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Bird Song 鳥の啼き声

どこからそんな作品のアイデアが湧いてくるんですか?
額装の作品をいろいろと作っているとそんなことを訊かれることがときどきあります。アイデアをたくさん持っていそうな人からも同様の質問を受けたりするので、実際のところほとんどの人々が同じような悩みを抱えているのだと思います。といっても、どうやってアイデアを出すのかというのはとても答えるのが難しい問題です。何しろ僕自身それがどこからやってくるのかさっぱりわからないからです。

でも、とっかかりみたいなものについてなら少しはお話しすることができそうな気がします。どのような事柄にも必ず始まりとなる契機のようなものがあるからです。ヴェテランのロッククライマーが手のひらに伝わる岩肌の感触から次へと進む手がかりを探し当てるように、額装のアイデアにだって次につなげることができる手がかりのようなものがきっとあるはずです。ここではその何かについて考えてみたいと思います。

柔軟な発想が全然出てこないとき、まず最初に取りかかることはじっくりとドキュモンを眺めてみることです。たいていの場合、ドキュモンを買ったり手に入れたりしたとき、何かしらの作ってみたい作品の姿が頭に思い浮かんでいると思います。いわゆるひとつのファースト・インプレッション。その場で神の啓示が降りてきたみたいにピカピカッと完成された作品のイメージが閃いたら簡単なのですが、なかなかそういうことは起こりませんし、実際に額装に取りかかろうとするとそうした唐突に湧いてきたアイデアというやつは使い物にならないことが多いです。個人的にアイデアとシチューのイメージはよく似ていると思うのですが、どちらもある程度煮詰める時間が必要だったりするわけです。もちろん第一印象がダメだというわけではありません。ただ最初のイメージだけで作品のディテールまですっかり決めてしまうのはちょっともったいないかなと思うのです。何かを決めてしまうということは作品の持つ可能性を否定してしまうことにほかなりませんからね。

そこでちょっとハーブティーでも飲んでリラックスをしてみます。そしてドキュモンをじっと眺めてみます。丘の上に立って棒のようなものを立てて何かが引っかからないかじっと待ってみるような感じで。そうして待ってみると、意外と何か思いついたりするものです。あるいはドキュモンが何かを語りかけてきてくれるかもしれません。もちろん、本当にドキュモンが語りかけてきたらそれはそれで怖いですが、根気よく観察を続けているとそれまで見逃していたいくつかの点に気づいたりすることがあるのです。  具体的に書いてみたいと思います。ここに2枚のグリーティング・カードがあります。鳥たちと楽譜が描かれたきれいなカードです。僕はずいぶんと前にこれらを手に入れましたが、手に入れたときは何に使えばいいかいまいちよくわかりませんでした。  そして今回久しぶりに抽斗から取り出してきてじっくりと眺めてみたわけです。まず小さな鳥たちがいて、花々が咲き乱れていて、青々と茂った低木が描かれている。それから楽譜。楽譜のうちのひとつはモーツァルトの”Sehnsucht nach dem Frühling(春への憧れ)”という曲で、もうひとつは”Geh aus, mein Herz, und suche Freud(いざゆけ、野山に)”という賛美歌のようだということがネットを調べてわかりました。これだけで、作品のテーマのようなものがうっすらと見えてきます。それは新緑の季節だったり春を告げる鳥たちの歌だったり、暖かい春の季節すべてを象徴しているもの。

それから楽譜というモティーフ。楽譜は見る者に音楽的な印象を与えます。ちょっと耳を澄ませてみたら鳥たちの歌声がどこかから聴こえてくるような気がしませんか? もしそんなイメージの片鱗でも思い浮かべることができたらしめたものといえるかもしれません。

イメージが決まったら次に額装のテクニックに目を向けます。もちろん、シンプルにビゾー・クラシック、でもいいわけですが、ここでもドキュモンに注視してみると思わぬかたちが見えてくることがあります。モーツァルトの譜面が描かれたイラストを見ているとデザインがビゾー・アンブリケ(魚のうろこのように段をつくる技法)のかたちに似ているなと思いました。太いラインが45°のビゾーで、細いラインはフィレのテクニックでイメージを反復できそうだなと思ったのです。もうひとつの作品については青い枠をビゾー・ドロアで表現できそうに見えました。テクニックがいまいち思いつかないときは、ドキュモンのデザインからヒントになりそうな要素を見つけてみると意外にうまくいくことがあります。図案を拡張してみたり、反復してみたりするだけで、テクニックにちょっとした意味のようなものを付与することができるからです。

テーマとテクニックが決まったらいざ額装に取りかかります。とはいえ作業をしている途中でもいろいろと気づくことがでてきたりするものです。たとえば真っ白なパッスパルトゥはちょっと殺風景でさびしい感じがするとか、せっかく楽譜のモティーフを使っているのに、テクニックやパッスパルトゥに音楽的要素が全然ないなあとか。そういう場合はちょっとしたデザインをパッスパルトゥに追加することでイメージをちょっとだけ変えたりすることができます。今回はドキュモンのなかに出てくる楽譜をペンや色鉛筆で模写したり、花の模様をパッスパルトゥにあしらったりしました。そんな風にちょっとした一手間を加えてあげると作品がずっとオリジナルなものになります。

今回紹介した方法はあくまで額装のアイデアを出すためのひとつのアプローチです。人によって手法は様々だと思うので、これが正しい道だとかそういうことではありません。ただ作品づくりの際にちょっとした袋小路に入ってしまって、どういう作品を作ればいいかわからなくなってしまったときは、ここで紹介したように一度その場で立ち止まってみてドキュモンをじっと眺めてみるのも悪くないんじゃないかなと思います。それで鳥の歌声のようなアイデアの手がかりが聴こえてきたらラッキーだなと思うくらいの期待を込めて。

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