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 7-(5) かねばあちゃん!

「あんたかな。あんたじゃな! ほんなら、言うちゃる。ようく、聞いとけ。地蔵まつりはな、子どもらがどうぞぶじに大きうに、ええ子に育つように、と言うてお祈りして祝うもんじゃ」

ばあちゃんは腹の底からふりしぼるような声で、マリ子にぶつけた。

「接待というても、米がなけりゃないで、ほかになんぼでも方法はある。 せんべいでもええし、ふかしいもでもビスケットでもええ。当番の家で、 自分の身はばに合うた接待をすりゃええ。地蔵さまじゃて、それでええ、 と言うてくださるはずじゃ」

よけいなおせわだったんだ。うなだれたマリ子の目に涙がにじんだ。

「そりゃあな、竹次さんや正太さんとこや俊雄ちゃんとこは、大百姓じゃけ、黒豆入りやあずき飯の、顔ほどでっけぇおにぎりを配って、どぎもを ぬいてくれたけど、わしらが同じことをする必要はねぇ。わしじゃってな、ちゃんちゃんと前から心づもりをしてあったんじゃ」

ばあちゃんは腹立たしそうに、口をゆがめた。良二が寝床から、得意そうに叫んだ。

「兄ちゃんが横浜の乾物屋で働いとんじゃ。そこから、いっぺぇ送ってくれたんぞ」

すると、ばあちゃんの声の調子が急に変わった。やわらいで静まってきたのだが、口元がふるえてゆがんでいた。泣き出すのでは、とマリ子はドキドキして目を伏せた。

「わしゃ、ええ孫に恵まれてのう。幸一が1年もかけてな。給料の中から 金をためて、米や材料をいろいろ送ってくれたけん、おかげで豪勢な接待ができるんじゃ」

「でっけぇチョコレートも送ってきたんぞ」

良二のはずんだ声に、しげるがマリ子をつついた。あれはほんとだったんだ。良二はあとさきも考えず一度にひとりで食べて、お腹をこわしたのだ。

「さあさあ、その米は持って帰り! 家からくすねてきた米をもろうて、 それで接待なぞしたら、お地蔵さんに申し訳が立たんわ!」

3人は背中を押されて、追い出された。

「あした、地蔵さまで待っとるけーん」

良二は回復が早いらしい。大きな声が外まで聞こえてきた。


「怒らしてしもた」
正太がぽつんと言った。3人の足は、竹次さんの家の塀のまがり角で、  止まってしまった。

マリ子も思い知らされていた。人助けって、なんて難しいんだろう。いい 思いつき、と自慢したいくらいだったのに。マリ子の浅はかな思いつきは、どこかがまちがっていたのだ。

前もって、ばあちゃんに助けがいるのか、きけばよかったのか。それとも、おとうさんたちに相談すればよかったのか・・。

マリ子は首をかしげた。とにかく、へたなことをすると、相手を怒らせる こともあるのだ。

「この米どうすりゃあ」
正太がふくろをたたいた。それを持ったまま、家に帰るわけにはいかない。持ったまま村道を歩くわけにもいかなかった。

3人はいつのまにか、良二の家よりももっと奥の、小沼の方へむかって  いた。夕暮れが少しずつせまっていた。

正太は考えあぐねたように、マリ子にきいた。
「マリッペ、なんでもええ、思いついたことを言うてみい」

「どっかでたいて、みんなでおにぎり作って食べたら」

マリ子がやっとのことでそう言うと、しげるがすぐに反対した。

「そりゃおえん。きょねん俊雄が山でたき火して、山火事起こしたけん、 村中で火はうるせぇんじゃ」

「ほんなら、みんなに返せば?」

「8けんもありゃ、返す時にだれか見つかって、ぜんぶがばれることもあるけん」
と、正太が重い声で言った。

「そりゃある。俊雄はあぶねぇ、あぶねぇ」
しげるはきっぱり言って、苦笑いした。

「マリッペが全部持って帰って、米びつに入れとけ。わしらもほかのやつらも、米ならなんぼでもあるけん」

正太の案に、しげるがすぐにうなずいた。
「それがええ。きまりじゃ。ああ、腹へった」
と、2人に押し切られてしまった。

マリ子が米ぶくろを持って帰ると、家中の窓に明かりがついていた。みんなが帰っているのだ。ふくろが急に大きく重くなった気がした。

とにかくどこかにかくさなきゃ。マリ子は、外の物置のからの植木鉢の中にかくして、その上に道具箱を乗せておいた。胸がドキドキしていた。とてつもなく悪いことをしている気がして・・。

それに、気の毒なおばあさんのために、お米を集めようと言い出した自分が、みんなのお米をもらうのは、なんとも後味が悪いのだった。

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