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ツナギ6章(2)よそ者が・・

洞によそ者が数人やって来たのも、春になる前のことだった。トナリのババの弔いがすんだ頃だ。

ツナギはその朝、どうにか目を覚ますと、夢うつつ状態で杖代わりの棒を支えに、大岩の後ろへまわり、自分の大事な仕事である〈石並べ〉を終わらせた。よろめきながら、自分のわら布団まで戻ると、もう少し寝ていようと、もぐりこむつもりだった。他の皆は、まだねむりこけている。

その時、洞の外で何やら物音がした。

ケモノが差し掛け小屋に来てるのかと、傍らの棒を握り、這って戸口に近づいて行った。

すると、竹と笹を重ねた扉の向こうから、かすれた人の声が聞こえた。

「その扉ん中に、たれかおるんじゃねぃか。炊事場にゃ灰もあるっちゃ・・」

よそ者だ、あの言葉は! ツナギは急いでじっちゃに知らせに、炉の側に 這い戻ろうとした。

が、遅かった! 竹笹の扉がぐぐぐっと押し開けられた。

とっさにツナギは床に身を伏せ、動きを止めた。

新鮮な空気と光が射しこむと同時に、外の人間が、ううっとのけぞった気配がした。洞の中からの饐 (す) えた臭いに、怖じ気づいたのだ。       

ツナギは伏せたまま、そうっと薄目で入り口を見やった。

光を背に黒い姿が3つ見えた。後ろにもまだいるらしい。3人は棍棒らしき物を手にしている。ひとりが低く声を上げた。

「食い物を出せっちゃ。川伝いに下って来たんじゃ」

その声はかすれていた。棍棒をどんっと突いて、男たちはこわごわ覗きこんでいる。中がよく見えないらしい。

「臭 (くせ) っ! 入っちゃなんね! 死人でもおるっちゃねぃか?」

真ん中のひとりが言い、もうひとりを引き止めた。するともうひとりが言った。

「・・ほれ、そこにおるが!」

脇の男が、ツナギの方を指さしたらしい。真ん中の頭 (かしら) らしい男が  また言った。

「食い物分けてくろっちゃ。この下の村ば、どげしたじゃ? 米田のある村じゃったに、家も何もかも消えっしもうとる。この洞はなんじゃ?」

ツナギは頭をうつむけたまま、やっと出たようなささやき声で、ゆっくりと言った。

「海から大水で、ぜーんぶ流された。・・ここに・・逃げたけど、はやり病で・・死んでる・・洞に入ると・・はやり・・」

ツナギは言いかけて、はげしく咳こんだ。3人の男は後ずさり、あぶねぃ、逃げろっ、と叫ぶと、うしろの仲間ともつれ合うようにして走り去った。

ツナギがほっとして頭を上げ、身を起こすと、じっちゃの声がした。

「ツナギ、だいじょぶか? 咳がひどいが・・」

「まねしただけだよ」

そうか。じっちゃが笑った。ヤマジのババサも笑った。2人とも目を覚ましていたのだ

「追っ払ってくれて、ありがとよ」とババサ。

じっちゃがほっとした口調で言った。

「もう、これで誰も来るまいよ。あいつらが吹聴 (ふいちょう) してくれるからな。それにしても、かなり上 (かみ)  の方から来たようだな。ああいう言葉は聞いたことがない。船でか? 歩いてだろか?」

それを聞いてツナギは不安になった。よそ者がこの先来ないのはいいが、  歩いて来たのなら、あの大事な船を奪われては大変だ、と心配になった。

何事かと布団の陰から伺っていたサブたちの、安堵の吐息が聞こえて、また静かになった。

ツナギはまたわら布団にもぐり直して、考えていた。川の上流地域でも、  飢えに苦しんでいるのだ。この大揺れのせいで、冬を越すのが難しい地域が、他にもあちこちあるのかも、とツナギはあらためて思った。ちょうど、上芦尾村に「塩をよこせ」と暴れ込んで来た人たちがいたように・・。

その後、ツナギが念のため坂を下りてみると、シオヤの船は草に覆われ、その上を雪ですっぽり包まれていて、無事だった。

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