故。

 
 一時は年間1万6000人を超えていた交通事故死者数が1万人を割り、近年は5000人以下、統計開始時を下まわる数となり、史上最小の交通事故死者数を記録。
 

 3532人。

 
 現代の人柱。
 多いか少ないか。

 我が国総人口の推移は、弥生時代60万を起点とすると、各種学説総計より、安土桃山の頃には1000万大台突破、以後急速に伸び江戸末期には3千万、大正5千、70年代で遂に一億総中流。

 無神論者でも初詣には行くだろう、或いは七五三には。

 産まれてから一度も、神社の鳥居を潜る事無く一生を終える人間がこの国に何人居るだろうか。
 
 神は加護を与える。
 
 では、加護を外せば?。
 
 其の者は、神に刈り取られる。
 
 召し上がられる。
 
 ご馳走様でした。

第11話

 地球がそのもの巨大な磁石、乃至その性質を有する、との言辞に異を唱える者は居ないと思ういませんよね?。地磁場とはそもその地球磁石の磁場まんまで、発生源は地球内部。そしてぶっちゃけ、実はまだ構造原因は未解明。
 しかし観測過去実績累計により、磁場の異常となると地球内外、お天道様の機嫌やマグマ活動等々あるのだが、そうした定型事例は今回総て消し込まれており、あろうことか米軍が推定事項として提示しているのが。

 さいきかるな、現象。

 
 地理部長は口に出して確認し、また頭をかいた。

 
 1950年代、フィリピンで反乱運動が起きたとき米軍は、ゲリラ組織に地元の迷信であった、吸血鬼、を用いた心理作戦を実施し、ある程度の成果を得た。一方、ヴェトナムでは、凶兆とされるスペードのエースを散布したが失敗。
 1964年には、コンゴにおける妖術・魔術・呪術・その他の心理現象と、軍部及び準軍事組織に及ぼす影響、と題された報告書が、陸軍の予算により、大学の対ゲリラ戦術分析センターの手で作成された。
 1969年、CIA研究開発室は、黒魔術および超自然現象の世界の探求、を目的とするオフン計画を開始する。
 1973年、被験者のパット・プライスは訓練用として選定された国家機密の軍事施設を詳細に透視し、この実績が研究を大きく牽引する。その後プライスは東側の施設をも透視する事に成功、この時点で既に、遠隔透視の効力並びに補助的な情報手段となりうる可能性が明確に例証され、敵対する情報機関がそれを使用した際の脅威を判定する、事へ計画の目的は移行し、遠隔透視の開発予算が、既存の軍事、情報関係に比較して少額であり、対抗措置が不可能との評価により、現存する情報収集手段の中でもっともリーズナブルで効果的な、但し精度と信頼性の向上を要する手段であるとされている。
 それが賄賂でも、性的恐喝でも、或いは遠隔透視ですらあっても、そのテクニックが通用させられるものならば、兵士やスパイの道具箱行きになる。そうであらねばならない。

  
 そうなのだ、アメさんはこういう事を平気で、ガチマジでするのだ。

第12話

 ふしぎ国家ニッポン。
 
 次は俗に単一民族と呼ばれるその血脈を少し考察してみよう。

 三人の天皇。
 
 いや、いやいやいや。
 
 南北朝のときだって二人だから!。三人って何??。

 それぞれ、地祇系、天神系、天孫系、の名がある。
 
 記紀に云う天神系がずばり原初の神、天孫がその血を引くつまり現職の、では地祇系、とは。

 百済系が婿入りした後期大王家、エフライム族。
 扶余系、扶余依羅の初期大王家、ガド族。
 フィリピン経由のアカバ湾エドム人。出雲王朝末裔系。

 或いは。
 
 バルト海沿岸から伊平島経由で青森に渡来し、東北の十三湊を拠点に大陸産出の黒曜石貿易を営む、巨石文明のドルイド教団を根幹に持つ1万年の王朝。所謂ウガヤフキアエズ朝。
 ローマ近郊から渡来した北イスラエル族。
 百済経由で渡来した海洋民族の南ユダ族。

 よしよし、なるほどわからん。

 扶余国、新羅から列島へ渡来してきた、初期大王家を輩出した民族は、北イスラエル滅亡後にアッシリアで捕囚され、そのアッシリア陥落後にシルクロードを延々と大移動して扶余国まで民族大移動したことになるが、そのような文献記録がない点で弱い。騎馬民族スキタイと合流同化して移動したのか?。
 或いはアイデルバーグが提唱した、シルクロード商人とはユダヤ、のように商隊に合流し商業的に営みながら移住を図ったのか?。

 だが、実際にシルクロードを経済支配したのはイラン系民族のゾグド人であり、決してユダヤではない。彼らはオアシス国家を支配統治していて、ここに他民族が入り込む余地はない。

 いや。

 シルクロードはペリシテ人が作り上げた交易ルートであり、階段式神殿などの灌漑施設はエジプト由来の土木技術を駆使して彼らが作り上げた。
 オアシス都市の灌漑施設の建設は紀元前であり、そこには数百年の時間的ギャップがありソグド人が作り上げたものとは言い切れない。
 一方、ペリシテ人がパレスチナの地を追い払われたのが紀元前7世紀でありこれは符合する。

 で、このソグド人が日本に来ていた。それが安如宝という僧侶で碧眼だったという。唐の律宗の僧鑑真に拾われて師事し、鑑真とともに日本へ来朝。東大寺戒壇院で受戒後、下野国薬師寺に戒壇が設置される時に日本には授戒可能な僧侶がそれ程いなかった為、下野国へ派遣された。しかし鑑真の死により唐招提寺に戻ったという。

 シルクロードにはオアシス都市国家が存在するが、その水源は自然に出来たわけではなく、何もない砂漠地に交易ルートを作る為に計画的・人工的に作られた灌漑施設によるもの。
 そして、日本にも存在する。
 古いものでは飛鳥京跡苑池への石組み地下水路があり、南池噴水装置につながっている。飛鳥京自体がペルシャ風の様相を呈していとも云われ、古事記にはタラミタもモンケコシという中世ペルシャ語の建築用語が記載されている。
 中世ペルシャ語といえばソグド語で、シルクロードから多くのソグド人が来ていたこれが証となる。
 それ以外にも、マンボと呼ばれる日本で独自に発達してきた水路トンネル技術がある。マンボは三重県の鈴鹿山脈麓、岐阜県の垂井盆地、愛知県の知多半島に多く分布しているが、中でも三重県のいなべ近郊はマンボの集中地帯であり、確認されているもので100以上、総数は千近くとも云われている。
 
 何故、飛鳥京や尾張近郊には地下水路があるのか。何処からこの技術を導入したのか。
 初期大王家は扶余国、加羅経由で日本渡来した金首露王。新羅の慶州客家とも懇意だったと思われ、それ故に灌漑技術を取り入れることが出来たのかもしれない。

 ……素人が小説の余談で語るにはそれだけで作品化可能なほどに広大無辺な事実であり、やはりちゃんと公教育にて、プロが教科書か或いは池上彰が分かり易く説くべきである。
 
 ウェストファリア上の文脈に於いてさえ我が国は、琉球及び大和及び日の本及びアイヌ連邦、とでも命名すべき連合国家であるのだから。

第13話

 ブッブー、不正解でーす、最初からやり直して下さい。

 深香はしれっと現れた。

 初めは、神々しい、という表現を実直にコーディネートしたかの、上から下まで純白の装い。次は夜闇より昏く禍々しい漆黒の夢魔。そして今は。
 アニメキャラプリントのタンクトップに都市迷彩短パン、そして黒縁。

 ふふふ腐女子ちゃうわ!! 。
 
 いや、言ってない、何も。
 
 その眼!その視線が言ってる!! てかどっちかってとキマシだし!! 。
 
 そして微妙に古い。
 
 メーター入れた脇で光速エントリーは既に了。
 総走行距離82kの県内小旅行のはじまりはじまり。
 薄曇り、熱くも無く寒くもない真夏には出来過ぎたドライブ日和だ。
 
 寺社観光巡りとか例えば古都、京都などではむしろ定番であろうが、この埼玉で大枚はたいて氷川分社巡りなど、控えめに表現して金持ちの道楽、裏金棄て紀行、狂気の沙汰も金次第。
 
 京アニ、好きなんだ。
 
 視線を逸らしたまま太郎が指摘すると深香はきょとんとした、初めてかもしれない無防備な、それは愛くるしい美麗嬢貌を拝謁奉り候、空気にチラ見して眼福うひょ。

 タクドラはヒマだ、ヒマなのだ切実、自然知識量は微増するし趣味は拡散する。小説マンガ映画音楽パズルゲーム車内空間で消費可能なコンテンツは須らくその対象となる。太郎のマイフェイバリットは実写なら古典12人の野郎、アニメはこれも古典未だオネアミスだが
 
 す、好きっていうか、その。
 
 言い淀み、消え入る、父とはじめて一緒にみたのが。
 
 いきなり頬を張られた、ばか! 。
 車内では静穏にお過ごし願います、お客様。
 
 深香は車窓に視線を据え、太郎はその視線を前方側方後方、各ミラー、死角肉眼目視を適宜移動する事で安全運転此れ本分。

 逃げるかと思った、ぽつり云う。
 
 無線配車で客から逃げ出してどうするよと太郎は冷静に返す。
 
 大人なんだ。
 ああ、50前だ。
 
 今度はフリーズした。
 まじまじと隣席を眺める、じろじろ顔を覗き込む。
 
 うぞ。
 
 昔はとっちゃんボーヤでね、漸く実齢が合致したかなと太郎は苦笑。
 
 アラサーかと思った、とその声が少し上ずるが太郎は冷ややかに嗜める、貫目が減る、若年は男の恥だと。

 ……そういうもんなの、

 逆もまた真なり、
 おれはどっちでもいいが、話材にはなる、便利ではあるな。
 
 で、直截にぶつけてみた結果が、わざわざ登録してあるらしいスマホから鳴らした最大公約数的誤答表現電子音まで交えた、意外、と言っては不敬か、能天気で陽性なリアクション。
 

 大宮氷川神社は天皇が直訪する公的霊場だ。
 
 其処に、私企業を運用する事で霊的な攻撃を企てている。
 
 つまり君は、君たちは、この国で確執する権力構造の一角、その策動か、と、具体的には裏天皇の、或いはその関係なのか、と。

 おー凄いすごい! 。

 
 深香はタクドラに向き直り目を丸くしてみせ、ぱちぱちぱち、しっかりお勉強して来たのね、いい子いいこ。
 
 でもざんねん! 大間違いです! 主客転倒、いや主従逆転、かな。賞賛すれども評価には値せず。

 霊的テロリズム。
 権力闘争の手段、ではない、と。

 
 なるほど、では。

 
 タクドラは左折ウインカーを出しながら呟く、それは、その目的達成はしかし、可能なのか、と。

第14話

 業務委託に於いて、事前調査の段階で判明したフィルタリングに則り米軍は随分と的確な作業指標を提示してくれていた訳であるが、実務能力の不十分を理由として日本側ではその対応に苦慮していた。
 決定的に欠落していた。
 準備不足、という様な生易しい状態ではない。
 公式にも非公式にも存在しない。
 して貰っては困る、甚だ遺憾である。
 積極的な否定、否認、拒絶。

 精神主義、それも悪しき、という評価が付随する、旧軍には辛うじて継承されていた、この地の国軍にも嘗ては育まれていた、物理力に依らない軍事力の構成因子。現代では指揮統制、コマンドコントロール及び士気、戦意、モラルといった、正面装備をハードに准えるならソフトに該当する、何か。
 
 例えば、士魂、魂魄、武士の武士たるもの、戦意を、戦士を戦士ならしめるその根源、源泉。

 戦場を心理学で微分して尚解を得ぬ虚数因子。

 古来、この国で軍師は、戦に遣える神官であった。
 参謀職では無かった。
 そのボーダーが丁度戦国時代で、有名な二人の軍師、竹中半兵衛は代表的な軍事作戦立案実行の参謀であり、山本勘助は在来型の軍師である。
 天佑ヲ確信シ、全軍突撃セヨ、などとゲーマーがノリノリでチャットするぶんには微笑ましいが正規軍が電信しては駄目ダメである、ダイスロールはラッキーヒットを念頭にしてはいけない、NEを引いても堅実に勝ちを拾えるのが優れた駒捌きというものだ。
 軍事作戦は、肉体活動において比較的長時間の低強度のものから、ごく短時間に集中する最大強度のものまで、幅広い範囲の強度を必要とするといってよいだろう。筋肉疲労を特定し、それについて精通し、生理学的要因を決定し、職務遂行能力を維持する最高点を予測し、身体訓練の方法を改善することにある。手法の一つとしてヨガの呼吸を援用する等、バイオフィードバックにより心拍、血圧、血液凝固といった生理機能、体内機能を制御しより頑健な兵士を獲得するといった、あくまでも実用に根差した軍霊複合体の活用が存在する。 そして、テクノロジーは簡単だが、訓練は困難だ。だから、装備はよく整っているが、自分の兵器の使い方をよく知らない部隊は世界中にたくさんある

 なんのはなしだったか。

 という訳で旧軍が辛うじて保持していた神なるもの、神秘、神霊の残滓、それを敗戦という問答無用の現実を契機に再編された我が国戦後戦力、殊に陸上戦力に於いては、旧軍の、悪しき、資産など徹底的に排撃され除染され漂白され、微塵も残存していなかった、不可能だった。

 あまつさえ今に至るも硫黄島の英霊すら慰労し得ない体たらくである。

 つまり、ゆーれいを探せ、と?、それが横須賀の要請だと??。
 大宮から上がって来た情報に地理部長は、怒鳴るべきか笑うべきか、とにかく、困惑した。地磁気異常の調査ではなかったか?。しかし相手は生真面目にいえ、と否定し、幽霊に限定せず妖怪妖魔道祖神等、霊的現象について干渉し得る対象総てを調査対象とすべき、と、そのような提言を受けております。

 地理部長は二の句が継げず文字通り絶句した。

 事態を整理するとこうだ、霊場とはつまり弱磁場を伴い、今回観測されたのは正にそれだ、地球磁場の異常などと、余程の規模で無ければ衛星軌道上から観測し得るものではない、これ程の規模であれば地上での確認は容易であろう、我々は今回の現象を極めて重視、これの解明を望んでいる、しかし当該地域は貴国領内である、ついては、我々の調査についてご協力願いたい、と。
 つまり基礎調査の依頼であり、以後米軍は我が国政府との調整を経て現地にて独自の調査を希望しているらしい。

 あなたの知らない世界、いやさ、オー〇の泉、事案かよと誰がぼやいたものでもない。ちょうしんりがく、についての我が国でのあれでなにな件について文科省他関係していてくれないか各方面に打診はしてみたものの陸自さんのお役に立てるような具体的供出資産については持ち合わせがありませんねとのゼロ回答。

 れいのうしゃ??。
 
 いやあの、そういう属人的解決手法方策でなくもっとその、普遍的制度的定性的かつ定量的なあの。
 
 いうたらガイガーカウンターみたいな、個人スキルに依存しない何とかあったりなんかしないの??てか探してみてよ。

 れいたん、霊探……??。

 密林でプレミアム出品されていたのを調達部が予備費でポチり、明治神宮に持っていったら青く、青山墓地では色々光ったと動確報告。流通皆無メーカー欠品というのを臨時予算片手に生産直凸、必要数を確保。

 特別手当で非番も動かし、なんとか形が付いた。

 デフコンじわ上げ中でのホットスポット、ハンタキラーインターディクションに強磁化されバラまかれるゴースト、それに対抗して攻撃型原潜に随伴する、従軍エクソシスト。
 
 そういう未来戦での、作戦立案資料になるのか、本件は。
 
 ほんとうに軽い頭痛がするので、地理部長は決済印を付くと当該成果物を既決、のボックスに放り込むことで脳内タスクからようやくリムーヴ。

第15話

 今夜は前と反対、南銀端の宿にベッドイン。
 裏参道から入れた次は表から、だそう。
 
 大宮二大歓楽街、北銀と南銀はなるほど、
 氷川本殿の裏、表の参道にそれぞれ面している。
 
 お前は、と太郎、現代の渡り巫女、みたいなもんなのか。
 深香のあまりに自然な、淫乱でもなければ恥じらいもない、娼婦でも聖女でもない、敢えて言えば精戯を極めながらあくまでビジネスライクな泡姫の如き、50手前の先日迄の素人童貞タクシードライバーの片手を握りいそいそ歩く深香の背中に、なんともいえないこう、もにょり。

 見返す、深い瞳。
 
 私じゃ、イヤ?。
 その声が聞きようには不可思議な怯えを伴う、奇異だ。
 
 いえ、畏れ多いですが、と真顔で。
 
 あからさまな安堵の吐息が輝くような口許から零れる、なれば、よし。
 にっと、また、今迄にない魅力に満ちた、小悪魔と気張った女神がない交ぜに在るかの、新機軸な表情を突き付けられ太郎は軽い眩暈、全く、この小娘にはあとどれだけのチャームスキルが実装されているんだ。

 虚勢を張っているが、否、せいいっぱい大人の演技を、正に演技、素振りを何とかかんとかしてはいるが、正直太郎は覚束ない。
 
 太郎はあまり商業美人に興味が、知識が関心が無い。いわゆるあいどるなるもの、殊握手券と大量の破棄CD、などという事象を仄聞するに、どっちもどっち即物的にすぎる、ファンなら信徒なら余剰物資をせめて布教活動での頒布聖典にでもしないものか、けっきょく瓦乞食、真性餓鬼道かと。
 それでも世に氾濫するビジュアルは彼の視界にも容赦なし浸透突破し来る、うむ、まあ確かに可愛い、美しい、が。
 いまこのじぶんのめのまえでぜんらでいるこのいきぼとけめがみのびれいしゅんれいなることはどうかいやないぜつごぜっぴんだいべっぴん。
 こんなに智的で、
 個性的で、
 主体的で、
 とにかくなんでもいい、言葉を尽くしてこの存在を誉めちぎりたい。

 そして愕然とする、おれはいったいここでなにをしているんだ。

 秦野深香。
 
 俺が彼女を知っているのは改めてほんとうにこれだけ唯一だ。
 それ以外は何一つ、彼女を知っているとは言えない、俺たちは、街角で行き逢い、親交を重ね、潮が満ちるように今日を迎えた、のではないもちろん、先日は逆レイプもどうぜんに童貞を喰われ、そして今夜も、客とサービス事業者としてロケーションなるここに到着しただけで、引かれるまま物理的に部屋まで来たにはきたが。

 秦野深香。
 
 もちろん、先日の体験でこの娘の尋常ならざるは骨髄に達している、どころか、真実人間であるのかさえ怪しい、サブカル界隈ではいっそありふれた、美形人外クリーチャー、太郎のふしぎな事に、サブカル作品世界登場人物、あの世界にはサブカルものが存在しないのか、何故自身をフィクションと対比警戒予防行動を取る者が絶無なのか。
 といってたしかに、一介のタクドラたる自分にすれば枯れ尾花に怯え逃げ出すくらいのリアクション、オプションが貧困貧弱。

 しかし。
 
 深香に悪意を感じない。

 チャームされてる?。恋愛感情とはそれだろう。或いは女郎雲に喰われる、それこそ贄なる引かれ者の小唄、か。
 だとして48歳独身、とくだん喪い畏れるものとてない。

  眼前の裸身がゆるやかに振り向く、貌には。

 おだやかな、笑み、零れる。

 みか……。
 
 太郎は口ごもり、舌打ちする、自身に。
 
 なあに、たろう。
 
 深香の眼は潤み貌は紅い。
 
 太郎は唾を呑み、思わず呻く、きれいだ、こんなきれいな女性、いや存在を俺は今まで、短くはない生涯でまだ眼にした事は、いや、今夜の君は。
 
 深香の眼が、すぼまり、双眼が濡れ満ち零れた。
 あ、と太郎が思わずその余りの愛おしさから胸にかき抱き、頬をそっと拭う、どうしたんだ、突然。
 深香は幼児のようにしゃくりあげ、太郎の唇を吸い、離し、告げる、嬉しい。
 
