見出し画像

【短編小説】欲望と病魔

#欲望 #肺ガン #欲しいもの

 俺には欲しいものがある。女、車、金など。

 金さえあれば女だって手に入る。車も然り。

 でも、今、俺は入院中。肺ガンになってしまった。だから、死ぬ前に色々したいことをしてしまいたい。

 ちなみに症状は、せき、たん、血たん、胸のいたみ、動いたときの息苦しさ、発熱などがある。

 親には散々、迷惑掛けてきた。

 俺は今、36歳。

 治療は勿論している。抗ガン剤を投与している。だから、髪が抜けてしまって頭はつるつるしている状態だ。髪が無くたって女は出来るだろう。肺ガンだということも黙っていればわからないはずだ。

 男が望むもの、それは女だ。ゲイとかでないかぎり。それと、車がほしいのは、車が好きだからと移動手段として使えるからだ。
 お金がほしいのは万人が望むことだろう。

 俺が20代のころに付き合ってたすごく性欲のつよい女がいた。あいつは俺という彼氏がいながら、浮気した。俺はそのとき本気でその女を愛していたからすごくショックだった。思いつめて、自殺も考えたくらいだ。でも、いろんなひとに相談したら自殺するくらいなら、もっといい女を見つければいいじゃないか、と言われハッとした。いま、思えば自殺なんてばからしいことしなくて良かったと思っている。肺ガンに侵されてしまったとはいえ、今、生きている。たとえ、死ぬのが早くても、自殺じゃなければいいだろう。俺はそう思う。というか、この病気になってそう思うようになった。

 ちなみに両親はすでに他界している。兄弟もいない。ひとりっ子なのだ。でも、俺は与えられた命を真っ当する。確かに死ぬのは怖いし、死にたくない。でも、誰しもがいずれ死に直面する。こんなことを言っては身も蓋もないが、現実は無常にもやってくる。

「無常」という言葉でこんな俺でも思い出すことがある。確か、「へいけ物語」というむかしの古い物語が確かあったはずだ。中学生のころにたまたま授業を寝ないで起きて聞いていたので未だに覚えている。なぜ、子どものころの記憶って大人になっても覚えていられるのだろう。不思議だ。

 とりあえず、俺は闘病をがんばらないと! 負けてなるものか。俺にはまだまだやりたいことがたくさんある。そのためには、いっぱい食べて体力をつけなきゃ。抗がん剤治療は大変だが、生きるためにがんばる! くよくよなんかしていられない。

 この病院は総合病院で、呼吸器内科もある。俺はそこの科で入院している。医者が言うには、若いとガンの進行が速いらしい。でも、病気になってからは、人の痛みが分かるようになった。これは病気にならないと分からないと思う。

 親が生きていた頃、生命保険と車の保険は入れ、とうるさく言われていたので仕方なく入ったが、生命保険を使う日がこんなに早く訪れるとは思っていなかった。

 俺の肺ガンはまだそんなにひどくないので、一時、退院となった。それがうれしくて俺は医者から止められている酒とタバコを買った。

 帰宅して、俺はすぐにビールを飲んだ。
「あー! 旨い」
 次に俺は煙草を吸った。1ヶ月ぶりに吸ったからか、むせた。
 これくらい大丈夫だろう、と高をくくっていた。
 勤務先にも、とりあえず退院した旨を連絡した。上司は、
「おー! よかったじゃないか」
 と、喜んでくれた。
「出勤はできるのか?」
 その質問に、
『できますよ!』
 答えた。
「明日からでもいいのか?」
『ええ、いいですよ』
 俺は工事現場で使うような重機の修理や営業を担当している。入院中も、お客さんから、
「最近、見ないけどどうしたの?」
 と、いう電話がきて、ああ、忘れられていないんだな、と思い必ずこの肺ガンという強敵に勝たなければならない、そう思った。

 翌日――。
 俺は会社の作業着を着て出勤した。
 昨日、酒とタバコを吸ったせいか、なんだかせきやたんが出る。でも、大丈夫だろう。
 仕事の要領は1ヶ月やってないだけだったから忘れてはいない。とりあえず金がほしいから働かないと。

