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四章(12)妃殿下を間近で・・

3年生の5月半ば頃だったと思う。シェイ研の公演も終ったので、私は本舘近くの小道を、児童文学の部室へ向かっていた。校門の方から真っ直ぐに 進んで来ていた行列が、もう間近に迫っている事に気づいて、私は足を止め何の行列かと注目した。

なんと、その中央においでの方は、美智子妃殿下だった。両脇にも背後にも何人ものお付きの方に囲まれておいでだった。

ほんの数メートルの近さで、そのお姿を拝見して、私は胸がドキンと音を 立てたほど、激しく動揺していた。2年以上前に、親友の知代と新聞の切り抜きのやり取りをした時の、新聞紙上で拝見した、ふっくらと健康そうな 写真のお方とは、まるで別人のようだった。細くお痩せになって、青白いと拝見したほど、顔色が失せていた。8キロか10キロ以上、いやもっとお痩せになったのでは・・。テニスで鍛えられて、しっかりした健康そうなお方ねと、知代と喜ばしく語り合っていたのに、この短い間に、どれほどの思いを味わいなさってこられたことか、と察せられた。

民間から皇室にお入りになられたことで、様々な取り沙汰がされていることを、週刊誌などで、いまだに反対を続けておられる皇族の方たちのことや、宮中での習わしの違いなどに触れている記事を読んだこともあった。入浴はおひとりではさせてもらえず、お付きの人に全身を洗われるとか。ご自分でご自分の身体に触れるという、不浄なことはおさせしないことが決まりなのだとか・・。

民間人としての暮らしの中で、伸び伸びとお育ちになった妃殿下が、信じ られないほどの旧式な習わしに縛られておいでなのだと、その時のお姿から 察せられた。

後に体調を崩されたり、声がお出にならなくなったりされたのも、積もり 積もった精神的な重圧の集積のせいゆえだったのでは・・。お付きの方々は〈古くからの習わし〉を繋ぐことを、第一と考えておられるのだろうか。 世界は、時代は、どんどん移り変わっているというのに・・。

それでも、妃殿下は皇太子殿下のお支えのもと、その後のお子様育てや、 児童文学の世界のIBBYでのご発言など、美智子様らしい道筋を、開いてこられたことに、よくぞ忍耐強く乗り越えられたと、称賛と崇敬の思いは、 高校生の あの頃よりも、さらにぐんと深まり続けている。今は上皇様共々、折ある毎に,被災地などを巡っておられる。ご長命で日々笑み多く過ごされますようにと、心からお祈り申し上げつつ・・。

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