 深香の華奢なその肢体は無残だった。
 鋭く細い斬撃の跡が無数に走り、全身を覆っている。
 いったいなにが原因での傷跡なのか、まるでそれは、剣豪が日本刀で微塵に切り刻んだかの、かつ。
 この傷では、並みの人間では生きていないだろう、いや、信じられないがもし刀傷が骨まで断ち割っていたのであれば、命どころか復元すら危うい肉塊となってその場に積みあがった、光景すら思い浮かぶ。

 百年の恋も霧散する醜悪なオブジェ、深香の裸身、しかし太郎は違った、ビジュアルではない、この娘は、そのものが美しく輝いている、なぜだろう、でも太郎にはそう観得る。
 
 同時に、脳裏のさまざまな雑音が、意味目的なぜこの俺を、白く透け、ぱっと弾け、細かく砕け吹き散る、いいのだ。
 深香が選んだ私を祝福せよ、惜しみなく受け取れ。
 
 技術も体位も無い。
 
 互いに無心で互いを貪る。
 慈しむ、愛おしむ。
 
 男女の交わり、聖なる営み。
 性交を手段としての秘術体系はいっそポピュラーだろう。
 なにしろ生命誕生の儀式なのだ、その効果は推して知るべし。

 深香が入って来る。
 
 胎内で、クンダリーニを暴れさせてしまい母子共に危難に陥ったこと。
 
 その母は借り腹であり、彼女が幼少の頃には死別したこと。
 
 護鬼と夢中で遊んでいたとき、家宝の壺と皿を粉微塵にしてしまったこと。
 座敷牢に一月放置されたこと。
 トラウマで小学生の間夜尿が収まらなかったこと。
 
 高校二年のとき、
 父親を腹上死させ、
 本家から叩き出されたこと。

 
 太郎が入って来る。
 
 私とは何か。
 
 私、を生じさせているこれは何なのか。
 
 何処から来て、何処へ向かうのか。
 
 なんのために。
 
 躁鬱、入院、自己破産。
 
 転職転職転職。

 
 私は愛さない、愛されない、
 身も心も穢れ切った人面の化外、それが私。
 
 私は愛さない、愛されない、
 興味がない、意味がない、無論、資格もない。

 
 貴方は素晴らしい、
 その人生を汚辱に沈められながら、
 磨き抜かれた神魂の輝きはどうだ、一点の曇りも無い気高き宝玉。
 
 貴方は素晴らしい、
 真のみを見据え臨む、
 無窮の学徒。

 そんな貴方が好ましい。
 そんな貴方が麗しい。
 そんな貴方が愛おしい、何よりも。
 

 貴方が、欲しい、
 総てを。
 

 一魂二身。
 
 一つに、繋がる。
 
 二人は、同時に達する。

第16話

 ばかな。
 

 九鬼公嗣はそれ、統合情報定時報告の最新号を開き、絶句した。
 

 我が国の情報、情報機関は長年、所謂縦割り行政体系そのままの図式で推移していた。
 
 嘗ての冒険小説の花形、調別、陸上幕僚監部調査部第2課別室、あれやこれや。
 
 情報はとうぜん、必要なことが必要な者の手にあって初めて機能する、猫に小判、豚に真珠。それでは国の情報機関として余りにお粗末である。流石にそれはという事で遅まきながら情報の統合管理体制がようやく整備に向かったのが、情報本部の創設である。
 防衛省、国軍内での統合情報管理のみならず、国内外、外務省、警察庁、公安調査庁他機関及び友好国とも連携し活動する。周知し、共有し、資産とする。
 

 という次第で、本件も、無事彼女の手に届いたのである。

 
 米軍からの着信、現地調査、決済他各種処理、都合3か月程のタイムスパンではあるが。

 まあ情報という資産の性質上、分析分類評価必須、生データの垂れ流しとか雑音と変わらないぶっちゃけ迷惑業務妨害、しかたないね。
 
 公安警察、とは、公共の安全と秩序、その維持、を目的とする警察である。
 体制に抗うテロ組織、という図式では、国外では往時のIRAが有名だろうか。北アイルランドをイギリスから分離させて全アイルランドを統一する。暗殺爆殺武装蜂起、ずいぶんとハデにやらかしていたものである。ISIS?あれはヤラセだから。

 一方驚くなかれ、平和国家ニッポンでもテロが横行した事例、時代が存在する。ウソだと思うなら連続企業爆破事件で今スグG。東アジア反日武装戦線、とか、今でもブサヨとかいう不穏当なタームが存在するのはまあ、身から出たワビサビ。天誅、って昔はウヨクの得意技だったのにね。

 チヨダ?、サクラ、四係?、現在のゼロ?。そうした表向きの平和なわかりやすいいざこざに忙しい人たち、人は死ぬ、捕縛すればおけ、そうじゃない面倒な相手に対する組織。
 
 キク。
 
 なお、まつろわぬ、けがい。

 公安警察に身を置きながら、彼女の捜査対象はそうした難物であった。

第17話

 くかみきみつぐ。
 
 九鬼と書いてくかみ、と読む。もちろん、織田に仕えた九鬼とは何の縁も所縁も無いそも読みが違う。
 
 九鬼の家名は字義通り九の鬼を従える護法を、その法力を名乗るもの。
 
 その歴史は……実は本人たちもあまり判らない、というのは、旧い、ふるすぎるからで、それこそ有史、記紀編纂より前から活動していた事は間違いない、らしい、この辺りは家内での口伝による。
 人が死を、その司りを意識したのはいつからか。既に5万年前、ネアンデルタール人は故人を葬送していたらしいが、単なる儀式では無く行政区画としての、生者と死者、黄泉国及び根の国、霊界並びにその現界との各種係争、事案等を職掌とする、官僚機構、職能集団。
 巷間での拝み屋、祈禱師、そうした、ありていに表現してとうてい健全とは思われない特殊技能職、を、公職の立場で担務する者共。
 しかも、刑事、として、である。
 
 現在では宮内庁、と呼称される組織の始祖であった。

 公嗣は当然、男性名である、で、彼女。
 
 あ、察し……。
 
 現代のベルばら、人権侵害事案。
 
 九鬼は男が継がねばならぬ、そして男子に恵まれなかった。
 加えて、九鬼の、血、は。
 養子などでどうにかなるものでもなかった、
 そういうまあ、因習である。
 
 因みに、九鬼、蜂須賀、前田、鍋島、そして、徳川、つまり松平姓を名乗れる、三天で云う、地祇系に該当する。

 そして、九鬼。
 
 鬼。
 
 名日卑弥呼 事鬼道能惑衆。
 
 有名な魏志倭人伝、女王卑弥呼についての一節にある。日本での鬼について語った最古の文献、資料であろう。
 
 鬼道。
 
 役小角は、飛鳥時代の呪術者であり修験道の開祖とされている。鬼神、を使役できるほどの法力を持っていたと云われ、左右に前鬼、と後鬼、を従えた図像が有名である。

 臨兵闘者皆陣列在前、超有名厨二病患者必修、九、字の護法、呪術。

 九鬼、の家名に込められた情念が推察される。

 二本立て国家二本での、表向き、人界に対しての霊界、そちらを管轄する、古来からの警察機構に所属する、現代現場での最高位人物。
 
 それが、九鬼公嗣、という名に課せられた使命であった。

第18話

 神と呼び、悪魔と呼ぶ。
 
 多くと同じく、都合に過ぎない。
 
 一語にして、堕天使、なる名称も存在する。
 
 西洋に見れば、有名なのはメデューサ、であろうか。
 
 元々美少女であったメデューサは、海神ポセイドンとアテナの神殿でセックルしたがために家主アテナの怒りから、醜い怪物にされてしまう。
 
 理不尽である。アテナは好色ポセイドンをこそシバくべき筈だ。神に言い寄られてダメ出し出来るワケもなし少女売春のセカンドレイプでしょこれじゃ、でもちょっとドジっ子属性があるのか、よそ様の神殿をラブホにしちゃアカン。
 
 つまり、元は女神だったのだ。実際、遺跡、地下神殿のレリーフなどに刻まれており当初は祀られる側の対象であったらしい。蛇は再生を司る存在として、世界中で信仰されていた。メデューサも、地母神として再生を象徴していたのだろう。だが蛇はご存知、キリスト教徒には楽園追放の下手人、不俱戴天の仇敵である、正にお察しの事情が。

 竜もそうだ。
 
 ドラゴンスレイヤーと言えば最強の剣にして武器、邪竜成敗、討伐対象、しかし東洋、日本では竜、龍の字に悪を見る者は居ない。へぼ将棋、王より飛車を可愛がり、の成龍、ドラゴンボールの神龍、龍が如く、は悪漢だが、概ね聖、好意的な力の象徴だろう。

 日本の霊界事情。
 
 他方は神となり、
 他方は妖怪、鬼、悪霊に身を落とす。
 
 神に対すは司、宮司。
 鬼に対すは、やはり鬼。

 三大悪霊。
 
 平将門、菅原道真、そして、
 
 
 崇徳天皇。
 
 
 前二者はまあ、帝都物語と受験生のアレで他言を要しないであろう、だよね。
 
 天皇だって闇堕ちするのだ。
 いやもう、彼の生涯はお察しどころではない、聞くも涙語るも涙、だいたい鳥羽上皇のせいでそれこそお前の血は何色だ、案件モノ。まして望んでもいないのに朝廷分裂大戦争、天皇家がお家騒動で戦争?信じられないが本当だ、保元の乱、では崇徳上皇派、はい?、聞いてないし!って言ってる間に敗戦、廃帝、流刑死。

 瀬を早み 岩にせかるる 滝川の われても末に あはむとぞ思ふ。

 これ、崇徳さんの作、一度くらい見聞きしたことあるよね。
 お人柄が偲ばれる。
 そりゃ世に祟りもするでしょうよ、まして天皇、本来民草と愛し愛される立場のお方、ですぜ。当時の民衆も崇徳タソカワイソスいいぞもっとやれと思ったに違いない凶都マシマシで。てかそうした思念の後押しが無ければ霊なんて活動出来ないし。プランクスケール以下霊子の立場でゼロ点エネルギーを抽出出来ると言っても微細なモノで物質界への干渉では保存則が機能するしね。

 単に悪鬼を祓って終わり、とはいかない、崇徳の件では苦労した、というのが業界の語り草にある。

第19話

 九鬼公嗣。
 
 24歳、独身。
 
 そう、クリスマスの大台を目前に、彼女はけっこう追い詰められていた。
 
 九鬼の血は継がねばならぬ。
 
 で、あるのに……ようやくさずかった一粒種、姫に、なにゆえ女子に男性名など付けるかー!!。
 
 トランスじゃないネカマじゃないもちろん妹など求めていない!!。

 幼少時にはまんま、やーい男女、と、かっこうの餌食にされた。
 それらはいい過ぎた事。
 しかし。名は体を表すというか。
 いわゆる、男装の麗人スタイル、が、彼女自身ベストフィット、スカートよりパンツ、ヘアスタイルはショート以外考えられない、他、女性らしさ、可愛さ、可憐、異性への保護、庇護欲アピール、そうした諸々、自由恋愛の末ゴールインするに必須必要戦闘能力たるずばり女子力が自分には足りない、決定的に、自覚はあるが、絶望的なことにその鍛錬への意欲も、どうしても奮起出来ない、いや、ビジュアルはまんまヅカながら中身はノンケ、別に男言葉を嗜むほど傾ぶいてはいないのではあるが、だからなになんの慰めにもアドバンテージにも。
 
 逆にというか、花嫁修業はもう何処に出ても恥ずかしくないくらい完璧だった。調理を筆頭にハウスキーピング家事百科、さすがに育児は未知数だが、花嫁修士課程修了学位保持者、くらいの盤石たる態勢が確立されていた。

 どうしました、室長。

 世界が滅亡する直前でも退屈そうに決済事務を進めていそうな、ふだんの公嗣らしからぬ様子に、次席で幼馴染で許嫁で2歳上の、大河内資正が声を掛けた。
 
 資正は、いい男だ。
 
 決してイケメン、ではないが魅力的な、個性派俳優カテ整った目鼻立ちで、トールガールの公嗣よりなお頭半分高く柔術で鍛えられた体躯、何より部下としても年下女性上長ナンバーツーを実にさり気無くこなし、しかも公嗣に対し、君が納得するまで付き合うよとの包容力。幼馴染でなかったら! 許嫁で無かったら! でもでも、揺り籠から墓場まで九鬼の家名で仕切られた人生でのごく僅かな選択肢、それくらい自分の手で掴みたい、完璧な友人、完璧な部下、彼には全く非も落ち度も不満もないつまらない自分だけ拘りなのだろう、だけど! ごめん! 私のわがまま、もう少しだけつきあって。
 仮に必死に誰かを射止めたとて、その彼こそ単に公嗣の女子力検定合格通知、最初期から確定フラレ前提の当て馬、いい面の皮なのだが。
 まあ当人からして身勝手我侭自覚なだけは、世上に溢れる天然ラブキラー、魔性の悪女より数段マシではあるか、決して悪人ではない、自己評価と憐憫、狭間に置く自身の私情と公務のままならなさ、その葛藤に日々身もだえするくらいには。

 そして公嗣は資正の声にも気付かず眼前の、三面モニターの一角を無言で睨み据えている。
 
 その息遣いが、荒い。

第20話

 国内に三つの社研、なる組織が存在する。
 
 一つは東大、東京大学の附置研究所にして、日本と世界が直面している問題を実証的かつ社会科学の立場で研究することを目的とする、東京大学社会科学研究所、ISS。
 一つは阪大、大阪大学の附置研究所であり、社会問題を経済学の立場から解決することを目的とする、大阪大学社会経済研究所。

 そして一つは、社会教育実践研究センター、これも、関係者からは社研、の略称が用いられる。
 
 国立教育政策研究所は読んで字の如し、文科省内にある、教育政策調査研究機関である。前身となる国民精神文化研究所は昭和の創設で、存外に若い。研究所長に連なる10余りの部局、施設の一つにこの社研が数えられる。
 
 資正が訪問していたのは、この社研にあって、次長、と呼ばれる男だった。

 やあ、お久しぶりです。

 
 柔和な表情で次長は、応接室に入って来る。
 資正は無言で頭を下げた。
 
 訪問目的は、実を言うと既に果たされていた。
 
 結界は通常通り機能している、異常無し。
 
 次長にも変化は観測されない。
 
 後は、常時抜き打ちも同然の来訪、非礼への詫びとして、少しばかりの雑談をつきあうだけ。
 
 と言っても、これもいつも通り、話すのは専ら次長で、資正はほぼ無言の相槌に終始する。
 
 
 最近、戦史に興味がありましてね、と次長。
 
 
 安保闘争、の安保、とは、安保条約、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約、決して公的には表現されないが、紛れもない、日米二国間の軍事同盟、のことである、これを巡って激動に包まれた時代が、日本に存在した。先に示した連続企業爆破事件、そしてあの、あさま山荘事件もまた、安保闘争の余燼と言える。

 安保闘争とは何だったのか。
 
 安全保障上学術的視点でのラジカルな解釈では、当時の世界情勢、米ソ冷戦構造下での、赤化の成功例であるベトナム、他方内戦手前の、軍事介入以前の段階であっさり失敗した日本、つまり不安定化工作の一環に過ぎなかった、と切って捨てる処だろうか。

 例えば大和型戦艦、はご存知ですよね、大和と、武蔵。と次長の、独り言のような語りは続いている。

 
 次長は、安保闘争の、中核人物の一人、であった。
 
 但し彼は、皮肉にも、実際の影響力は一切、行使していない。デモにすら一度も参加しておらずそれどころか、事情聴取、取り調べに対しても、率直な無関心と世相への嫌悪感を表明するのみであった。
 
 だが、おかしい。
 
 当時の公安は困惑した。
 
 この男は、間違いなく活動の中心に存在するのだ。
 
 にも拘わらず、物証も心証も、一切証拠が、無い。
 
 万策尽きた彼らは、遂に、藁にも縋る想いで、というより当たるも八卦当たらぬも八卦、匙を投げる思いで、この案件をキクに振った。
 
 安保闘争は徹頭徹尾現象界での暇ネタ、常に人手不足、多忙なキクは珍しく余力があったのでこの要請を受理可能だった。

 戦艦、というのは、現代でいえば、大陸間弾道弾、のような存在感だった。各国が戦艦を建造し、その所持枠を条約に定めて取り決める、というのは、正に戦略兵器削減交渉であり、その保持は核抑止力に通じる、世界平和実現の手段とされ、実際に機能してもいた。そうした中、大和と武蔵も建造されたのですが、いや、実に興味深い、そう思いませんか。
 
 興味深い、とは。
 
 
 言葉を返し、資正は口を噤む。

 非常に呪術的です、その命名からして。

 なるべくその言葉から意識を逸らす様に、丹田に気を張りながら、資正は頷く。

 当時の内閣、この国の表看板の、気概と苦悩が、滲み出ている、そう読めませんか。国外から、黒船に驚かされ、次には世界最大最強の戦艦を建造する、その二隻が、大和と武蔵。我々は近代国家として脱却したのだ、もう、大和政権、その仇敵たる、出雲、いや武蔵、古来からの確執、旧弊、因習からは脱却したのだ、と、それを醜の御楯として使役し、一方は祖国から遠く離れた異国の海に穢れとして鎮め、他方は、琉球への備えとしてこれも鎮める、何れも軍事的には理解に苦しみますが、こう解くと実に明快、そう思いませんか。

 そのようなことを次長は小一時間訥々と語ると、やあ、もうこんな時間だと壁の時計に声を上げ、つまらない話でお引き留めしたと詫び、資正はいえ面白かったですと世辞を告げ、丁寧に一礼し席を辞した。

第21話

 世界を示そう。
 
 初めに言葉在りき。
 光在れ、と言ったとか。
 
 いや、ノンノン。
 
 世界開闢の言葉は言葉にして言葉に非ず。
 
 数値。
 
 人類は此れを、基本相互作用、と呼称、定義している。
 何はともあれ何かを創めるには先立つモノが必要。
 天地創造にしたってその器たる世界が。
 
 宇宙が、必要なのです宇宙好き好き大好き愛してる。

 強い力、弱い力、などと、仄聞された方も多いのではないでしょうか。
 宇宙を、世界を世界ならしめる4つの力。
 
 重力。
 電磁気力。
 
 これらは何れも、無限大の影響力を持ち、
 強弱は素粒子の形質を規定する。

 ∞×2×有限×2、
 まあ極論するとこれが世界の公式だ。
 無限項が二つも存在する時点で、その発散が∞であるのは自明。
 
 ∞のガチャだ、リセマラだ。
 
 リセマラ必須のゲームの創まりだ、
 推奨、じゃない、必須。
 しかも、成功必須。
 宇宙創始を引き当てないと開始出来ない。
 繰り返すが可能性は∞に発散している何というクソゲー。

 闇ガチャどころの騒ぎではない、FGOがどうしたって?児戯だじぎ、赤子のバブばぶ、だ。強ければビッグクランチか何かで宇宙は創まらない、弱ければそれこそ発散してしまってやっぱり創まらない。4つは余計だ、2つでは、いえ1つではダメなんですか重力一択とかシンプルイズベスト、世界一になる理由は何があるんでしょうか?2位じゃダメなんでしょうか?ダメなんです、この宇宙を記述する言語は唯一無二なのです神の試練、この場合は自己責任製造者責任だが。

 まあいい宇宙は出来た尚99.999999999%、イレブンナインの精度で原子不在のさびしい宇宙な模様。
 
 ここからがほんとうのじごくだ。
 
 水。
 
 水分子。
 
 太陽系のかなたから飛来する微小天体にも水分子は存在する。
 
 てか改めて4つの力ってすごない?。
 宇宙ワールド規格ですぜ。
 たった4つの力でこの世界は規定されてるんですよ奥さん!幾億光年進んでもそこに水分子が観測されればそれは淀川の不味い水と同じなんだよ!。
 
 まあいい、水だ。
 
 常温で液体、100℃で気体、100、ここ重要。そして零下で固体。
 
 こんなぶったいみたことない!。
 
 水、ふしぎ、でGだけでキルタイムだ、知らない人は人生の損失だ。
 
 まあいい、水も出来た、尚(ry。
 神技だしねサクサク逝ってみよー!。
 
 無事ぼくらのちたま、水の惑星宇宙の至玉も爆誕!!。
 せいめいたんじょうまでしこのまだ!!!。
 
 うん、あれはウソだ。
 
 
 アミノ酸。
 
 アミノ酸とは、アミノ基とカルボキシル基の両方の官能基を持つ有機化合物の総称である、か、生体のタンパク質の構成ユニットとなるα-アミノ酸を指す。全アミノ酸のうち22種がタンパク質の構成要素であり、真核生物では21種から、ヒトでは20種から構成される。
 
