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リビングへ行くと、クリーム色の一輪挿しがテーブルの上に置かれていた。
何処へとも言わず出掛けた彼女の行き先は、恐らく彼女の姉夫婦が営む花屋で合っているだろう。
空っぽの一輪挿しは、年に一度の合図みたいなものだ。
もう少ししたら、我が家に鮮やかな黄色がやって来る。

ミモザ。妻の一番好きな花。
可愛くて優しくて強い感じがするから、だそうだ。
結婚して、自分にとっても特別な花になった。

初めての結婚記念日にミモザの名所に連れて行った時の彼女の喜びようは、今思い出しても笑ってしまう。
彼女は木々を見上げるのに夢中だったけれど、私は目の前を行く無邪気な彼女の姿ばかり見ていた。
彼女のリネンのワンピースがたくさんの黄色を背景になびいているのが綺麗で、振り返ってほしいような、振り返ってほしくないような、不思議な気持ちになった。
植物にはてんで疎いけれど、彼女にとても似合う花だと思った。
プレゼントにミモザを刺繍であしらったブローチをあげたら、大事にする、とそれはもう喜んでくれたし、色々な黄色でほこほこした花の丸みを表現しているのにいたく感心していた。
とても嬉しい記念日だった。
あんな日がずっと続けばいいと思う。

玄関の扉が開いた音に廊下の先を見やる。
リネンのワンピースにニットのカーディガン、胸元にはあのミモザのブローチ。
スリッパをぺたぺたさせてこちらに向かってくる妻の手にはやはりミモザの切り花があった。
気に入ったものが手に入ったのだろう。おかえりと言うと、こちらを見上げて本当に嬉しそうにただいまと言った。

妻が愛おしい。
明るく朗らかで、感謝や嬉しかったこと、楽しかったことを満面の笑みで伝えてくれるところが好きだ。末っ子ならではの甘え上手なところも可愛いと思う。
ベタ惚れだと弟に言われたが、ベタ惚れで何が悪い。
彼女から貰っているものは一生掛かっても返しきれない。
それでも何かしてあげたいという気持ちが際限なく膨れ上がるのだから困ってしまう。
つまるところ、幸せなのだ。とても。

アクセサリー作家:Piro
『ミモザ刺繍のブローチ』

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