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見る側が試されているんだ #216

 学習発表会や運動会は子どもに最後まで任せると、もちろん質は下がる。しかし、子どもたちのとって「自分たちで作った」という達成感は大きい。それに対して、どう捉えて、どんな言葉をかけるかが大事だと思います。そう、観る側が試されているのだ!

 今、学習発表会の練習をしています。今の学年の学習発表会は、1年間でできるようになったことの中で、発表したいものを自分で考えて発表するという、かなりオーソドックスな内容です。子どもたちもクラスごとに「こんな発表にしたい」と意見を出し合い、練習をしていきました。いよいよ来週が発表です。

 最近聞いた二つの話と自分の指導を比べて考えました。


とある実践家の先生の学習発表会がとても内容がひどかったという。子にすべてを任せて、子どもがやりたいことを、やりたいようにやらせた。はたから見るとひどい内容だったけど、子どもたちにとっては、」自分たちで作った達成感は大きなものだった。


「子どもたちがやりたいから」ということを言い訳にして、教師が手だてを取らずにいたことで、あまり面白くない内容だった。

 こんな話を聞きました。子どもたちが考えて作っていくものに対する指導の捉え方の違いがあります。「任せる」なら、最後まで任せるべきで、その結果の受け止めもさせるべきなのか?それとも、ある程度の指導をして、子どもたちに成功体験を積ませた方がいいのか?(これは偽物の達成感?)バランスが大事なのでしょうか。

 どちらにせよ、子どもたちがどういう経緯でこの発表の日を迎えたかは、保護者の皆様に発信することは大事だと思います。

 来週、学習発表会本番があるので、自分の指導はどうだったのか、じっくり考えたいと思います。

 以上、エンチャントでした。


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