8章-(7) 思いがけない電話
志織姉が結城君のことをほめた上で、言い足した。
「Tom の写真にちょっと似てるね。男らしくてハンサムで、たくましくて。あれで Tom みたいに、自制できる人だと、理想的なんだけど、どうかしら。オリがちゃんと成熟するまで、待ってくれるかしら。18と15かあ、お互いに大事にしなくちゃね」
香織にもわからない。何とも答えられない。ネムノキの森でぎゅっと抱きしめられたり、そっとキスしてくれたり、それ以上のことは何もないけれど、先のことは見当もつかない。でも気をつけることにしよう。おねえちゃんが言ってたみたいに、男の人は欲しいとなると、抑制がきかないのなら、自分で自分を守るしかないもの。
なるべく自然にしていよう・・そうだ、ユキさんの〈なるべく気高く〉だ! こういう時こそ、そうよ。相手を傷つけず、でも、やさしく毅然として。
午前中に、因数分解の問題集をやりながら、わからないのは志織姉に訊いたりしていると、TELが鳴った。
香織が出ると、思いがけなく東京の同じクラスの佐々木委員長からだった。
「今、展示の件が決まったのだけど、タイトルは〈私の特技展〉になったの。いろいろ出るみたい。お花、油絵、日本画、ピアノ演奏、ギター、琴、刺繍、マンガ・・ほかにもまだ何か出そうなの。それで、笹野さんも何か あるんじゃないの。あなたのお部屋にステキな〈あじさいのニット〉が小さい額にあったじゃない、と内田さんと横井さんが言い出してね。私も気づいてた。あれは、とってもステキだったもの。ぜひ、出して欲しいの」
香織は途中から、もうニコニコしていた。Kitchen Madonna の授業が終った後、次から次へと、香織の寮のへやを見に来てくれた。全部で15人くらいだったか・・。何も特別なことはしないのに、窓からの景色や、狭い室内の、効率よく考えられた設計に感嘆したり、勉強の進み具合の丸印や△印を面白がったりしてた。あの時、あじさいのモチーフの完成作品に、目を止めてくれた人が、何人かいたのだ。
「はい、実は今も少しずつ毎日編み進めているところなの。ミス・ニコルに文化祭に出しなさいと、言われたの。幾つ出来るかわからないけど、出来ただけ2学期に持って行くわ。ミス・ニコルが売れたら、寄付に回せますよ、とおっしゃったの。他の方のもそうできるのではないかしら」
「それは名案ね。ミス・ニコルにそう言って頂けたのなら、刺繍とか絵画、マンガなども売る形にしても大丈夫ね。とっても、いいコーナーになると 思うわ。貴女にTELしてよかった! そちらでどうしていらっしゃるの?」
「地味に暮してるの。散歩したり、英語読んだり、姉とおしゃべりしたり、苦手な数学教わったり・・」
映画や宝塚も見に行った。旅行はまだなのは、姉が遠出を嫌がるからだ。
「でも、お元気そうでよかった。では、また9月にお会いしましょうね」
その日は、もうひとつのTELに、ぎょっとさせられた。野田圭子には、もうお礼の連絡はすませてあったのだが、こんな話だった。
「オリのママから、うちのママへ2泊のお礼のお菓子が届いたのよ。あたしが留守番してて、ママは実家のおばあちゃんの介護に出かけてた時にね。 オリのママのことだもの、丁寧な礼状が入ってるはず、ともの凄く心配に なっちゃって、バレたら騒ぎになるもの。あたしが勝手に開けてみたの」
「それで、手紙入ってた?」
「なかった! やれやれだった。デパートの売り場から直接送ったのね。 でも、きっと明日あたり、封書が届くわ。オリのママだもの、ぜったい、 そうするよね」
「そりゃ、すると思う。わあ、バレちゃう! どうしよう!」
「こうなったら、先回りして、今日のうちに、うちのママにほんとのこと、言っちゃうわ。オリの初デートを助けるためだった、って」
「・・ありがと、ありがとう! 大丈夫かな」
「たぶん、大丈夫。うちのママ、今、おばあちゃんの体調のことと、兄貴が大学院を止めたいとか言い出して、心配事多すぎるから、あたしがなんとか、こっちのはスルーさせるわ」
「ありがとう! お願いね」
直子のTELの方は、乾物屋の店番を手伝ったり、妹たちと映画に行ったり、ポールと電話しあったりしてるのだって。オリの家を訪問した時の、ポールの話を聞いて、いつか直子も大阪のオリの家を訪ねてみたい、だって。もちろん、大歓迎よ、と言っておいた。
直子なら、香織のママも気に入ってくれること間違いなしだ。
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