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無題、もしくは僕の他者認識にまつわる考察


 ある日突然、僕のあまり使っていないTwitterアカウントに向けて、後輩からリプライが届いた。曰く、A氏と僕の仲は如何様な関係として定義されるのか、と。本当にそれしか書かれていないリプライを受信し、僕は困惑した。

 A氏と僕は大した関係ではない。大した関係でないと言い切ってしまうのはいくらか氏に対する非礼にあたるような気もするが、実際のところ氏の書く文章を僕が少々気に入っていること、また僕が氏に自身のアルバイト先を紹介したことを契機に以前より日常会話が成立するようになったことの他には特筆すべきこともあまり見当たらない。僕の視点で [高校時代の部活の後輩の→同級生の友人の→同塾の友人の→中高時代の友人] だったA氏が [アウトプットの面白いバ先の後輩] までいったのはまあまあ愉快な親密度の上がり方だとは思っているものの、面白いのはその程度のことだ。如何様な関係なのか、と訊かれても、友達です、以外の回答はなかった。

 そもそも後輩がそんなあやふやな質問をすること自体が珍しい。その後輩は比較的他者個々に対して求めるものが本質的に明確な傾向があり、他人同士の間柄や役割を単語で定義することにはどちらかというとあまり価値を感じていなさそうな印象すらあった。その後輩が、A氏と僕の仲の定義を、疑問に感じている…?
 僕の回答自体は先述の通りあっさりとしたものなのでここでそのまま会話を終了させてもよかったのだが、後輩のリアクションそのものが非常に気になった僕は後輩の質問の意図を探ることに決めた。


 後輩は一時期、いわゆる『恋愛対象』として複数の人間からターゲッティングされていたことがあった。当初は後輩自身もその状況にひどく困惑しているかに見えていたが、いつからかその状況を利用して後輩は【どの人脈の人間が最も友好的に継続しうるか】という【実験】を開始した。条件は以下の6つである。

①友人歴が長く、他に交際相手がいない状態で交際
②友人歴が短く、他に交際相手がいない状態で交際
③友人歴が長く、他に交際相手がいる状態で交際(恐らく僕がこれ)
④友人歴が短く、他に交際相手がいる状態で交際
⑤友人歴が長く、交際状態にはならない
⑥友人歴が短く、交際状態にはならない

 これらの実験体のうち、交際状態に至った面々のことをある人物が【分霊箱】と呼び始めたのはまた別の話だが。

 まだこの【実験】とやらの詳細も碌に明かされていなかった頃、僕は④(男性である)に該当する人間と後輩が二人で遊んでいるところに呼ばれていくことが何度かあった。僕は二人がそれなりの頻度で日中の通話やゲームでの固定、寝落ち通話をしていたことを知っていたので、恋愛文脈中の相互依存関係の中でしかそれらを経験したことのない僕は『個通する仲の異性とのあいだにもう一人人間を増やすのは自分であれば嫌だから、君と④がわざわざ僕を呼ぶこの状況が理解ができない』というようなことを言った。らしい。Twitterによれば。
 その会話をどうやら後輩も覚えていたらしいのが発端だった。A氏と僕が知り合う契機になったdiscordサーバーでは夜間のルームに作業通話中の僕ら二人しか入っていないときが度々あるのだが、それを目撃した後輩が『あなたは個通する仲に@1が増やされるのは嫌で、なのに何故A氏と[二人で話したい]のに[知人たちが誰でも入れる環境で通話]しているのか』と疑問に思ったのだということだった。
 もちろん、後輩の説には根本的な破綻がある。僕はA氏と[二人で]話をする状況を望んだ記憶はない(念のため言い添えておくが、A氏と会話すること自体にはそれなりの価値を感じているし、だから作業通話にはよくお邪魔している)。僕は親しくなりつつあるA氏とはその後輩と同じくらいの感覚で接しており、以前は後輩がいなければサーバーのボイスチャットへの参加すらできなかったが、そのおかげでA氏がいる時にも入れるようになったのだ。だから単にA氏が一人でチャットルームにいる時にも入れるようになっただけであり、個人的に話がしたいというのとはまた感覚が異なるのであった。

