5章-(7) 鶏小屋完成まで
啓一はある日、旦那様の朝の散歩の時間を見はからって、早起きして草取りの道具を持ち、旦那様を追って行った。走って旦那様の前の方まで行き、草を刈ってみせたり、行きつ戻りつして、旦那様の気を引いた。
「啓一じゃったな。お前は何をしよんじゃ。その草は何のためじゃ?」
啓一は待ってました、とばかり、勢い込んで話し始めた。 「わし、前から鶏を飼うとって、今増やしょうるんです。ヒヨコの8羽も 入れて、全部で25羽くれぇおって、今雌鶏が1羽卵を温めとるけん、また10羽以上増えるんです。作造おっちゃんに、おっきな鶏小屋作ってちぅて約束したんじゃけど、じいちゃんとこの庭じゃ狭すぎて、どっかに、鶏小屋を作らせてもらえんかと、旦那様にお願ぇしとうて・・」
「ハハ、せえでわしを待っとったんか。ふむ、鶏が多けりゃ、臭ぇのと鳴き声で、迷惑千万なんじゃが、毎日卵を食べさしてもろうとるし、屋敷の遠い隅の方じゃったら、まあええな。北の4番目の納屋の外側ならどうじゃ?」
「ありがとうごぜえます。わし、作造おっちゃんに、そこん所に小屋を建ててもれぇます」 「ほう、作造と仲がええんか。あいつは、気の荒ぇすぐ怒るやつじゃろが」
「いや、そげんこと、ぜんぜんねぇです。わしに鶏の糞を集めてくれ、言うて、その代わりに、鶏小屋作ってくれるて言うたんです。すげぇ優しうて、怒ったりやこ、いっぺんもねぇです。竹とんぼやこまや船を作ってくれるし、竹ひごの作り方を教ぇてくれよるし」
「ほう、そうなんか。子どもにゃ、そうなんか。ハハ、作造の奴、スイカの肥料を、うめぇこと考えおったな、ハハ、お前が鶏の糞でその助けをしとったんか。まあええわ、スイカの出来映えがどうなるか、楽しみにしとくわ」
旦那様は機嫌良く散歩を続け、啓一は有頂天になって、草取りなんか後まわしとばかり、まっしぐらに六地蔵脇の家へ走って行くと、息を切らしながら叫んだ。 「おっちゃん、鶏小屋の場所がもらえたで。旦那様が4番目の納屋の外側に、作ってええじゃと。スイカ畑のこと、なあんも怒っとらんかった。わしの鶏の糞を集めて、おっちゃんに上げとる話したら、スイカの肥料をうめぇこと考えたな、啓一が助けとったんか、て笑うてじゃった」
「おう、そいつぁええこと聞いたわ。旦那は、承知の上じゃったんか。わしにあの田んぼを、スイカの田んぼにさせてくれよったんか。旦那、ええとこあるじゃねぇか。ハハハ、ええ話もって来よって、こりゃ、早ぇえとこ、鶏小屋の仕事にかからにゃおえんのう」
おっちゃんは機嫌良さそうに、土間の端の板の山を指さした。 「屋根の結いに、親戚に行ったろが。あんとき、いらん板は大八車に乗せて、皆もろうて来たんじゃ。何でも作れるけんの。おっきいのができるで」
台所の方で、いい匂いをさせていたみさが、わんに味噌汁を入れて、啓一に差し出した。 「芋と菜っ葉しか入っとらんけど、朝飯まだじゃろ?」 「うん、ありがと。うわあ、うんめぇ」と啓一。 「じゃろが。みさの作るもんは何でもうめぇんじゃ。みそも自分で作りょうるしのう」
「とうちゃん、そげなこと言ようたら、うち嫁に行かれんが。一生とうちゃんの飯作りやこ、いやじゃけんね」 「ハハハ、その年で、ませたこと言いおって。まあ、20ぐれぇまでは、 作ってくれや」 「そげん遅うまでやこ、いやじゃ。うちは15で嫁に行くけんね。その後、とうちゃん、どげんすんなら。そうじゃ、とうちゃん、嫁さんもろうたら。とうちゃん、しわはあるけぇど、かっこええもん」
「嫁さんか、へへ、そいつぁええのう。みさがおるけん、思わんじゃったが。へへ、みさがそう言うてくれるんなら、考えんでもねぇな。良さそうな人がおったら、教えてくれぇや」
「おっちゃん、嫁さんもらう前に、早う鶏小屋作ってくれにゃ。あの板運んで、4番目の納屋の外側で、最初から作らんと。作ってからじゃ、大きうて運べんで」 「そりゃそうじゃ。よっしゃ、わかった、今日の田んぼの仕事が終ったら、板を運ぶわ」 「わしも学校から帰ったら、運ぶのてごうするわ」
こうして、啓一の鶏小屋は、作造おっちゃんの手で、田仕事の間に1週間かけて、出来上がった。中に止まり木もあり、卵を産む箱あり、卵をかえす時に、何日も座る、居心地良さそうに、藁を厚く入れた箱も2つあった。えさと水やりには、板さえ持ち上げれば、簡単に注ぐことができた。卵を取るのも、裏手に回って、板を上げ下げすれば、これも簡単に手を入れられそうだ。雄鶏を怖がらずにうまくいきそうで、啓一は大喜びした。