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わたしが映画として見たWurtS『Talking Box』(脳内で)

本文章は文学サークルお茶代の課題として制作したものであり、文中に出てくる記述はすべてフィクションです。

人間の精神に焦点を当てる心理小説。今回紹介する『Talking Box』は、その映画版"心理映画"とも言える作品だ。今まで見たどんな映画とも違う、まったく新しい映画体験ができた。

あらすじ

舞台は近未来のアメリカ。

ダーティとエマは、知る人ぞ知る凄腕の殺し屋だ。ターゲットは政治家や官僚、企業の役員などの社会の中枢に近いところにいる人が多い。彼らを殺されたとわからないように消していくのが、彼らの仕事である。

遡ること10年前、ある郊外の街で1人の男と1人の女が死んだ。ダーティの母とエマの父だ。当時ダーティは15歳、エマは11歳だった。彼らの父母は宇宙開発に関する、とある研究機関で研究員として働いていた。父母はひとり親ということもあり多忙ではあったがいつも優しく精一杯の愛情を注いでくれていた。暖かな家庭がそこにはあった。突然、彼らがいなくなるまでは。ダーティの母は、彼がキャンプに行っている間に首を吊って死んでいた。エマの父は交通事故だった。

天涯孤独の身となった二人は、心に穴を抱えながらも成長していった。数年が経ちハイスクールを卒業するのを機に、ダーティは、今まで見ることのできなかった母が残した日記を開いた。母があの笑顔の裏で、どんな心の闇を抱えていたのか見るのが怖かったからだ。しかし日記には予想だにしないことが書かれていた。「秘密を知ってしまった」「殺されるかもしれない」「ダーティだけは守らなくては」そんな言葉が並んでいた。母は、自殺したのではなかったのである。

一方エマも、父が同僚(ダーティの母)に送ろうとしていた手紙を見つけ、父の死が計画されたものであったことを知る。

エマが真相に近づこうとダーティに連絡したことを機に、二人は出会った。そうして父母を殺した相手への復讐を誓う。二人の標的はふたつ。直接手を下した人間と、それを指示した人間だ。そのために殺し屋になった。

仕事はエマとダーティのみで行うことが多いが、複数人がターゲットの場合は他の殺し屋も一緒に仕事をすることもある。まれに殺し屋の殺しを頼まれることもあった。殺し屋がターゲットの時は情報を探るのに持ってこいだった。命の危機を前にすれば、墓場まで持っていくと決めていたであろうことも次々に話してくれる。そうしていろいろな仕事をこなしながら得た情報を駆使して、ようやく父母を手にかけた人間を突き止めた。

ここまでくれば、黒幕には辿り着いたも同然である。実際に、その殺し屋たちはあっさりと吐いてくれた。殺し屋たちが消えたとなると、黒幕は警戒するだろう。時間がない。三日三晩寝ずに綿密な計画を立てた。海外への逃亡計画も含めて、計画は完璧だった。そのおかげか、拍子抜けするくらいうまくいった。本当にこれで終わったのか、信じられないほどに。

それから60年後、エマは亡くなった。イギリスに逃亡したエマは、イギリス人男性と結婚し、子や孫に恵まれながら人生を過ごした。ダーティとは、逃亡のための荷物を持ってアジトで別れたのが最後だ。連絡先や滞在先は互いに教えないことにしていた。もしどちらかが捕まったときに相手にも危険が及ぶからだ。別れの時、きっともうダーティとは会うことはないのだろうと思うと涙がごぼれた。彼がその後どうなったのかエマはまったく知らない。

エマの葬儀の後、部屋を整理していた娘はエマの書いた小説らしきものを見つける。自分を主人公として書かれたその原稿には「Talking Box」とタイトルがつけられていた。

感想

この映画の台詞は、エマの語りによりほぼすべてが構成されている。エマ以外が喋るのは、エマの死後くらいだ。エマがダーティから聞いた話を回想する際はダーティの声になっているが、それも実質的にはエマの語りだ。

つまりわたしたちが見たのは、完全にエマの記憶であり、エマにとっての真実の物語である。ダーティは大きな存在感を持ってそこにいるが、描写されるダーティの心や言動は彼本人から見たらまったく違うものなのかもしれない。

特にエマの語りは状況説明よりも自分の心理に焦点が当てられており克明に心理描写がされているため、より一層エマの主観が強まっている。

ところでダーティが覆面であることは最後までまったく触れられず、なぜなのか途中までずっと気になっていたのだが、これはエマがダーティの顔を忘れてしまったことを暗に示しているのではないかと思い当たった。

そして、殺し屋が出てくる映画というと、殺しのシーンのアクションがメインになることが多いが、殺しはまったく表現されていない。

代わりに流れるのは、エマがダーティと過ごした時間の映像だ。時には淡々と、時には感情を込めて語るエマの独白の後ろで流れる、海やドライブではしゃぐエマとそれを見守るダーティの映像。あれはきっと、エマの苦しくも懐かしい大切な思い出なのだろう。

映像としてはほぼすべてがダーティと過ごした日々の回想で、2割ほどはエマがスクリーンに向かって喋っていた。印象に残ったのが背景だ。背景が赤く染まったり、絵画が浮かんできたりと、背景からも彼女の心理が感じられた。というより、むしろ背景が本当の心を表していた。彼女が笑いながら話してる背景がムンクの『叫び』だったりするのである。

復讐のために行動し続けているからといって、心にあるのは怒りだけではない。悲しみはもちろんだが、喜びもあるし嬉しいこともある。その一方で虚しさやどうしようもない葛藤も抱えていた。そんな複雑な心理にこれでもかというほど焦点が当てられたとても新しく面白い映画だった。ダーティの『Talking Box』も現在製作中ということなので、公開が楽しみだ。

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