 宇宙が無ければ世界が創まらないように我々も、まあ水素から炭素を創ってくれた宇宙さんの営為はとかく、アミノ酸、たんぱく質が無ければ創まらない淡泊だけに。
 
 原始地球でのアミノ酸誕生秘話わ、
 分かり易く言うとアレだ、
 
 
 
 或る学者の会話で、
 
 
 原始地球では様々な無作為反応が発生しました。
 
 なるほど、それはそれは。
 
 然る後、生命誕生現象が発生しました。
 
 それは素晴らしい!ところで貴方、かんたんな質問があるのですが。
 
 はい、如何様にも。

 砂浜に落雷が在り、スイス時計のユリスナルダンの一つが偶然、発生した、真か偽か。
 
 HAHAHA! 可能性としてあり得ませんな、正に天文学的としか。
 
 そうでしょうそうでしょう、でもね。
 貴方がたは、ジャンボジェットが製造された、そう主張されているのですが、間違いありませんかな。

 こまけぇこたぁいいんだyo! とにかく! アミノ酸も出来たんだよ現にあるじゃないですか!チンパンジーがタイプライターランダム打刻でシェークスピアを書くかもしれないだろ可能性は無限大なんだよ素晴らしき哉人生。
 
 えーでもね。
 生命誕生迄は後少し。
 
 出来たんだyo現にあるだろラプラスを引くまでもない可能性1はい終了QED!!。

 まあ。
 
 ぐうぜんうちゅうができてぐうぜんげんしができてぐうぜんみずもちきゅうもわれわれもたんじょうしてせいしはせいぞんきょうそうをせいして。
 
 とにかく∞×∞の連鎖の果てに私が、貴方が、
 
 
 という冗長な表現を回避する便利な言葉も人類は持っては居る。
 
 
 それは、それこそが、奇蹟。
 
 貴方も、私も、
 
 眼にする、この日常の総てが。
 
 
 
 有難う御座います。

第22話

 社研はその施設を上野公園の一角にひっそりと構えている。
 社会教育主事、という、学校教育以後社会人が社会生活能力向上等を目的としての学習機会に当たり此れを支援し或いは指導する、学校学習に於いての教師に該当する資格職能を期待される者を国家がその社会組織の健全なる維持発展への責任を以ってつまり聞き慣れない利権の一環で民間の独自活動やNPOからは冷笑され盲腸官庁。
 
 午後。梅雨を衝いて現れた過ごし易い薄日の下、次長は訪問者と連れ立って社研の庭をそぞろ歩きしていた。
 
 無論、施設の敷地内では、屋内であろうが無かろうが総て、次長の一挙手一投足公安の監視下に、カメラに集音マイクに細大漏らさず記録され、管理されている。
 
 
 久しぶりの晴れ間、というより薄曇り、ですか。
 
 だね。農家にはすまないが、このまま冷夏ならラクなんだが。

 
 年の離れた男女の、余りにも当たり障りのない会話。
 
 接触者である秦野深香なる人物、日本人女性についてのリサーチは既に完了している。
 
 と、いうより、元々がキクマターであり、公安が本職たるデータマイニングの成果を提出すると、ゴメン、これ元身内、というコントのような展開に。平安、検非違使管内での大佐、歴代のキク長官を輩出した名門であり、武鬼人鬼との二つ名で勇名を馳せた。
 代々女系でもあり、依代型の母体が先代の法力を継承するカタチで大和の治安維持に貢献してきたが大正から昭和にお家騒動を起こし男系と女系に分裂、女系側が抗争を忌避し惜しまれながらも退役、しかし残った男系側は急速に衰え、チャネラーに毛が生えた程度の能力者を最後にキクとの関係は消滅した。他ならぬそれが秦野深香であり、寧ろ脅威対象であって欲しいが完全な戦力外である。秦野が血は絶えた。

 武蔵の結界を破壊したそうだね。
 
 破壊? 武蔵ってさいたまの、ですか。
 
 ここでボケてもムダだって。
 
 まーそーですよね。はいはい私がやりました。

 連中の表現に倣えば無力化、ニュートラライズ、てところか。
 
 でも何でバレたんだろ。式が常駐監視してる拠点、範囲は避けてるのに。
 
 米軍経由、だそうだ。
 本来武蔵野結界に供給されていた龍脈、地球魂からの神気が、機能不全から周辺に漏出し、感化された浮遊霊や道祖神、天使悪魔聖霊妖精妖怪魑魅魍魎百鬼夜行、が、地磁気の擾乱として米軍の、NASA所管の偵察衛星から観測されたらしい、やあ、恐ろしい時代だねえ。

第23話

 これも世界だ。
 
 というのは、
 
 原初。
 
 一なるモノ。
 
 創始者、スーパースーパースーパーマッシッィィィン。
 
 完全無窮、それは、
 それを、
 
 望んだ。
 
 いうたらここから破綻してはいる。
 完全無欠にしてこれ以上何を望み得るというのか。
 それは三毒の貪そのものではないのか。
 
 とまあ世界のはじまりからしてこのザマなので今の日本人に足る事を知れ衣食足りて傍若無人とか多少はねしょうがないよね。
 
 とにかく無欠なるは欠なるを望んだ、そして。
 
 
 分裂。
 
 
 といっても世界はビビッグバババァァァン!!!と始まった、ほどたんじゅんではない。
 
 仏作って魂入れず、では世界は始まらない。この宇宙にしたところで、幾らごりっぱな次元ゲージ粒子原子力学構造を備え精緻なビッグバンとクランチを延々演じたところで観客が存在しなければ読者不在のチラ裏に過ぎない。
 
 それは心。
 
 それは、魂。
 
 やはり意志が命じたのだ、光在れ、と。

 そして、世界は創始、創出される。
 世界に意志は宿る。
 散々がいしゅつのプランクスケール以下、
 粒子ひとつ一つ、
 人魂星魂銀河魂。

 ここで余談の余談。

 輪廻転生、は自明として、その先の階梯、には何があるだろう。
 
 上記にもざっと触れたが、人を卒業したその先、来世ではない、その先。
 
 瞑想、内宇宙探査の実践により世界を解きほぐす仏教は、現代宇宙論なぞより余程科学的である、何しろ宇宙創成は追試も再現も出来ない。
 
 仏教では輪廻の記憶から、魂が石、生物では無く鉱物に宿る段階を指摘する。やはり魂は最小単位霊子から万物に存する。畜生、人、さてその次は。

 六道輪廻。
 
 天上界、人間界、修羅界、畜生界、餓鬼界、地獄界。
 
 ここで、天上界への考察が興味深い。
 
 他化自在天、住民の寿命は92億1600万年、地球が当年45億年、おや。
 
 星の、惑星の魂。
 
 人間が、この忙しない喜怒哀楽他を持ち越して、例えば今のこの地球の代理が務まるだろうか、億年単位で慈しみ育んで来た自身の世界を我が物顔で蹂躙しつつ地球に優しくと嘯くガン細胞より悪辣な悪知恵以外さしたる能力を持たぬ醜悪な肉塊、怒りと憎しみと絶望と困惑と悲嘆と、自殺したくても主星、太陽の超新星爆発を待つしか救いは遥か。
 
 恒星意識、星系意識、銀河意識、魂の旅路は迂遠だ。
 
 気楽に気長に行こう、take it easy。

第24話

 公安のデータマイニング、地道な捜査の結晶として一人の人物が浮上する。
 
 しかし、その男は、全くのシロ、おどろきの白さ。
 
 が、
 
 この男が、演説もせずアジ文も書かずとにかくいっさい観測可能な活動を見せずしかし、どういう方法手段を持ってしてか、接触者をオルグし、共産テロリストを大量に供給している。データがそれを裏付けている。
 
 男はマル経のけの字も口にしない日本史の、非常勤講師であった。その聴講生から大量の主義者が誕生しているのだ。男は執拗な任意聴取にも最初素直に、徐々にさすがに辟易といら立ちを表明したがそれこそ自然な反応で、もうまったくわけがわからないよ!。

 最初に観た見鬼はその場で昏倒し一月ほど意識が戻らなかった。
 
 男が発散していたのは強力な思念波だった。
 それは、パンピーには無害な、
 例えれば、厳冬の陽光のようなもので、
 しかし、裸眼で望遠鏡で観測すれば火を吐く如くお察しで眼が、めがあああと有名のたうち必至決してマネしないで下さい。
 
 そう、本来は無害だ、しかし。
 
 内容は、現代人離れした、自然主義志向であり、聞く者が聞けばアナーキーな、原始共産主義そのものの、決して破壊傾向ではない、穏健な、プリミティブな、なればこその全否定。
 
 太陽の日焼けだって要するにヤケドだ。
 では、思想にヤケドした人間は、どうなるか。
 
 魂の演説、拡散。
 
 本人は無意識、聴衆も無意識、学術聴取にフォーカスした顕在意識の隙から無防備無警戒な無意識野へダイレクトに流し込まれる流行り病、反動主義。このご時世であるのでそれが、共産テロという身近な具象を得るが、本質は反組織反政府であり無政府であった。当然、まつろわぬ。

 この男は、危険だ。
 
 法力の常時暴走で精神感応、敢えて既存概念に置換すると催眠術の変種、というようなむちゃくちゃ苦しい説明に落とし込んでキクが報告を上げると、そして両者は対応に苦慮した。だって何の罪状でしょっぴけばいいのか。不幸な事故という強硬論も囁かれる中、要領の得ない説明と説得に男は当然困惑ししかし、愛し学ぶこの日本社会に自分の特異体質が不安定や危害を加えているなら、過去を赦免し以後を未然防止、協力する事でそれが叶うなら、喜んで国家に従う以後お世話になります旨、了承した。

第25話

 なぜ父は、私は、
 
 死なねば、
 
 私がこの手で、腹の上でこ、こここ殺、
 
 
 思春期は多感だ、悩みは尽きない、
 その其々は各人にとっては世界そのものであり本人にしか理解不能な最難関であり、他者に取っては不可知でアンタッチャブルな、教えや救いを乞われしときはじめてそっと手を差し伸べ或いは無言で、
 
 やーあたし、小六んとき家に帰ったらいきなりオヤジに押し倒されちゃってー、でちょっちイヤボーンって、使役出来ない、しちゃいけない筈の護鬼がこう、ぷちっとミンチにしちゃってーさーもー血まみれだわアソコは痛いわ式に反応したキクの即応まで踏み込んで来るわ大騒ぎでさー。
 
 あー俺もそう。
 小六あるあるだよねー。
 分かる判る!。
 
 
 いやそれはない。
 
 
 で、深香は或る日を境に、天然爛漫元気聡明ネアカスクカ最強美少女が一転、机にタヒネと切り付けられようがトマトを投げられようが望まれるままに股を開こうが総て一片の冷笑に変じさらりと受け流し黒縁をそっと押さえるだけの、深淵に覗かれてもへらっと微笑み返しで退魔退散させる闇堕ち美妖女にクラスチェンジしてしまった。

 あの日、我が家に、わが身に何が起こったのか。
 
 父は、不器用で武骨で言葉より手が出る典型的な、しかし直ぐに弱き己を恥じ涙交じりに詫びる父は、いきなり突発ペド覚醒した、のではない。
 
 血。
 
 旧大陸など王族間で近親婚近親相姦とか常識以前のハナシだ。単なる血脈、利権マネジメントなる凡俗即物要件ですら、だからこそとも言えるがそれはスルーされるのだ、まして当家が直面していたのは、法力という特殊スキルの減退あるいは消失、唯の人になってしまってはそこらをスマホに支配され漂っている贄と実質同等、奉公など及びもつかないあの日父は。秦野が、秦氏の傍流であることは調べるまでもなく、そも、この国とは、我が血族は、使命とは、大和とは、そしてこの私は。

 真っ先に駆け付けた大恋愛で結ばれた母は現場を一目見るなり娘を愛剣でなますに刻み良人の肉片を搔き集め降せる全神魔相手にしかしごめんなさいされると天晴な十文字立ち腹喉突きセルフ介錯で後を追い、深香は無論即死で結局、呼ばれて飛び出て放置プレイなモノノ怪たちが到着したキクに救命引き渡し事情聴取にと大活躍。
 さて潰れてしまったので据え置き直された秦野宗家は復職も深香の身元引受何れも断固拒絶、一時は代々の論功に応えてキクでの養育も俎上になるも法の壁もあり無念撤回、順当に施設送りかという直前に、宗家の風聞を耳に遠縁の方から来ましたという初老の男性が登場、正規の養女縁組として引き取られていった。

第26話

 タクドラ殺すに刃物は要らぬ、好天三日あれば良い。
 暑くも寒くもなくむろん雨でもない、いわば散歩日和。
 雨耕晴読プールで溺死。
 サーフが捗る。
 
 深香の宿題、わたしたちはなにものか。
 
 一なるものの分け御霊。
 
 愛より出でて、
 愛に生き、
 愛に還る。
 
 愛、とは。
 
 I love you.
 I want you.
 I need you.
 
 私は欲情している、
 君と目合ひたい、
 そして孕み、産み、育てて欲しい。
 
 人界で愛と呼称される概念の悉くは先の三毒、
 貪、瞋、癡の混合体で、
 恋愛といっては執着し争奪し果ては殺試合、愛憎の果てなどとワイドショーしたりするなど。

 勇にして死を軽かろんずる者あり。
 急にして心速すみやかなる者あり。
 貪むさぼりて利を好む者あり。
 仁にして人に忍びざる者あり。
 智にして心怯きょうなる者あり。
 信にして喜んで人を信ずる者あり。
 廉潔れんけつにして人を愛せざる者あり。
 智にして心緩かんなる者あり。
 剛毅ごうきにしてみずから用もちうる者あり。
 懦だにして喜んで人に任にんずる者あり。
 
 良いか愛とは、
 
 過たない真実無二、無限無窮最強至極。
 仁義礼智忠信孝悌、
 最大最効率のエンジンでありソースでありシステムにしてモデル。
 仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌
 これを体現するもの即ち覚者にして魂が希求、しかして道半ばの無明に在り。

 めんどくさいしにたい。
 
 それは欲に溺れるが故、我欲善欲等しく。
 
 愛のストラテジーとタクテクス。
 
 愛ならどうするだろう、これである。
 
 それは良識に照らせばどうなるだろう、これが戦術。
 
 ランチェスター戦力自乗則より導かれる攻者三倍、
 見る者が勝つ、First Look, First Shot, First Kill
 つまり、同じ事。
 
 こんな初歩のしょほ世界の原理原則すら説かない義務教育なるガベージコレクションで魂が病むのは必然であろう。

 これを功利に欲したとて有用で、結局愛以外は悉く損非効率、と聞けば拝金主義も眼から鱗であろう、とてどうせ魂ガチプレイ勢は自ずから効率プレイ貴方の隣に声聞独覚、誰を救うでなしひっそりと。

 愛して愛して愛し抜く、
 闘って戦って討ち果たし総てを、愛を阻む総ての欲を情念を、そして克ち得る得難き至玉、とかまあ、お、動くか。
 
 運ちゃん近くて悪いな、神子のヤオコーまでやってくれよ!。

 うるせーたひね。

第27話

 ここでまたミトコンドリア・イヴ、などとブチ上げてはまんどうくさい、要はつまりぶっちゃけ、人類発祥の地がアフリカの大地にあった、とされていただけのハナシであって、実態はアフリカ系とユーラシア系が存在する。
 
 縄文人以外、は。
 
 人類がアフリカほか起源であるなら極東の住民たる縄文人だってその下流だろうそうだろう、大陸他の遺伝子交配が確認されるハズ、それが、違った。縄文人は来なかった。ここに居た。もちろん弥生ほか渡来人は来たわんさか来た。
 
 我々が継ぐ残滓。
 
 バベルの塔が崩れる前から例のアレでナニな主語述語不要ナゾ言語を操り虫の発する音響を声と呼びRGBの遥か以前より四百を超える伝統色を駆使し万物に神を見出す。
 
 
 日本、倭、縄文。
 
 私達家族が、私がその裔として連なったもの、どうしてこうなったその源泉。

 深香が自分探しの旅を彷徨う道程で行き着いた人物の一人が、次長であった。
 
 
 次長は彼なり、キクや公安当局から判ったような要領得ないできれば今北産業的明快な、他ならぬ自身の特異体質であるそれを理解したかったので、幸運な出会いであった。
 
 
 魂の交歓。
 
 
 貴方は誰。そういう君はまた随分な人生を過ごしてきたようで。

 深香は破綻していた。
 
 父を殺し母に殺された。昇級した、小学6年の春である。
 加えて、性行為への渇望と拒絶によるアンビバレンツ、小六が追う課題としては重篤に過ぎた。
 深香の編入先で、彼女がさせこ、公衆便所であることはクラスでは即日、全校にも1週間もあれば洩れなく周知された。
 彼女が拒まなかったからである。
 授業中だろうが教室の片隅で順番待ち待機列が途切れないとなると、学級崩壊学校壊滅待ったなしである。徐々に確実に転入のハードルは上がり、文字通り行き場の無くなった深香が不登校モードに入るのは必然の事態だった。
 
 それでも木食は縁起を静観し続けた。彼女にとり学校が、義務教育の不全が何だというのか。最初期を思えば自発的に行動可能な現在の深香に木食は何の不満も不安も抱いて居なかった。
 そして自然、深香の教師は木食となった。乞われるままに木食は深香を導き、自分に不足があればこれを補い鍛えた。
 この頃の木食は深香に問われるまま、崇徳との友誼から京都での跳梁とキク、当時の秦野との死闘から当家に今日まで奉公に至る云々、爪の先から尻の毛まで丸々総て望んで吐き出し聞き取られてしまっていた。幼少の三毛が目の前の初老の紳士と同一の、じゃあ、と彼女は言った、今度は深香が木食に恩返ししないといけないのね。
 そのお言葉だけで千念にて候、と木食は、それを、この土岐をじいは御待ちして居りました、信じておりましたと顔を伏せて男泣きに泣いて賞した。

 そして縁起は、学究の徒深香と道を示す次長を道縁せしめる。

 
 非言語、思念直通、全情報相互共有。
 
 
 半精半人、物界と霊界の狭間に息る。
 
 一語にすれば先祖還り。
 次長は、縄文人であった。

 これは単なる事実であり、それ以上のものではない。
 
 というのは、キクを始め次長本人すらその事実を認識していなかったからだ。
 
 キクは国内での法力管理官僚機構、核査察ならぬ法力査察で大和体制での法力運用の一元管理、つまり一国に国軍や警察が複数存在しては混乱の元であるし何より危険、霊界に於いてはその事情の特殊性に鑑み、より以上、慎重厳正な対処が求められる。刃物を振り回す暴漢でも相応の技量があれば民間人がこれを鎮圧する事は決して不可能ではないが、式や鬼を使う者などその事案、事件性の認定からして困難を極める事、容易に推察出来るであろう。
 キクは学術組織ではないのだ。次長については一応以上の対応、対処が既に機能もし規格化も完了している、次長はこれ以上キクの貴重なリソースを投入する対象ではないし現在その必要も無い、冷淡かもしれないがない袖は振れぬ。

 全交歓により言語も社会組織も不要、その手は全知、全集合無意識野、所謂アカシックレコードにもアクセス可能であり科学技術の錬磨蓄積もまた不要、クリエイティビティ中風雪に耐え得たマテリアル、縄文土器が遺された、と思いねい。

 深香との邂逅を通して次長は自分というもの、受け手のない思念の発散とそれに感化された者たち、辛うじて事実の一端を解きほぐし事態打開、鎮静対策を求め接触してきた公安とキクの労苦、それらを漸くにして我が身我が事として受容せしめるに至った。

 そして深香は変容を得た。
 中学3年の卒業式、祝い酒に珍しく泥酔した父は足元あやしく、娘に支えられ二人仲良く家路を辿っていたが折悪しく、家の近所で酔漢に絡まれ、常なら一喝片手でさばく父の前、ふらつき突き倒され目の前で娘に害が及びそうになるや掴みかかり揉み合い、相手が手にした小刀が父を深く傷つけ血飛沫、救急車が着く間も無く深香に抱かれるまま娘の胸、腹、朱に染めながら死んでいった。そういう事になった。魂が望み妥当性を認め、為された。