 これから医者に言って診断書をつくってもらう。保険金をもらうために。

 安い保険に入っていたので、1日5000円しかおりないはずだ。だから、
5,000円×30日の計算で、150,000円はおりるだろう。ここから病院代を払うからきっと、すぐになくなるだろう。小遣いにはできそうにない。抗がん剤は高いらしいから。

 そういえば、主治医に仕事をしていいかどうか訊くのを忘れた。まあ、いいか。俺はかるく流した。

 仕事は上司のはからいで二日間行って休みをくれた。徐々に仕事に行く日数を増やしていこう、そう上司と話し合った。病院はもちろん受診する。とりあえず、1週間分薬はもらってある。検査は受診するたびに受ける。その通院して支払った分も生命保険からもらえる。そのために、領収書をとっておかなくてはならない。あとで、まとめてもらうために。

 仕事をしていて自覚できるのは、体力が落ちたなぁ、ということ。約1ヶ月入院していたせいだろう。これから少しずつ体力が戻ればいいが。

 二日間働いて、今日は休みだ。二日しか働いてないのに、すごく疲れた。俺は仕事を続けられるのだろうか。不安になってきた。今日はゆっくり休んで明日に備えよう。友達にも会いたいが、体力に余裕がない。彼女もほしいと思っていたが、こんな体でできるだろうか。この2日間の体の状態で俺はすっかり意気消沈してしまった。でも、仕事を再開してまだ2日目だからもう少し様子をみよう。

 まずは、仕事を再開したばかりだから慣れることだ。そう思った。

 いろいろ考えることはあるけれど、なるべくポジティブに考えて生活していこうと思う。そのためには、友達や会社の仲間と会話をすることが大切かな、と思った。

 今までの俺とは違う、と感じた。今までは結構やんちゃで生きてきたけれど、肺ガンに侵されてからは生きていく自信もだいぶ失ったし、将来への展望が持てなくなった。以前なら、自分の会社を興そうかと思ったくらい威勢がよかったのに。病気とはこんなに恐ろしいものかと痛感した。

 休日の今日はゆっくりと過ごせたと思う。症状はあるけれど、まだ大丈夫な範囲だと思う。だから、タバコに火をつけて吸った。その途端にむせた。苦しい……。こいつは禁煙しないといけないパターンか? ビールも飲んでみた。まずい……。こいつも禁酒しろってか? 俺はいったい何のために生きているのだ。楽しいことがどんどん失われていくような気がする。負の連鎖だ。食欲も徐々に減退してきてるのは気のせいかな。とりあえず食べたくなくても食べないといけない。医者にもそう言われている。少し無理してでも食べてほしいと。

 とりあえず、明日は仕事だから風呂にゆっくり浸かって寝よう。

 俺は無理矢理立ち上がり、台所に向かい夕食の準備を始めた。体が怠い。でも、食べるために作らなくては。冷蔵庫にあるもので今日は済まそう。
 半身に切ってあるホッケを焼いて食べることにした。電子ジャーの中を見るとちょうど1膳分あったのでそれをお茶碗によそった。インスタントの味噌汁もあるが、いらない。ご飯と焼き魚だけでいい。

 今の時刻は、午後6時30分ころ。夕飯は食べ終え今は布団のうえに横になっている。

 医者からは、睡眠薬も一応、処方されている。ゴホン、ゴホンとせきが出る。
「あー……苦しい」
 その時、スマホに電話がかかってきた。誰だろうと思い画面を見てみると、会社の後輩からだ。どうしたのだろう? 電話に出てみた。
「もしもし、お疲れさん」
『お疲れ様です』
 後輩は女性で、29歳。
『尾崎さん、大丈夫ですか? 聞きましたよ、ガンだって』
「そうなのか、こういうことは広まるのが早いな」
『夕ご飯は食べましたか?』
「ああ、食べたよ」
『食べれたならよかったです。もし、食べられてないようなら、作ってあげようかと思ったんです』
「まじか! それは、悪いだろ」
『いえいえ、普段からいろいろとお世話になっているので』
「それはありがたいな」
『明日は仕事ですか?』
「ああ、仕事だよ」
『明日、作りに行きますか?』
「それは嬉しいけど、何でそんなに良くしてくれるんだ?」
『もし、尾崎さんの家に行っていいなら、その時話します』
「そうか、気になるから明日頼むかな。俺のアパート知ってるか?」
『前に会社の忘年会の帰りに何人かでお邪魔したので、引っ越ししていなければ分かります』
「わかった。仕事終わってアパートに着いたら連絡するわ」
『わかりました。待ってますね。きっと私の方が退勤するの早いと思うので』

