現実にまとう幻想を突き破ること

 かつての自然科学TV番組での司会や近年は自然保護団体の役員としても知られるザイヤ・トング(Ziya Tong)による2019年の本について、本人のインタビューなどを聞くと、とても興味が沸く。新型コロナやウクライナ危機の前に書かれた内容だが、世界が新たな危機を経験した分、説得力が増している。いわば、レイチェル・カーソン(Rachel Carson)の「沈黙の春」(Silent Spring)の現代版と言ってもいいかもしれない。

 本の題名“The Reality Bubble”は、「現実にまとう幻想」または「盲点だらけの現実」のこと。現実と言っても人々が見ているのは決して一つではなく、全く同じでも無いし、言うなれば、「社会経済活動」に都合良くつくられたものだが、多くは、その中で生活している。そのため、その周りには普段は気づかない「盲点」が数多く存在する。

 ザイヤは、その習慣の外側にある「実態」を自身のこれまでの取材経験をもとに、それぞれの現場の科学者たちの「レンズ」を通して描き出している。肉眼では見えないものには特殊な機器や検査を用いて明らかにするなど、幻想をどこまでも突き破って、それまで隠されていた真実に気づかせてくれる。

 例えば、米国フロリダのサーファーたちに生じた謎の体調不良は、昼間は綺麗に見えるビーチでも夜間にUVライトで照らすとオレンジ色に浮かび上がる、大手石油企業BPの原油流出事故によって200km先から流れ着いた油が原因だったことを挙げている。そのように、科学的検証無しには見えてこなかった実態こそが、現在の危機であると警鐘を鳴らしている。

 「ポスト真実」という言葉があるように、人は見たいものしか見ようとしない傾向がある。ザイヤ自身、SNSでは猫などペットの動物の写真や動画の投稿は人気があって瞬時に拡散される一方で、「アニマルライツ」に関するものはほとんど反応が無くてフォロワーが減るという。それは、動物をありのまま受け入れているのではなく、ある種の「画」(caricature)に変換して消費している証拠。

 自分たちの食料やエネルギーがどこから来るのか、ゴミがどこに行くのかは一つの着眼点になる。というのも、今日、社会の隅々まで監視カメラがあるのに、それらの仕組みや様子をありのまま映し出すことはない。また、人間は地球上で最強の生き物なって自然を貪り続け、環境を破壊し続けてきた余り、自らが招いた最大の危機なのに、この先どう生き残るのかすら分からなくなっている。直視すべきは、その皮肉な姿。

 見たいものを見続けているだけでは、前代未聞の危機は解決出来ない。解決したいなら、見せられているものの背後にも目を向けること。誰も好んで「無知」を選ぶわけではないし、その気づきの先で見える世界なら、コミュニケーションは成立するかもしれない。

 自然に恋をし、知性とユーモアで、そんなことを教えてくれる。複眼で捉える人類学的アプローチは、本人の西洋と東洋のルーツにも深く関係していて、もっと知りたくなる。


参考:

How sharks and psychopaths prepared her for tackling the climate crisis
Saphia Khambalia Published on Apr. 22, 2023
https://www.theweathernetwork.com/en/news/climate/solutions/changemakers-ziya-tong-on-a-mission-to-wake-up-the-world-to-climate-realities

Bursting the Reality Bubble w/ Ziya Tong
https://open.spotify.com/episode/3sn6EB06eEFg4vAdZ3E6FK

The Reality Bubble
How Science Reveals the Hidden Truths that Shape Our World
By Ziya Tong
https://www.penguinrandomhouse.com/books/568675/the-reality-bubble-by-ziya-tong/