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熱|長坂貞優

私は一人の僧侶としてこの遠藤塾に参加している。

学生でもなく僧侶である私が、若い学生たちの活動に興味を持った。
その理由は彼らの「熱」だ。抽象的だがその「熱」が私の心を打ったのである。
ちょうどその「熱」の中に妹がいた。
それ故にためらいなくその「熱」の中に飛び込めたのである。

私は普段、遠藤塾が拠点を置く、覚林坊とは別の宿坊にて、給仕をしている。
恥ずかしながら覚林坊の中に入った経験はない。
しかしながら、一足踏み入れた瞬間の感覚はこれを記している今でも残っている。

玄関より一歩。

その感覚が示すもの、それは「明るさ」であった。

お寺というと、自坊も含め、人を寄せ付けぬ清浄とした雰囲気がある。
そしてどことなく古ぼけて埃臭い。

しかしかの場所はまた違った清浄とした空気を残しつつ、
快活とした人の温かみを感じる「明るさ」があったのだ。

「なるほど」

確かに様々なアイデアが浮かぶ空気に満ちていると感じた。

「身延を元気に」というスローガンのもと動き始めた遠藤塾だが、
身延という街を「知る」そして「好きになる」ために我々はある先生の元へ向かった。

日蓮宗の総本山、身延山久遠寺には境内地のみならず、東谷・西谷に広がる門前町がある。形を変えながらではあるが、当時の法華信仰が根差した風情ある街並みが広がっている。
総本山だからこそ、そこには各方面のプロフェッショナルが集まっている。
その中でも今回は仏像の彫刻・修復に尽力する巨匠に話を聞くことができた。

柳本伊左雄氏である。

かつて私が身延山大学に在籍していた学生時代、
仏教美術についての授業にて先生とは何度かお会いしていた。
しかし、授業とは違った今回の先生自身の話は大変に興味深く、やはり「熱」を帯びていた。

もともと先生は演劇の脚本家を志しており、
特に学生時代は日々演劇に打ち込んでいたという。
戦後より隆盛を見せた学生運動が盛んであった当時、先生自身も運動に参加し、
「闘う学生」の1人として過ごしていたようだ。

学生運動に参加していた学生らのトレンドは

片手に少女漫画。

もう片方に哲学書

であり、このような凄まじいカオスの中に先生は身を置いていた。

そのような社会の中で先生が夢中になっていた「演劇」だが、
演劇を行う上で、演者や脚本はもちろん、加えて「舞台装置」が必要になる。

学生らの行う演劇では、舞台で使用する大道具・小道具は学生たち自らが造るのである。

舞台に演者とともにあがる創造物から端を発し、先生は彫刻への道を歩み出したのだ。


アートというものは流行の変化が激しいながらも、
必ずそのベースには哲学・思想等の「人間的な価値観」が含まれ、
それがアートとして世に出ていく。もとい、宗教は最たるものである。

つまり「神を象るもの」それこそがアートであった。

西洋の思想というのは簡単に言うと、
天国と地獄があるように、極めて二極的かつ相対的な思想である。
一方で東洋の思想は、中道、中観、つまり「空」の思想が主である。
簡単に言うと「存在するが存在しない。存在しないが存在する」
といったような極めて曖昧、いわば二者択一的ではない絶対的なものがある思想である。

先生は後者である。

より抽象的でとらわれを持たぬ「空」である自分のオリジナルのアートを目指し、
それを完成させるために演劇の世界より飛び出した。
江戸より続く木彫技術を近代へ継承し、
伝統として復興させた近代木彫の祖・高村光雲氏の流れをくむ澤田政廣氏の門をたたく。

下積み時代は、それはひどいもので食うか食われるか、
蹴落とすか蹴落とされるかの弱肉強食のまさに生存競争の世界。
始めの数年間はノミや玄能さえ握らせてもらえず雑用の日々。
しかし長い雑用期間を終え数年後にようやくノミを握らせてもらえたそうだ。

そんな中で舞い込んだ一大プロジェクトがあった。

「薬師寺の復興事業」である。

澤田氏のもとで「超一流」の仕事を肌で感じ、
実際に先生はその「超一流」の渦中でその仕事に取り組んだ。

師である澤田氏や先輩の彫刻家たちと同じ土俵に立ち、紆余曲折ありながら、
これから仏となる木材とともに、自らの身心をも削り、魂を込め一心に完成を目指した。
そこでの経験が先生の魂に深く根付き、「熱」として今でも燃え続けている。

「常にプライドを持って行う。そして挫折しない。絶対にやめない。それがプロの仕事だ」

「凄まじい美意識をもって超一流の仕事をする」

「自分の言葉、つまり『言霊』の力を信じれば、なしとげられないことはない」

先生の「熱」を帯びた言葉がそこにはあった。
現在では、その「熱」を継承するべく、柳本先生は身延山大学にて学生たちの育成に尽力し、ラオスにおいて独自の世界遺産の復興・修復事業を行っている。


新しい思想や新しい能力を持った新しい人材を育てるべく
日々、魂を込め、ノミを握っている。


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