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14-(7) 始まり始まり

その時、ぱっと明かりが消えて、会場は暗くなった。マリ子はあわてて、 裕子のそばをはなれた。

幕がするすると開いた。ウェンディたちの子どもべやの場面が現れた。

裕子のナレーションが、なめらかに流れ始めた。

「ここはロンドンのケンジントン区14番地、ダーリング家の4階にある 子どもべやです。おとうさんとおかあさんは、この夜、近くの家のパーテイに出かけて、留守でした。家にいるのは、眠っている3人の子どもたち、 ウエンデイとマイケルとジョン。それからお手伝いのライザと、ニューファウンドランド犬で、乳母の役目をしているナナだけでした。・・」

さあ、マリ子の出番だ。大きく息を吸って、マリ子は舞台に飛び出した。

まずは得意の連続側転で登場だ。くるくるくる、両手をつっぱり、たてつづけに3回横に回転した。ほう! と会場に息をのむ感じと、どよめきが起こった。うまくいった!

妖精のティンカー・ベル役の小川妙子も、両手を広げてくるくるまわり  ながら、ついてくる。

マリ子は身軽にへやの中をとびまわり、3段のとび箱をベッドに見立てて、眠っているウェンディたちの上も、ピーターの影をさがして見つけるが、うまくくっつけられない。ウェンディにぬいつけてもらう。

3人の子どもたちと、空を飛ぶ場面は、閉じた幕の前を、両手をひらひらさせながら、走りぬけた。ここでも先頭をいくマリ子が連続側転をやって、 あやうく舞台から落ちそうになって、笑いが起こった。この頃には、マリ子のドキドキは、すっかりおさまっていた。

場面はどんどん進み、人魚たちのしっぽも、インディアンや海賊のいでたちも、迷子のかわいらしさも、拍手や笑いをさそった。会場じゅうが舞台に ひきつけられているのが、マリ子にもよくわかった。ひとりでに顔がゆるんで、にこにこしてしまう。

会場が一番わいたのは、金子先生のワニだったかもしれない。とにかくでっかいワニだった。大きなワニ頭の面をかぶり、こけ色のカーテンの衣装を、しっぽのようにうしろに引きずっている。胸には大きな時計をぶらさげ、 せりふといったら、コチ、コチ、コチ、コチと時計の音だけ。

その姿で両腕を広げて、フック船長に迫るものだから、船長が逃げまどうのもムリはない迫力だった。

海賊船の上の戦いの場面では、マリ子はむちゅうになりすぎて、いっしゅんせりふが消えてしまった。裕子がささやいてくれたせりふは、なんとマイクに乗って、会場に大きく聞こえてしまった。大失敗だったが、大笑いも生んだ。

でも、そのすぐ後、帆げたに見立てた8段のとび箱の上へ、マリ子はさっと飛び乗った。その上でさかだちをして、片手をはずし、それからひらりと 回転して、飛びおりると、大きな拍手が起こった。

刀をふりまわすフック船長とやりあって、ひらりひらりととびまわるうちに、つい連続側転を使って逃げたら、いきおいあまって、舞台からはね  上がって、そのまま舞台の外へ落ちてしまった。ああっ! という叫びが 会場に広がった。

マリ子は舞台前の半円のまん中に、すとんと足から落ちてすっくと立ち、 にっこり笑った。だいじょうぶ、と思わず片手を上げてしまった。とたんに、わあっと安堵の歓声に変わった。マリ子はすぐに舞台に片手をついて、ひらりと戻った。

割れるような拍手、というのは、このことなんだ、とマリ子は初めてわかった。失敗どころか、最初からこうするつもりだったみたいな、自然ななり ゆきに思えた。

劇そのものは、あちこちハチャメチャなところもあった。舞台の上から楽屋をまわって、全員が追いかけあう場面では、ごたごたがいくつも起こった。迷子のひとりは、階段で転んで足をひきずり、泣き泣き追いかけた。反対 向きに走りだすのもいて、押し合いにもなった。

インディアンの酋長は、大きすぎる羽根かざりが、海賊の棒にひっかかって、はずれてしまった。フック船長のかぎの義手がふっとんだり、刀が折れたり、笑われる場面が何度もあった。

だいたい、ワニの金子先生が、コチコチコチのせりふの代わりに、吹き出してしまった場面もあった。

でも、ウエンデイたちの子どもべやに帰る最後の場面が終って、ふた組全員が、舞台に押しあいへしあいしながら並ぶと、いやはや、講堂が爆発する ような拍手をあびることになった。

中学生たちは、思いっきり口笛を鳴らし、わめいた。舞台の上でも下でも、手をふりあって、みんなにこにこしていた。

鳴り止まない拍手の中、マリ子はみんなの真ん中に立って、何度もおじぎをくり返した。

いすに座ったままの田中先生が、拍手している姿が、マリ子の目に残った。先生は長く長く拍手していた。

マリ子は最後にくるっとさかだちして、片手をバイバイと振って、劇の終わりをしめくくった。マリ子の心に、大きな大きな満足感があった。

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