一章(1)祖父宅へ向かう私(18歳)
青陵高校の校門を出ると、私は自転車をいつもの反対方向に向けた。
北風がまともに吹きつけてきた。まるで私がこれからしようとしている 事を察知して、押しとどめようとでもするように。その日、私は親に内緒で大それた事をしようとしていた。
「どしたん。ミコは家に帰らんと、寄り道するん?」
後ろから自転車で来た6組の知代が、私のすぐ側で片脚を地面につけて 止まった。
ふり向けば、決心が崩れて、知代といっしょに町の我が家の方へ行って しまいそうで、私は前方を見たまま頷いた。
やるしかない。切羽詰まってるんだ。明日までに担任に〈大学志望校〉を 決めて、返事しなくてはならない。夕べ考えに考えて、やってみようと決めたのだ。親友にはまだ打明けられない、どんな結果が出るのかわからない のだから。
「小瀬戸のおじいさんとこへ行ってくるわ」 と、私はそれだけを宣言した。自分で自分の背中を押す気分だった。
「わかった。そんじゃ、明日、美智子様の新聞、持って来るの、忘れん といて、ミコ」
知代は私の肩をぼんと叩くと、ペダルをぐいと踏み出した。新聞だって! 午前中の休み時間に、そんな約束したことなど、すっかり忘れてた。
卒業間近い、3学期の始業式という日の気楽さもあって、私のクラスの5組の一郭でも、昨年の11月以来の最大のニュース、皇太子様との婚約発表を報じられた正田美智子様の話題が、また今日も飛び交っていた。正月どきの美智子様のお写真が新聞に載っているのだ。
隣の6組の知代のクラスを覗いてみると、知代たちも、美智子様の情報に 夢中になっていた。何度見てもお美しくて、知的で、ふっくらとして温かな感じの方で・・と、新聞の写真を見ながら、知代はほめちぎっている。
知代は私に気づくと、戸口まで飛んできて、 「ミコんちの、毎日新聞をまた見せてんよう。11月からずっと美智子様の記事が出ると、切り抜きしとるんじゃ。明日持ってきてな」 と言った。知代の家は山陽新聞を取っているだけだって。うちは兄が電気店をしているため、山陽新聞と毎日新聞の両方をとっていた。
知代とは、2年生の初めに〈準進学クラス〉の6組に私が入れられて、まもなく知り合った。2人は『風と共に去りぬ』のレット・バトラーが大好き とわかり、手紙をやりとりし、試験の時期には、私の家に教わりに来たり して、ミコとチヨと呼び合う親友になった。
でも、3年になる時に、私は進学指導教員たちに、どうしても5組の進学 クラスへ移れ、と6組から引き抜かれることになり、私が移りたくないと、かなり抵抗したため、もめたあげく、他の3、4人といっしょに、強引に 5組に移されたのだった。
(画像:蘭紗理)
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