 思念交歓の副次効果と呼ぶには余りに巨きな、祝福だった。

第28話

 木食は寝付いた深香の頬をそっと撫でた。
 
 こけていた。
 
 不憫な娘だ、ぼそりと押し出す。
 
 万物の霊長、類。地球生態系の頂点での君臨、しかし、なんとまあ浅ましく不自由かつ、不幸な境遇である事か。
 
 物理特性ではない智性なる特質を獲得し、一気に捕食対象の雑食小動物、植物連鎖の負け組から狩猟者へ躍り出たは良いがそれに振り回され、本能からの逸脱を制御出来ず同族殺しの傍ら自らの生存環境まで破壊し尽くし宇宙と地球が億年単位の時日を費やし精魂込め丹念に整備した芸術のような住処を、ウロボロスが如く寒いといっては部屋の壁材を剥ぎ取り暖を取るにも似た欲望の赴くままの破壊と簒奪を繰り広げ漫然たる自覚に焦がされながら破滅へ向けひた走る、この惑星に生きとし生ける総てを巻き添えにめいわくせんばん。
 
 それでも木食は還って来た。
 
 秦野が騒乱にはほとほと愛想が尽いた。人の数えで一世紀になんなんとする我が奉公すら空しくなる、それでも。
 
 この娘には、何の咎も無かろう。
 
 木食は化け猫、猫又。
 
 
 霊猫であった。
 
 
 鬼秦野にさくっと祓われる処を、この仔にも事情があったのだと、次女が庇った。

 そう、木食にも事情があった。

 そう、木食にも事情があった。
 我が主人、崇徳の無念を晴らさんが為、外道に身を堕としたのだ。

 崇徳が幼年にして白河上皇逝去、これを受け鳥羽上皇、近衛を即位。時、近衛は僅かに三つ、鳥羽上皇は崇徳に近衛を養子にと勧奨して曰く、崇徳は院政せよと。崇徳は近衛に禅譲せるに至らん、しかして鳥羽の悪辣卑劣なるこの糞袋、宣命の儀を偽るは皇太弟。
 近衛齢十七にして隠れ、崇徳は重仁が即位をば。
 しかしてこの鳥羽人面鬼、後白河を即位せしむる、畢竟、後白河、崇徳の確執、保元に世を乱したり。

 ああどうしよう、木食、と崇徳は膝の三毛、猫にしては面妖、鼠も取らず木の実の類を好んで食する珍友を静かに撫でた。私に謀反の嫌疑が掛かっているのだ、と。
 なにそれおいしいの?、と木食は眼を輝かせ主人を仰ぎ見る。
 ああ、お前には詮無いことよな、すまん、と崇徳は苦笑する。
 
 木食はにゃあ、と一声あげ伸びをすると、とん、と主人の膝を離れ、縁側から身を躍らせた。そのまま庭の枝振り豊かな松を駆け昇り屋根に降り立つ。
 そこで式の報告を受けた。
 
 主公が実父にして仇敵たる鳥羽を呪殺、くそ不味いが魂も喰らってやったはよいが、その後がいけなかった。まさか乱に至るとは、保元事情は複雑怪奇にして猫には預かりしれない、やはり人間こそは最凶の魍魎だ。
 それにしても崇徳、なんと人が好い、人間にしておくのが惜しい。
 Move it!、いいから身一つでさっさと身を隠せと叱り飛ばせるならいいが猫の身とあっては是非もなし。
 
 その後の流れは歴史が記す通りの惨状。

 お前はいるのか、木食、と崇徳は焦点のぼやけた眼を向けその背を撫ぜた。
 ああ、かなうなら今一度だけでも、再び京の都を。
 
 せをはやみいわにせかるる たきがわの われてもすえにあはむとぞおもふ。
 
 木食はその頬を優しく舐めた、決意と共に。
 お疲れ様、崇徳。
 お前の無念は俺が必ず果たすよ。
 
 海の果て、京の都に向け木食は毅然と背を伸ばす。
 
 いいだろう、狩りの始まりだ。
 
 主公が雪辱、存分に果たさせて頂こう。
 今から京を魍魎の庭に変えて進ぜよう。

 震えて瞑れ、凡骨共。

 猫は、一皮剥けば地上最強の肉食獣、捕食者である。
 その一事を見る者に深く得心させる、
 主公には生前、一度たりと晒す事の無かった、
 木食の、精悍かつ凄惨な表情、

 酷薄な笑みが彼方の攻撃目標に指向される。

 今から?。そう、正に。
 やおら木食はなーおあーおと、人族には春の夜の騒擾のそれ、と聞き分けが付かない雄叫びを放ち始めた。
 非常呼集に応じて下僚、木食に連なる類魂所属の一味が、木食をホストとする魂サーバをたちどころに構築する。
 そして木食はこれを踏み台に京の霊場、人族の無意識野:Node-Kyotocityにアクセス、無防備な此処に呪詛、崇徳テクスチャが実装されたマインドクラッカーウィルスをインターセプトした。
 京の住人、その上も下も、木食がセットした崇徳の怨霊というアプリから各々自身の無意識野から其々の人生に応じた恐怖の具象を心象に投影し、それは折よくも逢魔が時を迎える京の曇天に、天を覆う崇徳の怨霊として結像する。

 我は崇徳上皇。
 
 聞けや者共。
 
 我は告げる、
 我は仇為す、
 我は、災厄となりて、この地を焼き滅ぼす。
 
 悔いて啼くが良い。
 我にももはや止まらぬ。

 我は崇徳上皇なり。

 一瞬の、しかし強固なマインドハックが、その後惨禍のトリガーとして京の魂に刻印された。
 
 崇徳の幻像を纏い京を存分に蹂躙した、これが木食の顛末となる。

第29話

 八幡信仰7817社に引き比べるなら300に欠ける氷川などゴミのようなものだろう。
 
 しかして、それは八幡との相対であり、定性定量としての概算200余、簸川を併せ260に達する存在を無視して良い、という法ではない。
 
 寧ろ必要十分と判断すべきだ、結界として機能するには。
 
 
 氷川信仰。
 すなわち武神スサノオ。
 
 これを坂東武者、開府の源頼朝をはじめとする武装集団、軍事政権の守護神として崇め奉り各地に拡がった、とする。暴力装置集団による素朴というも愚直な力への信望がそれ、とはなるほど余りにもあけすけで判り易い、が、そもその正に源は、先に示した通りに出雲より移駐した兄多毛比命、まんま名は体をあらわす武蔵国造である。
 
 大和の命を受けて、だ。
 ヤマタノオロチ。
 
 八岐大蛇、八俣遠呂智。
 
 古代出雲王朝。
 
 高天原を追放された須佐之男命は、出雲国の肥河上流の鳥髪に降り立った、箸が流れてきた川を上ると美しい娘を間に老夫婦が泣いている、その夫婦は大山津見神の子の足名椎命と手名椎命であり、娘は櫛名田比売といった。

 素戔嗚尊は天より降って出雲の國の簸の川上に到った、その時、川上で泣き声が聞こえ、其処で声の方を尋ねると、老夫婦がきれいな少女を間にして泣いている、老夫婦は脚摩乳と手摩乳といい、少女は二人の娘で奇稲田姫と其々名を告げた。

 国譲り。

 天照大神と高皇産霊尊は天津彦尊を葦原中国の君主にしようと欲して、地上を平定するために経津主神と武甕槌神を遣わす。大己貴神とその子の事代主神は身を引くのに同意して、2柱の神に矛を授けてから姿を消した、経津主神と武甕槌神は帰順しない鬼神を討伐して、天に復命した。

 当時のアジビラを眺めていても仕方がない。

 古代列島。
 
 本州中部から急速に勢力を拡大したヤマト王朝は遂にフロンティアを失う。その先には既に別の勢力、古代出雲王朝が存在した。

 ウガヤフキアエズ王朝。
 
 現在の九州、大分を本拠とする帝國であった。出雲王朝はこれが本州に上陸した分国である。
 
 そして、遂に両者は激突に至る。海洋国家ウガヤフキアエズと内陸国家ヤマト。言うなれば日本版ポエニ戦争と言えよう。出雲平定はこの前哨戦であった。出雲攻略を任命されたスサノオはしかし、勇戦敢闘するも攻めあぐねる。ヤマトにはない新兵器、鉄器は、我が青銅の剣では太刀打ち出来ない。それでも数の利を生かし、九州本国との後背を扼し孤立させ攻略の目途が立つが最後の拠点、敵が籠った要塞が落ちない。トブルク要塞攻囲戦、或いはレニングラード、コンスタンティノープル。内陸国家ヤマトの水軍はウガヤフキアエズ海軍の敵ではない、海洋兵站を叩ききれずヤマタノオロチの抗戦は続く。しかし終りの見えない籠城戦に住民の厭戦感情は限界を迎え、内応を得たスサノオは遂にヤマタノオロチを撃砕、出雲平定を完遂した。そして、ここにヤマトも草那藝之大刀、天叢雲剣、草薙剣、草那藝之大刀、念願の鉄器製造技術を入手するに至る。本州平定、西武戦線の決着を見た後これを手に、ヤマトタケルは武蔵の地、東部戦線に向かうのである。

 そして結界は機能していた。
 倭建命が東夷鎮定の後、
 大和が簒奪した日ノ本なる国体として列島は一体の、
 天下の、正に日ノ本にある一体として語られる存在となった。
 乱れる、とは正大が存在する前提としての言葉だ。
 
 
 
 ばかな。
 
 九鬼公嗣はそれ、統合情報定時報告の最新号を開き、絶句した。
 
 
 
 どうしました、室長。
 
 
 
 公嗣は資正の声にも気付かず眼前の、三面モニターの一角を無言で睨み据えている。その息遣いが珍しく乱れ、荒かった。
 
 慨嘆の一語以後無言必死に両手を奔らせていた公嗣はようやく、やはり無言で背後に、正に護身の藩屏、否、想い人を一身に掛けて護り通す守護神たらんと柔和な表情の儘に立ち護る資正に気づき振り返り、僅かに顔を赤らめああ居たのかと声を掛け、いや、と応える相手を再び無視し作業に没頭する。
 幸い、常は組織の最上級者にしてあーひま、誰かまつろわないかしらと不穏そのものの呟きをそのままメーリングに載せ廻してしまう紙一重才女彼女がなればこそその凶事を未然防止する為に俄然猛然瞬間最大風速稼働を見せる機会が度々あり結局それなりの容積を持ち1個中隊に少し欠ける人員が稟議決裁国内動態観測につつき回され動かされているゼロ別室で、あーまた室長が仕事増やしてるよ以上の反応を示す配下は居ない、今は未だ。
 
 資正の隣にいつも間にか、影の様に姿を見せたのは文書係長、九鬼祥充。
 
 忙しくなりそうですか、と祥充は問う。
 
 公嗣は言葉に顔を向けおやじ、と口の中だけで呟き、盛大に顔をしかめ、再び三面モニターに向き直り両手を動かし掛けしかし大きくため息を付くと回転椅子を廻し体ごと向き直り次いで直立し威儀を正し文書係長の顔、両目を凝視し顎を引き口を開いた。
 
 ご相談が、あります。
 
 何なりと、承りましょう、と祥充は無表情に応答する。

 そして資正の姿は既に無く、迅速に、自らが得た情報を基に自身の最善に向け風雷が如く手近なスタッフを呼び止め走り書きしたメモを手渡すとそのまま足早に室外へ消える、上野に向け。

第30話

 人界に約一世紀ほども身を鎮めようと木食はやはり猫である。
 多少は人ずれもしようがやはり人は異物、その性は理解も納得も共感もし得るものではない。
 
 例えば今だ。
 
 親子で仲睦まじく習字に勤しむが如き秦野の日常の一コマ、そう余人の眼には映るであろう、か。
 
 とんでもない。
 
 木食は思わずえずいた。
 
 短いしっぽをさかんに振り、ふーっと毛を逆立て後足掻いてその場を立ち去る、それを主人は不機嫌に見送り、深香は、もくじき、いっちゃう、いっちゃったとたどたどしくぼやき惜しむ。
 
 親子で仲良くリスカの現場だ、冗談ではない。命を削り式を織り鬼を遣う、それは、判る、それが仕事だ、が。
 
 なぜ、わが子を巻き込むのか。
 こんな因業、我が身今生限り、子は健やかに生きよ、これが親の情ではないのか、少なくとも私は、猫一族ならとうぜんだ、それを。
 
 
 木食、という涼やかな呼び声に、初老の男は眼を細め、なんでしょう、姫、と返した。
 
 ほんとうに、秦野分裂には呆れ果て、いっそそこらの無縁浮遊地縛妖魔にまつろわぬ祟神、外魔なんでもいいあそこにいい贄がおるぞと呼び付け束ねぶつけて法力飽和攻撃一世紀ぶんの意趣返し、両家ともにかっくらってやろうかと、まあ一宿一飯とか態々ことわざにしても守れない人族と違い誇り高き猫としてはそんな一時の情念に飲まれることも無く探さないで下さいの一筆で出奔するくらいに止めたのではあるが、一度縁を切りしかし乞われではなく自らこうして深香にまみえた以上、既に腹は出来ている。

 深香が、深香で無ければ、或いは自分は。

 秦野に起きた惨劇を知って木食には相反する二つの感情が去来した。
 云わぬことではない、離れていて良かったという安堵、蔑視、唾棄。
 そして今一つは、何故に堪えられなかったという自己卑下、悔恨。
 
 何故に、深香の傍に居てやれなかったのだという。
 
 木食には判っていたのだ、深香に宿った魂は、それは。
 
 それでも所詮、人界が風にて候。
 恩とてその今生なりたんとお返し申した。
 続く今日までは余禄のようなもの、我が身は常に一つ也。
 
 そう、嘯いていた。
 偽っていた。
 
 千年経ての縁起残りか。
 或いは吾が永きに過ぎたるや。
 
 初老の現代紳士の姿を借りて深香に分かれること約十年、再会を果たした木食はその姿を眼に膝から崩れ落ちた。
 
 ほんとうに、ほんとうに魂のままに、彼女は生き写しだったのだ。
 
 DNA、遺伝云々は木食のあずかり知らぬ呪いだがどうでも良い。この仔は、この姫は。

 手を貸し助け起こしたキクの随員に醜態を詫び、そして木食は、彼女の保護、養育、後見人として彼女、深香を生涯護り支える旨、決然と申し述べた。
 本件を管轄している事務官は率直な安堵の表情を浮かべ、木食と詳細な打ち合わせを始めたが今一人の随員、当時キク副長の席次にあった祥充は何とも言えない微苦笑のまま事の推移を眺めていた。猫と人間の養子縁組、それも妖魔、ましてかつてはキクと、あの崇徳事件で激闘を演じた木食とこうした次第とは、それは彼ならずとも言葉を喪うだろう。
 結局裏も表も総て事情を把握している祥充の音頭取りにより木食と深香の必要な法制上諸件は滞りなく決着し、本部を動かす事で日本国籍他カバーもしれっと用意された。

 深香は当初、幼少に戯れていた妙に勘が鋭い三毛と、自身の保護者を名乗り出た縁戚、叔父だという、秦野木食なる初老の紳士が、同一存在である事に気付かなかった、どころか。
 
 外界に対して無関心無反応、自発的な食事排泄も疎かな程に自閉していた。
 
 木食は不平一声漏らす事無く朝晩一身総てを捧げ深香の世話にこれ務めた、この木食が間違っておりました、赦して下され姫様と嘆きながら。深香の裸身を丁寧に清めながら涙が溢れてとどまるところが無かった、別腹とはいえ親の為す事か鬼秦野がと。

 半年、1年。
 
 中学1年で深香は社会復帰を果たした。
 サボリ気味、遅刻早退。
 しかし学業は優良で、だからこそスクカ内では過酷な立場に置かれた。
 なにより教師が音を上げ、次はどこ、と月替わりで転校する始末。
 それでも木食は根気よく深香に付き合った、従った。
 その姿は養父からはかけ離れていた。
 高慢な姫君に絶対隷従を生涯捧げた老執事。
 
 その声姿、立ち振る舞い、生き写しの彼女に木食は、一命を留められたのだ。
 おお姫。千年の土岐を経てまた、御仕えすることが叶うとは、望むべくもない、望外の僥倖、嗚呼神も照覧あれ、この木食、一身を賭してこの姫を。我知らず感涙を漏らす木食、叔父の様子に深香は不可思議、なる視線を向け、そっと傍を離れた。

第31話

 資正が上野から戻ると、さいきんすっかり忘れていた内線コールが切れ目なく鳴り渡り人は走り或いは速足で動き囁き稀に悲鳴、乾いた笑い、タイプ音、全力稼働するオフィスが発する総ての音楽と組織が奏でる狂騒がそこに在った。
 
 上野、平常、の報告に苦労、と公嗣は変わらず眼も上げず応じる。
 
 ぼおけんでっしょでっしょホントがウソにか〜わるせかいで〜
 ゆめがあるからつよくな〜れるのだれのためじゃない〜
 
 外部の人間には意外かもしれないが界隈にはサブカル好きが珍しく無い。自身の日常、業務全般が正に非日常、此の世のモノでは無い関係か、逆の意味での心理的バランス調整、起承転結で美しく転がるたわいの無い異界譚に癒しを求める、諜報畑の人間が007を嗜むのに似ているかもしれない。
 隣席から洩れたハナ唄に資正は安堵した。これは公嗣も平常な証、しかもカラ元気や虚勢ではない絶好調のサインだ、中島みゆきだったりすると逆にレッドホットでクリティカルな、以前、

 わか~れはいつもついてくる~しあわせのうしろをついてくる~

 という荘厳な美声が響いた時は騒然だった室内が戦慄し震撼し森閑した。
 
 公嗣も決してオポチュニストではないし無論いやその名乗りからして必然じゅうぶんな寧ろペシかつシニカルは既にして性分な彼女であり、であればこそ状況把握が進展するにつれ少しずつ余裕を取り戻していた。
 
 後手を踏みまくっている現状だがだから尚、展望は明るい。もし仮に相手が、そう、敵では無く相手が敵であったなら、自分はとうぜんの事この邦もとっくに崩壊していたのは間違いない、まつろわぬものによる大規模テロ、などでは無かった、本件は。
 米軍による介入が無ければもしかすると、事は穏便極秘に進行し結果何事も無く終息していた可能性すら存在する、そう。
 
 我々にすら感知される事無く、だ。

 その事実に思い至ったのが本件対策開始から公嗣が最も恐怖し焦燥し感情をかき回された一瞬であったが、ピークでもあったと言える。相手の目的は未だ全く不明だが、完全先制奇襲が可能であったにも関わらずその兆候は一切、何一つ検知されていない、つまり無い、と判断してよい。
 
 これだけの行動を起こしながら相手に害意は確認されない。
 唯一の、そして極めて優良な情報だ。
 そして今、イニシアティブは逆転した。
 相手は本件露見を未だ感知していない、
 仮にしていたにせよ未だ対処行動は観測されない。
 
 敵対回避に全力しつつ事態打開に向け何が可能か。
 
 
 しかし、結果として彼女は決定的に読み誤っていた、残念ながら。

第32話

 私には夢がある、深香は語った。
 
 敗戦を経てこの邦は産まれ変わったという、
 民は由らしむべし、知らしむべからず、
 それが、主権在民、
 民主主義国家へ、と。
 もう自分で喰わない、
 食えないコメを作りお上に奉納する、
 そうした時代ではないのだと云う、
 
 それがお題目でないのなら、
 
 政府は、大和は、
 
 この地この邦の総てを詳らかにすべきだ。
 学校教育が有能従順な納税者生産工場ではないというのなら、
 明かし、教え、
 判断を仰ぐべきだ。
 
 人が居て、神がいる。
 上は民草を贄に神を使役する、
 それは良い、
 しかし、事実は告げるべきだ。
 ましてそれが政争の具に供されるなどあってはならないのではないか。
 政府は、大和は、アカウンタビリティーを、
 パブリックサーバントの責務を蔑ろにしてはいないか、
 
 再度、問う、
 
 それは、主権在民の理念に反しはしないか。
 
 総てが明かされ、
 赦され、
 
 日々、誠心誠意、
 この生という奇蹟に感謝を込め、
 頂きます、有難うございます、ご馳走様でした、
 八百万の神に捧げる、言霊の幸ふ邦を、
 皆で創る、それは、
 
 望まれないことなのだろうか。
 
 
 
