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2章-(6) 余波続きと姉便り

文化祭の翌日は毎年休日と決まっていた。香織は昨日からたっぷり眠れて、なんとか日常に戻ろうとしていた。朝食から戻って、明日からの授業の方に、目を向けなくてはと、英語、数学の本を取り出していた。

直子がへやに戻ってくると、こう言った。
「オリ、瀬川班長に訊いたのだけど、金曜日にお部屋替えの発表があって、日曜日にお引っ越しだって」
「そうだった! 荷物まとめがあるね。こまった、それどころじゃないのに」

香織は予習だけではなくて、文化祭のニットモチーフの注文、残り43枚を仕上げる件が残っていた。カレンダーの○は9月は小さな○と△が多かった。手順を考えなくては、とても両立できないわ。
今日は、内山さんたち3人が、郵便局で封筒を買い、17枚の額縁を送り
出してくれているはずだ。

直子が夕べ言えなかったことを、言い出した。
「夕べね、実は3年生の方たちがドアの外にたくさんいらして、卒業までにぜひ1枚お願いと頼みにいらしたの。今はむりです、本人に訊いてみますけど、と答えておいたけど、あじさい寮の記念にほしいのは、あたしにもわかるわ。オリ、どうかしら?」
「それって、プレッシャーだな、3年生は24人よ。1週間に3枚できるとして、8週間よ! わあ、できそうもないよ。当番はあるし、勉強もあるのに・・」

「それじゃ、当番を代ってもらえる人のは、作ってあげる約束したら?」
と、商売人の娘らしい直子の提案だった。

「オリはいやがると思うけど、あたしが交渉してみる。夕べいらした人たちの名前は書いてもらってあるから。オリが何もかも背負ったら、倒れてしまうのはわかるもの。実を言うと、2年生や1年生も、頼みにきたの。その人たちは、事情を話して、お断りしたわ。今の約束の品と3年生のとすべてが終った後なら、お願いできるかも、と言っておいたけど」

なんという展開だろう。たった1枚の出来上がりを、ミス・ニコルにお見せしたことから、こんなに騒ぎになってしまい、枝葉が伸びてしまうとは!

香織は頭を振って、モチーフは後まわしにすることにした。まず、明日の 予習をすませるわ。The Doll's House と数学もざっと見直すことにしようと、早速始めた。直子は、自分の思いつきを、3年生の渡辺恒美さんに提案しにへやを出て行った。

直子の説得のおかげなのか、その日の夕食時に、香織は渡辺さんからの報告とお願いを聞かされた。
「あじさい寮の思い出と、笹野さんを覚えていたくて、3年生一同で話し合いました。あの額入りアジサイのニット作品を、どうしても作って頂いて、卒業したい、ってことになったの。それで、これから3月までの、笹野さんの寮での当番をすべて、私たちで割り振って受け持つことにして、あなたにはニットに専念して頂くことになったのだけど、承知して頂けるかしら?」

香織は真っ赤になって、ドキドキして声も出ず、うつむいてしまった。直子がわきで香織をつついて、小声で言った。
「あたしも何かと手伝うからさ、イエスと言ってあげて、お願い!」

香織は懸命に計算してみた。残り43枚を週に3枚作るとして、14週かかる。冬休みに頑張るとしても、1月1週か2週まではかかるかも。その後、3年生用に8週かかるとしたら、3月2週目には終れるだろうか、なんとかギリギリできるかも・・。

ようやく決心して、渡辺さんに深く頷き、かすれ声で答えた。
「できるだけ頑張ってみます。皆さんに当番の交代までして頂いて、申し訳ないですけど、ほんとに時間がかかりそうで、助けて頂けましたら、ありがたいです!」

そう聞くと、渡辺さんはすぐに立ち上がって、食堂全体に響く声で報告した。3年生たちが大きな拍手をして喜んだ。下級生たちまでいっしょに拍手していた。まるで、香織が当番交代してもらうのは、当然とでも言っているみたいだった。

かえで班の上級生たちも、香織によかったね、頑張ってねと声かけられながら、食堂を出た。食堂の外にある寮生への「郵便受け」のさ行の中に、外国便の封筒が見えた。姉の志織から香織宛ての封書だった。

香織は大急ぎで自室に戻り、封を切ってみた。嬉しいのと不安とでドキドキしていた。

「オリ、元気にしてる?あの額縁ニットは、きっと文化祭で大人気になって、その後オリのことだもの、疲れ切ってるのじゃないの? 深呼吸して、木々の間を散歩して、気をまぎらせて、元気を取り戻すのよ。

私の方は、いよいよ、10日後に、1回目の法廷審議に出ることになったの。弁護士さんにすでにお話しておいたけど、どういう展開になるのか不安! ジェインは自分が好きになった人のことを、悪く言ったりする人じゃないから、詳しい関係は私にもよくわかっていないのに、どう対応すればいいのか、思案投げ首です。次の手紙で続きは知らせるね。
乗馬クラブに入りました。学内にちゃんとあったのに、今まで見向きもしてなくて、気づいてなかったんだわ。楽しいったら、最高! 新しいボーイフレンドもできるかも・・。じゃ、元気にしてるのよ! 姉より」   

おねえちゃん! 自分も大変なのに、気を遣ってくれてありがとう。深呼吸と散歩ね、やります、前と同じように、ラジオも聞いたりしながら。

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