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   8-(5) 決闘本番!

「自分の作品じゃないけん、特等席は恥ずかしうなったからです!」

先生はいっしゅん絶句した。

「・・そこに持っとるんか?」
「破ってすてました!」

先生はいよいよ言葉につまった。ふり上げたこぶしを、どこに落としていいものか、もって行き場がなくなったのだ。なんちゅうことか、とかなんとか、もごもご言いかけて、最後にどなった。

「さいしょから自分でやったもんを。提出するもんじゃ、わかったか!」
「はい、わかりました!」

マリ子ははればれしていた。まわりじゅうでささやき声がきこえた。   マリッペでも、しかられたが!

先生、そのちょうし! もっとどなってほしいくらいだ。ひいきもんの汚名を、ぶちこわしてやりたいのだから。

ところが、鐘が鳴って、休み時間になると、昭一がさっそく声を上げた。

「やっぱ、ひいきもんはちがうのう」

マリ子は水をぶっかけられたような気がした。

「まだ、そげんことを言う気?」
「あたりめえじゃあ。わしらじゃったら、なぐられて、すわらされて、  もっとすげえことになっとらあ。ひいきもんは注意だけじゃ」

マリ子はまたムカムカしてきた。あまりにも図星だった。タヌキならその通りするだろう。どうすればマリ子は、この〈がんじがらめ〉からのがれられる?

「決闘してあんたが負けたら、2度とひいきやこ言わさんけん、わかった?」

マリ子は強気に出るしかなかった。

昭一はにやにやしていたが、マリ子がさっさと先に立って、教室を出ると、ついてきた。もちろん、2組のほとんどの男子がついてきた。止めるどころか、こんな面白い見物みものはない、と痛快がっている。

「マリちゃん!」
三上裕子が心配そうに追ってきた。ほかにもパラパラと女子が加わった。 でも、あゆ子たち数人は最後まで教室に残って、ちらちらこちらを見ながら、雑誌をかこんでいた。

お兄ちゃんと相談して、場所は校舎の裏手の、クスノキの下に決めていた。そこは人気ひとけの少ない、職員室からは遠い場所だった。

マリ子はそこに着くと、ふりむいた。それから、決闘のことをきかせて  やった。

「ほんまの決闘は、つきそい人が2人ずつおって、武器でやるんじゃ。  うちら、子どもじゃけん、つきそい人なしで、武器なしでええな」

「武器あり、でもええで」
昭一はにやにやしている。自信ありそうだ。

「あほ、ピストルや細い3角の刀でやるんで。そげなもん、手にはいらん」
「ふうん」
「鐘が鳴ったら勝負はおわり、わかった?」
「よっし、こい!」

昭一は少し表情をひきしめて、かまえた。すぐにやっつけちゃる、という 意気ごみだ。男の子達が遠まきになった。その中に男子委員の横山和也を 見つけて、マリ子は合図と審判を頼んだ。

和也の手がおりると、あっというまに、2人のとっくみあいは始まっていた。背丈は同じくらいだが、マリ子はやせっぽち、昭一はずんぐりむっくりで、いかにも力がありそうだ。

が、マリ子には気迫があった。びんしょうさでは、抜群にまさっていた。 昭一が組みふせようとすると、けとばし、はねとばし、逃げた。かと思うと、くるっとふりむいて、頭づきをくらわせた。ひっかき合う、髪をつかむ、うでをねじる、すりぬけ、ぱっとはなれる。またぶつかり合って、転がる。

2人とも大あばれだ。服は土まみれ、顔も腕も首すじも、汗とどろで汚れていた。2人ともひっかき傷にすり傷だらけで、あちこち血をにじませて  いた。

見物の輪は、2人の動きにつれて、広がったりちぢまったりした。

マリ子がひょいと出した足にからまって、昭一がばったりうつぶせに転んだ。すかさずマリ子は馬のりになった。

「マリちゃん、がんばれ!」
女の子たちは歓声を上げた。

「ぼっけぇ! はちまんじゃ」
男子まで、笑い声を上げた。こんな時、いつも孤立している昭一には、味方がいないのだ。

マリ子が昭一をおさえつけたところで、短い休み時間のおわりの鐘が   鳴った。

「マリッペの勝ちじゃ!」

横山和也が宣言した。文句なしだった。パラパラと拍手も起こった。マリ子は昭一に手をかして、引っぱり起こした。

昭一はばつが悪そうに、口をゆがめている。

「これでおしまい。わかった?」

マリ子は昭一の背中をどんとたたいて、笑った。土ぼこりがわっと    上がった。

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