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      2-(5) あとしまつ

おかあさんとおとうさんに、ひどく叱られたかって?  それを覚悟して、 マリ子は家へ入るまで、大泣きしていたのに、当てがはずれた。マリ子の 度外れたみじめな姿に、2人とも気を抜かれてしまったらしい。

「あれあれ!」

おかあさんはマリ子をひと目見て、そう言うと、すぐに風呂場へ連れて  行き、服をぜんぶ脱がせて、ひたすら洗いたてた。頭から足の裏まで   ごしごしこするおかあさんの手つきが、いつもよりずっと荒っぽいのは、 やっぱり怒ってるんだ、とマリ子は思った。

おとうさんは、泥まみれのマリ子を見送った後、お兄ちゃんに言った。
「マリ子は、けがしたんか?」
「すりきずじゃ。自転車で、たんぼに落ちただけじゃけん」
答えたのは正太だった。おとうさんはほっとしてうなずくと、今度はお兄ちゃんに言った。

「弘は兄貴のくせに何もせんと、正太さんに自転車を運んでもろて・・。 わしの自転車をみがいとけちこ」
「なんで、わしが?  汚したんはマリッペじゃ」
「たまにゃ、兄貴らしいことしちゃれちこ」

お兄ちゃんはブツブツ口の中で悪たれながら、土間で自転車をみがいた。 正太はその後、帰って行った。正太も泥足と靴下を、洗わなくてはなら  なかった。

マリ子はほっとしたのと、風呂に長々と入れられたせいで、夕飯も食べずに茶の間のすみで、ことんと寝入ってしまった。


つぎの朝、目がさめると、2階の自分の寝床にいた。疲れはすっきりとれていた。でも、何か気がかりが残ってる気がした。何だろう?

竹次さんはまだ怒ってるかな?   おかあさんと今日、あやまりに行くんだっけ? それとも、あれは夢だったの? 夕べ、11時頃目がさめて、おなかがすいて食べてる時、おとうさんに何か言われた気がするけど・・。

そうそう、あの時、目がさめかけてる時、おかあさんのため息と、おとう さんがこう言ってるのが聞こえたっけ。

「ああやって、思いきりやって、失敗しいしい、手探りしよるんじゃちこ。そのうち結果を考えるようになるし、恥ずかしさも覚えて、自分をおさえるようになるじゃろ」

「そうならええけど。ときどき、あの子がうらやましうなるんよ。やりたいと思うことはすぐに実行して、やってのけるもんね。私はまだ、自転車にも 乗れんのに」

2人は低く笑った。わたしのことを2人で話してたんだ。

「新しい自転車を買うて、あんたも練習すりゃええちこ」

おとうさんの提案ていあんにうれしくなって、あの時、マリ子ははね起きた。すると、2人はそしらぬ顔になって、話はとぎれた。マリ子がおそい夕食をしているあいだ、あすマリ子が、どうつぐないをするかの話題だけ だった。

竹次さんにきちんとあやまること。正太さんにも、お兄ちゃんにも礼を言うこと。こんどはちゃんと、わしの自転車をみがいとけちこ、だって。おかあさんもあれこれ注意した。

あーあ、すっかり何もかも思い出した。
ため息をついたとたん、もっと重大なことを思い出した。         

そうだ、きのうの紙芝居、見逃しちゃった!

マリ子はむっくり起き直った。気になってたのは、これだったんだ!


朝食の後、寺の階段のところまで行ってみると、稲田は元通りに、きれいにそろって風になびいていた。どのあたりにマリ子が飛びこんだのか、見当もつかないほど、みごとに植え直されていた。竹次のおっちゃん、がんばったんだ!

その時、岡田のおっちゃんが、自転車のうしろに、ガタコト揺れるリヤカーを引いて、やってきた。階段の上のマリ子をぎろっと見て、それきりカキの木の下を曲がって走り去った。今日はくず屋さんになるのだ。

おっちゃんがもう少しやさしかったらな。紙芝居のつづき教えて、と言えるのに・・。マリ子は、おっちゃんのうしろ姿をうらめしそうに見送った。

それから、どうやってもう一度、おとうさんから自転車を借りるか、考えてみた。あの角をもう少しうまく曲がれるはず・・。いつかぜったい、やってみせる! でも、いつか・・だね。まだ傷は少し痛いし、さすがのマリ子も今回はやりすぎた、とひそかに思っていたのだった。竹次のおっちゃんには、ほんとにちゃんとあやまらなくちゃ・・。

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