ツナギ5章(2)おすそわけ
洞では、八木村から来たハナが、早くも縫い物の中心になっていた。ハナが持ってきた4本の針と石斧に、女たちがとびついたのだ。
田畑の作業中に大揺れと大水で、家もろとも何もかも流され、八木村から せっかく布がたくさん届いたのに、洞のじっちゃが持っていた2本の針と 1本の石斧の使いまわしでは、作業は進まず、女たちはじれったい思いを していたのだった。
ハナの針は、シカの角から作ったもので、じっちゃの娘のタヨが、その昔 八木村へ嫁ぐ時に、嫁入り道具として、じっちゃが角の穴あけに時間をかけ、根気よく作って持たせたものの一部だった。布作りが特産の八木村への嫁入りには、必需品だった。太い針から細いのまでそろえてあった。
ハナは縫い物が得意で、手早かった。そればかりか、長着の前身を重ねて脇で紐結びにする、簡単でしかも重ねた腹部が暖かくなる形を作ってみせた。
両脇のすそは縫わずに開けてあるので、歩くにも楽な上に、布を切り分けるための石斧を使う回数も減るのだった。女たちは活気づいて、仕事がぐんと捗るようになった。
じっちゃはその傍らで、ワラと端布を編みこんで、沓を作り続けていた。雪道に備えているのだ。
一方、上芦尾村の男たちは、その日のうちに、イカダに組んだ14本の上に8本を重ね、イカダの後ろに13本、船の後ろにも5本引いて、満足そうに船とイカダで帰って行った。
オサとモッコヤやナメシヤたち大人は、積んだ木材があらかた無くなってしまった作業場で、埋まった木を掘り出す仕事にまた取り掛かった。
ツナギたちも周辺を駆け回って、片づけをしたり、土を踏みつけたりした。
オサは時折空を見上げては、考えこんでいる風だった。
夕方、皆で洞へ戻ると、オサはじっちゃに何事か耳打ちした。
するとじっちゃが大きく頷いて、笑顔になったのが、ツナギにも見えた。
オサはすぐに、ウオヤとモッコヤを呼んだ。
「今日は思いのほか、魚や塩がたくさん手に入った。八木村へもぜひ分けてやりたいが、ふたりで行ってはくれまいか」
ウオヤは顔を輝かせて、すぐに請け合った。八木村の実家に行かせた妻や子どもに、自分の無事を知らせることができる。
が、モッコヤの方は首を振った。
「わしは、まだ土の下に残ってる木の方が先だ。別の誰かをやってくれ」
オサが皆に声をかけると、そろって足が速く、木登り名人の2のカリヤ親子が名乗り出た。
「悪いな。このところ寝ついておるオババは、嫁さんと皆で面倒見ておく から、頼むぞ。雪が近そうだ。明日1番で出かけて、明日のうちに戻れる といいが・・」
暗くなる前に、塩と魚の荷物を3つのカゴに詰めて、出かけるばかりにしておいた。
ところが、その夜のうちに、2のカリヤのオババの様子が急変した。 ちょうど、じっちゃとヤマジのババサが、声をかけていた時だった。ツナギもじっちゃのかたわらにいた。
オババは炉の明かりの薄暗い中で、苦しそうにもがきながら、じっちゃに 言った。
「わしは・・カメには・・入れんでくれ。・・頼む・・」
じっちゃは大きくうなずきながら、オババの手を両手で揺すった。
ヤマジのババサも、オババのワラ布団に手を添えて言った。
「心配せんでええぞ。わしもいずれ、同じようにしてもらうつもりじゃ。 カメはなしで、深く掘った穴の底に、寝せてもろて、土をかけてもらう。 邪気を払う桃の木が、1本きりしかねえから、小枝を近くに挿し木して もろて、村の皆を守ることにしよう。これをわしらの遺言にしような」
「ツナギも、よう覚えとれよ」と、じっちゃが口添えした。
カリヤのオババは安心した表情になり、まもなく穏やかに息絶えた。
翌日は洞で2度目の弔いとなった。2のカリヤ親子は、八木村行きを取り やめるほかなかった。
計画そのものを中止する話も出た。しかし、ウオヤは妻子に会いたいと、 ひとりでも行くと言い張り、じっちゃが案を出した。
「せっかく荷はできているのだ、ウオヤといっしょに、ゲンとシオヤの息子と、ツナギも行ってくれるか。3人で荷を軽くし合って、大急ぎで行って 日帰りしてこい」と。
指名された3人は、顔見あわせて笑顔を見せた。よその地へ向かうのは、いつだって冒険で嬉しいものだ。シオヤの息子は夕べたらふく食べて、ぐっすり眠ったおかげで、疲れも吹き飛んだ顔をしていた。
じっちゃは、ツナギたちの背カゴに、それぞれワラ製の沓 を押しこんだ。
「万一のためにな。雪になるかもしれん」
確かに西の空に、雲が集まり広がり始めていた。
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