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読書・・

 原田マハさんの「さいはての彼女」について。道中に読もうと、何気なく本屋さんで買ったのですが、短編4作品が収められていますが、どれも女性、いわゆる若くはない、中年の女性が主人公です。

   



4作品どれも、良いのですが、私は1作目の『さいはての彼女』が一番良かったように思います。

決して涙が出てくるような内容ではありませんが、感動の涙でしょうか、さんざん泣かされました。

少なくとも、主人公の女性の設定が自分と少し類似していたせいかもしれませんが。


 強度の難聴の少女「凪」が、非常に魅力的に描かれています。
凪は、ハーレーダビッドソンを自由に操り、ハーレーを通して人と繋がっていきます。

小柄で可愛らしい凪、無音の世界に生きる凪。

小説の中に登場する人物が魅力的であると、ストーリーそのものに無理があったとしても、その登場人物に感情移入することで、読後もしばらく感動の余韻を楽しめるものです。

私は凪ちゃん登場の最初の一行目から、わぁー!まるで斎藤さんじゃない?!(斎藤さんは私の創作『淑子の誤算』に登場する車好き、メカ好きの小柄な女性)と、ぐいっと引っ張られました。そこで、一気読みが始まったのですが。


生まれつきの難聴で、小学校の4年生では、ほとんど聴こえなくなった。
そんな凪に父親は、手話だけでなく、読唇術を教えます。

バイク、それもハーレーダビッドソン好きの父親は、自分が知る全てを娘の凪に教えます。

小説には、必ず、なさそうで、クライマックスがあります。

『さいはての彼女』は、短編ですが、

父親が娘の凪に読唇術を教えようとして、てこずる場面がクライマックスではと私は、思います。

父親の言葉に感動して涙が溢れました。

普通に聴こえる人との間には線があるという凪。

父親は、線があるとしたら、凪が作っている線だと言います。
越えるんだ、越えて、越えて!!生きるんだ!!


素敵なお父さんです。そして、自分の身を捨てて娘を助けます。負けない、決して甘やかさない!負けない姿を自分の身をていして娘に教えます。
お父さんのおかげで、凪はハーレーを操ることで生きてゆけます。また、沢山の心の友も得ることができるのです。越えろ!越えて、生きるのだと言った父親。


会社経営の主人公の女性は、凪ちゃんとの出会いで、再生します。
自分が生きる意味を見いだすのでしょう。自分の生き方の間違いにも気付きます。


原田マハさんは、凄いなぁと思いました。絵画や美術だけでないのですね。


メカ好きの女の子の描きかたに、私は、圧倒され、感動して、まるで、凪ちゃんが実在するように感じてしまうのですから。実在するのなら、是非会ってみたい、会って、彼女のサイハテに乗せてもらいたい。


クライマックス部分の描きかたを、教えてもらった作品でした。
さあ、いま、これからが凄いのよと、予感させずに、まるで違う場面で、こっそりとクライマックス部分をさらっと描く。 


原田マハさん、ありがとうございました。