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少年の現実 二話 父との買い物と、父の彼女

 僕は履歴書を父に買ってもらって、再び車に戻った。相変わらず暑い。車中も。父も、
「さすがに暑いな」
 と、ぼやいていた。あれから約30分経ち、今は13時30分頃。僕は暑さと移動で疲れてきた。僕の態度を見て父は、
「何だ、もう疲れたのか。そんなんじゃ、務まらんぞ」
「大丈夫だよ!」
 僕は意地になって言った。
 でも、内心はきついかもと、思っていた。父の車が発進し、5分くらいして再びハローワークに到着した。それから僕はゆっくりと車外に出た。父は素早く降りて建物内に入った。さっきはいなかったお客さんが2、3人来ていた。そのほとんどが中年の人達だ。仕事がないのだろうか。気の毒に。家庭がある人もいるだろうな。その人達を見ていて父に声をかけられた。
「昭雄! 何してるんだ。早くこっちへ来い」
 そんなきつい言い方しなくてもいいじゃないか、と思ったが黙っていた。
 これで疲れているから道路工事の仕事は務まらないかもしれない、と思ったがせっかく見つけた仕事だからやってみようと思い直した。

 父は僕に履歴書の入った買い物袋をよこした。そして、袋から1枚履歴書を取り出し受付の先程の男性職員に見せた。
「あっ、このタイプね」
「はい。父に選んでもらいました」
 男性職員は、
「空欄を上から順に埋めていきましょう」
 丁寧に教えてくれた。
「一番難しいのはね、志望動機というやつだよ。私が考えた通りに書いて下さいね」
「わかりました」

 男性職員は難しいと言う割には志望動機をスラスラと書いている。慣れているからか。さすがだ。
 出来上がった文章を見てそれを真似して書いた。
 一応最後まで書き終えた。
「出来たね」
「ありがとうございました」
「いえいえ。また、何かあったらいつでもおいで」
 言ってから父に、
「書いたよ」
 伝えてハローワークを後にした。

 明日の13時か、緊張するなぁ。そういえばどんな服装で行ったらいいのだろう。車に乗ろうとした時思い付いたので、僕は父に、
「ちょっと、もう一回行ってくる。訊きたいことがあるから」
 僕は小走りで行った。
 建物内に入るとすでに一人、男性職員と話しをしている。父さんを待たせるのは悪いので、また小走りで車に戻った。父は、
「どうしたんだ?」
 不思議そうな顔つきで訊いてきた。
「明日、どんな服装で行ったらいいか訊こうと思ってね」
「そうか。で、何て言ってた?」
「さっきの職員が別の人と話していて訊けなかった」
「普段着でいいだろ。スーツで行く必要はないと思う」
 そうかぁと思った。まあ、父がそう言うのならそうなのだろう。

 僕と父は夕食の具材を買いにスーパーマーケットに行くことにした。
「今日の夕食は何?」
 僕が訊くと、
「炒飯にするわ」
 そう答えた。父の作る炒飯は美味しい。

 天気は相変わらず良い。綺麗な夕焼けだ。10分くらい車を走らせ、地元のスーパーマーケットに着いた。このスーパーマーケットは最近出来た店舗で、外壁が黄色の2階建て。1階は食品売り場で2階は本屋、靴屋、洋服屋がある。僕は父のあとに着いて行った。父が、
「カゴをひとつ持ってくれ」
 言うので、近くにあったカゴを取って戻った。父は具材をよく見て品定めをしている。卵・チャーシュー・エビ・ねぎ・生姜をカゴに入れた。
「何か欲しいものはあるか?」
 僕がずっと欲しいと思っていたのは、先月発売したミステリー小説だ。父にそのことを伝えると、
「おっ! そうか。千円やるから買ってこい」
 父は財布から一枚出してくれた。
「ありがとう! ちょっと行ってくる」

 僕は2階の本屋に速足で向かった。お目当ての小説は人気があるようで、売り場の前面に置かれていた。
僕は嬉しくなり、1冊手に取って見てみた。面白そう! と思った。早速レジに持って行き、会計を済ます。帰って時間のある夜に読もう! 楽しみだ。

