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【短編小説】突然の死

#死 #突然  #

 僕の友達が十階建てのビルから飛び降りた。僕はその場を見ていた。衝撃的な出来事でとてつもなく驚いた。即死だ。それはそうだろう。なんせ、十階から落ちたのだから。自分から飛び降りたように見えた。彼に何があったのだろう。
 彼の名前は立川潤貴たちかわじゅんき、十七歳。僕も同じだ。高校二年生。僕の名前は川上春樹かわかみはるきという。
 立川は親友だと思っていたけれど、そう思っていたのは僕だけだったのか。はっきりとしたことは分からないけれど。何かに悩んでいたのなら相談して欲しかった。友達甲斐のない奴だな。僕は強いショックを受けた。気分も暗くなってしまった。『何で!?』という思いが強い。僕は立川のことを人として好きだったから疑問が残る。苛めにあっていた訳じゃないと思うし。身内で何かあったのだろうか。僕は今日の授業を終えて彼の家を訪ねた。家のチャイムを鳴らして、暫くしてからお母さんが出て来た。中から
「はい」と元気のない声が聴こえた。僕が外から名前を言った。
「川上です。川上春樹です」
「あ」
 という声が聴こえた。そして僕はドアを開けた。彼の母親は憔悴しきっていた。なので何も喋らない。僕の方から話しかけた。
「この度は潤貴がこんな形でいなくなってしまい凄く悲しいですし、寂しいです。なので、お線香をあげに来たんですがいいですか?」
 笑みのないお母さんは、
「どうぞ」
 と一言だけ言葉を発した。僕は、
「お邪魔します」
 そう言い家に上がらせてもらった。一応、菓子折りも持って来た。もちろん、通夜と告別式には参加させてもらった。
「ありがとね、わざわざ来てくれて」 
 お母さんはそう言った。
「いえいえ、そんなわざわざだなんて。仲のいい友人でしたので」
「まあ、とりあえず拝んでやってね」
「わかりました」
 僕はお母さんに仏間まで案内してもらった。
 そして畳の上に菓子折りを置いて、小さめの仏壇に線香をあげた。思わずこみ上げるものがあった。僕を見てか、お母さんは泣きだしてしまった。
「ごめんなさい……つい……」
「いえいえ、仕方ないですよ、こんな時は」
「ありがとね。川上君のような優しい子に家の子は何で相談しなかったんだろうねえ……」
「悩みってどんな悩みですか?」
「……実はね、潤貴には不治の病があって、多分それを悲観しての行動だと思うの。あの子は何も言わずにこういう行動をとったから私やお父さんも混乱しちゃって……」
「なるほど、そういうことだったんですね……」
 お母さんはがっくり肩を落とし頷いていた。これは立ち直るまでだいぶ時間がかかりそう。まあ、それも仕方ないことだと思う。最愛の息子に先立たれたんだから。他人ではあるけれど、親友だと思っていたから僕もショックは受けている。
 僕は仏壇の前に座って、線香にライターで火を点けた。そしてそれを灰に立てた。僕は両手を合わせて拝んだ。僕はお母さんに訊いた。
「初七日と四十九日はお邪魔して拝ませてもらってもいいですか?」
 薄っすらと笑みを見せて、
「いいよ、ありがとね。ちょうど日曜日だし」
「わかりました、よろしくお願いします」
「こちらこそ。それにしても川上君はしっかりしてるね」
「そうですか? そんなことないですよ」
「いやあ、潤貴に比べたらしっかりしてるよ。ご両親の教育がよかったのかな」
 僕は黙っていた。そんなことないんだけどな。でも、そう言ってもらえるのは嬉しい。
「では、この辺でおいとまします」
「はい、ありがとね。またね」
 そう言って立川の家をあとにした。
 ここに来る前に自宅には誰もいなかった。両親は仕事に行っていない。弟は部活かな。彼は卓球部。僕は自宅に戻って自分の部屋に行き、ベッドに横になった。怠い、こんなことがあったからだと思う。仕方がないけれど。
 気付いたら眠っていたようだ。時刻は十七時前。弟の純也じゅんやは帰って来てるようだ。弟の部屋からゲームの音が聴こえてくる。僕は
やったことはないが、純也はオンラインゲームをやっているらしい。どういうものか、詳しいことはわからないけれど。
 両親が帰って来たら、立川潤貴が自死した、という話しをしよう。そして初七日と四十九日にも顔を出すという話しもする。立川は家の両親とも面識がある。知らない友達なら言わないけれど、知っているから言わないわけにはいかないだろう。
