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二重の小屋

こんにちは。田畑や漁港、町の中にポツンと建っている物置小屋や作業小屋の写真を撮り歩いては記事を書いています。
何かのお役に立ちそうにはありませんが、よろしければ、しばしお立ち寄りください。

ちょっと前のことですが、春の気配を感じられるようになった3月下旬のことです。長野県内で早朝に車を走らせていたところ、気になる小屋を見かけました。一旦は通り過ぎたのですがUターン。
いつも小屋が視野に入るのは、時間にすれば1秒にも満たない一瞬です。網膜に映った映像を頭の中で反芻し、引き返すか、そのまま車を走らせるかを直感で決めています。

その小屋が建っていたのはY字路の分岐で、幹線道路側に背を向けている格好だったので、枝道の方に回り込みました。車を安全な場所に停めて、カメラを持って歩いていきます。空の明るくなる時間が早くなり、鳥がさえずりを始めていました。
最初に車の中から見た時には気付かなかったのですが、使われている材質はありふれたトタンとポリカーボネートの波板で、形状が特に変わっていたわけでありません。ものを収納するにはちょっと小さく、人が屈まなければ入れなさそうな中途半端な大きさでしたが、何故気になったのか不思議です。わざわざ引き返すまでもなかったかな、農機具でも入っているのかなと思いながら近づいていくと、小屋の中にさらに小屋があるのが見えました。

え、まさかの小屋 in 小屋?

思ってもいなかった展開によくよくみると、それは犬小屋でした。小屋に小屋が重なっているのはかなり珍しい光景です。そして、飼い主の犬を大切に思う気持ちが伝わってきて、ほっこりと暖かい気持ちになりました。

私としては、ここはさらに一歩近づき、稀な事例としてじっくりと観察し、写真を撮りたいところです。
ところが、ここでひとつ大きな問題が発生します。小屋好きを自認する私にとって泣かされる手強い相手といえば、何をおいても飼い犬の他にありません。犬からすれば見知らぬ人間が現れたので職務に従って忠実に吠えているだけですが、こちらとしては目の前にどんなに魅力的な小屋があってもゆっくりと観察していられるわけもなく、いつも撤退を余儀なくされています。そそくさと車に引き返す姿を端から見れば、不審者そのもの。まさか自分が車を引き返してまで見にきた小屋の中に、天敵たる犬の小屋が収まっていたとは・・・。

人がまだ動き出していない日曜の早朝に吠えられ、近隣の平穏な空気を壊すのは本意ではありません。この時も遠目に写真を撮って退散しようかと思いましたが、幸い犬の動く気配がありませんでした。小屋の中は空なのかと恐る恐る近づいてみると、丸まって気持ち良さそうに寝ている犬の姿がありました。
二重の小屋はワンちゃんにとってはさぞかし快適なのでしょう。春眠暁を覚えず。たとえ天敵とはいえ、安眠の邪魔をする気にはなりません。
写真を撮るのは諦め、音を立てないよう、そっと小屋を後にしました。
(了)
2022.05.16

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