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   4-(1) とりひき

机の引き出しから、キャラメルの空き箱を取り出して、耳元でふってみて、マリ子はにんまりした。10円玉が25枚って、重いんだ。いそがしかった8日間の、子守手伝い賃だった。1日30円だが、最後の日に、林のおばあさんが、10円玉1枚をおまけしてくれた。

これを何に使うかな、と考え始めると、うれしい空想が広がり始める。アイスキャンデーとかチョコレートとか、そんなものに使う気はぜんぜんない。

今、マリ子の頭の中には、大きな目標が決まりつつあった。それは自分の 自転車を買うこと! 新品の、車体のしっかりしたこん色のやつ! でもぜんぜんお金はたりないなぁ。なんとかしなきゃ。

マリ子はお金の箱をだいじにしまって、それから、タタタタと階段を下りると、下のへやでおかあさんがミシンをふんでいた。カタカタカタ・・。

おかあさんはマリ子のための服地を、町から3枚分も買ってきた。川上家での手伝い賃は、ほとんど使ったらしい。もちろん、お兄ちゃんにも運動靴や本を買ってあげていたけれど。

「マリちゃん、ちょっと来て。大きさはどげんかしら?」

マリ子はしぶしぶ近寄っていった。赤字に白い水玉もようだ。マリ子はしぶい顔になる。

「ほら、かわいいでしょ。8月5日は、西浦の人みんなで海へ行くそうなんよ。マリちゃんも水着がいるもんなぁ」
「うちはこん色の、ぴちっとしたのがええのに・・」

マリ子は本音を言わずにはいられない。2年の時に買ってもらったのが、その形だった。今はもう小さすぎた。手作りより買った方が、伸びちぢみしてマリ子は好きだった。

「いいえ、こういう目立つ色がええんです。水の中で何かあっても、あそこにマリ子がいるいうて、すぐ分るでしょうが」

うえっ、目立たせる気だ。恥ずかしいよ。こんな女っぽいの!

細いゴムを下糸に使って、シャーリングを胸のところに何段も入れギャザーをよせ、肩でリボンを結ぶようにしてある。なんとも、かわいいのだ。

おかあさんはマリ子の胸に、シャーリングの部分を当ててみて、満足そうに目を細めた。いかにも楽しそうだ。他にも、水色のワンピース地や、こん色のチェックのスカート地も重ねてあった。

「そりゃそうと、マリ子にお願いがあるんよ」

お母さんの顔が、にこにこしている。マリ子はけいかい態勢たいせいになった。

「今日の夕方、おとうさんが私の自転車を持って帰ってくれるんよ。町の 自転車屋に届いたんだって」

「わっ、新しいの?」
そんな話なら、大かんげいだ。

「そうじゃ。夏休み中に練習して、2学期から自転車で通いたいんじゃけど、おとうさんは野球で、お兄ちゃんは正太さんと鬼面作りに夢中じゃろ」

そう、おにいちゃんはこのところ毎日、となりへ入りびたりだった。10月の鬼まつりに参加させてもらうには、自分の鬼面を手作りして、用意して おかなくては・・。田がひまになった正太に頼んで、つききりで教わって いた。マリ子も入れて、と何度もねだったが、男以外はだめだって。

「お兄ちゃんに教わるなら、お日さまの出ん日じゃねぇと、たおれるで」

「そうなんよ。あの子は夏がとくに弱いけん。で、マリ子、元気なあんたが明日からわたしに教えてくれん?」

おかあさんは下手に出ていた。マリ子は気分をよくして、すぐにドンッと 胸をたたいた。
「まかしといてっ。ぜったい乗れるようにしたげるけん」

言いかけて、マリ子はぴっといいことを思いついた。これこそ天の助けだ。

「うちもお願いがあるんじゃ。教え賃ほしいわ」

「あれ、交換条件かな。ちゃっかりしとるなぁ。おかあさんはあんたの服や水着を、タダで作っとるのに」
「うち、なんも頼んでねぇが。自分で買いたいもんがあるんじゃもん」

「ほんなら、朝ごはんのあと2時間、帯野小学校の校庭まで行って、教えてもらうとして、1回10円でどうなん?」
「ええよ!」

マリ子はばんざいだった。マリ子とちがって、おかあさんはそう簡単に  乗れるはずはなかった。ということは、マリ子の貯金箱はぐんと重くなる はず・・ちらとそう思うと、マリ子はますますうれしくなった。

「うち、あそんで来る」

おかあさんが口を開きかけるのを待たずに、マリ子は飛び出した。水着をまた体に合わせられるなんて、まっぴらだった。
 

     ( 画像は、蘭紗理かざり作)


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