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Magic 前編

緊急事態宣言が出て数日。

眠らない街もすっかり寂れて看板は暗く、道端にはキャッチの一人もない。

さて、どうしたものか。

その辺に腰をかけながら始発の電車までの暇潰しをぼんやり考えていると、大体20代後半の細身の男に話しかけられた。


彼は俺に「マジックを披露して、もし面白かったら一緒に飲みに行きませんか?」と持ちかけてくる。

「正気かコイツ?」とも思ったが、ナンパにしては斬新な誘いに退屈していた身としては都合が良かった。

一つだけ残念な点があるとするならば、それは俺が昔、マジックにハマっていてほとんどのタネも仕掛けも「知っている」という事だけ。


案の定タネを知ってるマジックを披露されて内心落胆しつつ、このツケは酒と行為で払って貰う事を決意。

知人伝手にこっそり営業していた居酒屋へ通して貰い、2時間飲み放題で男は1杯、俺は6杯飲んだ。

若干引かれたが、こんな薄めた安酒ごときに酔い潰れて手篭めにされるほど甘くはない。

元々酒に強い家系だという事もあるだろうが、二丁目の酒カスゴリラ共に鍛えられた肝臓は伊達じゃないのだ。



夜も深い午前3時。

夜道を歩きながら話していると男は「ここには自転車で来ていて、歩くと20分、自転車に乗れば8分くらいのところに家がある」という。

つまり「飲酒運転上等。後ろに乗れ」という事らしいが、お前それでよく女口説こうと思ったな27歳。


最後まで2ケツする事を遠回しに断りながら渋りまくったが、あまりにしつこいので結局俺が折れる事に。

思えば誰かと2ケツする経験をした事など無かったが、まさかこの歳になって飲酒運転上等チャリンコヤリモク野郎と青春よろしくイベントが発生するとは思わなかった。

人生ってやつはどうにも面白可笑しい。


そうして風を感じながら揺られる事約10分。

もうすぐ着くからと下ろして貰い、男は2人乗りが初めてだと言っていた俺に意気揚々に感想を聞いてきた。


「初めての2人乗り、どうだった?」

「んー……涼しかった

「す……え?あ、そ、そっか…」


すまんな、お前の人選ミスだ。

色気もムードもクソもない俺のド直球な感想に、彼は家に着くまで戸惑い続けたのである。

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