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 4章-(3) 秘密の仲よし

みさは頭の回転の速い子だった。かよの立場を早くも察したらしく、こう  言った。                                                                                                        「あんたもおつる様と呼ばにゃいけんのじゃな。そのうち、台所とお座敷に別々になるんじゃが。辛ぇ立場じゃなぁ」

「へでも、つるが川に流されんですんだんじゃもの、うちは何があっても、つるがちゃんと育って、元気に大きゅうなってくれたら、何でも我慢する  つもりじゃ」

みさはそれを聞いたとたん、黙りこんだ。それから、声の調子が変わった。「あんたと違うけぇど、うちとこと、よう似とるみてぇな・・。5年前、  かあちゃんは赤ん坊産んで死んだんじゃ。うち、6つじゃった。女の赤ん坊じゃと、言うとる声が聞こえたのに、泣き声も聞こえたのに、次の日にゃ、もうその子はおらんじゃった。赤ん坊どこにおるん、て何べんもとうちゃんに聞いたけど、死んでしもうて、かあちゃんと墓に入っとる、と言うただけじゃった・・」

かよはみさも同じ目にあったのだ、とすぐに察せられた。みさは続けた。

「とうちゃんはうそつきじゃ、とそん時、思うたけど、6つじゃもん、何も言い返せんかった。うちが生まれる前に、あんちゃんが2人おったけど、遊びに出とった先で、大水で流されて死んだんじゃて。生まれた子が、男の子じゃったら、とうちゃんはぜってぇ、生かしといたと思うわ。うち、妹が欲しかったぁ、ほんまにほんまに欲しかったあ」

かよには、みさの気持ちがよくわかった。みさは唇を噛んで、きっとにらむように前方を見ていた。泣くよりも、負けずに踏ん張る子なのだ。    かよは はっと思い出した。

「うちのとうちゃんは、あのお屋敷のすみのじいちゃんの家の床下で、死にかかってて、じいちゃんが助けて生き残ったんじゃて。このへんじゃ、川流しじゃのうて、床下なんじゃな」

みさはうなずいた。                        「そういやそうじゃ。うちもそれ聞いたことあるわ。うちの赤ん坊もそう じゃったんじゃろなぁ。そうやって、死んだあの子を、かあちゃんの墓に 入れたんじゃと思うわ」

かよはみさが哀れで、何と言ってあげようかと、声が出せなかった。   しばらくしてこう言ってみた。

「うちな、学校がすんで、夕方の前ごろ、おつる様をおんぶして、散歩を少しすると思うんじゃ。おくさまがお昼寝されとる間にな。どこかであんたとこっそり会えたら、おつる様を見せてあげられるけぇど・・」

みさがすぐに話に乗ってきた。                   「ほんまに? うち、赤ん坊が見とうてたまらんのんじゃ。とうちゃんの顔 ばぁ毎日見て、学校で遊ぶくれぇじゃ、楽しうねぇもん。ほんなら、ええ 場所があるで。この道の途中にええとこ、あるんじゃ」

みさは先に立って、とっとと歩き出した。もう少しで自分の家の近くまで 来たところで、左手に細道があり、少し行くと茂った藪が続いていて、その裏手に回った。そこには小さなお堂のような建物の中に、お地蔵さまが赤いよだれかけをかけて座っていた。かよは初めてみるお堂だった。

「8月にゃ、ここで地蔵祭があるんで。その他はめったに人は来んけぇ、 このお堂の裏で、逢おうな。楽しみになってきたが」

みさが笑った。かよはすぐに念押しに言った。            「ぜってぇ、秘密に逢うんで。うちもあんたとは知らんふりせんと、とう ちゃんが時々、お屋敷の田んぼの手ごうに来るし、いとこの啓一がよう草取りに、田んぼやそこらを回っとるけん、気をつけんと・・」

「うん、わかった。秘密じゃと、よけぇに楽しみじゃあ!」      「じゃ、さっきの道へ出たら、うちら知らん人になるんよ」       と、かよが言った。

そこで2人は道へ出ると、笑顔だけ交わして、他人のように、手も振らず振り返りもせず、それぞれの家へ戻って行った。

かよがお屋敷の門を入ると、啓一が保のござを日陰の中へ入れてあり、保は疲れたのか、ざぶとんを枕にしたり、かけぶとんにして眠っていた。

台所では、おトラさんがちょうど、おつる様に乳をのませているところだった。

おシズさんが2回おむつを替えたけど、もう覚えたけん、いつでも大丈夫 じゃ、と言ってくれた。かよは礼を言ってから、台所部屋に入って行き、 今朝脱いだいつもの古着に着替えた。

おキヌさんがようすを見に来たので、かよは言った。            「あしたから、普段着で学校へ行きます。みんなそうじゃけん、恥ずかしいけん」                              「それがええと思うけんど、おくさまが着物を探す話をしとられたけん、何か見つけて下されたら、それ着て行くことになるわなぁ。それまで、あんたの好きなようにしとき」

かよはついでに言った。

「ちょっとじいちゃんとこへ行って、誰かおったら、保ちゃんを家に入れてもらうよう頼んでみます」                     「すまんなぁ。気ぃ使わせて。たしかに、しばらくは時間が短ぇ方ががええわなぁ。よろしうに・・」

学校で友だちができたか、とか、勉強はどうだったかとか、誰も聞かない のが、かえってありがたくて、気楽だった。

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