 それで、電話は切れた。
 明日が楽しみだ。加奈美が来てくれる。なんとなく嬉しい。俺の家に来ようと思う理由を明日訊いてみよう。

 翌日、俺は午後6時に仕事を終えた。スマホを見るとLINEがきていた。相手は加奈美からだ。LINEがきたのは午後4時過ぎ、本文は、
<私は今、帰宅しました。尾崎さんの仕事が終わったらLINE下さい。待ってます>
 と、いうものだった。早速、返事を送った。
<お疲れさん。俺は今、帰ってきたからいつ来てもいいよ>
 返事は20分程経ってからきた。
<お疲れ様です。今から行きますね。具材は何がありますか?>
<悪い、疲れ切っているから何も買わずに帰って来てしまった>
<そうですか。何が食べたいですか? と、言ってもそんなにレパートリーないですけど>
<作ってくれるなら、何でもいいよ。それだけでもありがたいから>
<分かりました。具材買って行きます>
<ありがとう。待ってるわ>
 LINEはそこで終え、俺は床に横になった。ぐったりだ、何もしたくない。

 俺は自宅のチャイムで起きた。気付いたら寝ていたようだ。俺はゆっくりと起き、玄関に向かった。きっと、加奈美が来たのだろう。鍵を開けてドアをひらいた。やはり、彼女だ。笑顔で、
「お疲れ様です! 来ちゃいました」
「いらっしゃい。わざわざすまんな」
「いえ、いいんです」
「まあ、入って。立ち話もなんだから」
「はい! お邪魔します」

 俺は、気になっていることを訊いてみた。
「どうして、来てくれたんだ?」
「それは……まあ、いいじゃないですか」
「もしかして、加奈美、俺のことを……」
 言いながら、彼女はコクンと頷いた。顔を見ると赤面している。かわいい! 
「私、料理します!」
 照れ隠しだろうか、話を早々と切り上げ台所に行ってしまった。

 こんな俺を好きになってくれる女がいるとは。少し前の俺なら、ガンだって言わなければ彼女くらい出来るだろうと思っていた。それから時間が経ち症状に苦しまされ、自信を失っていた。

 「地獄に仏」

 とはこのことをいうのだろうか。正直、嬉しい。会社の連中は、俺が肺ガンだということは周知されている。訊きたいことがあるので訊いてみた。
「加奈美」
「はい」
「病気がある俺のどこがいいんだ?」
「それは……それは病気になる前から思っていました。男らしくって、優しい所に惹かれてしまいました。病気があっても無くても尾崎さんには変わりありません! それに、病気になってしまったなら、私が出来るだけ支えてあげたいと思ったんです」
 彼女の意見を聞いて俺は感極まった。そして、
「それなら、俺のサポートをしてほしい。もちろん、交際するという意味も込めて」
「えっ! 私でいいんですか?」
「もちろんだ。だが、俺は知っての通り肺ガンだ。今は、医者が言うにはステージ1だから急にどうこうということはないと思うが、ガンは若い方が進行が速いらしいからどうなるかはわからん。それでもいいなら」
 そう話すと、
「そんなこと言わないで下さいよ……。悲しくなるじゃないですか……」
 言いながら泣き出してしまった。
「す、すまん。泣かせるつもりはないんだ。ただ、現実を言っただけだし一応、覚悟はしておいて欲しいと思ったんだ」
「……わかりました」

 2人の間の雰囲気はすっかり暗くなってしまった。でも、言わなければならない話だから。付き合ったばかりでここまで言うのはまだ早かったかな。だが、既に言ってしまった。加奈美は、
「先のことばかり考えず、今を楽しみましょうよ!」
 彼女の前向きな発言に、俺は共感し、大いに励まされた。
「そうだな!」
 と、言って気持ちを切り替えることができた。加奈美のお陰だ。
 いつまで生きることができるか分からないが、生きている間は楽しもう!そう心に誓った。

                               (終)

 


 


 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?