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ツナギ9章(7)チノの伝言

ゲンやシオヤの息子たちが、寝ござを山にして担いで持ち出していく。  小さい子たちは食器類を背負いカゴに移して運ぼうとしている。

その時、子トンたちの小屋の方から、鳴き声がやかましく聞こえて来て、 子どもたちがあっと思い出したらしく、カゴを背負ったまま、走り出て  行った。

ツナギたちも行ってみることにして、ツナギの道を下った。

ソルとジンが、小屋の中でエサをやっていた。子どもたちは柵の隙間から 子トンたちを見ていた。ツナギたちも加わった。

「親はララとモモって名前をつけたんだ。子トンはまだつけてないけどね」とジンが説明した。

「ぼくらで、名前をつけてもいい?」

と3のカリヤの息子が聞いた。ジンはすぐには応えなかった。ソルに手真似と大きく口を開けて、何かを伝えた。

「つけない方がいい、って」

とジンは、ソルの返事をそう伝えた。

「11匹も名前を思いつかないよ。覚えられないし」

と、モッコヤの息子が言って、みんなもそうだね、ということになった。

でも、ツナギはまたソルの知恵に感心していた。この子トンたちがいずれ どうなるかを、ソルは勘づいているのだ。名前がない方が、たしかにいい はずだった。

夕日が沈む前の薄明るいうちに、洞の全員が真新しい広間に集まった。  壁ぎわの4つの炉に薪が燃やされ、それぞれの場所で、なべがぐつぐつ音 を立て、おいしい匂いを発している。中央の炉は一段と華やかに輝き、一番でっかい大鍋が煮立っている。

じっちゃとババサは、中央の炉の近くに、それぞれ座椅子にわら布団を  かけ、背もたれにもたれて座り、ゆったりと落着いて、家中を見回して  いた。

「よう頑張ったのう、こりゃ立派なもんじゃ」

じっちゃはオサ、モッコヤからひとりひとり名を挙げて、称えた。すると ヤマジのババサが口を出した。

「わしゃ、こっちへ移るかの。ヤエや娘らに食べられる草と、毒の草を教えてやらねば・・」

じっちゃはうなずきながら、続けて言った。

「今日は家の完成祝いじゃが、八木村のオサ代理のチノ殿とチカ殿の2人への歓迎会でもある。チノ殿、父上と村の衆に、冬中子どもらを引き受けて 下さり、元気に過ごさせ、みやげ付きで戻してもろうて、洞のじいが心から御礼申し上げると、お伝え下され」

と、頭を深々と下げると、チノが赤らめた顔を緊張させて、こう言った。

「はい、確かにお伝えいたします。実はオサの父からも、伝言を預かって おります」

そう言うと、姿勢を正し、皆を見回しながら、言葉を続けた。

「父はこう申しておりました。今はちょうど田のすき返しと、苗の準備で 忙しいのと、長男が嫁をもらったばかりですので、娘たちを代わりに送り  ます。野毛村のお子たちは、実によく手伝ってくれて、田畑仕事も家の修理も、家事や針仕事もはかどり助かりました。こちらこそお礼申し上げます。困った時の助け合いは、以後も変わらずお願い致します、と伝えてほしいと父は申しました」

静まっていた皆は、聞き終わると、ほーっと笑顔になり、同時に大きな拍手が起こった。拍手を始めたのは、ツナギだった。あんなにちゃんとは、オレには言えないな、と心から感心していた。チノの兄は嫁をもらったのだ!

女たちが、大鍋から温かいメシと汁をつぎつぎよそっていき、それを若者 たちが配って歩いた。八木村からもらった最大の贈り物は、カジヤが首に 巻いてきた子トンの肉のかたまりだった。それを汁の中に里芋と煮込んで あり、おいしそうな匂いが部屋中に広がっていた。

ツナギの側にはチノが、サブの脇にはチカがいて、笑い声が絶えなかった。

じっちゃが嬉しそうにまた声を上げた。

「こうして第一歩の広間ができて、幸先がいいのう。まだまだ揺れは来る かもしれんが、なんとか無事に乗り切ってくれよ」

オサがそれに続けた。

「なんとかやって見せるわ、なあ、みんな。いっしょに頑張るしかないな。
それより、親父さんこそ、長生きしてわしらの村が出来上がるまで、見守ってもらわんと。ツナギにも頼むぞ」

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