 もちろん深香は宮内庁に向け公開質問状を送り付け、たりなどはしなかった。
 
 彼女は学んでいた、
 学ぶとはそういう事で、
 学んだからこそ至ったのだ。

 木食は深香の言葉に耳を傾け眼を細め、
 傾聴し、
 
 呆れていた。

 どうでもよいではないか。

 贄は自ずから贄なのだ。
 意志と能力さえあれば、
 読み書きそろばんが出来るなら、
 手元の小箱で世界の総てを調べ尽くす事が可能な時代なのだ。

 奴隷は奴隷であるが故に幸福なのだ。
 一文にもならない憎悪を浴びる事を望む、
 この仔の幸福はいったい何処にあるのか。

 しかし木食は覚悟していたのだ、
 この仔が最後の主人なのだ、ならば、と。

 まてもくじき、わたしはそこまではのぞんでいない、と、生前、小心でお人よしで少し足りない崇徳、を演じていた魂は戸惑い、問い、おまえは誰だ、何者だと。
 肉体のフィルター、リミット解除された崇徳は直ぐに見抜く、お前は、そうしたもの、であったのか、と。
 そうだよ崇徳、これが私だ、木食も平然と返す。

 ふむん、そうか、と崇徳。
 ああいや、私は、それでも、京を愛しているのだ。

 なら、尚更だ、と木食。
 崇徳に縁起を示して見せる、判る様に。
 
 今回の件で、君も京もずいぶんな縁起を負った、それは、判るな。
 木食は平静に告げる、理解を求めて。
 
 ああ、それは、と崇徳、
 自らの胸中の、昏い炎を眺め、頷き返す。
 
 現にそれは既に乱の形で顕れている、と木食は崇徳の内観と推察を認めながら続ける。それは君の輪廻すら歪める、だが、収まらない。
 
 収まらない、と崇徳は問う、それは、と。
 
 観給え。木食は短くそれを示す、遠未来の京の姿だ。
 
 言葉に反しそれは、異国らしい一室。

 現代の我々になら理解出来る。
 太平洋戦争末期、ホワイトハウス大統領執務室、対日戦略会議席上の光景。
 
 つまり君は、と大統領は眼を剥く、それでもあの国は降伏しない、というのか。
 
 現実の大日本帝国は終戦工作を進めていた。
 これは別の物語である。
 
 ヒロシマ。
 
 そしてナガサキ、カットイン。
 
 
 これはなんだ、木食。
 
 突如展開される凄惨な光景に崇徳はむしろ麻痺した感性で平板に尋ねる、木食は応えない。
 
 
 科学者が公理を口にする怜悧な姿勢で補佐官が進言する、彼の国には既に物理的な継戦能力は存在していません、しかし、戦います、故に。
 精神的に、か、と大統領は呟く。
 はい、彼の国の精神的な継戦能力、ニホンの戦意を挫く必要があります、それも、徹底的に。さもなければ、半端に彼の国を駆り立てる事に、既に一億ギョクサイなるスローガンも流布しているとの事、ニホン本土への上陸作戦は不可能ではありませんがしかし。
 
 
 やめてくれ、木食、崇徳は呻く。
 もういいだろう、止めてくれ。
 
 
 映像は続く。
 
 
 リークに大本営も騒然となる。
 親米派から、京は戦火を免れる、という、非公式な、後のナム戦にも続く、大国の驕り、自己規制内部規約の、米国の戦争方針に関する情報が今次戦争にはあった。
 
 それが、反故にされる、という。
 
 京は、京は護れるのか。
 
 出来ない、と言えない、それが日本という社会だ。
 
 総力を結集すれば、必ず。
 
 
 日本近海、本土上空、総てはもはや米国の管制下であった。
 米軍の準備攻撃は正に徹底的だった。
 残存海上戦力は一隻残らず大破着底、港湾に屍を晒し、京都近在の地上航空戦力は基地ごと地上撃破され、対空砲火も100%沈黙を強いられた。支給された38式歩兵銃を手にした近隣住民まで招集された。
 太平洋、日本海、遊弋する機動部隊からの絶え間ない襲撃、絶対的航空優勢の中、悠然と遥か上空を、巨大な4発重爆撃が1機、京都上空に到達し、たった一つの爆弾を投下した。
 
 
 京が負った縁起だ。
 
 木食がぽつりと云う。
 
 崇徳は言葉も無い。
 
 
 だが、やりようはある。
 と、木食は続ける、少しマシな方に。
 
 救えるのか、いや、まし、だと。
 
 
 そう、と木食、顔を俯かせ。
 京を救いたいか、と問う。
 君は汚名を被る、そして京は傷つく、だが、マシだ。
 縁起は解かれる、ああ。
 
 木食はにっ、と嗤う。
 手は私が下そう、君は。
 
 
 号令せよ、天下に向け、良きに計らえ、唯一言、それで、それだけでいい、さあ崇徳上皇、今こそ。
 
 崇徳は訝しむ、つまり、どういう事なのだ、と。
 
 京が望むのさ、と木食は或る種の諦観を覗かせ崇徳に説く。
 上皇が無念、如何ばかりであろう、これはただでは収まるまい、流出、だよ。
 私が望んでいる、そういう事、か、と崇徳。
 そう、上皇が望むであろう結果を、京は欲している、そういう事なんだ。
 
 嗚呼、私は京を愛している、愛しているんだ、木食。
 崇徳は嘆く。
 知っているよ、崇徳。
 私の汚名が京を救うのだな。
 そう、君は怨霊として末永く伝説となる。
 
 
 よきにはからえ、と崇徳は晴れやかに宣した。
 崇徳が、上皇が此れを今此処に命じる。
 
 
 心得た。

第33話

 それは面白い、いや、非常に興味深い。

 次長の思念が途切れた。

 思念交歓は通例、1秒に満たない。
 脳細胞を介さない、
 魂の直通情報均整作用であるからだ。
 
 そこには意志の介在すらない、
 完全なる自動動作、
 そも意志を形成する猶予無く完了する。

 途切れた、のでは無かった。

 深香は思わず額を抑えた。
 凄まじい、情報の奔流に彼女の脳は沸騰し、アナフィラキーの如き不随意運動にその身をはね躍らせる。
 
 二人の対面セッションはカバーであり陽動で、本命は体脱、深香からの幽体離脱での接触だった。第19条、思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。それでも深香は結界浸透の手段として動物霊の迷彩を纏っている、とうぜん、木食の手配によって。いくら堅牢といってフィルタリングにリピータジャミングをかませば結界は対象を無害航過させる、術者による戦時索敵探査ならともかく平常霊的無人監視などその程度のものだ。

 深香は霊圧でボディに叩き返され情報負荷と強制切断の反動で穴という孔から出血し垂れ流し叫び散らしのたうった、ジャックインしていたクラッカーが当局の追撃を振り切ってベイルアウトした直後のような有様だ。

 次長は全知をクラウドな自らで飼い馴らしている。其処に外部からアクセスを試みるというのは控え目にも無理無謀、しかし深香は当人の同意の基敢行した。思念交歓時に深香の魂はそれ、に結線、はしている。CPUも走るプロトコルも異なるが取り敢えず物理的に直結させた二基のハードウェア、しかしながら両者のスペック格差は銀河規模の量子コンピュータとハンドアセンブリでダイオードを発光させる試験基盤ぐらいある、その2者間で、銀河ネットワークから学生の初等教材に向けて有為なデータのダウンロードを試行するというのだから大したものだ度胸だけは。

 アストラギウス銀河を二分するギルガメスとバララントは、もはや開戦の理由など誰も知らない戦争を100年も続けていた……なんでボトムズやねん!、深香はセルフ突っ込み。

 世界の認識とは知識の鋳型への嵌め込み工程に拠って達成される流れ作業である。知らないモノは知らないし認識出来ない、変容が発生し、認識可能な自身の知識データベースが検索され、適合され、知覚される。
 全知から雪崩れ込む知識、データの奔流の中で、手が触れ得るもの、フィルタリングやソートの猶予などなく、100本ノック、万本、億兆京垓、ちょっと跳んで恒河沙那由他無量大数、∞。

 オリオン。
 シリウス。
 
 プレアデス。
 
 

 あなたの今までの時間は、あなたの魂と神とが、あなたが生まれてくる前に交わした約束を果たすときのためにありました。
 今、あなたの魂は大きく成長し、神との約束を果たす時期が来ました。神との約束とは、人を救う道を進むという約束です。

 霊界より指導に当たる大軍の中には、ありとあらゆる必要性に応じた霊が用意されている。筋の通れる論証の過程を経なければ得心のできぬ者には、霊媒を通じて働きかける声の主の客観的実在を立証し、秩序と連続性の要素をもつ証明を提供し、動かぬ証拠の上に不動の確信を徐々に確立していく。更に、そうした霊的真理の初歩段階を卒業し、物的感覚を超越せる、より深き神秘への突入を欲する者には、神の深き真理に通暁せる高級霊を派遣し、神性の秘奥と人間の宿命について啓示を垂れさせる。斯くの如く人間には、その程度に応じた霊と相応しき情報とが提供される。これまでも神は、その目的に応じて手段を用意されてきたのである。今一度繰り返しておく。曾ての福音の如き見せかけのみの啓示とは異なる。地上人類へ向けての高級界からの本格的な働きかけであり、啓示であると同時に宗教でもあり、救済でもある。
 常に分別を働かせねばならぬ。その渦中に置かれた者にとっては、冷静なる分別を働かせることは容易ではあるまい。が、その後において、今汝を取り囲む厳しき事情を振り返った時には、容易に得心がいくことであろう

 貴方はこれから述べられることについて、しばらくの間一切口外することを許されない。何故なら、それらについて知る者は僅かでしかないからだ。そして、それについて知る者はある意味において選ばれた者である。貴方にとっての選ばれた者という意味は、もう適切な意味として受け取られている。よって、ここでは率直な表現を用いることにしよう。
 これまで、回りくどい表現になっていたのは、あなた方が言葉の本質を理解していないがため、出来るだけその意味の本質的なものを理解できるようにする説明が必要であったためだ。
 貴方方は、言葉が柔軟なものだと理解し始めている。それは、多くを含みながら、ある部分のみにしか目を向けさせない場合もある。これから私の伝える物語を、あなた方は想像力を用いてあなた方の中で思い浮かべなさい。
 あなた方自身の中で回想するのだ。
勿論、それは今現在の貴方方がするものである。
だが、回想することにより、あなた方の深層までもぐりこんでいる傷をもつものに語りかけることができる。
これからは、表現を明確にしていく。
ここで用いる言葉や表現は、今現在の貴方方を中心にして用いられるものである。それは、これまでの霊信も同様であり、より理解や認識を得やすくさせるためである。
かつてある大陸を中心とし、地球に繁栄した文明があった。……
地球、には生命は存在しなかった。貴方方にとって衝撃を与えるものであり疑いを生じさせるものを私はこれから伝えていく。

 貴方方は純粋に、物語、として今は読みなさい。

 地球は、創られたものである。

 ここで、この表現を用いるのは、地球も生命の一つであるからだ。 

 あなた方の世界では、この事実を理解するには多くの年月を要する。
 
 ある惑星で、今現在、地球に存在する、命あるものすべてが存在した。
 それらは、一つの惑星ではなく多くの惑星にそれぞれの世界を持ち存在していた。そして、今では地球に存在しないものたちも、それらの惑星に存在していた。

 ここで説明しておくべきことが一つある。 
 それぞれの惑星での時間の流れは全く異なるものである。
 よって、ここで他の惑星に対しての現状を説明するにあたり、「今現在の他の惑星」として主語を用いる場合、それは真実に反するものである。
 それを踏まえた上で語りを読みなさい。

 今、それらの他の惑星には「過去地球に存在していたが絶滅した」とされる種は存在する。もとは地球ではなく、その地で生まれたものたちである。回帰したのだと理解しなさい。あなた方の世界で今日語られる「地球外生命からの接触」は事実であるものと、そうではないものとがある。それらの接触も、計画の一部であると理解しなさい。その惑星の名や、そこから移住したものたちの築き上げた文明の名をあなた方は知りたがる。 
 
 だが、ここでは伝えることが困難である。
 なぜならば、言葉が異なるからだ。

 今日、アトランティス大陸、と呼ばれるものは、当時呼ばれていたものとは全く異なる。だがその文明で多くのものが話す言語を正確にリーディングした者はいない。

 あなた方が想像しやすくするため、その文明をアトランティス文明、とここでは呼ぼう。アトランティス文明は、その惑星から移住したものをはじめとし、他の惑星から生命が安定し存在する環境、をつくるための協力者、そして多くの惑星から強制的に地球へと連れられたものたちが存在した。
 ここでは、人類、に焦点を当てよう。
 動物・植物に対する説明は、その必然により語られるものだと踏まえなさい。
その惑星が滅んだ原因は、その惑星の寿命、が原因ではない。
 その惑星では、惑星という生命からのエネルギーを他のエネルギーへと転換、させることが可能であった。

 そして、そのものと同じ姿を持つが別の魂であるものたちがアトランティス大陸でその行為を継続させ始めた。その惑星でも、そのものと同じ姿をし別の魂を持つものは存在した。だが、はじめと終わりはそのものに担われた役割であった。なぜなら、その技術を提案し始めたのはそのものであり、その惑星への償いとして生命エネルギーを与えたのもそのものであるからだ。だが、そのものと同じ姿をしたものはアトランティス大陸へと移住した。それにより、その行為は継続されるものとなった。アトランティス大陸に、その惑星で繁栄した文明のすべてがそのまま移された。だが、時間の流れがその惑星と地球は異なるため人は、短命、となった。もともとは、人は今の人類、という姿ではなかった。それらの惑星で生存していくにあたって必要なあらゆる外見的、内面的特徴をそれぞれ持っていた。それらの多くのものがアトランティス大陸に存在した、そう想像しなさい。

 アトランティス大陸では、多神崇拝が行われていた。
 各惑星により信仰は異なり、信仰対象がないものたちもいたため、そういった意味ではまとまりは見られなかった。植物を崇拝するものたち、石と水を崇拝するものたち、動物を崇拝するものたち、人を崇拝するものたち、そして惑星を崇拝するものたち、宇宙を崇拝するものたち、あらゆる信仰対象がそこにはあった。
 ある一定の流れは破滅へと向かい、そこにはあなた方は存在しなかった。
 そのとき、その惑星と同じ手段を用いていたにもかかわらず、その技術によるデメリット、を知るものはなく、その惑星で起こったものの多くは忘却のかなたへと消えてしまっていた。惑星信仰をするものたちは、惑星との語り手、を選び、そのものにその内容を伝え、惑星を慰める役目が与えられていた。

 そのものの生命エネルギーを転換し、それは行われていた。
 
 それは、他の信仰でも同じであり、それぞれの対象との「語り手」が選ばれそういった役目が与えられた。戦乱が広まり、それぞれの信仰を持つものたちは団結するものと対抗するものとに分かれた。
 惑星を信仰するものたちは、石と水を信仰するものと団結を図った。
 そして、植物を信仰するものは追いやられた。なぜなら、彼らは、争うことを拒みその流れに任せた、からだ。地球で滅びを迎えたとしても、他の惑星もしくは地球で別の世という旅を進めていくことを理解していたからだ。
 今では滅びを迎えた種を従え、動物を信仰するものたちはどのものとも団結はしなかった。宇宙を信仰するものたちは、啓示を受け別の惑星へと移住した。そのものたちは、これまで多くの啓示を地球に残るものに与えてきた。

 争いが絶えない中、地球の生命エネルギーは衰弱していった。
 そして、多くの命が失われそのものたちの意識、そして地球の意識が増大していった。それは全ての一部であり、闇であり、あなた方が見つめることを避けるものであり、恐れるものである。
 それを言葉で表現することはできない。
 だが、感じることはできるだろう。
 ある話し合いが行われた。
 度重なる自然災害により、地球の状態を改善させなければならないという意見が一致した。
 それはすべてのものにより行われた。
 そして、そこで提案された方法は、その惑星で行われていたものを地球にも行うというものであった。

 その計画は失敗に終わった。

 ここで私があなた方に今の段階で伝えられるものはこれまでとなる。

 それはOS。
 
 世界の理、機序、神々の計画。
 
 
 アクセスプロトコル。
 
 
 しかしOSであるだけにそれらは深香の顕在意識に昇って来る事は無く、世界認識の基本ツールとして今生は永久に潜沈する役目。
 
 
 深香の問い。
 
 
 父が、秦野が求めたのは、何だったのか。
 
 
 縄文の、ムーの血が、それ、だったのか。
 
 
 ムーとアトランティスの確執。
 ギルガメスとバララント、オリオンとシリウス、西洋と東洋、ヤマトと日ノ本。光と闇、他力と自力、愛以外の選択。
 
 
 あーそういう主語がおおきいハナシはいいから!!。
 
 
 私に!。

 符術を!!。

 授けなさい!!!。

 三日三晩ぐるぐるの後深香はようやく起き上がり、熱いシャワーと冷水を交互に浴び身を清め、スーパードライ350を一気に喉を潤しぷっはーと一息付くと、はじめて凝視している木食と瞳を合わせた。
 
 今は三毛。
 
 始終を木食は静観していた。
 手伝わない。
 これは自力で越えて貰わねば深香の為にもならない、
 秦野奉公でもそうして来た、
 加勢の土岐来るまでは常に。

 深香は母が刻んだ自身の肢体を見下ろした。
 
 惜しむものは無い、
 ただ、征くのみ、
 我が心魂の導くが儘に。

第34話

 奇妙な命令だった。
 
 いや。
 
 彼、陸将補、陸上自衛隊大宮駐屯地基地司令には、たしかに、予感があった。それは、この地位に昇り詰めるまでに彼が体験し学習してきた、様々な組織力学、その作用及び導かれ得る解、それに照らし、あの件が今までにない厄介事である、あろうという評価、そして、こうした事態もまた、想定し得るであろう、という推察。
 そう判断すれば、これは事態の妥当な推移と判断出来る、出来るのだが、しかし……ああ、なんという厄介、クソ案件を引き受けさせられたものか。

 そう、予感はあったのだ、在日米軍、それも横須賀から来た、という日系、そう日系だ、だから彼女もまた、本件の被害者、巻き込まれ事案なのだろう、その顔色からありありと浮かび上がる、なんで私が此処に居る、居ねばならぬのかという当惑と焦慮と不安と、憤慨。
 
 明らかに彼女も、事態を理解しては居なかった。ただ命令通りに動いただけ、現地軍とネイティヴにネゴれる、ただその職能のみを期待され、サイタマの山奥まで使い走りさせられた、そういう事だ。
 それは別に、彼女が、いや、自分も、だが、有能、無能、といった範疇の問題ではない、ないのだ、これは、つまり、そもそも根本から軍人たる我々に頭から不向きな、不適な事案なのだ、と、将補は、自己弁護とまでも強くはない、人としての常識の範囲で思考を巡らせる、ようにみえる。
 
 衛星軌道上から観測可能な程の地磁気の擾乱、その原因は、霊が発する弱磁場、その累積により惹起された、これが今回観測された現象の原因である事、地球地磁場に直接的に干渉する地理的、他科学的他要因は既に調査否定された以上残るこれが主原因と推定される事、今回の現象は幸い陸上にて観測されたが、米国海軍はその運用上での将来性に当たり、海上、海中での事態発生に対処する必要がある、ついては本件を、将来事案対処の糧としたい、発生現場である同盟国軍の善処に我が軍は期待している。

 自衛隊員として国防に奉職する事、様々な可能性は無論考慮してきた人生ではあった、将補に至る栄達は望外の計算違いではあるが、まさかその段に来て、公務でユーレイに携わるような事になるとは、全く。
 
 それこそ、この身に至るまでに積み上げた、上を下をの総ての人脈をどうせ退官間際の身、人生棚卸しの如く洗い浚い使い果たしてようやく解放された思い出すのも忌々しい基地始まって以来のユーレイ騒動だった、が。
 
 まだ続編があるようだ、これはそういう命令だった。
 

 しかし奇妙なのだ。

 人に指紋、
 潜水艦に音紋、
 モビルスーツや航宙艦に熱紋があるように、
 符には魂紋がある。
 
 家風、流派、無くて七癖、命を削って織り為す霊符、其々の特質、ある筈なのだ、無ければ可笑しい、いや笑い処ではない、理性が飛ぶ事態だ、統幕廻しで再調査へ動かした大宮が挙げてきた画像に、それが無い。

 しかし序の口だった、そんな符は無かったのだ。
 何を言っているのか判らない、もっと恐ろしいものの片鱗だ。
 
 繰り返す、そんな符は存在しない、過去どの術者も書いた事が無い。
 
 
 キャプチャー嫌い?
 