 ただその一方で後輩の指摘は割と的確でもあり、以前後輩とその分霊箱を『個通する仲の異性』と括ってどうこう言った割にはれっきとした(という言い方をわざわざするのも妙だが)成人男性であるA氏をそうした文脈でとらえることがなかったわけで、ここから僕もこれは僕側の認知にも何か問題があるのではないかという気付きを得た。そこで僕は、改めて僕自身の自己と他者の認識について考えてみたのである。


 僕は長らく、自分自身のことをパンセクシュアル(全性愛者)だと認識してきた。男であろうと女であろうと、恋愛感情を抱いた経験があるからだ。しかしここへきて、どうやらそうではなかったのではなかろうかという疑念が頭をもたげている。
 これは薄々思っていたことではあるのだが、僕は自己の性に違和を覚えたことは一度としてないものの(いわゆるシスジェンダーというやつだ)、時折自身の振る舞いを[男のようだ]と感じることがあった。従兄弟や友人に男性が多く、特にゲームなどに関しては女性の友人よりも男性の友人の方がモチベーションの一致をみるものが多かった(PvPなどは特に顕著)し、美男子よりも美少女を好んだ結果オタク友達も必然的に男性の方が多かった。そして自身の振る舞いのうちの最たるものとして、僕は[自分より背の低い女性の友人に対して庇護的な(俗な言い方をすれば、いわゆる彼氏がするような、男性的な)立場をとることで自身の立場を確立してきた]部分があるのであった。
 もしかしたら僕と後輩を単純に想像した人もいるかもしれない。非常に失礼ではあるが、今のところ僕もそう思っている。メタ的な開示があったとはいえ実験対象にされていたのだからお互いさまというにしておいて欲しいが…閑話休題。もちろんそれに該当するのは後輩だけではなく、今ぱっと想起できる範囲でも少なくとも小学生のころからそういう人間はいた。恋愛関係にある人間と相互依存的な関係を構築した結果人脈が破滅した高2・大1の各一年間を除外すれば、ほとんど常に僕にはそうした女性の存在があったのである。

 そこで僕は、次のようなことを考えた。恐らく僕の中には、自分が[男性的な立場にいる]認識である状況か[女性的な立場にいる]認識である状況かどちらかの2パターンと、そこからさらに相手を[同種]と[異種]どちらとして認識するかという2つの判断がある。同種・異種の違いは恐らく一般に恋愛場面で[同性]や[異性]と呼ぶものと似ていて、僕は同種を友人としてみなし、異種に対して情緒的な依存を発生させる。ここで一つだけ違うのは、相手が同種であるか異種であるかに対象の人間の持つ性別は一切関与しない、ということだ。

 実際の行動規範(自身のとりうるムーブメント)と自認を図示することも試みた。以下はその図である。

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 傾向としては他人と対等・もしくは他人にリソースを割いて立ち回る際は自認が男性側に寄り、他人と協調したり他人からリソースを享受する際は自認が女に寄りやすい。そして同種か異種かは本当に性別は関係ない。ただ僕に対してどのようなメリットがあり、どのような感情を僕が生起するかだ。表を参照すると一見矛盾するようにも見えるが、もちろん男性に飯を奢ることだってある。
 後輩と④については、二人の日常的な行動が異種の類型にしか見えなかった(そもそも④については、僕は後輩が分霊箱になってくれと④に頼んだということしか知らなかった)からこそ自分が異種の人間といる時と比較して考えてしまい、ちょっとした誤解を生むことになっていたのだった。
 [恋愛対象外]というフレーズは存在しない落ち度を相手に植え付けるようで僕は嫌いなのだが(そもそも[恋愛]という曖昧な概念そのものが嫌い)、誤解を恐れずに言うとただ単にA氏は僕にとって同種なのだ。なんでも異種であればいいわけではない。だから僕には、最初から後輩の述べたような発想がなかったのである。



「…というわけで、Aさんにその判定が発生しないことに関しては僕にとってAさんが同種だからってことで、伝わってくれた?」

「わかりました! つまりAさんは女の子なんですね!」

「そうはならんやろ」


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