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冬の夕暮れはどことなく焦りを感じさせる。
世界があっという間に色を落とすから。
人工的な光が照らす空間から足を踏み出すのが億劫だったので、自分のデスクを意味もなく拭いたり引き出しの中を整理している。
もちろんタイムカードは切ってからだ。

薄いキーボードから途切れることなく音が鳴り続けている。
淀みなく滑らかに動き続ける指は思っていたより華奢だった。
季節外れなヨーヨーのピアスが時々思い出したかのように彼女の耳でふるりと揺れる。
この子も「女の子」か。

あの子が結婚する。
そう聞いた時、式場でいかに目立たずにいられるかをいの一番に考えた自分はなんて醜いのだろうかと思った。

両親から見てくれが人並み以上によろしい遺伝子をいただいたおかげで、別に目立ちたい訳ではないのに周囲から無理矢理スポットライトを浴びせられてきた。
得をすることも確かにあったが、引け目がいつもどこかにあった。

だから、強い自分であるようにした。
きれいですね、よりも、かっこいいですね、の言葉を貰えるように。
後者の言葉を貰えるとほっとする自分がいた。
今耳で揺れる硝子の赤も、かっこいいと思ったから手に入れた。
媚を売らない凛とした一粒のジルコニアと艶やかな赤、そして光の屈折に自然と手が伸びた。

あの子の式では、そんなことがあってはいけない。
あの子は、誰よりも盛大に祝福されるべきで、あの子にこそ人々の視線が向けられるべきなのだ。

ぱらぱらぱらぱらぱら
ぱらぱらぱらぱらぱら

左から右に物凄い勢いで白枠が文字で埋められていくのを遠目でぼーっと眺める。
よく出来た後輩を持ったなと思う。

ぱんっ。

いい加減Enterキーが壊れるからもう少し軽く叩きなさい。
一つ向こうの島の後ろ姿に声を掛けると、先輩だってめっちゃくちゃバシバシ叩いてますーと返ってきたので、タピ岡は口が減らないね、と返してやった。
タピオカミルクティーばかり飲んでいるせいで付けられたあだ名は本人の意に反して部署内に広まっている。

真横のコピー機が低い音を立てて待機モードになった。
完成したばかりの書類を取りに後輩がこちらに近づく。

明日、結婚式行かれるんですってね。
しゅー、しゅー、と次々に出てくる音を後ろに、少し大きめの声で彼女は言った。

きれいな友だちがきれいな格好で来てお祝いしてくれるなんて、最高に嬉しいじゃないですか。

コピー機の上で書類を揃え続ける彼女。
出来た束は目玉クリップで留められ、私のデスクの上に積まれてゆく。
この出来る同僚は、誰に対してもお世辞は言わない。
私は何も答えない。

かっこいい、じゃなくて?
印刷が全て終わった頃、よっこいしょと年に見合わない掛け声でしゃがみ込み機械の電源を切る背中に言葉を放った。
今度はよっこいせと言って立ち上がり振り返った彼女は、不思議そうに腕組みをして首を傾げた。

先輩はかっこいいですよ。かっこよくて、きれいです。
それの何がいけないんですか?

それも、と言って彼女は私の耳を左、右と順に指差した。
非対称に揺れる赤。

そうだ、私は私らしく着飾ればいいのだ。
あの子は私をずっと大切にしてくれた。
あの子の前ではありのままでいられた。
新婦のきれいでかっこいい友人として、心からあの子を祝福すればいい。

よく出来た後輩から休暇明け用にと一足先に渡されたまだ生暖かい書類を引き出しにしまって鍵をかける。
整えられたデスクに『本日お休みをいただいております』のプレートを置く。
明日はあの子を思いっきりぎゅっと抱きしめたい。

アクセサリー作家:Maria Glass Art
『凛』

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