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5章-(4) みさの2つの夢

朝食前に啓一が朝の卵をとる時の、雄鶏除けの手伝いをかよがし終えると、
「もひとつ仕事ができたんじゃ。作造おっちゃんに頼まれとってな。ねえ ちゃん、待っててぇな」                                                                                        と言い残して、急いで卵をじいちゃんちと、屋敷の台所に届けに走った。

かよが何事だろうと待っていると、啓一は肥料の空き袋と十能じゅうのうを持って、戻ってきた。

「鶏の糞を集めてぇてくれ、て言われたんじゃ。代わりに鶏小屋作っちゃる、じゃて。ヒヨコが育ちゃ、狭うなるけん、でっけぇ小屋か、小屋をもうひとつ欲しいけん、糞集めを引き受けたんじゃ」

かよにはわかった。あばれの作造は、本気でスイカ作りをするため、肥料が欲しいのだ。結いから戻ったら、鶏小屋作りを始めるのだろう。

「ご飯前に忙しいんな。啓ちゃん、ようやっとるわ。保ちゃんのござも出しとるし」

かよはもう一度、笹竹を小屋の編み目から突き出して、雄鶏をけん制して やった。啓一はその間に、小屋の中をほうきではいて、十能に糞を集め、 袋に何度もためていった。今まで、掃除などめったにしなかった分、糞は かなりたまっていた。それを鶏小屋の裏に隠して、袋の口近くまでもう少し集めてから、おっちゃんに渡すのだと言う。

「腹へったぁ! 飯食って、学校行くでぇ」

啓一はじいちゃん宅へ駆けもどって行った。かよも台所へ食事に戻った。

おつる様のおむつを替えてから、おシズさんに後をお願いして、かよは学校へ行くための普段着に着替えた。この粗末な姿は、おつる様には見せない ことにしている。

門のひさしの下にござが敷いてあり、喜平おじさんが保くんを抱いて、座らせてくれていた。

啓一が元気にじいちゃんちを飛び出してきて、かよを抜いて門を出る間際に、保くんと手を振り合って、階段を駆け下りて行った。かよも保くんと 手を振り合って出かけるようになっていた。

みさが道ばたで、かよを見つけて手をふっているのが見えていた。かよは 急ぎ足になった。旦那様との話を、作造おっちゃんに話してはいけないのはわかっていたが、みさには内緒で話してあげたかった。

みさは会うとさっそく、かよが話し出すより先に、こう言った。     「うちな、夕べからずうっと考えとったんじゃ。うち、もちっと大きうなったら、かよちゃんのあんちゃんの、嫁になりてぇんじゃ。ええと思わん?」

かよはびっくりして、立ち止まってしまった。

「そげんこと考えよったん! 早すぎるが、まだ10じゃろ?」    「うちは11じゃが。あんちゃんはいくつ?」            「14じゃけど」                         「3つ違いはちょうどええと思わん? うち、あんちゃんがいっぺんで好きになったんじゃもん。とうちゃんと違うて、どっしりしとって、よう笑うて、やさしいし」

みさは嬉しそうに、その考えにうっとりしてるみたいだ。

「うちが15になったら、ええじゃろ。今度帰ったら、あんちゃんに言う とってな。せぇまでにお手玉作っとくけん」

かよは目を丸くしたまま、でもな、と言ってみた。

「うちはすっげぇ貧乏なんよ。あんちゃんは本家の手ごうしたり、荒れ地を本家のために開墾して、少しは土地をもらえるけど、とうちゃんといっしょに中島へ出稼ぎに行ったりで、いっつも貧乏しとるんよ」

「貧乏なら、うちの方が負けんで。かよちゃんとこは、2反の持ち田があるじゃろ。うちは全部お屋敷にとられて、小作させてもらうだけじゃもん」

そう言った後で、急にほこ先をかよに向けてきた。          「かよちゃんは、反対なん? あんちゃんの嫁になるの、いやなん?」

かよは大きく首を振った。

「みさちゃんが、うちのお姉さんになってくれることじゃもの。すっごく うれしいよ。ただ、あんまり急な話じゃったけん・・せぇに年考えてみ、 話が早すぎるもん」

みさはクククと笑った。

「えかったぁ、おっきな夢ができて、うれしいわ。あんな、うち、もひとつ夢があるんじゃ。とうちゃんとこに、だれか嫁さんが来てくれんかなぁ」

ええっ? かよは、またまた、たまげてしまった。。

「そげんことも考えとるん?」                   「そりゃそうじゃ。とうちゃん、ひとり置いて行けんもん。うちがご飯炊いて、洗濯して、縫い物して、家のことやっとるけん、とうちゃん、生きとられるけど、ひとりになったらどげんするかと思うたら、哀しうなるんじゃ」  

ええとこあるなぁ、とかよはみさが愛おしくなった。         「ほんまに、ええ人がいてるとええなぁ」

話は思いがけないことになってしまって、旦那様の話を言い出せないうちに、学校へ着いてしまった。 帰りに話そう、とかよは思った。

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