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9-(3) 加奈子を泣かす!

あっこちゃんのさわぎを後に、マリ子はまわれ右した。一王子神社はあと まわしだ。この地区の家を1軒ずつまわって、おふせを集めてやろ。ほかの鬼を見かけたら、ちょっとかくれて、やりすごしてやろ。面をぬがないかぎり、バレるはずないって!

マリ子はもうドキドキしてはいなかった。むしろ自信がついて、わくわくが強まっていた。鬼は歓迎してもらえるんだ。それにひーっ、とこわがらせる、あの快感!

そうだ! とつぜんマリ子は思い出した。この西浦地区の25軒のうち、 一番西のはずれにある〈大屋〉の加奈子をおどかすことから始めてやろ。 一度くらいこわがらせて泣かせてやろっと!

鬼になりたかったのは、そのためも理由の1つにあったような気がした。    加奈子のように、ひどく気まぐれで、たまにはやさしくもなるけれど、たいていはこそこそ、ねちねちというのが、マリ子は大苦手だった。

竹やぶのわきを通って、坂道を加奈子の家へと下っていると、自転車に2人乗りした鬼が、坂の下の角を曲がってこっちへ上ってきた。ふいだったので、マリ子はかくれる ひまもなかった。自転車をこいでいる方は、面をひたいの上に押し上げて、あえいでいる。

マリ子は立ちすくんだ。知ってる顔だ。となりの地区の6年生だった。
「おおっす」

すれ違うとき、後ろの鬼がくぐもった声で叫んだ。マリ子も声を低くした。
「おっす!」

自転車が止まったらどうしよう。何かきかれたらどうしよう。こんぼうを 持つ手がかたくなった。

でも、自転車はそのまま走り去った。たぶん一王寺さんへ急いでいるのだ。今頃お宮の下の出店のまわりは、鬼で真っ赤になっているはずだった。

 「鬼よ、ぼろぼろ 買い手がねぇ、
  重箱あっても めーしがねぇ、
  ぼろぼろ、ぼろぼろ!」

なんと、加奈子の声が坂の下から聞こえて来た。

坂の下の〈大屋〉の門のところに、加奈子は半分からだをのり出して、  マリ子にむかって叫んでいる。遠目に、チェックのワンピースを着ている のが見える。

マリ子は得意の脚で、だーっと走った。運動靴でよかった。加奈子は急いでかくれて、門を閉めた。マリ子は南側のわきへまわった。

足音をしのばせて、つげのかきねのすきまから入りこんだ。たまに仲のいい時には、おにごっこしたり、かくれんぼしたりして、加奈子の家の広い庭は、かって知った遊び場なのだ。

加奈子は門のすきまから外をうかがいながら、声を張り上げている。うしろからマリ子はこっそり近づいた。

 「鬼よ、ぼろぼろ 買い手がねぇ、
  重箱あっても めーしがねぇ・・」

「やいっ、ぼろじゃねぇぞ」

マリ子が低く言うと、加奈子はとび上がってふりむいた。

「いやーっ、たーすけてー」

かなきり声を張り上げて、にげようとした。マリ子はこんぼうを横にして、さえぎった。ついでに面をぐっと近づけてやった。

「きゃー、おかあちゃーん」

加奈子はすわりこんで、泣き出した。いつもは皆をさしずする加奈子が、
おびえて泣きくずれてる。マリ子はそれだけで、もう身を引いた。鬼面  だけで、ほんとにこれだけこわがらせるんだ、とおどろいていた。

「まあま、鬼さん、こらえてやってぇよ」

おばさんがおふせを持って、にこにこしながら出てきた。

「どっから入ったんじゃろねぇ、この鬼さん、知っとるみてえな」

おばさんはのんびり言って、庭をみまわした。マリ子のわきの下に、ひや汗がどっと出た。

おばさんは深追いせず、またにっこりした。

「まあま、とにかく加奈子を守ってやってくだせぇよう」

おばさんは軽くおじぎして、マリ子の手にお札をわたした。マリ子はドキ ドキしながら受け取り、軽くうなずいてから、急いで門を押し開けて外へ出た。

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