 それから少しして母が帰って来た。母は洋服店に勤務している。九時までには出勤するけれど、帰る時刻は暇だったら帰らされるようだ。だから、安定してるとは言えない。父は釣り具店の店長をしている。父は開店から閉店
まで。十九時に店は終わる。副店長とアルバイトの三人で店を切り盛りしている。今日は父の出番らしい。レジ上げをして帰宅するから、車で家に着くのは十九時三十分頃になる。母は、
「ただいまー」
 と言いながら家の中に入って来た。母が来たので僕は二階の部屋から居間に降りた。僕は母にこう言った。
「母さん…」
「ん? どした? 浮かない顔して」
「父さんにもあとから言うけど……立川が……死んだ」
「え! 何で?」
「さっき立川の家に行ってお参りしてきたんだけど、あいつのお母さんが言うには不治の病があって、それを悲観して十階建てのビルから飛び降りたのかもしれないって……」
「あら、そうなの……。春樹に相談とかなかったの? 仲よかったじゃない」
「そうなんだけど、残念ながら何もなかった……」
「死神に憑りつかれたかもね。死神に憑りつかれたら死ぬ以外何も考えられなくなるっていうから」
「そんな話しがあるんだ」
「まあ、迷信だと思うけどね」
 僕は黙って聞いていた。言葉は知っている。でも、母が言った話は知らなかった。それと法事の話しもした。
「初七日と四十九日は日曜日だから立川の家に行くわ」
「うん、行っておいで。お布施あげるから」
「ありがとう! 助かる」
 学校の担任の先生にも言わないとな。でも、それは立川の親が連絡することか。落ち込んでいる立川の両親に何でもいいから力になりたい。そう思い考えたが思いつかない。何かして欲しいことがあったら言ってくるかもしれない。僕が考えていることはもしかしたら余計なお世話かもしれないし。様子をみることにする。
 僕は再び自分の部屋に戻り、ベッドに横になった。何だか体が怠くて重い。暗い気分だからかな。立川の野郎、残された人たちのことも考えろやな。でも、母さんの言う通り死神に憑りつかれていたなら、考えるのは無理だろう。クソ! 立川のために何もしてやれねえ。でも、よくよく考えたら生前から僕に何か相談してくることはなかった。そんなに僕は頼りないだろうか。そう考えると涙が出てくる。それと共に苛々してくる、自分の不甲斐なさに。もっと頼られる人間になりたい。例えば彼女や友人などから。そうすれば自分に自信もついてくるだろう。
 立川は病院に行っていたのだろうか。まあ、行ったから不治の病だということがわかったのだろう。原因はなんだ? そもそも病名がわからない。わかったところで死んでしまった立川に何もしてやれない。
 あの通夜の晩、立川の両親は号泣していた。堪え切れなかったのだろう。あいつは一人っ子だった。残された両親はどれだけ辛かったことだろう。はかりしれない。出棺の時には彼のお母さんは、
「潤貴……!」
 と泣き叫んでいた。
 思い出すだけでも気の毒でこちらも泣きそうになる。お父さんは嗚咽を堪えるようにしていた。
 あれから初七日を迎えた。僕は高校の制服を着て母からもらったお布施を持って立川の家に向かった。途中、スーパーマーケットに寄り、菓子折りを買ってから行った。
 僕はバイトをしているのでお布施代くらいは出せるけれど、母がくれると言うのでお言葉に甘えてもらうことにした。ちなみにコンビニでバイトをしている。
 初七日を終え、お昼の分の弁当も用意してくれていたので、ありがたくいただいた。僕は弁当を食べ終え、
「ごちそうさまでした」
 と挨拶をすると、立川のお母さんは、
「川上君、今日は来てくれてありがとね。きっと、潤貴も喜んでいると思うよ」
「そうですね」
 と答えた。
 お父さんも声をかけてくれた。
「川上君、ありがとな」
「いえいえ。今度は四十九日に来ますね」
「お! そうか。来てくれるのか。ありがとな。待ってるよ」
「お邪魔しました」
 そう言って僕は立川の家をあとにした。

 そして四十九日の法要も無事終え、僕は安心した。こういう法要への参加は初めてだったので緊張したから。しかも一人で。
 立川、天国でゆっくり休め。そう心の中で呟いた。

                              了

 

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