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3章-(3) 悪名高きハードウイックのベス

● 6月19日 : 旅程:イーリー →→チャッツワース(で昼食)→→ デシック (=バビントンのマナーハウス) →→ ウイングフィールドの廃墟見学 →→ ホテル(ブラッドサル・プライオリ)へ戻る。

● バスの運転手はアラン氏。窓の外には、「ストーン・ヘッジ」らしい石垣が、はるかな地平線まで、縦横に連なっていて、遠目には大きな碁盤目のように見える。隣の所有地との境界を、石を積んだだけの塀で示しているのだ。地震のない国なのだろう。

いつ見ても、羊、馬、牛ののんびりした姿だけ。どこにも人影はなく、羊飼いや農民はどこにいるのだろうと、皆で不思議がる。

◆《チャッツワース》に到着。  デボンシャー公爵の壮麗な屋敷。メアリー女王がこの舘にも一時期幽閉されていた。10:40~1:00まで見学した。

中へ入ると、どの部屋も壁から天井にいたるまで、豪華に賑やかにカラフルな絵が踊っていて、日本の城の簡素さと何と言う違い! 家康の日光東照宮がカラフルとは言っても、桁違いの規模だ。絵画、天井画、家具、収集品のすべてが、いずれもヨーロッパの一級品を集めた感がある。

力強く、華麗で重厚。デッサン力、色彩感覚、躍動感がすばらしい。収集品の陶器、歴代当主や家族の肖像画の列、寝室、図書室の蔵書類、子ども用のゆりかごや乳母車、そりにいたるまで、精巧、美麗、豪奢の極みだ。これで、イギリスの貴族屋敷の中では、それほど大きくはなく、中くらいというのだから、財力、国力の底力と言うべきか。

● チャッツワースそのものは『時の旅人』に直接には登場しないが、この   チャッツワースを建てた女主人=「ハードウイックのベス(1527-1608) 」が、幽閉中のメアリー女王と、面白い絡み合いをしていることが、物語の  そこここに見える。実際の「旅」から少し脱線して、しばらく『時の旅人』の物語背景をたどってみよう。

●  ベスの本名はたぶんエリザベスだろうが、正式名は不明。詳しいチャッツワースの英文パンフレットにも「ハードウイックのベス」としかない。傑作建築遺産として今に残るチェストアーフィールドに近い「ハードウイック・ホール」を、ベスが建造させたため、その愛称で呼ばれたのだろう。

● 彼女はよほど悪名高い人物だったらしく、名前の前に付けられる形容詞が、the famous (かの有名な) とか、the redoubtable (あの恐るべき・侮りがたい) であったことは、当時それほどに財力を誇っていたからでもある。    4人の夫と結婚のたびに財産を殖やし、次々に夫に先立たれ、勇名を馳せていたためと思われる。最初の結婚についての記述はないが、おそらく20歳前後で早くも死別しているもよう。

● 2人目は22歳年上の「ウイリアム・キャベンディッシュ (1505-57)で、彼はヘンリー8世の「僧院解体責任長官の1人」として、当時隆盛を極めた。修道院の領地を持っていたが、ベスに説得され、洪水が起こりがちではあるが、荒野に阻まれ、東部へは出にくい立地条件のこの地に移った。子どもは彼との間にのみ生まれたため、キャベンデイッシュの名が受け継がれた。。

●  ベスが25歳で次男が生まれ、夫妻で『チャッツワース屋敷』建造に     着手。5年後ベス30歳で夫は死去。

● 3人目は「ウイリアム・セント・ロウ郷」。ベス38歳で彼も死去。

● 4人目が1歳年下の「6代目シュリューズベリー伯爵 (1528-96) 」で、 ベス40歳の1567年再婚。伯爵は1569年7月、エリザベス1世から「メアリー女王の保管係」に指名された。
この時、妻のベスは42歳。メアリー女王は27歳であった。

● 伝記作家として世界的に有名なツヴァイクの『メアリー・スチュアート』によれば:
「シュリューズベリー伯爵ジョージ・タルボットはまことの貴族、紳士。 北部中部に大領地と9つの城を持ち、官位栄達から離れた生活をしていた。メアリー女王を預かるのは、難しい役目で、客であって囚人、自由は制限、厳しくだがうやうやしく、女王にして女王ではない扱いをせねばならない」

ところが、妻のベスが絶えず、エリザベス女王に密告しては、夫を絶望に陥れる。ベスはお天気屋だったらしく、エリザベス女王に味方したり反対したり、メアリー女王側に寝返って、エリザベス女王の悪口や裏話を細かにメアリーに告げ口したり、陰謀を企んだり、と実直な夫を困惑させ続けた。

● メアリー女王は処刑される前年、エリザベス女王に宛てて憤怒に駆られて、女対女の激しい手紙を送っている。そのきっかけは「根性の悪い告げ口屋」の伯爵夫人ベスだった。ベスがヒステリーを起こした時、メアリー女王が、夫のシュルーズベリー伯爵とねんごろな仲になっていると罵り、この スキャンダルニュースを、スパイから手にしたエリザベス女王が、即刻外国の宮廷に流し、メアリーの信望を故意に貶めたためだった。

● メアリー女王はいきり立ち、伯爵夫人に膝を屈させてその嘘を撤回させ、謝らせる一方、エリザベス女王には、日頃、伯爵夫人ベスがどのようにエリザベスのことを伝えているか、あらいざらい手紙でぶちまけた。

その内容がすさまじい! 女王の召使いへの意地悪な仕打ちや悪い性質のこと。エリザベスの足には、化膿性のできものがあると、父親ヘンリー8世の    梅毒遺伝のあてこすりし。エリザベスが女性としては不完全な体で、性行為の完全な達成までいきつけない、子どもを持つどころか結婚など実現できるはずもない。○○侯爵との結婚を画策した人達は愚かしいの一語につきる、と書き送ったのだ。

● エリザベスがひた隠しにしている秘密に恐るべき一撃を加えたこの手紙のために、本来は従妹同士の2人は、決定的に決裂し、修復不可能となった。
 
常に優柔不断で、命令を二転三転させるエリザベスだが、それ以後、腹心の部下たち  ( ウオールシンガムやジフォードなど )  が、ひそかに画策していた「バビントン謀反計画」を黙認し、彼らに年金を与えてねぎらうなど、最終的にメアリー女王抹殺計画に加担していくことになる。


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