疑似科学の「風車病」騒動に終わりが来ない理由

 三重の松阪では現在、二つの風力発電事業計画が進行中だが、反対する住民らが「まつさか香肌挟環境対策委員会」を結成し、これまでに「松阪蓮ウィンドファーム」事業計画の白紙撤回を求めて勉強会や署名活動などをおこない、先日の市議会では提出した請願が可決されるまでに至った。これは、古くて新しい「風車病」騒動であり、この地域が10年以上前から抱えている問題。

 同団体はサイト上で「この風力発電事業に附随して心配される主な事柄」として「土砂災害の危険」「水質汚濁の問題」「残土処理問題」「生態系への影響」「バードストライク」「低周波音」「シャドーフリッカー」「騒音・大気汚染」を挙げ、事業者から得た「公開質問状」の回答や、昨年の地区ごとの住民説明会における事業者作成の会議録も公開している。

 やはり、特徴として、同団体もまた風力発電を否定する英語圏のデマや噂、つくり話中心に本を書いた人物を指南役として受け入れている。なので、紛争がエスカレートする可能性は否めない。どのメディアも報じないが、例えば、過去に山口の下関で一部の住民が事業者の計測機器を壊して損害賠償を請求されたり、岐阜の大垣では警察が住民を違法に監視する事件にまで発展した紛争の背景にも、この人物の関与と「風車病」がある。

 反対運動の場で「先生」と慕われる本人の言動には、常に疑問がつきまとう。先の会議録の一つによると、本人は数年前に同じ事業者リニューアブル・ジャパンによる別の事業計画「松阪飯南ウィンドファーム」の住民説明会で関係者から暴力を振るわれて手を骨折したとして係争中らしいが、当時の目撃者は事業者側の潔白を訴えている。検索すると、本人と運動仲間による当時のSNSやブログでの被害報告の投稿は見つかるものの、それ以上の情報は出てこない。一方で、他の会議録には今回の「松阪蓮ウィンドファーム」で一部の住民が事業者に暴言を吐いたり、暴力をちらつかせたり、金銭の要求を示唆するような様子まで記されていて、伊勢新聞も報じている。

 次に、本人は講演などの際、風力発電には火力発電が常に待機していてCO2の削減にならないとか、風力の発電量は僅かで火力の蒸気を逃がして調節しているといった、これもまた英語圏で昔からあるような化石燃料業界由来のプロパガンダを織り交ぜて話すが、名指しの四日市にある火力発電所は出力制御で蒸気を逃がすようなことはないと、中部電力のグループ企業であるシーテックの担当者が自社の風力発電事業計画に対する意見に回答している。

 他に、青山高原で風車稼働後に相次ぐ土砂崩れが放置されているといった苦情にも、シーテックや同じ中部電力のグループ企業であるAWFは、それぞれの発電所施設の敷地内の土砂の崩落は雨によるもので修復や点検、経過観察などをおこない、県や関係者に報告を済ませているなどと回答している。以上の内容は、県や経産省「風力部会」に掲載の資料「意見概要と事業者の見解」で確認出来るので、どっちの言い分が正しいのか、どこまで心配すべきなのかの判断に繋がる。

 もう一つ、風車に反対する理由として有名なのが、豪ウォータールーでは住民らが風車のせいで家を捨てて逃げ出してゴーストタウンになったというもの。これは完全なつくり話で、そのような事実は無い。「風車病」の実態を暴いたサイモン・チャプマンとフィオナ・クライトンによる学術論文では、現地の風力発電施設の近隣住民のうち、引っ越したが家はまだ所有しているとか、他に生活拠点があって昼間は仕事で戻ってくるとか、風力発電事業者の宿舎用途も含め、交渉して売った事例はあるが、寂れた田舎であっても風車のせいで家を捨てて逃げ出したというのは無く、ゴーストタウンには結びつかない。こんなつくり話を今も平然と広めている人物に、どれ程の信頼があるのか?

 本来、このようなファクトチェックは報道機関の役割だが、それこそ、ずっと放置されているので世間に「風説」「風評」が広がり続ける。不安や恐怖、苛立ちや憎悪を煽る疑似科学は、人の判断を狂わせ、冷静さを失わせる。エスカレートではなく、ディエスカレートさせるには事態の可視化の徹底、そのためにはまず科学的見地から「風車病」を批判する専門家の存在が欠かせないが、どうやら日本には未だに一人もいない模様。日本語で調べても、英語圏では周知の事実である「ノセボ効果」との関連の記述が、ほとんど見つからない。

 あらゆる情報が飛び交う中で、社会全体が心理的影響を甘く見過ぎているように思う。それは、気候危機や生態系危機に関する教育が遅れているのと無関係ではないだろう。

10/21/2022 加筆修正済

参考:

「風力発電反対請願」が可決 松阪市議会閉会 三重
https://www.isenp.co.jp/2022/10/20/83013/

「まる見えリポート」風力発電所建設計画、議会に反対請願上程 事業者は反論、計画見直し
https://www.isenp.co.jp/2022/09/19/81288/

まつさか香肌峡新聞第7号
https://jimdo-storage.global.ssl.fastly.net/file/217e7f73-ef81-489f-a751-870015ed1761/20220909_%E3%81%BE%E3%81%A4%E3%81%95%E3%81%8B%E9%A6%99%E8%82%8C%E5%B3%A1%E6%96%B0%E8%81%9E_vol7_ver2.pdf

令和3年11月に行われた住民説明会の議事録が事業社から提出されています 
https://www.kahadakyo-eco.com/%E9%A2%A8%E5%8A%9B%E7%99%BA%E9%9B%BB%E6%89%80%E5%BB%BA%E8%A8%AD%E8%A8%88%E7%94%BB%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6/

(仮称)ウインドパーク布引北風力発電事業環境影響評価準備書についての 意見の概要と事業者の見解
https://www.pref.mie.lg.jp/common/content/000907807.pdf

(仮称)青山高原風力発電所リプレース事業に係る環境影響評価方法書についての意見の概要と事業者の見解
https://www.meti.go.jp/shingikai/safety_security/kankyo_shinsa/furyoku/pdf/2021_006_02_02_03.pdf

Wind Turbine Syndrome: A Communicated Disease
https://ses.library.usyd.edu.au/handle/2123/17600

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