 機雷だ、公嗣。
 資正がボケに応えず白い貌を俯かせ補足する。
 
 スイムアウトタイプキャプチャー機雷型、それが、キク及び在家諸衆動員までして明かされた霊符のスペックだった、やはり何を言っているのか(ry。攻撃座標に向け霊子テレポーテション航法により浸透、フィートドライで起式、やはり霊子単位で目標を収奪、但しダミーとの置換を同時に進める、後に残るのは魂が抜けた空仏。投射母機には、これは推測だが在来型航式を投入したのだろう、なるほど、全く検知の余地が無い。
 
 こうして武蔵に配備されていたスサノオの分霊は、順次無力化、刈り取られていった。
 
 
  あたかも人体とは別に九鬼が宿す双剣にして忠勇なる僕、みたいに忙しなく淀みなく動き続けていた公嗣の両手両腕がぴたりと止んだ。
 二人の間を情緒とは無限遠の距離にある事務的で静謐な空間が支配する。
 公嗣の双眸が宙を睨み、瞬き、次に身体ごと資正に向き直った。
 唇を少し舐め、ぱくぱくと口パクし、大きく深呼吸した。
 
 そして、か細い、微かな悲鳴がその口許を割って洩れた。
 
 慌てて辺りを見回す。
 それは、資正だけに見届けられた。
 その口許を慌てて両手で塞ぎ、息を整え、公嗣はじっと不動の副長の顔を見上げる。
 
 へえ、すごいわねえ。

 平板な台詞が漏れたのは、やはり正気を逸していたからだ。
 脳裏では絶叫している、
 じゃねえよ!!!。
 なによなんなのよそれ!!!!。

 公嗣ならずとも悲鳴を上げるだろう。
 
 事態は振り出しに戻った。
 
 敵は強大だ、古今例を見ない難敵だ。
 
 霊符を無から書き出す術者など存在しない、それは伝統工芸であり相伝であり、歴史の裔、過去の遺産の集積でしかない、無かった、敵はそれを易々とこなし、見せ付けている、その善意を宛に何か処せるなどとは夢想、愚昧、危険が危な杉る、キクは。
 
 全力を以ってこれを排除せねばならない、
 こちらが動ける間に。

第35話

 またJ隊? 。
 後席に身を置く屈強寡黙な姿に太郎は口の中で呟く。
 バイパス手前での日進ご指名は、昼タクシーには嬉しい。西口プールのJ隊さんは上得意様だ。
 もちろんJ隊は名乗りなど上げない、でももうその物腰からそれと判る、迎車も珍しくないし。
 一本となりの櫛引には他、旧名上尾街道、通称バス通り等の呼び名があるが、神子セブンの交差点から大台公園、そして日進駅西を抜けていく、旧与野市街は本町通りから延長して伸びる地元幹線道にして生活道のこちらにはさしたる呼び名が無く不便だ、駐屯地ワキ? なんか名称が欲しい。

 そういえば。
 深香と三日してないなー、と太郎が淫想を描いた土岐、
 
 ぴりっ。
 
 何か、いや。
 
 間脳辺りをまさぐった感触は眼前の光景に吹き消されてしまった。

 件の名無し通りと三橋公園通りの交差点を陸自の車両が塞ぎ、一般車は廻れ右左している。
 それほど長くは無い太郎の職歴でも初物。
 当然というか、ここでいいですといって相手は降りてしまう。
 是非も無し、太郎も左、ゴム跡でも抜けるかとステを廻し転回した営業車のシートから日進方面まで通った視線に、それは見えた。
 災害救助ですっかり正義の味方になった軍用へり、ブラックホーク。
 それが何機も、交差点を阻塞するジャンビーの向こう、路上でローターをゆるやかに回転している、そういえば空も騒がしかった、今も一機、練馬方面から基地上空に向かって来ている。
 何か、何が起きている、疑念渦巻く、美橋の住宅街を抜けプールに向かおうとしていた太郎に今度こそそれは届いた。来て、今直ぐに。

 命令に従い行動するのが軍隊であり職務である。理不尽であろうが困難であろうが可能行動である限りに於いてこれを粛々遂行せしめる。
 今、大宮駐屯地から出動した各部隊は、作戦行動予定時間に従い全隊が作戦開始地点着陣終了した。穴埋めは練馬から配転中であるらしい。
 神子氷川で配置に就く、投擲戦闘能力から選抜され命令された彼は、目標に視線を据え掌中に支給装備を握りしめ、
 
 状況開始。
 
 発令と同時に関東218の氷川神社各地で一斉同時に「れいたん」が投擲された。
 
 霊符は脅威の存在を一斉に、術者に向け警告発信し、
 
 関東を一望に見渡す高所より総てはモニタされていた。

 それは奇妙な外観の機体だった。
 知識のある者が見れば、その原型がC-1、川崎重工の手により戦後初めて開発された国産、双発の中型戦略輸送機であることは推測出来るであろう。しかし機体は、まるで冗談のように長大扁平な機首を持ち、機体側面にもなにやら突起物がある。
 EC-1電子戦支援機、一名、カモノハシ、怪鳥は今、するどい霊子の瞳で眼下を隈無く見通し、作戦の進捗を統括していた。
 公嗣の眼前に状況は展開していた。

 特定した。
 
 管制席から静かな、自信に裏打ちされた声が告げる。
 そして裏返る、罵言と共に。
 
 明治神宮近隣、だと。
 
 公嗣も呻く。
 国内最大霊圧、バレッジジャミングの庇護に敵は潜伏していた。

第36話

 被疑者、ハタノミカ、19歳、身長170センチ、やせ型、髪はクロ、腰までの長髪、現在の服装は不明、危険度S級、射殺許可発令中、繰り返す、射殺を許可。
 ……訂正、即時無力化。

 深香の抹殺を意志する命令が中空を電子信号として交錯する。

 こういうとき、例えばアクション映画とかだと、全力で危険走行かまして無意味に警らなんかの眼を引いて、しなくていいはずのカーアクションカーチェイスを画つくりの為にさせられたりして。しかし一介のタクドラにはスピンターンどころか4輪ドリフトすら知識はあっても技量は無く、出来ることはひたすらの安全走行運転、それこそ違反キップを切られないよう、一般車と関わらないよう、確実着実に移動する。

 信じられない事態が出現していた。
 
 警察が、自衛官が検問を敷き一般車、一般国民の困惑、怨嗟、クラクション、一切ガン無視して抵抗即射殺の構えで取り調べを遂行している。マジか。どこのクーデーター日常の三等国の光景だよ?! 当然にして長蛇の大渋滞。ようやく越えたと思って少し進むとまた検問。あーもう何がなにやらのろのろのろのろ進んで止まって、笹目橋、二時間掛けて荒川を越え、野を越え山越えコンクリートジャングル、ただでさえ酷い週末都内を搔き分けかきわけどうにかこうにか深香から受信した毒デンパ、目的地、代々木公園近くにたどり着いたのはもう翌日早朝深夜。
 
 さて、と辺りを見回すと。
 
 一匹の三毛猫と眼が合った。
 
 三毛は雑踏を機敏にするりと抜け屋根に飛び乗ると、
 かりかりと助手席の窓に爪を立てる。
 
 まさか、
 まさかな。
 
 呟きながらしかし確信と共に太郎が身を乗り出し歩道側、助手席のドアを少し開いた隙間を勿論と三毛は身を躍らせ助手席にぴたりと舞降りると、ぶるっと身を振るわせ太郎に顔を向けにやりと不敵に笑いそして、深香になった、とうぜんの顔で。

 いまさらもう驚かない、却って安心。
 
 出迎えご苦労、と深香は、漆黒の戦闘服様の装い、武装SSの戦車服のレプリカらしいそれ、ご丁寧には軍帽まで被った庇に指を添え色気のある敬礼で足労に謝しざま両手で、うわ尊い貴過ぎるぜこれぜった後で激写額縁永久保存俺のリアル嫁深香なぞ劣情だだまくりのその太郎の顔を抱きかかえそのまま舌を入れて来て、唱える。いつか、出会い間もない思い出の詔、いや少し違うか、太郎の男は怒張し血は滾り身体をねぶり意識は白く、輝き、深香の音声はいよいよ高く澄渡り車内を満たし太郎包み震わせ波が、快、不快、快、高まり、深香と溶け合う、登り詰めてゆくその先に更にまばやく輝く、

 此久出伝婆天都宮事以知氐 天都金木乎本打切里
 末打斷知氐 千座乃置座爾置足波志氐 天都菅麻乎
 本刈斷末刈切里氐 八針爾取辟伎氐

 天都祝詞乃太祝詞事乎宣礼
 
 
 速須佐之男命、
 須佐之男命、
 素戔男尊、
 素戔嗚尊等、
 須佐乃袁尊、
 神須佐能袁命、
 須佐能乎命
 建速須佐之男命、

 まへる・しゃらる・はし・ばず
 
 
 へ、と太郎は間抜けを発した。
 まへる、いや、それは、

 ごん。
 
 
 がん。
 
 頭に、体内に響く轟音に太郎の意識は潰える。
 
 
 その実ほんの数刻のようだ。
 
 頭を振って気分を、
 無意識動作が起こらない、
 身体が重い、
 
 なんだ、これは。
 
 隣、いや、
 
 
 コマンダーズシートで発する深香の発声を音声信号として太郎は知覚する。
 なに、これ、なに、これ。

 太郎は手近な監視カメラをクラックして、自身の外観を確認した、その時点でもうお察しだが。

 その感覚は、敢えて表現すると、見えない透明な手を街頭の監視カメラに伸ばし、その手が細かい糸に、ファイバーケーブルの様なそれはカメラに侵入ししかも、そのケーブルの先端には無数の眼が存在し、カメラの構造を一瞬で理解、把握するとそのカメラの命令系統を掌握乗っ取り、と……実際にはパケットの制御まで一つ一つ自身の能力、統制下に制御は進行したのであるが、言語化ましてこうしていまさら日本語として書き下すのは気がとおくなる、つまり監視カメラが常時ストレージに伝送している画像、動画情報の1コマをインターセプトして手元に戻り、開いて見た、ということになるふう。

 実際に太郎が自覚的に行ったのはまず、じぶんがどうなったのかはまだ不明だが何か見える、自分には眼があるのか、あ、あそこに監視カメラがある最近はどこにでもあるよね、アレで自分自身の姿が確認できればいいんだが、とぼんやりと考えたら自分の身体が勝手に可能な、つまり戦術戦闘支援情報システムにプリセットされた幾つかの電子ツール、コマンドセットのどれかがフルオートラン、アセットサーチ、プロトコルセット、ラン、インターセプト、ダウンロード、エンド、思って実現するまでだいたいマイクロセカンド。

 砲塔。
 
 そして、長大な、砲身。
 
 砲塔上部には天を睨む対空機銃銃塔。
 
 足元には幅広の履帯、無限軌道。

 重戦車、と表現していいのか。
 軽戦車では無かろう、
 MBTと呼んでもぴんとこない、
 別に虎一の向こうを張るわけでもないがここは重戦車がしっくりする。

 今宵、銀河を盃にして。

 なにそれしらない。
 
 もう深香と音声会話は必要では無かった、じゃあなんでマヘルなんだよ。

 スサノオは外来神、イスラエル伝来の神なのよ、知らない?
 
 しらん、日猶同祖論か。
 
 論じゃなくて事実そうなの!、だから日ノ本の古神に抑えが効くんだから。
 建速須佐之男命、つまりマヘルシャラルハシバズ、Maher-shalal-hash-baz、速やかに獲物を奪え。呪でくくるなら当然近い、強い方がいいからでもなんで!。

 なんでといって。

 太郎は陰謀論乙と切り捨てているが実際、日本国内にユダヤ乃至ユダヤ教の痕跡、シンボルはこれでもかとバラ巻かれている。

 先ず伊勢神宮。石灯籠に六芒星、ダビデの星が刻印されている。
 
 君が代は千代に八千代にさざれ石のいわおとなりて苔のむすまで。

 10世紀初頭における最初の勅撰和歌集である、古今和歌集、の、読人知らず、の和歌を初出としている。これが、天皇の治世、を奉祝する歌となった。
 という通説が真実歴史であるなら、日本の国歌は便所の落書きから選定され今日に至る、という事になる、つまり天皇の権威なぞその程度という事だ。
 
 立ち上がり神を讃えよ、神に選ばれしイスラエルの民よ、喜べ。
 残された人々もまた救われよ、神の預言は成就した。
 これを全地に知らしめよ。

 因みに、ユダヤ、人、とは現在のパレスチナに居住する方々であり、イスラエルに居るのはハザール人である、調べれば判る。

 マヘルシャラルハシバズ、獲物を急げ、早く奪え。
 
 旧約聖書、イザヤ書。
 イザヤの息子、長男、次男。

 長男、シェアル・ヤシュブ、
 次男、マヘル・シャラル・ハシ・バズ
 それは崩壊の緒言。

 建速須佐之男命、速やかな建国を求め助ける神、他。
 
 速須佐之男命、須佐之男命、素戔男尊、素戔嗚尊等、
 須佐乃袁尊、神須佐能袁命、須佐能乎命
 
 初めに音ありき、いやまったくよくぞ1神にこれだけの当て字が考案され今日まで伝えられたもの。

 しかし、正直どうでもいい話というのは、実際この列島には外来、無数の漂着が存在するのだ、日ユなぞまだ判り易く可愛いものなのだというのは随分先に提示した通りである。

 なるほど、神は創られる、人の想念に依って。
 これが流出、か。

 予期せぬ力を得たものは、次に何を求めるであろう。

 家康に過ぎたるものの二つ有り、 唐の頭に本多平八
 天下を望むもの、海外に名声と声望を目指すもの

 太郎はその場にくるりと踊る、当然、膝下のアスファルトが噛み砕かれ砕石交じりの粉塵が巻き起こり、突如出現した戦車様の異形に向け夢中にシャッターしていた観客を容赦なくその悲鳴ごと薙ぎ払った。 
 おおこれが超信地旋回、戦車かつ神、どんどん自分がず太くなっていく。満ち滾る闘気の儘に太郎は、体内に深く護り抱える深香に向け宣する、征くか、巫女よ。

 マヘル太郎の映像はあらゆる経路から、既に公嗣の手元にも届いていた。
 
 何とはなれここは現代日本、
 代々木公園爆誕はぐれ戦車はとっくにバズり現地実況垢フォロワは世界各国殺到トレンド赤丸急上昇、テロか番宣かマジックか魔術か、遠からん者はネットを開け、近からん者は写メって流せ。国籍不明型式不明無人有人不明、そもそもこれは戦車なんでしょうか、いやこれセンパー戦車だろ、オンでオフで議論百出百家争鳴、もし今次の多重検問が無かったら既に報道各局カメラ放列の外周陣地に包囲殲滅されている事だろう。
 
 次長の自首、自供で一応、深香の件も確認されていた。これは以前からの二人での取り決め通りだった。敵対認定されてしまった深香だが国内での無用の混乱を望むものでは無かった、但し必然の混乱は、今回望んで立ち上げている。それこそが本件の主要件でもある。
 
 それにしても戦車とは。
 
 業務で浴びる程の文書に浸かっているせいだろう、公嗣には、余暇にまで文字を眺める習性は無かった。GONZOは好きなので映像化された雪風はチェックしていたしよく動いていたので満足もしていたが、マヘルが同作者のキャラだとは彼女は知らない。何より、イザヤの次男、マヘルシャラルについては業界周辺知識として彼女は当然知っていたがそれが目の前の映像と結びつくことはついぞ無かった。

 次長から得られた情報は二つ。
 
 一つは深香が次長をバイパスして全知、アカシックレコードへの接触を試行していた事。但し結果、成果は次長も把握していない。
 そして公嗣が推察し希望した通り、深香の動機に害意は存在しない事。
 但し、それはあくまで彼女視点の基準であり、大規模神霊無差別テロの敢行により日本国民ごと総て灰塵に帰す、等、コラテラルも厭わず目的に向け突き進むといった危害傾向はない、という限りの制約であり、既に武蔵結界が重度の損害を負っている実情に鑑み、大和及びキクが護持するものに対してこそ、彼女が非常に厳しい姿勢、想定される破壊を伴う攻撃活動の継続、それを見極め対処、対抗措置、防衛そして反撃、これが現在キクに、公嗣に課された任務であった。

 幸いというべきか。
 秦野深香の身柄確保への協力要請を受け活動していた関係各局が独自の行動に出るという事態は現在発生しておらず、改めて捜索停止の別命他、情報の取り纏めや各局間権限優先度の調整等の雑事に振り回される危険は低いと判断出来た。何とはなれ、代々木の騒動と本件を関連出来るのは本局たるキクくらいのもので、警らが民間の通報を受け現場に急行、受け立ち入り禁止規制の実施と監督をする以上の動きは現状確認されていないし、全く別件と判断されているのが各局情報より確認されていた。そのまま静観の姿勢を維持してくれる限り無用な対応は必要とされない。

 とは言え。
 
 混乱しながらも事態を認識していたのは当事者、マヘル太郎と同乗者にして実施者たる深香だけで、キクとてその正体については掴みあぐねていた、ある種の神魔、妖魔の類ではあろうが、何しろ戦車、それも古代神が跨るチャリオットや何か日本霊界に由来がある、無論何かしらの霊的存在である事自体は間違いない、あれが見た眼通りに現代世界の何れかのMBTである、それはあり得ない寧ろそうであれば対処は容易、しかし、アレは、現代を越えた、近未来的な何かを想起させる外観であるがそれは。
 
 しかし今回は彼女が準備した対策がお互い諮り示し合わせた如くにぴたり合致した、なぜかは知らねど。
 
 カモノハシを借り棄てた公嗣はその足で千葉に飛んでいた。成田に緊急着陸した同機から待ち合わせた便で東部方面航空隊、木更津駐屯地に向け降り立つと既に祥充の手配により部隊は出撃準備を完了していた。

 神気を贄が集う。
 深香を抱え、来た途を返す太郎に群がり拠る。
 奉り、祭り、そして神輿。
 太郎の意識は拡がる、観得る。
 深香、いや、彼の者は我が妻久志伊奈太美等与麻奴良比売命。
 そして吾は大和に使役されし封神、
 急がない、歩を進める。
 波が連れ動き拠る、
 登り来りて吠え笑い泣き、
 倒れ砕かれ血飛沫歓呼、
 伝搬し、溢れ、より呼び集う。
 
 マヘル太郎は自らを襲った殺戮の、力の饗宴、
 幻視を振り祓う、
 
 力に呑まれては、溺れては、
 
 なんと危険な、畏怖すべき、
 
 神力か。

 遂に報道各局の取材ヘリまで飛来した際限の無い外野の喧騒は打ち捨て、車内奥深くに魂の正妻クシナダ深香を護り抱えたマヘル太郎は行動を、移動を開始していた。公園に乗りいれそのへんを、ぐるりぐるりとめぐり身体能力、準備運動を終えると、あ、あ、あ、と発声練習もこなし、頷きのように砲塔を左右に少し振りそして、はいどいてはいどいて戦車通ります戦車通ります退かねば挽きますオーバーランします命が惜しかったら譲って下さいはいどいてと救急サイレンの百倍はある轟音を無限ループ発信しながら全力、信号も何もかも無視して驀進する。止まりなさい、その暴走、えー、違法改造車止まりなさい、止まれと言っているだろう!! 並走パトにちょいと砲身を振って見せたら慌てて向こうが急ブレーキ急停車多重衝突国家権力ざまあw そしてそこは大したもので、暴れ戦車進路情報報道特番が経路啓開支援、興味は尽きねど命大事、進路前方半円半径1キロ圏内から路上障害は自ら遁走しマヘル太郎に征途を開く。
 
