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1章-(3) ルームメイト

かえで班1号室のへやは、8畳ほどの板の間で、真ん中に香織の荷物が  見え、テーブルもあった。窓ぎわに勉強机と椅子、小さな本棚があり、  カーテンを掛けた2段ベッドが、壁際に見えた。入り口の脇にクローゼットとその下に、靴入れの棚がある。

「内山さんは荷物整理をもう終えたみたい。あなたも6時の夕食までには、終らせてね」

香織にへやのカギを渡すと、瀬川さんは3号室へ帰って行った。香織はへやへ入ると、すぐに布団袋に手をかけた。

その時、勢いよくドアが開いた。あ、とふり向いた香織の目と、あ、と立ち止まった人の目が、ぴたりと合った。いっしゅん、2人は相手をさぐるように、見つめ合った。でも、それはいっしゅんだった。

その人、ルームメイトの内山さんが、人なつこい笑顔でこう言ったのだ。

「笹野さんね。小さい人でよかった。私のふとんを先に、下のベッドに入れちゃってごめん。あたしは上の段はムリだもの」
と言いながら、下の段のカーテンを開けて見せた。

2段ベッドの下段に、格子模様のふとんが敷き詰められていた。

その人は、ほんとに大きな人だった。170cmは越えていそう。ぽっちゃり太って、天平美人の吉祥天女みたいだ。色白で、切れ長の目と、小さい口。肩まで伸ばした真っ直ぐな髪の左側に、細い三つ編みをたらし、青いリボンで仕上げをしてる。

「中学の時は、やまちゃんて呼ばれてた。でも、直子か直ちゃんて呼んで」

「私は香織だから、オリって呼ばれてたの」

よろしく、と直子が先に手を出した。握手すると、直子の手はふっくらして、マシュマロみたいだった。

「机も戸棚も小だんすも、勝手に先に入れちゃって、ごめん。あたし、せっかちだから。実はね、どっちにするか決めたのは、このコイン様なんだ」

直子はへやのカギのついたキーホルダーの、500円玉ほどのコインを香織に見せた。片面に男の人の横顔、もう片面に花模様が刻まれている。

「迷うとね、コイン様にお願いするの、簡単に決まって助かってる!」

直子はそういうと、コインを投げ上げ、ひょいと手で受け止めた。

「このコインで、オリが南窓、あたしが西窓になったの、がまんして」

香織はあわてて首を振った。南の窓ぎわの机からは、白い花におおわれた コブシの大木と、濃緑のヒマラヤスギが見えた。その向こうにサクラ並木のピンクの花がすみが、南北に流れている。景色としては、運動場と緑の立木とサクラが所々にしか見えない、西窓よりずっとよかった。

「おふとんを上の段に載せるの、手伝ってあげる」

直子はせっかちでおしゃべりの上に、世話やきでもあった。ふとん袋と、 ダンボール箱のひもをほどき始めてくれた。

「あたしは、3人姉妹の長女でさ。あたしがいると、便利だって。今頃、 宇都宮で母が不便してるよ」

香織はクフッと笑った。おかしいほど2人は正反対だ。カナダの大学に留学中で、 めったに連絡も寄こさなかった兄と、アメリカ在の姉のいる香織は末っ子。話も動作ものろくて、いつも世話されてる。胸の中ではおしゃべりしてるが、口に出してはあまり言わない。言えない、自信がなくて・・。 背は154cm、45キロ。やわらかい茶っぽいくせ毛を三つ編みにして、背に垂らし、おでこのひたいには、巻き毛がくるくるとうずを巻いている。

「あれ、毛糸を持ってきたの?」と直子。

そう、香織はありったけの毛糸と編み棒や小物を、スカーフにくるんで、 布団袋にかくしたのだ。布団の間から、いくつものグレーの玉と、青、黄、赤、ピンクなどの毛糸玉が、スカーフがほどけたらしく、転げ落ちてきた。香織は急いで拾い集めた。これが香織の宝物、ストレス解消の秘密兵器だけど、ママには理解してもらえない。

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