 僕のポケットに入っているスマホがピンポンと鳴った。LINEだ。見てみると父からだ。
<本買ったか?>
 とりあえず会計を済ましてしまおうと思いポケットから父からもらった千円札を取り出し支払いを済ませた。その際に書店員が、
「ブックカバーは付けますか?」
 笑顔で対応する僕と年が近そうなその女性に、
「お願いします」
 そう答えた。その書店員は黒髪を背中で束ねて、赤い縁の眼鏡をかけている。黒っぽい制服を着ていて背は僕より少し低いくらいかな。きっと、僕より年上だろう。かわいい、と思った。ネームプレートにまえかわ、と平仮名で表記されていた。彼氏はいるのかな。僕は半ば一目惚れに近い感じでまえかわさんを見ていた。下の名前は何ていうのだろう。気になる。いつもなら言わないことを僕はまえかわさんに言った。
「またきますね!」
 彼女は嬉しかったのか笑顔を浮かべて、
「はい!」
 返事をしてくれた。思わず嬉しくなった。僕は手を振りその場を去った。まえかわさんは手は振らず、頭を下げながらこちらを笑顔で見ていた。

 父からLINEが来ていたことはすっかり忘れて僕は食料品売り場に戻った時、そのことを思い出して慌てて父を探した。父は会計を済ませた様子で僕を探しているのかキョロキョロと周りを見ている。
「父さん!」
 声をかけるとこちらに振り向いた。
「おお、来たか。遅いからエロ本でも立ち読みしているのかと思った。ガハハハッ」
 父は周りのことなど気にせずデカい声で笑った。周囲のお客さんは迷惑そうに父を見ている。でも、僕は何も言わず放っておいた。父は割と短気だから注意して怒られても嫌だから。
「父さん、買い物終わったんでしょ? 僕も小説買ってきた。面白そうだよ」
「そうか。それは良かったな」
 僕は頷いた。
「読み終わったら俺も読んでみたいから貸してくれ」
 父は言った。

「よし、帰るか」
 僕は再度頷き、2人して出口に向かった。
 外に出てみると曇り空になっていた。
「雨降ってくるかな」
 僕がそう言うと、
「そうかもな」
 父は言った。

 僕の予想は当たった。約1時間後にしとしと雨が降ってきた。父は家に着くなり早速換気扇の下に行き、煙草を吸い始めた。 ゴホゴホと咳をしている。大丈夫かな。そのあと、手にハンドソープをつけて洗いタオルで拭いている。父はシンクの下から包丁を取り出し、いつものように買ってきた具材を手際よく切っていた。再度シンクの下を開けてフライパンを出した。それをガス台の上に置いて火をつけた。強火で。僕も父のように格好良く調理をしたいと思いながら見ている。冷蔵庫から冷や飯を取り、具材と調味料を入れて炒めている。ジューッという音と共に美味しそうな匂いがしてきた。

 先程のスーパーマーケットの2階の書店員のことを思い出した。そして、そのことを父に話した。
「いいじゃないか! お前は今まで彼女が出来たことなかっただろ? もしかして初恋か?」
 好きになった子は今までに2人いた。でも、そのことは父には話してなかった。なので、
「いや、そんなことはないよ」
 正直に話した。
「そうなのか! それは初耳だな」
「言ってなかったからね」
 父は調理しながら話している。器用だな。さすがだ。
「どんな女か俺が見てやる」
 そう言われて焦った。
「いいよ、見なくて。恥ずかしいよ」
 父は、フンッと鼻を鳴らした。
「見るぐらいいいじゃないか、減るもんじゃあるまいし」
 僕の話を聞いていないのかな。
「だから、恥ずかしいんだって」
 スーパーマーケットにいた時のようにガハハハッと大きな声で笑った。内心、うるさいと思っている。僕は母に似たのか声は小さめだ。
「ようし! 出来たぞ。食器棚から大きい皿を2つ出してくれ」
「うん」
 返事をし、それを居間のテーブルの上に置いた。父は、フライパンを持ってきて皿に盛っていく。父の方が多めにした。大食らいだから。そのせいか、父の体型は太めだ。
「それと、コップに2つ水を入れて置いてくれ。スプーンも」
 僕は言われた通りにした。父は、
「よし、食うぞ! 座れ」
 良い匂いがする。僕は父の前に座り、食べ始めた。
「美味しい!」
「だろ! 俺の作る料理は旨いに決まってるんだ」
 凄い自信だ、迫力もある。父にはかなわない。
 ちゃんと噛んでいるのかわからないが、10分もしないうちに父は完食した。早い。僕はまだ半分しか食べていないというのに。あまり噛まないで食べて胃腸を悪くしなけりゃいいけど。16歳の僕が40歳の父に言う言葉ではないと思った。だから、言わなかった。

