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鯨とロック


以前友達の知り合いの編集者さんと漫画家さんと飲む機会があった。
東京新宿にある鯨料理のお店で、鯨のおさしみや唐揚げを食べながら、編集さんが連れてきた線の細くてきれいな女性漫画家さんとお話しをした。
その漫画家さんは原発の町に生まれ育った夫を取材したいらしかった。
普通では考えられないくらい大きな魚が育つとか、きっとそれは奇形らしいとか、潤沢に入ってくるお金で田舎の町なのにとてもすばらしい図書館があるとか、そんな話をぽつりぽつりと話していた。
鯨料理を食べながら原発の話をする夜なんてそうあるものじゃないなあと思いながら、質問を受ける夫の隣でちびちびとビールを飲んでいた。
原発の話から3、11の話に移り、
話の矢印がなぜかわたしに回ってきた。
わたしは友達が3、11の地震の原発事故の直後に、小さな子供を抱えて都会に居続けたことを話した。
なりふり構わずに逃げる選択肢もあったのじゃないかとずっと考えていた。けれど学校とか仕事とかいろんなものを置き去りにしても子供を
守るということが、今の日本ではとても難しいということを実感していた。
友達には避難してほしかったけど、頭の片側では東京や千葉からすぐに地方へ移住した著名人の行動を少し軽蔑したりする自分もいた。
そんな風に遠くから賛成と反対の旗を小さく上げ続けるわたしはとても偉そうで好きじゃなかった。
わたしは体温が少しだけ高くなった。
まっすぐな言葉を探して話した。
自分の考えを伝えてみた。
しばらくしてふと編集者の男の子が言った。
「俺、みねたの友達なんだよね。今からみねたに電話してみよう。」
彼が携帯を耳に当てて待つこと数秒。
わたしも夫もどきどきしたけど、みねたは不在。
裸の心を痛いくらいに、ばか正直に歌う彼のロックな歌声を、当時のわたしはあまり知らなかった。
あーあ、残念だなあ、くらいにしか思わなかった。
正直な歌声で思いの丈を叫んでほしい。わたしにもあの子にもロックが必要だ。
チカチカ光るネオンで真っ暗になれない東京の夜は少しだけ寂しい。

後日漫画家の先生からお礼のハガキと漫画が届いた。
「感受性の豊かな彼女さんですね。」と書いてあった。
わたしはわたしの思いの丈を伝えてよかったなあと心から思った。
感受性はみんな持ってるけど、伝える場所がなかなかないから、そんな瞬間が訪れたなら、はみ出しちゃうかも知れないけど、えいって伝えてみることを時々は推奨しようと思います。

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