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10-(3) カビの山・大発見

女子全員に罰そうじを言いわたされた日の放課後、男子は気楽そうに帰り じたくを始めた。女子は全員ふくれ顔だ。抑えた怒りがじわじわと教室中
に広がって、今にも爆発しそうな険悪な気配があった。

大熊昭一はふりむくと、いつものようにマリ子をからかった。

「罰そうじじゃ。ええ嫁さんになるでー」

マリ子はすぐに言い返した。

「あほ! あんたの嫁にやこなるもんか!」
昭一も負けてはいない。
「どあほう! マリッペのはちまんやこ、嫁のもらいて、おるわけねぇ」

「それがおるんじゃけぇ、人生楽しいんよー。せえにな、うちの方が選ぶんじゃ、ハハハ」
マリ子は出まかせを言って、笑ってやった。ちらっと浮かんだ顔があって、あわてて頭をふると、ふん、と鼻をつきだしてやった。

中野まゆ子がほうきをふりまわして、昭一を教室から追い散らした。   それから、なんとかそうじは始まったが、その乱暴なこと!

まゆ子たちは、罰そうじよりも、みんなの前で立たされたこと、高いお金で買った写真を没収されたことに、怒り狂っていた。がんばって勉強して、母にねだってやっと手に入れた、大事なブロマイドだったのに!

マリ子は先生への不満で熱くなって、ムラムラしていた。同じ女子だからというだけで、とばっちりを受けたおとなしい人たちも、罰を食わされることにがまんならなかった。

だから、女子がまゆ子派ととばっちり派と、まるで2派に別れた形と   なった。両派ともたがいには口をきかず、やけっぱちのように乱暴になる。

いすはけっとばしたり、転がしたり、窓は割れんばかりにバシッと閉めたり、黒板ふきをぶん投げたり・・。きっかけさえあれば、2派でとっくみ 合いのけんかでも起こりそうな気配だった。

そのうちに、事態は急変した。きっかけは、中野まゆ子が、教卓の中の   ごちゃごちゃを引っぱり出した時だった。

「これ、なんじゃ?」

と、大声を出して、教卓の奥に手をつっこんで、つぎつぎに茶色い細長い かたまりを、引っぱり出した。教卓に並ぶほどある。

「パンみてぇな。ひゃ、かびとる。くせぇ」

まゆ子はひとつを放りだした。マリ子をはじめ、皆がかけ寄った。

「給食のパンじゃが!」

三上裕子が、かちんかちんになったものを転がして言った。食パンの食べ かけもある。

「だれが入れたんじゃろ」

裕子とまゆ子のまわりに、みんなが集まって顔を見あわせた。その時には、2派のさかい目は見えなくなっていた。

「田中のタヌキにきまっとる!」

まゆ子は太いまゆを、つりあげて断言した。藤木勝子がすぐに、わきから声を上げた。
「そうじゃ、あいつ、パンがきらいじゃが!」

そう言えばそうだ。マリ子も気がついたことがあった。先生は細長いコッペパンのはしっこを、ひと口かふた口しか食べていないことに。

生徒の方は、みんないつもおなかをすかせていて、お代わりをしに殺到することはあっても、パンのかたまりを残す人なんていない。

「うちらにゃ、給食を残すなよ、て言うくせに、こげんとこにつっこんで かくしとるが」
まゆ子は、だんぜん強気になった。

「ほかにも、どっかにかくしとるかもしれん。さがそ。すみからすみまで きれぇにせえ、て命令されたんじゃけん」

まゆ子はすごいいきおいで、先生用の小さい本箱のとびらを開けた。ここは大そうじの時でも、だれも開けたことはなかった。勝子に裕子、それにいつもはおとなしい小川妙子や妹尾鈴江たちまで、手伝っている。

マリ子はわりこむすきもなくて、見物にまわることにした。すぐ近くの机の上にすわって、首を伸ばして見つめた。

とびらの中から、つぎつぎにパンのかたまりが、手わたされた。

「ほれみい。やっぱしじゃ。こっちの方がもっと古いが。1学期の分かも しれん。くせぇ。ふ・け・つ!」

まゆ子はさらに、先生の机のひきだしまでも引っぱり出した。その奥にも、パンはあった。どれもいびつな形のまま、カビにまみれて、カチカチになっていた。

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