 父は食事を終えたあと、戸棚に置いてある爪楊枝を1本取り、前歯の隙間に刺して食べ物のカスを取ってティッシュで丸めていた。汚いという自覚はないのかな。僕の方から見てあまり心地の良いものではない。無神経というやつ。でも、それくらいのほうがメンタル面は強くいられるのかな。自分で思うけど、体つきも細いし、気も弱い。だから、苛めにあっても反発できないでやられっぱなしだった。僕はそんな自分を卑下した。中学生の時も僕が苛められたことを父に打ち明けると、学校に電話をしてくれたり何かと守ってくれた。優しい父。時には厳しい。飴と鞭というやつか。上手く物事が進むと褒めてくれる。でも、上手くいかないと注意なり叱責なりして僕を戒める。

 夕飯を食べたあと、父は冷蔵庫に行き缶ビールを2本持ってきた。いつも食後にビール等を飲む父。以前、ビールを飲ませてもらったが苦くて飲めなかった。どこが美味しくて飲んでいるのか、理解に苦しむ。父は毎日晩酌をするので慣れているせいか、そんなに酔った様子は見せない。父は、
「焼酎なら飲めるか?」
 言うので、
「いやいや、父さん、僕、未成年だから」
 父は、フンッと鼻を鳴らして、
「先生にバレなきゃいいだろ。俺なんか14の頃から飲んでるぞ」
 それは初耳だ。14歳から……。それは早すぎるだろ。過ぎ去った話しとはいえ。ちなみに、
「煙草はいつから?」
 父は勝ち誇った表情になり、
「15からだ」
 えっ、そんなの全然自慢にならないじゃん、と思った。そう伝えると、
「俺が中学生の頃、煙草を吸いに学校の近くにある神社に行くと、同級生の奴らが煙草欲しさに何人か着いて来るんだ。自分で買えばいいものを」
 父は、
「ハッハッハッ!」
 高笑いしている。

 僕は父に、
「風呂沸かしてくれ」
 言われたから、
「わかった」
 素直に答えた。早速、僕は浴室に向かいその中にあるスプレー洗剤とスポンジを取り浴槽と床を洗った。最近では、今は夏だからシャワーが多かったが、父の気まぐれだろう、今日は湯舟に熱めのお湯を張った。父はその方が好きだったはずだから。

 約20分後、お湯が溜まったかなと思い浴室に行ってみると、案の定だ。8分目まで溜まっている。蛇口を締めて蓋を載せた。父はビールを飲んだというのにお風呂に入ろうとしている。
「ビール飲んだあとにお風呂に浸かって大丈夫?」
「ああ。大丈夫だ。缶ビールたったの2本しか飲んでないから」
 それでも僕は心配だ。同級生の山川花梨の父はアルコールを飲んだあと入浴したら心臓発作を起こしたらしく亡くなったという例があるから尚更心配になる。そのことを伝えたことはあるが、
「その人と一緒にするな!」
 一蹴されてしまった。その時は酔っていたせいもあるのかもしれない。聞く耳を持たなかったのは。父に、
「そっか。お風呂沸いたからね」
「わかった。サンキュ!」
 父は立ち上がり寝室に行き、下着とハーフパンツを持ってきた。中年太りというやつか、ポコンとお腹が出ている。正直、カッコ悪い。親だということに変わりはないけれど。僕は、
「父さん、太った?」
「いや、変わってないと思うぞ」
 僕がお腹をじーっと見ていると、
「この腹のことを言ってるのか?」
 僕は苦笑いを浮かべながら頷いた。
「まあ、気にするな」
 僕は、あることを前々から思っていたので訊いてみることにした。
「父さん、彼女はいないの?」
 父は吹き出した。
「急に何を言い出すんだ。まあ、いないことはないが」
 やっぱり、と思った。
「どんな人?」
 僕が訊くと、
「うーん、一言で言えば優しい奴だな」
「へー。見た目は?」
「それは普通だ」
「結婚は考えてるの?」
 僕は立て続けに質問をした。
「質問攻めだな、お前は」
 僕は笑った。
「でも、気になるよ」
「そうなのか。結婚な、お前が成人したらするかもな」
 それを聞いて僕は、
「どうして成人してからなの?」
「責任の問題かな」
「責任?」
「ああ。お前が成人過ぎたら何かあっても親の責任じゃなく、お前自身の責任問題になるだろ」
「うーん、よくわからないなぁ」
「要するに、義理の母になるかもしれないからなるべくあいつには責任を持たせたくないだけだ。風呂入ってくるからな」
「うん」
 と言って僕は頷いた。

                            つづく……



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