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私事ではあるが、着物を見ると亡くなった祖母のことを思い出す。
装うことを楽しむ祖母は、こと着物に対して〈美しい〉という形容詞を使い、異なる色、生地、柄を調和良く組み合わせることがいかに難しいことかを力説していた。

kanoriのアクセサリーは、着物の生地や帯揚げでくるんだくるみボタンにビーズやスパンコールを縫い付ける和洋折衷な作風を特徴としている。
着物独特の色合わせや生地の選択は非常に美しく、付けられたタイトルや添えられた言葉たちは作られた作品を更に引き立たせている。
着物は勿論のこと、ジーンズにも。
和を活かした作品は、フォーマルにもカジュアルにも合うようにデザインされている。

制作者の中野さんは和裁専門学校に通っていた経歴を持つ。
和裁に関する各種専門知識を学ぶとともに、身長や身幅などの採寸データから計算した反物を呉服屋から依頼された浴衣や袷(あわせ)へ仕立てていた。
中野さんの和色の配色に関する知識と化学繊維を含めた生地の取り扱いに関する造詣の深さは、制作における大きな強みだ。

出産後しばらくして自分の時間ができ始め、何か熱中できることはないだろうかとなんとなく始めたのがアクセサリー制作だったという。
それまでアクセサリーを作ったことはなかったが、ものづくりは昔から好きだった。

制作における閃きは『世の中全て!』と話す彼女。
作り始める瞬間に生地の色や柄などから感じたものが、kanoriの作品になっている。
散歩途中に見かける草花、空の色、川の流れなど、何気ない日常の一コマが、彼女の中で物語やタイトルへと膨らみ、使いたい生地の色や柄とリンクすることもある。
生地は、柄や単色のものもあれば、特殊な織りであったり、見る角度で柄が見えるものもある。
作品をそんな視点でも楽しんでもらえたら嬉しい。
そう中野さんは話す。

くるんだ生地に縫い付けるビーズやスパンコールの色、大きさ、配置を調整することで、イメージされた世界観が作品として完成する。
新作の『粗目雪(ざらめゆき)』は、日中溶けて夜間凍ることを繰り返してできる固い雪からインスパイアされている。
寒空の下、ざりざりと音を鳴らしながら雪道を歩くかのような作品だ。

見えない部分も中野さんはこだわりを譲らない。
くるみボタンのふっくらとした厚みを出すため、中野さんはボタンにフェルトを貼ってから生地をくるんでいる。
くるむだけ、と単純そうに思えるが、制作者本人も苦労している工程だという。
種類によって織りが異なる生地は、弛みができることもあれば、張りが強すぎてビーズを縫い付ける際に裂けてしまう場合もある。
そのようにして生地と向き合ったひとつひとつの作品は、完成までにかなりの時間を要する。
ものづくりを楽しむ気持ちと専門学生時代に得た知識や技術が存分に活かされ、kanoriならではの作品が生まれている。

今後は作品をもっと多くの人に見てもらうことが目標、と中野さんは話す。
対面で感想などを聞き、作家としての更なる成長を目指す。

屋号に付いている「mon tresor:モントレゾール」には、フランス語で『私の宝物』という意味がある。
ひとつひとつ心を込めて制作したそれぞれの世界は《彼女の》宝物だ。

いつか作品を手に取る《あなた》にとっても『私の宝物』になりますように。

そう願いながら、今日も彼女は制作を続ける。

kanori -mon tresor-
『和』を纏う耳飾り
中野 理絵


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