 爆走しながらマヘルはちらりと上空後方を見遣り、あれ、さすがに邪魔だよな、何とかならんと深香に。
 
 そうねと深香はうけおい、ごそごそ身じろぎするとコマンダーズハッチを開き半身を乗り出し、その手が閃いた。

 報道各機は色めき立った。
 スタジオ、見えますか、観えてますか! 謎戦車から人影が! わわわ?! 。
 
 小さな破裂音と黒煙を吹き報道ヘリの一機が高度を落としていくと残る各機は散り散り逃げ去る。まず式だろうが何をしたかは特に問わない。
 
 その時、本件に関連しまた、全く別の組織が突如活動を開始していた。

 東京都千代田区大手町、官公庁街の一角にそれは存在する。

 気象庁。
 
 以外な事に、その使命の重大、存在感の大きさに比し、単独官庁では無く国土交通省の外局である、つまり、そのレゾンデートルもまた、自ずから見えて来る。国交省による国土管理の補佐が気象庁の任務となるだろうか。
 名乗りは気象、のみだが、気象、地象及び水象の予報及び警報並びに気象通信、が、我々国民が最も親しみまた信頼する、気象庁が提供する機能であろう、天気予報に地震速報、台風情報に火山情報、昨今騒がしい河川警報、何れもお馴染みのこれら他、業務を円滑、高度化ならしめる事を目的とした技術研究開発全般も含まれる。

 謎の強行検問に代々木騒動と首都圏に降って沸いた同時多発事態を尻目に、気象庁はひっそりと本来業務に邁進していた、悲鳴を上げながら。

 気象庁もまた、本来業務の所掌内に於いて、前代未聞の、説明不可能な、しかも凶事に見舞われていたのだった。

 異変は気象衛星センターからの第一報で始まった。
 
 静止気象衛星による宇宙からの気象観測は特に、台風の監視を主目的とする。当該組織の業務は正に、気象衛星の運用管理である。
 しかしながら本来、センターから気象庁に直接連絡などという業務は発生し得ない、つまりその内容は。
 埼玉県さいたま市直上に、原因不明の気圧の谷間、低気圧が発生し、現在急速に成長している、その規模、既に、大型で強い台風のそれどうするよこれ!!。
 どうする、え、どうしよう。
 しかし現状なぜか降雨はゼロ、危険皆無。
 緊急警報? 発令する?? 。
 
 最新衛星情報による、異常事態の通報であった。

 

 風が、すごい。
 
 マヘル太郎も移動がてら地域ウェザーには目を通していた。太郎が、というより、戦車が自走移動するなら抑えるべき情報であろうという適正ではあれマヘルそのものの、虚構人格が刷り込まれたかの奇妙な感覚だった。

 そして全突破信号無視、ほぼほぼ最短快速行軍、荒川渡河が近い。
 
 当局が仕掛けるならここしかない。
 
 今なら太郎も深香にも、警軍が日本の類例にはまず無い非常線を展開していた、その目標が自分たちであったのは自明だった。ここまで手出しが無かった理由は判らないが、そこに停車していたさいたまナンバーのタクシーが! 突然戦車に!! いやほんとだって動画もあるんだぞ?! という事態の進捗には、素性はともかく相手も人間なら拘束後事由は事後にというスキームが可能でもしかしながら本件では、官僚組織の業態硬直性などとイビるまでもなく対応限界レッドオーバーであったのだろう、彼らはどれほど有能でも役人でしかない、職掌を越権しての行動対処など不可能だし何より誰一人望まないのだ。
 
 とはいえ。深香を問答無用で抹殺に動いた、キク、なる組織は、絶対に二人の荒川無害通過、埼玉への帰還など承服しないだろう、今度こそ、総力を尽くして、この機会、平開地形渡河中の戦車という無防備を狙い討ち目的達成を遂げる筈だ、ああその為にこそ、関係各部の対処を禁じたのかもしれないそうだろう。
 
 絶妙の間合いだった。
 公嗣がうち跨がり駆ける馬、
 Boots&Saddles、空中騎兵。
 陸上自衛隊東部方面航空隊所属第4対戦車ヘリコプター隊。
 繰り返すが好餌、敵手が戦車であったのは全く想定の範囲外、そりゃそうだ。
 機動力に長ける打撃戦力、そりゃヘリでしょ、問題は当然指揮権だが父、祥充が本件の重要性に鑑み、なのか、キクが古今この邦に蓄えた資産、コネ貸し借り貸借総決算棚ざらえをかけているのか、そこはどうにかこうにか、公嗣の緊急着任を隊率いる現場指揮官、一等陸佐は神妙な、無言の敬礼で受け入れた。

 軍隊は命令で動く。では、その命令の根拠は何か。そう、文書だ。そして軍隊こそが最も厳格な官僚機構なのだ。故に、職能としての殺人、破壊が機能し得る、これに何の統制も無ければ自走膨張する混沌でしか無く、過去多くの帝國が指揮権他国軍の制御不能により自壊してきた。故に、そう、だから資料編纂などの完全なる空位では無く、文書係長なのだ。ぶっちゃけ院政である。

 もちろん彼女にヘリコプター空中殺法の兵理戦術など何一つ備えはない、長機のガンナーズシートを借りそこからお願いするだけ、だ。
 隊を構成する総数8機中、状態がいい3機が今回投入されている。
 装備機であるAH-1Sは正直、老兵も老兵の旧式機材ではある、何しろ原型機は世界初の攻撃ヘリであり、初実戦は60年代のナム戦。その近代改修型、日本ライセンス生産が本機となる。
 今回ずーとgdgdを演じてきた終局でご都合なくらいに揃った好条件だがいい当たりは正面を突く、航空兵器の活躍舞台にして大敵たる、空、が、
 急変し牙を剝き猛り狂っていた。
 空のもの何でもそうだが殊、へりは悪天候に泣く。
 知ってる人は知ってるように航空機というのは推力で飛ぶのでは無い、揚力で、翼で飛ぶ。この揚力は翼断面上下気流の気圧差で発生し、真空ポンプを動かすと大気圧で容器がへしゃげるのと同じ現象で、翼断面上層にある低い気圧が上向きの力を発し揚力となす、これが機体質量を上回る事で翼は、航空機は空中に浮く、以上が航空の原理だ。
 対してヘリコプターはこの揚力を翼では無く僅か2、3枚のローターブレードの回転に負い、かつ移動もこれによる。そしてAH-1Sは2枚。稀にオートローテイトの映像など見るとヘリの降下は緩やかなるのを約束されているかの錯誤だが、悪天中、ブレードから気流を引き剝がされるようならヘリは石も同然に地面と熱い接吻を交わす。基本直線飛行の一般機に比べ前後左右、ヘリの運動は自在だ、しかしかくも脆い。
 
 東京埼玉を隔てる大河、荒川。
 文字とおりの乱流であり、過去地域住民を度々痛めて来た。
 その手前にある中河川、新河岸川に差し掛かりさて、と、
 辺りを見渡しマヘル太郎はそれに気づいた、北天より襲来する機影、3点。
 なんて手回しがいい、戦闘ヘリか、すごいのを持ってきたな。
 アレだろ、ヒューイコブラ、最新鋭のアパッチ相手じゃないだけ少しはラクさせて貰えるのかな、深香。
 でもヘリ対戦車のキルレシオって確か1/20とも50とも。
 
 こなせていないが戦車、戦闘兵器に擬した神の眼を持つマヘルの索敵探査が偉遠なのであって、臨編キク空中特別班も新河岸川東岸土手、稜線上に無警戒な姿を晒す、AFV様在来型式該当無し識別不能の外観を持つ、今や世界でもっとも有名なそれ、を、神に対す人類が働きとしては十分天晴な、搭載主兵装有効射程の約倍10kの圏内に認める。
 
 あれを。
 
 あれ、です。
 
 公嗣との短い応答で長機指揮官は発令した、状況開始。
 

第37話

 ここで残念なおしらせがあります。
 
 本稿はイコールコンディション、ゲームフィールドで両プレーヤーがやあやあ我こそは、と互いの知力体力土岐の運、を掛けて激突するものがたり、では実は無い、ということであります。
 
 そして神殺し、のものがたりでも、また無いのです。

 ごう、と、
 
 風が、鳴った。
 
 
 それはいっしょくたに総てを放り投げる。
 
 太郎と深香、公嗣と従う陸自隊員。
 
 埼玉県さいたま市。
 見沼区は、市を構成する10区のうちの一つであり、北東部に位置する。区名の由来である見沼は、区の西部・東部及び南部の低地に広がっていた。
 現在は東部から南部には見沼田圃と呼ばれる田園地帯が広がり、西から南に芝川、東に加田屋川と見沼代用水東縁が流れ、埼玉県の見沼田圃の保全、活用、創造、所謂里山構想の基本方針により、緑地が保護されている。見沼に囲まれた中央部は台地上に属する。北東部の深作沼周辺は広大な湿地帯であったが、沼の大半が埋め立てられ住宅地が建設されている。
 
 見沼には竜神が住んでいるとされ、周辺の村々にはさまざまな竜神伝説が残っている。例えば、その竜神が住んでいると考えられていた四本竹という場所では近隣の氷川女体神社が竜神を鎮めるために磐船祭という行事を江戸時代の終わり頃まで行っていた。
 
 奇妙なハナシである。
 
 なぜ、祀る、のではなく、鎮める、のか。
 
 他の伝承も龍神の名を騙る、或いは貶めんが為としか思い及ばない、到底龍神の名に、神格にそぐわないお粗末な説話ばかりが大同小異雁首を並べ民の冷笑を待ち望んでいる。これらが大和の手による霊的な不安定化工作、古来よりしぶとく継承される龍神信仰を毀損し、信者をオルグし、信仰心、想念の創出という神格の策源を破壊、完全制圧に至らしめる、正に武蔵野結界起式完遂の事跡そのものであると言えよう。
 
 この辺りからよいよ感覚は怪しくなる、自分は、
 
 いちタクシードライバーの日本人山田太郎で、武神須佐之男命でそして、
 
 大和がそれを遣わし武蔵の地、
 まつろわぬ日ノ本の最前線で封じた、古神、
 
 
 いにしえの龍神、おおいなる沼の主。
 
 
 
 御沼。
 
 
 マヘル太郎がこの世に結実した時点で武蔵結界は実質、破れ、
 
 気象庁が異常値を感知し大いに賑わうその土岐。
 
 大和に仕える現代の贄がかつて仕えた神を、龍神の棲家、封地を営々と埋め立て、一面人間の生活圏、首都高速終端路が塞ぎ田畑開けるその地の、
 
 さいたま市見沼区の時空が歪み、
 
 黄泉還る当時の、一面の湖面、かつての武蔵国、現在の埼玉県さいたま市(北区・大宮区・見沼区・浦和区・緑区)と川口市に存在した巨大な沼、その総て。
 
 幻像に呑まれ総てが水没する中これを割り裂き、
 
 
 お
 
 お
 
 
 お
 
 
 
 お
 
 
 
 
 お
 
 
 
 
 
 咆哮は天を裂き地に轟く。
 
 
 御沼の巨体が天に昇る。
 
 
 その姿、光景を太郎は見ては居ない。
 深香が仕掛けた一連のシークエンス、ファイナルアプローチ。
 太郎は、太郎こそ、御沼だった。
 
 
 山田太郎。
 
 神人に交わりし処の太郎、
 男神を降ろすべく世に現れた、器。
 
 そもそも。
 公安ゼロ別室、なる存在は、
 本局たるゼロが既に極秘対象である関係から、
 公式にも非公式にも存在しない、
 幻であり、
 そしてそれは、
 キクの本来業務そのもの、
 大和にまつろわず祟る、
 その候補、脅威を排除、
 または馴致、大和の体制に組みしだき、
 よって大和を、国体護持に勤める。
 
 しかして、
 
 日本政府、ウェストファリアの文脈から外れて立つ大和、
 そして大和に抗うもの、大和を大和ならしめるもの、
 
 これら総てが、現代日本にあってはならぬもの、
 近代合理主義と単一民族国家、万世一系を基盤とする立憲君主制、
 それら公、教科書に大書され新聞書籍電波で報じられる寸分の疑問無き事実、
 それらが絶対肯定されんが為に、
 それらを根底から破壊する、何に替えても隠しおおされるべき、
 あってはならないし事実存在しない、しない筈の、
 
 畏れられず侮られず、何より気付かれず、
 自らと、自らが護持するべきの、
 名誉でも矜持でも権威でもなく、
 その非在をこそ貫き通す。
 
 
 それが今、これ以上ない無残な形で、崩壊を迎えていた。

 御沼の現世への実体現出により、周辺空間は物理常態に復帰。
 先まで見沼区を嬲っていた豪風を一息に吹き払い、衆生にその偉影を、かつての、天空を圧し延べられた、眼にする者その総てを心魂より畏敬させ自然拝み奉る龍神、神霊、威霊。
 天を仰ぐその者らに、常なるスマバシャは一物もない。
 ただ、ただ。
 讃嘆。
 感動。
 感謝。
 敬い。
 奉り。
 信ず。
 

 御沼は見下ろす、氷川本殿の一角。
 
 
 来よ。
 
 
 無造作に声を落とす。

 応えてもう一神、一柱が形を為した。

 その姿は。
 
 
 外装にまとうは超有名、
 遮光器土偶のそれ、を乾竹割にしたかの艤装、コスプレ。
 左右両腕に下げる三連装砲塔に、
 両肩にはどりどりドリル。
 足元にはそこだけ妙にりっぱな、様々な履物、
 
 
 混ざってる!なんかいっぱいまざってる!!。
 
 
 ぶはは、なんだそれ。
 太郎御沼は思わず指指し爆笑。
 
 古地母神、アラハバキ。
 
 来よ、と御沼は再度、招く。
 
 深香アラハバキはちいさく頷くとその姿は御沼の背に横座りしていた。

 土岐は縄文、処はフォーカス26、別名虚ろな天国、ほっとけ、体脱会場にはじゅうぶんである。
 縄文の俺らは盛っている、そう、縄文の俺ら、だ。
 
 バキバキ!!。
 バキバキ!!!。
 
 せーの!。
 
 
 アラバッキー!!!!。
 
 
 既述のとおり会場は体脱、非物質界。
 列島各所に分譲する縄文の俺らがバッキー様を称えるオフ会を開催しているのだ。

 萌える!萌え尽きる!!。
 尊い!貴いよバッキー!!。

 本体の枕元には思い思いの萌えフィギュア、訂正、御神体、聖体。
 件の遮光器土偶、に酷似した物も多数見受けられる。
 
 その双眸は広く我らを隈なく見受け慈しみ、森羅万象悉くを見通す。
 我らが母、我らが娘、我らが愛しき、大地の守護者、命育む万物の源。
 称えよその叡智。
 捧げよ我らが感謝。
 豊穣に礼。
 とこしえに、とこしえに。
 
 
 信心してるかーい!。
 
 ウェーイ!!。
 
 愛してるかーい!!。
 
 ウェーイ!!!。
 
 奉ってるかーい!!!!。
 
 バキバキ!!!!!バキバキ!!!!!!。
 
 アーラーバッキー!!!!!!!!!!!!。
 
 
 宗教イナゴは新参のアマテラス他に流れていったが当然、アラハバキ信仰も根強くしぶとかった。
 
 しかし!縄文の血は親より濃かった!!。
 デカ眼教、巨眼信仰は遂に現代に蘇ったのである!!。
 
 所謂遮光器土偶こそはのいぢ絵の始祖だったのである。
 
 巨眼信仰、叡智を司る、例えば梟の神格化、等の事例もある、その類例事例ともいえる。
 
 或いはこう言って良いだろうか、遮光器土偶、宇宙人仮説、大変結構、と。
 
 
 問おう、
 
 アヌンナキは何処にいる。
 ニビルは何処にある。
 
 神の代わりに宇宙人を据えようというのであれば、人類被造物仮説、我々人類は宇宙人によるジーンデザインプロダクト、地球由来の自然物ではない、と、宇宙人仮説は併記して然るべき、必然なのだああ、宇宙服の遮光器土偶さんよ。それだけの覚悟はあるか、あるまい、あんたが期待してるのは精々、宇宙人、またまたごじょうだんを、という、我々救済対象をほんとに見ているのか見えぬ振りか仏像のアルカイックスマイルの冷笑で、アラハバキ、ね、ふーん、という、御沼への神格破壊とは規模が違う、アラハバキ信仰への徹底的な弾圧、破壊、ネタ化。
 
 
 しかして御沼はそれをこそ嗤う。
 
 笑ってやらねばなるまい。
 
 我ら悠久の者に人の身で抗うその豪胆、気宇。
 僅かに百余年の齢を継ぎ接ぎ代を送り謀を巡らす。
 なれど必然、風雪に其れは綻び、破れは何れ来る。
 土岐至ればこれこの通り、一事にして。
 
 謀略、それは何時も儚い。
 一つの謀略は一瞬に看破される宿命を、自ら負っている。
 それでも人々は策謀に挑む。
 
 判っちゃいるけど辞められない、と。

 
 深香バキを背に、太郎御沼はそのまま氷川本殿上空を、
 気持ちよさげにゆったり泳ぎ踊り巡る。

 現出した御沼、全長概算10km以上の規模を誇るその「キク」が組織として存在する対処行動優先度首位、仮想最大脅威にして無条件殲滅対象を遠くに、公嗣と、従う2機はただ茫然と滞空していた。
 最初に我へ返った長機前席から声が発した、
 
 状況、継続なりや。

 公嗣の迷いは長くは無かった、
 殉じる、2機を引き連れ散華する、
 それが、九鬼に課されていた、望まれていた姿で、使命だろう、でも、
 
 かぶりを振り、いえ、と、
 原隊に復帰を願います、
 状況終了、燃料は?。

 了解、と明らかな安堵を滲ませ、前席は応じる。

 御沼は不意に背の女神に首を巡らせ、
 
 違うよな、こうじゃないよな?
 
 問うと、深香ばきも小首を傾げ、
 そう、ね。
 どうせ、なら。

 御意、と御沼。

第38話

 一転にわかに掻き曇り。
 
 少しの間の後、がんらがんらと盛大特大の崩雷を従え、
 
 御沼は姿を現す、
 
 帝都、東京、皇居直上。

 
 信号待ちしていたら、青に変わる直前、信号そのものが消えた。
 
 消灯した。
 
 工事中のそうした光景は見た事がある、いや、
 
 北海道の、アレ。
 
 地震?! 。

 地面は、辺りは小動もしていない。
 
 次の異変は愛車に起こった。
 自主残業、資料作成で早朝出勤、
 こんなとこで惚けているヒマはない、
 信号はともかく、左右を見てからアクセルをそろり、と。
 
 動かない。

 そも今気づいたが、メーター表示が消えている。
 さっきまで何の異変も無かった我がプリウスはエンジン一つ掛からない。
 
 何、何が起きたっていうの。
 他に手段無くじゃあJAFでも。
 
 スマホが。スマホも?? 。

 まったく?? で、仕方無く歩道に降り立った彼女は、そのとき初めて、いくら早朝とはいえ東京八重洲口の、世界の終りのような静寂に直面した。

 

 ここで予期外の椿事。
 
 テラトン単位での御沼の空間転移によりプチEMPが発生、
 23区の灯が残らず落ちる、ありゃ。
 
 まあいい大勢に影響なし、寧ろ復興特需に沸き返るだろう、
 ここは、そういう処だ。
 
 幸いにして時間は晩夏早朝、これが厳冬深夜とかまして豪雪渦中であったりしたなら混乱事故死も相当数が計上されたであろうが、311を経て日本は更に鍛えられていた。計画停電だって乗り越えて来たのだ、地震を伴わない唯の停電なぞだからどうした、てなもんである。
 因みにこの頃、我々は世界中から弄り倒されかっこうの慰み物だった事を覚えている者は未だ居るだろうか。
 パニック、とは、自由意志の発露を前提としての現象である。
 意志どころか生死の認識すら覚束ない我々には無縁である。
 見よ天晴な国畜ども。
 これらは生きよとすら命じられねば儘ならぬ。
 唯命を待ち其処に在る、
 これが一度命を受くれば、
 清を喰らいロシアをけたぐりアメリカすら恐怖させる、
 国民皆兵死兵となりて敵を討つ。
 現代にあってこの人間性の欠落はどうだ、
 これらは勤勉に納税に此れ励み自身の生死すら厭わぬ。
 あり得ない素晴らしいエクセンレント!! 。
 この世の奇蹟を為さしめた名君を、
 称えよその業績を! 。
 無論その賞賛の対象は不正蓄財以外興味も能力ない日本国政府を僭称するちんどん屋集団では無く、退職金の多重受給以外興味も能力もないキャリア官僚なる筆頭国畜でもない。

 代々木発はぐれ戦車騒動の余韻も冷めやらぬ中へ御沼の降臨。
 
 
 龍?。
 
 龍??。
 
 龍?龍?!龍!!!。

 しかし今、ネットは死んでいた。
 地上波もBSも。
 もし報道機関が生きていたなら、この騒動に驚き転倒した東京都足立区の佐藤花子さん67歳が腰に軽い怪我をした事が報じられただろう、ガラス踏んで軽傷とか死亡でもないのに時々流れるアレ何なの。

 いや、報道機関は生きていた、唯一。

 それがテレビ東京で、ジャパ得の後は朝ダネ!、で結局龍はTVに映らなかった、だとキレイに落ちるのだが本社六本木では即死である、そうではない、生き延びたのはお台場疎開、嫌なら見るなでお馴染みフジテレビであった。他各局はぜんめつしていたので、文字通り独占ナマ中継である。

 羽虫のような報道ヘリが向かって来るのに御沼は、どーせ今の気持ちを聞かれるのは封印されている間にも「ますこみ」なるものとして見知っていたので、
 
 快なり、だがうぬらは煩い、控えよ。
 
 と先手で思念を載せた咆哮を浴びせかけ、追いやった。

 龍です!、
 みなさん!!、ご覧いただいておりますでしょうか!!!、
 私の!! 約100m先に!!
 
 カメラさん、もっと寄れませんか?
 
 えーとスタジオさん! 龍神様は、余り近づくなと!
 
 
 スタジオ騒然。
 
 
 話されたんですか?!。
 
 直接こう、頭に、あー、テレパシー、っていうんでしょうか。
 
 えーご紹介します。別件でしたがスタジオには東京大学名誉教授の……。

 休憩室は階級問わず身体が空けられる自衛官が殺到し、しかし常にジェントルを旨とする彼らは、遅れ後ろからひょいと覗き上げた正体不明何でここに男装の民間麗人に十戒有名シーンの如き立ち現れる一列の誘導路、どうぞ、の声に公嗣はあははと顔を赤らめつつ最前席にちょこんと腰掛ける。

 御沼。

 雄大な姿、皇居直上。

 正に、キクの、
 
 宮内庁、大和の面目は丸潰れであった。
 
 この日のこの光景、これだけは避ける、その為に組織され発足維持発展し、日々研鑽し総てを捧げてきた、総て水泡に帰す、この瞬間。
 
 御沼は消える、正規の召喚でもなく贄の用意もない、せいぜいが一刻の、と平静に事態の推移を想定する脳梁の機能とはまた別に、公嗣の瞳に、じわりと温い兆しが漏れる。
 ああ、おわった、おわってしまった。
 
 悔悟か、不甲斐ない己への、見通しが甘い、あますぎた、いや平常の警戒態勢からしてまだ……。
 
 公嗣さん、と呼び掛けがあった。
 
 びくりと背筋を伸ばし、親父、いえ、……父上、と応える。ここ木更津なら、父には鼻先も同然だ、彼ならブラジルと平気で世間話が出来る。
 
 秦野と御沼にすっかり出し抜かれましたね、ああ、諫めてはいません、貴方は十分やりおおせました。ほんとうですよ、貴方の仕事は寧ろこれからです、少し落ち着いたら戻って来なさい、決して自決などしないように、以上です。
 公嗣はふらりと立ち上がり、お手洗い、どちらでしょうと高い声で質し、再びの路を足早に部屋を立ち去り、際に、
 
 御沼と眼が逢う。
 
 嗚呼、うぬはようやった。
 
 轟く。
 
 画面の龍神が。
 
 がっと脳裏に映像が、幻像が割り込み立ち上がる、公嗣は神剣草薙の剣を抜き放ち逆手に己が心臓に一息に刺し貫き天照大神を絶呼帝が呼応皇居で符を裂き割り光が明治神宮、伊勢神宮、全国国分寺、闇が雷光が武蔵を起点に北上しそれは。
 神霊大戦。
 神州列島の覇権を決する。
 しかし必敗の、総てを灰燼に帰しての。
 大和の単なる、従える贄を滅尽しての、壮大な自滅。

 部屋から駆け出し女子トイレに駆け込み公嗣は激しく全身をわななかせる、御沼の波動が癒す、うぬはやった、ようようやったのだ。
 
 公嗣は啼く、神気に触れ随喜の感涙に咽ぶ。
 なるほど、これは大和が封ぜねば。
 贄が幸成る哉。
 何も従うまい。
 立つ瀬も無い。
 秩序、それは。
 何故の何物の。

 最後に残った借りチャリの1台にまたがり彼女も走り寄っていた。
 
 皇居に向け。
 
 八重洲口から皇居までは直ぐだ。
 というか、反対口。
 
 だから、車外に降り立った時点で。
 
 静寂の中、唯一の喧騒。

 立ち騒ぐ人々。
 
 そして、ほどなく気付く、
 
 
 天空の、威容、
 
 
 
 それは。
 
 
 UFO?。
 
 まず一人が声を発した、指差し。
 
 釣られて何人かの視線が上向く。
 
 龍、
 
 という、次なる、
 
 問い掛け、或いは。
 
 嘆声。
 
 
 ばかな、そんなものが、という呻き、
 か細い悲鳴。
 狂騒的な、笑い。
 
 しかし、
 
 一部の者達は、反応していた。
 
 そこへ、
 その許へ、

 天を仰ぎ見ながらその足が、
 
 或いは、皇居に向けまっしぐらに。
 
 
 龍、
 
 
 その名を呼ばわる声が立つ。
 
 龍、龍、
 
 重なり、連なり、
 
 龍、

 龍、龍!、

 龍!、龍!!、龍!!!
 
 響き、熱する。

 龍!!!!!!!!!!!!!!。

 朝の散歩、マラソン、早朝出勤、官公庁街の徹夜明け早朝帰宅者。
 
 皇居周辺は既に人波が溢れていた。
 彼女もチャリを脇に置き、加わる。
 
 見上げる、皇居直上。
 
 
 ふしぎに恐怖は感じなかった。
 様々なフィクションで既に、
 或る意味ありふれた、
 怪物、クリーチャー。
 
 いや、
 
 これは、この方は、
 
 おおお、
 
 隣から歓声が上がる。
 
 老紳士が、天を仰ぎ、
 
 滂沱の感涙を迸らせ、
 
 
 釣られてか、彼女も目頭がほてってきた
 両目より流れるまま、
 人波がただ、その名を呼ぶ、
 唱和の宴に分け入り、声を併せる。
 
 龍!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!。
 

 快なり。
 
 唯一語。
 
 天上より、
 民草に振り下った。
 
 この乾ききった今を生き抜く力を、糧を。

 生きよ、吾在りと称え、
 ただ自らに恥じることなく、
 生き抜きよ。
 
 もしうぬが、
 
 贄たる己に飽き足らぬのなら、
 
 惑うな、世の呪に従うな、
 置かれた場で諾々と咲くな、
 己が両の二つの足で、
 大地に己を刻むがよい、
 支えるがよい、
 
 人として、屹立がよい、
 
 そのときうぬは、初めて、
 
 人の格を得るであろう、
 うぬがうぬの生を、
 魂を。

 皇居上空に鎮座し軽やかなステップを舞い続ける巨体の下、
 
 人々が集い騒ぎ指差し、
 やがて共に舞踊る。
 
 龍、龍、龍、龍。
  龍、龍、龍、龍。
 龍、龍、龍、龍、龍。
  龍、龍、龍、龍、龍。
 龍、龍、龍、龍、龍。
  龍、龍、龍、龍。
 龍、龍、龍、龍。

 上空の巨体に併せ狂騒的に踊り続けるその足が。
 
 軽い。
 
 あれ?。
 
 あれ??。
 
 ふわ、ふわ、
 
 足が、
 
 身体が、
 
 文字通り、空を切る。
 
 宙を踏む。
 
 みれば!
 皇居の堀が!
 
 沸き立ち、空へ、
 
 魚が、ウナギが、無論、鳥たちが、
 
 踊り昇る、その周り、廻りを、
 
 民草が、大きく、巨きく、おおきく
 
 舞、踊る、共に、
 
 くる、くる、くるり、
 
 軽やかに、空を踏み、
 
 共に舞い昇る、
 
 御沼が舞い踊る天空、
 
 その高みに、
 
 
 高天ヶ原へ、共に、
 
 差し招かれ、歌い、踊り、舞、称える、
 
 奉る、寿ぐ、
 
 その威光、その恩寵、
 
 おお、おお、おお。

 龍、龍、龍、龍。
  龍、龍、龍、龍。
 龍、龍、龍、龍、龍。
  龍、龍、龍、龍、龍。
 龍、龍、龍、龍、龍、龍
  龍、龍、龍、龍、龍、龍。
 龍、龍、龍、龍、龍、龍、龍
  龍、龍、龍、龍、龍、龍  
 龍、龍、龍、龍、龍、龍 
  龍、龍、龍、龍、龍 
 龍、龍、龍、龍、龍
  龍、龍、龍、龍。
 龍、龍、龍、龍。

 おお、
 
 おお、快なり。

 御沼が、その意識が。

 太郎ははね起きた。
 
 天井を、右を見、左を見る。
 下を、万年、という程ではないが敷きっぱなしの、
 帰って寝るだけの自室。

 夢? 。
 
 はは、けっきょく夢落ち?? 。
 
「夢じゃないよ、太郎」

 そこに、現実が着座していた。
 現実に、深香が、告げた。

 終

第39話

ボーナストラック、或いは太郎の没稿
 
 
 
 やってしまいましたなー。

 やってしまいましたですなー。
 
 
 方々、さてこの始末、如何にせん、ん。

 はい、まずXXXさん。
 
 何故伏字。
 
 いやほら、さいきんは後ろから読んじゃうヤツも居るから。
 
 何とメタなw。
 それはほら、いや神だけに、まあ。
 で、XXXはん。
 
 
 いがった、はあ、まあそれは。
 
 数千年振り?、それはうんうん、そうねえ。
 あ、○○〇さんは。
 
 あー。
 敢えてノーコメント、所謂好意的中立、と。
 まーおまんの立場ではそれ以外ないわなあ。
 でも寛大に、うん、まあねえ。
 
 
 で、主役お二方からは以上、と。
 
 さて。
 
 さて。
 
 さてさて。
 
 いや、まあ、その。 
 
「何よ、いまさら」

 深香は、彼女は。
 
 ああ、お判りだろうか。
 
 ここでこのハナシは冒頭、
 つまり今に時制が移るのだ。
 
 で、必死に慣れないキーボードを叩いている、
 ホームポジションを踏めないだけで流石に一本指打法ではないがな。
 叩いて来た、
 今あなたが読み進めたところまでだ。

 ずいぶん悩んだんだ、これでも。
 こっからは俺の個人事情。
 蛇足、自己満、オナニー、言い訳。
 物語とは関係ない、読者には無関係な裏事情。
 ぶっちゃけ読み辛かった? 。
 そうだろう、むしろ、そうした。
 だって、ここまでなんとか放棄せず辿り着いた勇者、諸賢。
 荒唐無稽以上に、開いた口が塞がらない、そうだろうそうだろう、無関係な第三者として俺でも初読ならそうなるだろう。
 
 三人称の皮を被った私、山田太郎の私小説、
 それが、この一連の文字列の正体、
 そういう事になるだろうか。

 つまり、この作品のタイトルは、

 『龍神、御沼の微睡み』、

 とかそのへんということになるのだろうか。
 それを自分、山田太郎がチラ見した、そういう事だ。
 変格胡蝶の夢モノオチ、とでも。
 
 だって一介のタクドラに過ぎた情報量、
 知らんがな、ああ知らんがな。
 自分で打刻しながらまったくわけがわからないよ!
 せいぜいネットスラングやサブカル節なり適宜インサートして混ぜっ返す、
 私、太郎、語り部の役目はそれくらいのものだ。
 あからさまな、信用出来ない語り手。
 読者各位も何かのトリック、ギミック、違和感、不自然な表記揺れ諸々、
 まあこれがその正体、
 これが私の、語り手の素性だ。
 疑問、質問、事実誤認、窓口は総てあの龍神、御沼へどうぞ。
 
 なるほどね、
 でも何故こんな回りくどい事を、と、
 聡明な貴方は首を傾げる事だろう、ああ全く。
 
 一つは私がこうした文章を綴るのが初めてだという理由から。
 私の名は山田太郎、私は埼玉県は武蔵野、
 見沼に長年封じられていた龍神、
 御沼の依代として、
 神と意識を共有した男だ、
 これは私の備忘録、その物語となる……。
 
 などと滔々流麗に流し語る様な技量は、
 到底望み得るものでは無かった、恥ずかしながら、
 
 御沼の意識から得た断片的な事実を時系列にソートして、
 ただただ列記していく、既にお読み頂いた形状が私唯一の手法だった。
 
 そして本件が、私の私事であると同時に、
 あー、
 
 『御沼事件』とでも呼ぼうか、
 
 文字通り神ならではの、
 私も深香もその時点では知り得なかった事件の全貌を描くもの、
 で、あるので、
 私の心情描写や価値観の提示は、
 あ、いや、何より素人の書き物であるので、
 一部誤解を招く、
 誤読の可能性を敢えてそのままに書き著した諸々もあるが、
 総て殆ど神の言葉の受け売り、
 神聖言語の、私の微力を尽くした日本語訳、
 
 他、ずいぶん固有名詞、登場人物が絞られた小説だなあ、
 という疑問は、コレ、御沼の興味が向かなかったのかどうか、
 私まで情報が届かなかった事による。何か仮称を付けても、
 良かったかもしれないが、それはそれで登場人物そのものは、
 膨大であるので、筆者にも読者にもめんどうこのうえない、
 さすが神の判断は正しかったのだろう。
 
 等々。
 まだ私は恥を晒さねばならないだろうか、このへんで釈放します??。
 
 いや、もう、ほんとうに、
 
 初めは少し落ち着いてからと、
 でもダメだ今書けと、はい、もう尻に敷かれてますよ。
 
 確かに経時劣化により変容と忘却が進む、
 加えて神気が抜ける毎に、
 可能な理解が喪われていく。
 
 アルジャーノン、読んだ事があるか、
 アレだ、あのチャーリーだよ。
 こうしている間にも、
 思念の言語への落とし込みがだんだん厳しくなってくる。
 記憶や映像はある、しかし表現、再現、説明出来ない、
 く、なる。
 
 それどころか、だ。
 
 記憶の1ピースに神界会議がある。
 ふつう、こういう大事をしでかすには、
 神に導かれるか、
 少なくとチャネリングを通した事前許可、根回しが必要であるらしい。
 冗談抜きで、宇宙の法則が乱れる、そういう事だ。
 キクのシーンで起案、稟議、決済、社会人の常識、学生には馴染みが無いかもしれないが、コレ、世界の法則でもあるらしいんだ、つまり流出論やね、思考は現実化する、まんまコレ。
 
 で、お裁きの結果、
 俺と深香はあー。
 
 平行世界?、パラレルワールド?。
 
 国外追放ならぬ世界追放を喰らった、らしい。
 
 あれだ、升プレイヤーが垢BANされた、そういう事だ。
 
 元の世界がどうなったのかは判らない。
 
 恐らくたぶん、何も無かった事に、
 時間軸をロルバされて緊急メンテ、
 で、チーター二人がその間に消えた、と。

 この世界で同じ事は起きない、だって、
 
 氷川神社どころか、
 今俺たちがいるこの邦は、
 
 『大いなる日ノ本、及び琉球、大和、アイヌ共和国連邦』、

 通称、大日、と呼ばれる邦だ。
 
 
 あ、さいごに一つだけ、蛇足の上塗り、
 
 今回の事件、ものすごく危険が危ないターニングポイント、
 キューバ危機的シーンがあった、
 
 もうお判りだろう、
 幻の荒川決戦シーンだ。
 
 アレは本当にヤバかった、
 というのは、
 
 展開によっては唯のデウス・エクス・マキナでは無く、
 ラグナロクが勃発していたかも知れない、
 
 お判りだろうか。
 
 作中、それと無く触れたが、
 
 日本、二本、この邦の成り立ち。
 
 記紀神話、邦創り、邦譲り、
 
 大和が征服朝廷であるのは間違いない、
 ヤマタイコク、ヤマト、日ノ本、平泉、奥州藤原、アイヌ、縄文、
 
 まず出雲での邦譲り、
 つまり敗戦、そして転戦、
 そして武蔵、そう、武蔵だ。
 
 御沼のイメージを汲んでどうにかこうにか組み立てしてみたのだが、
 如何せん筆者の基礎体力が足りない、
 滅亡王朝の守護者、当事者なので、
 神ながら情報として客観化、
 ノーマライゼーションが難しかったのかもしれない、
 エモーショルなバイアスが干渉する事で、
 まして処理能力で劣る人間への伝搬が阻害された可能性もある、
 別に太郎と御沼でチャネリングした訳でもないし、
 依代としてのトランス期の魂共有の残滓でしかない訳で、
 ま、私の力量不足だサーセン。
 
 つまり、御沼もアラハバキも大和に対しては恨み骨髄、
 それを触発するような、
 マヘル太郎と大和手兵の激闘など目の前で見せ付けられたら、
 
 御沼が加勢する?
 いや、そうした戦術状況じゃない、
 
 恨みを晴らす、神が、どうすると思う?。
 
 ここで崇徳さんの事を思い出してくれ、
 天皇、現人神とはいえ人族、それでもアノザマだ。
 
 神が、龍神が、穢れを祓う、
 
 大和を祓う、
 
 大和の血を引く者、係累を……。
 さあちょっと想像してみようか。

「きゃー!!」
 突然の悲鳴に店内の視線が集中した。
 ファミレスの店内、その通路をドリンクバーから自席に戻る途中突然、男が血を吹き出し、そのまま破裂する。
 肉塊に変った男はそのまま床にくずおれる、余程ヤマトが濃く、まともに御沼の怒気、神気を浴びたのだろう。
 つまりそれは、祓われてしまったのだ。
 故に、観客がその当事者に加わるまでそれ程の間は無かった。
 訳も分からずみるみるスプラッターハウスに変じていく職場で、フィリピンから出稼ぎに来ていた派遣ウェートレスただ一人が、それでも気丈にその手にオーダーをしっかり捧げ持ったまま恐怖に震え立ち竦んでいた。
 その眼が窓外に転じられ、彼女は遂にトレイを放り投げる。
 至る場所で多重衝突を発した車両が無秩序に投げ出され或いは火を噴き、地面は車道歩道の別なく朱に染まり、遠景にも火の手、高くたなびく噴煙が無数に立つ。

 つまり、まあ、そうなる。 
 
 だが、深香には無かった、
 彼女はただ、あからさまにしたかった、それだけの事、
 
 だから、あの程度で済んだ、まあ、うん。
 
 憎しみは何も産まない、
 人は、赦す事が、
 その能力を与えられた存在である事、
 それだけは、今この場を借りて読者各位にお伝えしておきたい。
 
 深香が隣で真っ赤にゆで上がってるが、
 書けと尻を叩いのは彼女なので、ここは譲らない。

 本稿が何を目的とするのか。
 例えばそう、君たち日本人。
 エコノミックアニマル、平和教徒、無宗教無信心。
 絆? はっ。
 自らが拠って立つ何物も与えられずただただ国家の畜として日々生かされ収奪され使い捨てられ内戦並みの自殺率の中で人生の意義を迷う魂。
 君たちがその足元に目を遣り、少しは疑問を持ち、抗議の声の一つも発してみる、一人の「日本人」として有意義な人生を送るその端緒として、本稿も何某かの責を果たせる事を願う。
 
 と、建前はともかく。

 が、まあいい。
 
 とにかくここまで書き留めた、書きあがった。
 
 しかし、言ってはなんだが、それら現象、事象は実はどうでもいい事なんだ。
 
 大事な事は、今この現実、つまり、
 
 彼女は私を愛している。
 私も、彼女を愛している。
 心の繋がり、真実のみ、唯一これだけで十分、そうだろう? 。
 
 読了、有難う御座います。
 
 
 真終

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